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オートセーブは深夜0時に+  作者: 夕凪の鐘
Episode120 空色の存在証明
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611話 出発の朝

 帰省当日。三門(みかど)玲司(レイジ)は電車に乗って空港を目指す。隣に一ノ宮(いちのみや)耀(ヒカリ)は居ない。危害に巻き込むわけにはいかないから同行させないことにした。


 ヒカリがついていく気だったことは、彼女自らSNSに投稿したことで知り合いに広まっていた。レイジは前日までに、彼女がついていく話は無しになったと投稿して一件落着したが、まだ疑いは晴れていない。


 途中駅で、同級生の坂上(さかうえ)未来(ミライ)が確かめに乗り込み、レイジの前に立った。


「おはよう。隣の方は?」

「俺の母親だ」


 ミライはヒカリを探す。そのためにレイジに尋ね、嘘か確かめる。彼女には鼓動を聞く“ノーツ”があり、心拍数の変化で嘘を見破ることができる。聞き慣れた人であればどこでどんなコンディションかも把握できるので、レイジが来るタイミングに合わせられたのだ。


 そしてミライは本当にヒカリが来ていないか確かめる質問をする。怪しいのはレイジの隣に座る女性。彼女はヒカリが変装した姿ではないかと疑ってかかるが、彼は母親だと告げた。


「……そう」

「どうも、レイジの母です」


 ミライが受け入れると、女性は微笑み名乗りを上げる。なお二人に面識はない。


「降りないのか?」

「ええ」


 発車時刻になるとボタンを押しても扉が開かなくなる。真偽を確かめたのなら急いで降りた方がいいと告げるレイジに対し、まだ見張る必要があると判断して拒否した。


 ミライは悩んでいた。後方、プラットホームにヒカリが立っている。今から十分前、ミライはヒカリと駅で出会していたのが悩みの種だ。



 ミライは頭の中で考えた。レイジが言っていることは嘘。隣に座るのは彼の母親ではない。だからヒカリの変装と疑うのが筋だが、彼女は後ろにいる。


 だが素直にレイジと帰省する女性は彼の母親ではないと言いふらせば、情報に尾ひれがついて拡散して騒ぎになる。それでは彼の目論みの妨げになる。


 ミライはレイジの発言が本当ということにして、ヒカリは地元に残ったと報告した。そして扉が閉まり、発車した。


「座ったらどうだ」

「それだと監視にならない」


 レイジはミライを正面の席に着くよう促す。だが彼女は離れたら真相が見抜けなくなるからと言って正面に立った位置から動かない。

 そして隣の女性の正体は何者か、揺られながら考える。



 昨夜のこと。ヒカリが鞄を携えてレイジの家を訪れた。帰省といっても、日帰りか長くても一泊の予定であり荷物は多くない。一日分の着替えに財布と、移動時間の暇つぶしになる物が詰まっている程度だ。

 この時点では皆の監視を掻い潜る方法がなく、皆が目覚める前に始発で出発する気でいた。


 それから一時間後、ヒカリの姿をした人がレイジの家に現れた。二人は驚いた。


「私だよ」

「その声、ツバサか?」


 後から来たヒカリの正体は、レイジの幼なじみの茗荷谷(みょうがだに)(ツバサ)だった。彼は声で正体に気づいたような言い回しをするも、実の所はツバサが喋ったタイミングで心の声が聞こえて、正体を名乗る声を拾ったに過ぎない。


「声で分かるんだ」

「まあ付き合い長いし」


 第一声で的中させたレイジにヒカリは嫉妬する。彼は声そのものでなく心の声、それも本人を名乗る心の声で見破ったわけであり、その力がなければ当てられなかった。


 けれども彼が付き合いの長さを主張したのは、高校で出会ったヒカリが運命の相手を主張してくることに苛立ち、出会う前から縁のある相手がいる事実を突きつけたかったからだ。


「そうだったね。早過ぎた出会いだものね」


 だが逆効果だった。出会った時期の早さはアピールにならない。それどころか、その早さこそレイジに相応しい相手になり得ない根拠と捉えており、自分を優位に考える。


 運命の相手とは、もともと一つの魂であり、別々に成長して再び一つになるものだとヒカリはネットで調べた。

 ゆえに幼い頃からの付き合いでは別々の成長とは言えず、よってツバサはレイジにとっての特別な存在ではないと証明される。彼がどんなに彼女に好意を抱いていても、覆しようのない現実に阻まれるだけだと解釈する。


「高校生ってのも早い方だけどな」


 かといってヒカリが適しているか考えるとそうでもない。長い人生にとって十代は序盤も同然。もう何十年も遅くに出会う相手が適切なのではないか、とレイジは指摘する。


「何の話?」

「妄想の話だ」


 二人のやりとりに心当たりがないツバサは会話についていけない。レイジは、聞くような話ではないと一蹴し、彼女の訪問理由をヒカリにも伝えることにした。



「うちに何の用?」


 ヒカリの家ではない、という正論をぶつけてはテンポが悪いのでレイジは聞き流す。


「……二人の家なの?」


 その判断が裏目に出て、聞き流したのは、レイジの家族公認でヒカリを家族の一員と受け入れているからではないかとツバサに疑われた。


「違うけど、いちいちそんなことにツッコんでいたら話進まないだろ」

「そういうこと……私、てっきり」


 誤解が解けてレイジは安堵する。ヒカリが嘘を言っているかが分かるのは読心術を持つ自分だけ。ツバサのことも考えて発言しなくてはならないと反省した。


「明日、帰省するって聞いて……でも皆が反対しているから」

「ツバサがヒカリのフリをして残り、ごまかすってわけ」


 レイジはさっそく口を挟む。ヒカリはツバサの言葉を真剣に聞く気がないから、二人で一つの内容を語る。


「それで私のパチモンに」

「いや、よく似てたから」


 代わりと呼ぶにはお粗末な出来だと見下すヒカリの言葉を遮るようにレイジはフォローする。実際そっくりだったから、よほど細かく見られない限りバレない完成度だと褒める。



「そもそもどうやってそんな風にしたの」

「スケッチ。私の“ノーツ”で、描いた通りに描き替えた」


 体格も髪の色も違うツバサが、どれだけ手間をかけて変装したのか聞くと、絵を一枚描いただけだと明かす。


 ツバサはスケッチすると、元になった物を描いた通りに変えられる。自分をヒカリそっくりに描いて、身長にスリーサイズまで全部変えたのだ。


「体重はもっと重くしてよかったな」

「何よ!」


 それでも見えない情報を再現するのは難しく、外見で判断つかない様子は想像で補った。ツバサは来る前に体重計に乗り、イメージ通りになったこと確認してきた。だがそのイメージが現実より軽く見積もられていたと暴露したレイジにヒカリは激怒する。


「私のこと抱き上げたことないくせに!」

「直した方がいいの?」

「まあ、持ち上げて確かめようって奴はいないから大丈夫か」


 異なる話を同時にされても、口は一つしかない。レイジはヒカリの話にわざわざ返す必要はないと考え優先度を下げ、先にツバサに返事した。


 体重の軽さで変装がバレるような状況にならないと予知して修正は不要だと告げたが、それならわざわざ言わなくてよかったのではないかと考え直す。


 そして持ち上げたことは無くもないと否定したい気持ちが湧き上がったが、一日をやり直した結果ヒカリの記憶からは消えているわけで、話すとややこしいので踏み留まった。


「無視しないでよ!」

「ごめんなツバサ。普段はこんな騒がしい奴じゃないから」


 帰省に同行したいヒカリのために来てくれたツバサのためにも、悪い見本を見せてイメージに余計な要素を混ぜてしまうわけにはいかない。

 今まで見ていたいつも通りのヒカリを演じてくれればそれでよかった。



「明日俺たちは五時四十分のに乗る。ツバサはその一本前の、三十分のに乗ってくれ。ヒカリは家の鍵を預けてくれ」


 それからツバサはヒカリの家の最寄り駅で降りて、彼女から借りた鍵で家を目指す。そこから彼女を演じる二日間の始まりだ。


「うちに入れるの!?」

「バレずに行くためだ」


 いきなりツバサが家に上がると聞いてヒカリは困惑する。しかしそうしないと皆に気づかれずに故郷へ行けないのも事実であり、受け入れるしか道はないと諭す。


「部屋の黒いノートだけは見ないで……」


 レイジには読まれているし、本音を込めて書いたため以降内容も全部知られている。だから耳打ちせず、彼にも聞こえるボリュームでツバサに頼み込む。


「レイジに聞かれてよかったの?」

「だってもう知られてるし……」


 心が読めるレイジを相手にプライバシーを守ることは不可能。そう割り切るヒカリにツバサは提案する。


「じゃあ秘密のノートに変えておくよ」

「えっ、そんなことできるの!?」


 ツバサは心に鍵をかける、まさにレイジ対策の“ノーツ”を持つ人に心当たりがある。その人に頼めば解決するわけで、家に上がらせてもらう代わりに一つ役に立とうと考えていたノルマを果たせると分かり、テンションが上がった。


「私の力じゃないけどね。私の気持ちがレイジに届かないのと同じように……」


 その人の力によってツバサは彼への思いが伝えられなくなった。言葉でも文字でも、心の声でも。


「大した想いもないくせに」


 ツバサの本命はレイジの兄だと聞いている。だからその誰かの力によるデメリットなど、ツバサにとっては些細なものだとヒカリは考えた。


「例えば、好きって書いてあったらその気持ちはもう届かないってことで……」

「……いいよ」


 ヒカリの言い分に反論こそできないものの、デメリットは彼女にとっては大きいものとなると警告する意味を込めて告げたのだと説明する。

 だが彼女は好意を伝えられなくなる現実を躊躇いなく受け入れた。


「レイジ、もう私のこと嫌いだって。だからいい」

「えっ、そうなの?」


 伝えられなくなってもいい。そう思える背景にはレイジからの冷たい言葉があったとツバサに明かす。それは数日前のこと。ヒカリが彼の帰省に同行するという予告を投稿した日の出来事だ。


「ああ。こんな面倒な奴、嫌いだ」


 レイジは一切悪怯れることなく告げた。その心境の変化には、呪いが解けたことが関係している。



「悪夢の瞳を失った今、もう俺を恨む人はいない。だったら人並みにモテるだろ?」

「それは否定しないけど……この子以上に思ってくれる人、なかなかいないと思う」


 瞳の力のせいで執拗に嫌われていたことはツバサも知っている。だが瞳の呪縛から解放されたところで、ヒカリ以上に強く想ってくれる人と巡り会えるかを考えると、彼女を突き放すのは間違いに思えてならない。


「別にすぐ探す気はない」

「……夢から覚めるのを待ってるよ」


 ツバサはレイジの考えが根本的に間違っていると思った。だがそれを伝えて考えを改めるような人ではない、頑固な人だと昔から知っている。


 考えを曲げさせるには、レイジ自身が受け入れるしかない。帰省を経て現実を知るその日が来ることを祈った。



 そして出発の朝に至る。ツバサが言う夢が本当に夢なのか。そんなはずはないとレイジは自分に言い聞かせる。


「どうかした?」


 静か、だが心拍数は高い。その異変を感知したミライはレイジに呼びかける。


「……それで、あなたがレイジのお母さんって証拠を見せて」

「証拠……」


 母は左手を挙げた。その薬指には指輪が嵌められている。母というよりは妻である証だが、それでミライは納得した。


 この指輪はヒカリが自分の母親に頼んで借りた物。最後のお願いと約束し、許可も得たものだった。


 証拠で疑われることはなかったとはいえ、まだ安心できない。空港に着き、搭乗するそのときまでが勝負なのだ。そして敵はミライ一人ではない。彼女の報告に気づかれたら、この先の駅で知り合いたちが待っているかもしれない。


 だが逆に気づかれない、あるいは気づいても間に合わなければ妨害を想定する必要はなくなる。最低限の対応で済むことを、レイジは祈って到着のときを待った。

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