612話 自分の手で真相を
「……おはよう、三門」
「おはよう」
朝八時過ぎ。電車で空港を目指す三門玲司が乗る車両に、九重晋世が乗ってきた。
レイジが帰省に出発したという話は、今朝六時前に坂上未来によってSNSに投稿された。ミライもこの車両に乗り合わせている。
その投稿に気づいて合流が間に合うには早起きしなくてはならず、現に大多数は気づいたときには手遅れだった。
「気づいたのね。あんな早朝だったのに」
「スマホの中で寝てたからね」
だがシヨンは自身の“ノーツ”でプラズマの体になってスマホに潜ることができ、その状態で眠っておくことで熟睡中でも通知に気づき、間に合うことができた。
シヨンが来た理由は、レイジとともに一ノ宮耀が来ていないか確かめることにある。
「隣の女性は?」
「母さんだ」
ヒカリの姿は見当たらないが、レイジの隣に見慣れない女性が座っているのが気になりシヨンは尋ねると、彼は同行する母親だと答えた。
そう言われれば納得だが、どこかヒカリの面影があるのが気になる。
「一人で来たの?」
「ああ。誰にも言わずに」
ミライも女性の正体はヒカリではないかと勘繰っている。けれども確証は持てていない。そこで他人の手を借りられないか考えたが、シヨンは黙って来たのでここに他に知り合いはいない。
他に人がいれば、その人の“ノーツ”を利用して正体を暴くことができたかもしれないので、シヨン一人なのを惜しむ。
ミライ自身も大々的に呼びかけたわけではなく自分の手で真相を暴きたかったので、シヨンも同じように考えて一人で来たのだと想像すると納得はいった。
「それで、この人は本当に三門の母親なのかい?」
「違う。でもヒカリでもない」
家が近く、ずっと前から乗り合わせていたミライに尋ねると、どっちつかずの答えが返ってきた。
「一ノ宮じゃない?」
「ええ。あの子、地元ですれ違ったのよ」
レイジが隣の女性を母親だと偽っているのは、鼓動を聞いて判明している。だがヒカリが彼の母親のフリをしているかと言うとそうではないように思えていて、乗車駅でこの女性と別にヒカリ本人を見かけたことがミライの思考を狂わせている。
「地元で?」
「そう。私が乗った駅」
「駅か……」
ヒカリの家の最寄り駅は、ミライのそれとは隣だったはずだ。レイジと一緒に来たというのなら、ミライが乗る駅の手前で降りているはず。
それなのに駅ですれ違ったという話が、シヨンは腑に落ちない。まるでわざわざアリバイを見せつけているように思えてならなかった。
なお当のミライは駅でのすれ違いを疑問視していない。隣駅と言えどさほど距離はなく、定期圏外であるにもかかわらず同じ駅までついてきて一緒に帰ることもあるからだ。
「レイジの家から、朝帰り」
「ふーん……えっ、朝帰り!?」
下車駅を気にしない理由はもう一つあり、それはもっと気になる点があるせいだ。どうしてこんな朝に駅にいるのか聞いたら、昨夜はレイジの家に泊まっていて今から自宅に向かうところと答えてきた。
帰省してしばらくレイジと会えなくなるのだから直前まで一緒に過ごしたい気持ちは分かるが、同じ屋根の下でどんな夜を過ごしていたのかが気になって仕方がない。
二人の鼓動を聞いていれば想像がついたのかもしれないが、そんなストーカーみたいな真似はしない。だが今回だけはちゃんと聞いておけばよかったと後悔しているのだ。
「家族公認よ」
ヒカリが泊まったことは親の了承済みだと母親が告げる。突然話した彼女に、レイジはボロを出さないか不安になる。母は本人ではなくヒカリが変装している。そうすることで皆の目を掻い潜り、彼女を故郷へ連れていこうという算段だ。
何の捻りもなく同行させようものなら、一度故郷の連中に命を狙われたヒカリを再度危険な目に遭わせるわけにいかないと反対の嵐にぶつかる。ミライやシヨンが来たのもそのためだ。
だからレイジはヒカリに余計な発言をされてバレるのを恐れている。シヨンが現れることは読めていたものの、彼が来たことでどんな会話が生まれるかまでは想定できておらず、それを受けてヒカリがどんな言動をとるかも分かっていない。
心は読めても未来は読めないレイジの弱味が露呈している。
「せっかく将来のお嫁さんと旅行するチャンスだったのに。ね?」
母を演じて好き勝手に語るヒカリに、レイジは内心で止まってくれと願う。だが彼女も調子に乗っているわけではなく鬱憤晴らし目的で溢している。本心を母に代弁させて、願いに気づいていても応えてくれないレイジに不満をぶつけているのだ。
しかしレイジとしては、順当に行けば願いは叶うから静かにしていてほしいと思っており、その思いが届いてほしい。心を読める自分は相手の理想通りに立ち回ることができるが、自分の心を読ませることはできない。自分ができることを他人ができない現実に対して、時折ストレスが溜まる。
それはさておき、シヨンが来たのは利用できるとレイジは考えた。彼は以前ヒカリに告白して付き合った。だがそのせいで彼女に無理強いさせることになってしまった。
ヒカリは相手に相応しい実力をつけるために、伸ばす努力を厭わない。だがあまりにも極端で、シヨンにギターを披露するために睡眠時間を削って指を痛めながら特訓した。大してできない事実を隠し、理想になりきるために身を削った。
だから彼は別れを提案した。頑張る彼女は好きだが結局付き合うことがヒカリを苦しめるのなら、気兼ねなく友達でいようと身を引いたのだ。
ヒカリの駄目な点を知っているシヨンの手を借りれば、レイジは自分がどれだけヒカリを嫌っているか思い知らせることができる。そして今、彼女はここにいないことになっている。
そこで彼は、二人で結託して酷評してやろうと企んだ。
「九重は前にヒカリと付き合ったんだったな」
「ん? ああ、あったねそんなこと」
それは半年も前のことだが、思い返していたのと悟られたのではと勘づいたシヨンははぐらかした。
「せっかくだし愚痴を溢そうじゃないか。本人がいないことだし」
「えっ……」
シヨンは戸惑った。ヒカリはすぐ横にいるのではないかと思っていたので、それを否定するレイジの発言に思考が乱される。
そしてミライに視線を向ける。すると彼女は首を横に振った。彼が嘘をついていないと伝えるサインだ。
実際の所、ミライはレイジの鼓動を聞いて嘘と分かっている。だから嘘だとシヨンに告げるのが正解なのだが、なら駅で会ったヒカリは何者かという疑問が残る。
そのからくりをレイジは知っているだろうから、彼がすべてを隠すまで、嘘を暴露して邪魔する行為は控えようと考えたのだ。
「本当に一ノ宮じゃないのか……」
ミライが言うのなら事実なのだろうと受け止めたものの、ニワカには信じられなかった。もしレイジの母親と名乗る女性がヒカリ本人の変装だとしたら、彼の話に乗ってしまうのは良くない。
「いや、そうだとしても友達の前でそんな話するのは」
だからシヨンはミライに聞かれている位置で話すのはいけないと返した。これならヒカリの所在がどうであれ、ストップをかけることができる。
「気にしないで。言いふらさないから」
「ええ……」
だがミライ自身は乗り気だった。友達の悪口を、友達と交際経験のある人たちから聞ける機会なんて初めてだ。
そしてその会話を、正体を隠すために黙って聞かざるを得ない状況もあり得ることも考慮すると、レイジの提案を没にするのはもったいなく感じる。
「駄目ですよ。人の悪口を言うのは」
「母さんもいつも聞いてくれるじゃん」
だからヒカリは母として咎めた。素性が割れないように、けれども傷つかないために親としてストップをかけた。
だが返ってきたのは思いがけないカウンターだった。日頃から愚痴を聞かされているという、衝撃の事実。
陰でレイジが文句を言っていたという事実を突きつけられ、悲しみで頭がふらつく。
その一方でシヨンはヒカリを本人と疑わなくなった。もしそうなら、レイジがこんな酷いことを言うはずがないと考えて。
だがレイジがヒカリの内面を嫌っていると知らなかったわけで、本人がいないとはいえ悪口を言っていることには驚かされた。
「まず性格が悪い。この前もプレゼント選びに巻き込まれただろ?」
「ああ、まあ……」
レイジはヒカリ自ら提案したお出かけにシヨンを巻き込んだ先月の出来事を例に挙げて、彼の賛同を誘う。彼女もわがままに付き合わせた自覚はあり、否定できない。
だが元を辿ればロクな誕生日プレゼントをくれなかったレイジが諸悪の根源ということを思い出し、訂正を求めた。
「……それはレイジがちゃんと選んであげる
なかったからでしょ」
「その話は母さんにはしてないんだが」
「ヒカリ、ちゃんから聞いたの」
今度は母の知らない話という設定にされた。そこでヒカリは咄嗟に、自分が情報源だと補足する。レイジの母親がどう自分を呼んでいるかは想像で補った。
「わざわざ休みの日に呼び出してそんな理由かって。あの後は九重の他にも同じことしたし」
「えっそうなんだ」
確かにヒカリは自分の都合を押しつけてきたものの、数いる相談相手から自分を選んでくれたことは、シヨンとしては嬉しかった。だが彼女を満足させることはできず他にも選んだ相手がいると聞かされ、気分が変わった。
「たまたまお前が一番目なだけだ」
「……そうだったんだ。それで、か」
プレゼント選びの話は他に誰にも持ちかけていないとヒカリは言っていた。だがその時点で、の話であり、後から誘ったというのなら彼女は嘘を言っていない。
「それで、一ノ宮は誰で満足したの?」
他の人にも同じようにプレゼントを貰いにいったということは、言い換えればシヨンでは満足しなかったということ。
逆恨みというわけではないが、ライバルとして意識しておきたいと思って聞いた。
「それを話すには本人に許可とらないと」
レイジはその場で答えることはできる。だが勝手に人の秘密を暴露しては信頼関係にヒビが入る。
そうならないために本人の意思を聞こうとスマホを手に持ったが、ヒカリが返事をしようものなら動きで正体がバレてしまう。そうと分かっていて、あえて困らせた。
「私が聞くわ」
許可をとる役目は引き受けるとミライが名乗りを上げた。レイジの狙いはさもヒカリから返事が来たように振る舞い、隣の女性がジッとしていることから彼女はヒカリではないと思い込ませることにあると読んだ。
その策を封じるために、ミライが動いたのだ。これでもし女性がスマホに触れることなく返事が来たら、別人だと納得する。
「……返事来たわ」
ミライの思惑は外れ、ヒカリからの返信が届いて戸惑う。この光景を見てレイジは、茗荷谷翼にヒカリのスマホを預けて正解だったと確信した。
帰省中、ツバサはヒカリに変装して島に残る。そうしてヒカリの不在を隠す。本人がいるのにスマホがないと怪しまれるから、彼女に預けておいた。
しかしツバサもヒカリの記憶を引き継いだわけではないので彼女に関する質問は答えられない。そこでレイジはツバサにメッセージを送っていた。ミライに聞かれたことに対しては、これから書いた通りに返信するように、と。
「何だって?」
ツバサはレイジから送信された通りの文言で返信してきた。ミライは聞かれた通り読み上げた。
「サクラだそうよ」
「なんだ、女子か」
女子を相手に張り合う気はなかったシヨンは安堵した。一方ミライは考えた。苗字が佐倉か名前が春桜かで性別が異なる。男子のサクラとは同級生という関係があるが、校内でもほとんど関わっているところを見たことが無い。
どちらのサクラか聞き返そうとしたが、その点をシヨンが疑っていないので、気づかなかったフリをすることにした。




