609話 急に来られて困る
三門玲司の家を訪れた一ノ宮耀は、インターホンを無視して玄関の取っ手に手をかけ、引く前に留まる。
レイジは心が読める。だから誰がいつ自宅を訪問したかを察知できるわけで、普段なら着いたタイミングで開けて出迎えてくれる。
だが今回は、知り合いから音信不通という話を聞いたため、イレギュラーが発生しているように思える。
だが急に来られて困る事態にはさせないはず。不在なら張り紙なり伝言なり残すはずだ。そう考えたヒカリは、掴んだ扉を開けて突入した。
「誰もいない……」
堂々と扉を開けたが、中から人は現れない。本当に誰も居ないのなら鍵は閉めておくはずなので、レイジが自室にいると考えられる。ヒカリは彼の部屋へ足を進め、確かめに向かった。
そして部屋の扉を開けた。
「いらっしゃい」
するとレイジが、背を向けたまま挨拶をしてきた。
「……いつも通りじゃん」
「噂が一人歩きしただけだ」
「じゃあそう言っておく」
レイジの身に異変はない。見て確かめたヒカリは、彼は連絡を取れない状況下にしたわけではないと理解し、呆れた。
心配していた人たちには、彼は無視していただけだとメッセージで伝えた。本来ならレイジが果たすべき役目だと気づいているが、彼がするとも思えないので、ヒカリが代行する。
「心配させて、何が狙いなの?」
「嫌がらせではない。応答するのが普通だって、思い込ませないためだ」
その知り合いとレイジの間にトラブルでもあったのか、ヒカリは聞き出す。嫌がらせ目的かと疑ったが彼は否定し、返事をするのが当たり前、という認識を改めさせることが目的だと明かす。
それを聞いたヒカリは理解できず首を傾げる。
「電話が繋がらないとき、普通なら気づいていないと考えるだろう。でも俺の場合は違う。電話をかけていることは伝わっているって前提がある」
「そうでしょ? 心が読めるのだから」
心を読む“ノーツ”があるレイジは特例。気づいていない線は考えられない。だから急かしているのに反応がないと、意思は届いていても返答できる状態ではないと思い込まれてしまう。
「でも前提が間違いだ。俺だって全部聞こえるわけじゃない」
心を読むのも万能ではない。人に囲まれていて聞き分けられるか、いやできないのと理屈は同じ。
特別危ない状況でなくても、他の要素に遮られて気づかないことはある。
「気づくのが遅いこともある。そう認識してもらわないと、事ある度にパニックになるからな」
「じゃあそう言えばいいじゃん」
自分に話さないで直接伝えればいいのに、とヒカリは反論する。先ほどはレイジの代わりに安否を伝えたが、これ以上面倒を見るのは御免だ。
伝える相手は心配をかけた人たちではなく全体に。心を読むにも限度があるから、呼んでも返事ができないことがある。という断りを、周知させておくべきではないか。そう提案するヒカリは、それを自分で引き受けようとは思わず、レイジ本人にさせたい。
「ごもっともだ」
レイジは指示に従った。ヒカリの言い分は理に適っている。今まで黙っていたのは、全員に話すという案を思いつけなかったからに過ぎない。
ヒカリに事情を説明して彼女の意見を得られたから、実践したというわけだ。
「でもどうして急に……今までこんなことなかったでしょ?」
「弱くなったからだ」
読心術は前々から持っているのに、今になって聞き取りが追いつかないと弱音を吐いたことにヒカリは疑問を持った。
実際の所、レイジは限界を感じていない。ただ自分の居ない環境に皆を慣れさせようと考えただけだ。
彼は半年後に帰省する。この島には戻ってこないつもりだ。だから皆にとって頼られる存在から抜けて、居ても居なくてもいい人になりたい。
そんな背景だという事実は伏せて、レイジは力が衰えたということにした。
「弱くなった?」
「ああ。どうも遠くの声を聞き分けられなくなっていてな」
聞こえないフリをするのは簡単だと考えたレイジは、さも本音のようなトーンで語った。
「嘘だ。見栄っ張りのレイジがそんなこと言うはずない」
その嘘をヒカリは一瞬で見破った。心を読めたりするだけで強さを上げる“ノーツ”を持たない彼は、相手に余計な情報を与え迷走させた隙を突くスタイルを得意とする。
そんな彼が自分を弱く見せることを言うはずがない。逆にどんなに遠くの情報もキャッチできると思わせる態度をとるはずだ。
ヒカリはレイジをよく知っている。だから彼の言動が、リアルかフェイクか見分けられるのだ。
「図星だった? 何年付き合っていると思っているの」
付き合った期間より別れてからの期間の方が長いだろうと言い返したい気持ちを抑え、レイジは萎縮した。
「そういえば、連中の疑問は解決した。“ノーツ”名鑑を見れば、俺が心を読む力を残していると分かる」
話を変えて、レイジが失った“ノーツ“は悪夢の瞳ではなく読心術ではないかと危ぶむ人たちに真相を話すという最優先事項は、彼らの自己解決で幕を閉じたとヒカリに告げる。
心を読む力があることは機械が証明してくれた。そう聞いたヒカリは納得する。
「麻布さんと会ってた件は?」
「関係ないだろ、お前には」
だがもう一つ。レイジに聞くに至った疑問が残っている。同じBランクの美少女、麻布麻李杏とのデートの真偽は曖昧なままだ。
しかしレイジは答えない。別れた相手に話す義務はないと喧嘩を売った。
「私を怒らせて帰らせようたって、そうはいかないよ」
ヒカリは聞き流した。レイジが他の女子と何をしていようと、運命の相手である自分の元に戻ってくると信じて疑わないからだ。
そして苛立たせることが狙いの言葉を放ったのだと見透かす。これ以上暴かれるのを嫌ってカッとなるように仕向けていると推測し、思い通りにはいかせないと宣言した。
「そういえば、部屋広くなったね」
ヒカリは話題を変え、部屋に入ったときから気になっていた違和感について聞き出す。夏休み前に訪れたときよりも、棚やぬいぐるみが減っている。彼女は理由に心当たりがあった。来年度を見据え、長期休暇のうちに引っ越しを進めているのだと。
「お察しの通り。地元に帰るために、少しずつ移してる」
捨てたとは言わないで、移動させたと答えた。その中にはヒカリと仲が良かった頃に買った品も含まれている。
「じゃあ大きい物も買えるね」
「もう増やさねえよ」
残り半年、思い出の置き場を広くとれると考えるヒカリに、引っ越し準備の意味がなくなるから止めるようレイジは釘を刺した。
「……瞳の力がなくなってからさ、昔の自分を思い出すようになったんだ」
「昔の自分?」
ヒカリと会話して落ち着いたレイジは、自分のことを語る決心がついた。今の彼は悪夢の瞳を宿す前と同じ状態。それで瞳の力を持つ前の、小学生の頃の自分や周囲の人の様子が記憶に蘇ったと話す。
高校で出会ったヒカリは当時のレイジを知らないので、昔の彼と言われてもピンとこなかった。
「心を読める力があると、何かある度に聞かれるんだ。迷子を探せとか、テストの答え教えろとか」
「私の想い受け止めてとか?」
「それは無かった」
好意に気づいているのなら応えろ、というヒカリと同じタイプの人がいなかったのは不幸中の幸いだったと気づいたレイジは、肩の力が抜けたが、彼女に礼は言わない。
「で、そう頼まれたとき、最初は全部引き受けていたんだ。でも、それでトラブルが起こって」
最初の頃は、役に立てる自分が嬉しくて率先して解決に加担した。だがある日、依頼が重なってミスをして一転した。
「トラブル?」
「うっかり一つ、頼まれたことを忘れたんだ。でも、贔屓だって疑われて」
意図して無視したわけでもないのに差別をしたとレッテルを貼られ嫌がらせを受けた。そのうっかりミスで人を救えなかったので、罰が下ったと受け入れたものの、ミスもクレームも増える一方だった。
「そんなトラブルが続くと、もう全部聞かないことにしたんだ。俺が手出しすると不公平だから」
そこでレイジが行き着いた結論は、読心術を封印することだった。誰かに手を貸せば、他の人と不平等になってしまう。そして手を求めた人はだいたい卑怯者なので、何もしないことによって本来行くべき人が進む場合より社会的メリットが薄いことも多い。
ズルをして試験に通った結果、真面目に挑んだ一人が弾かれてしまい、ズルで入った子どもはそこから続かなかったのがその一例だ。
「それでも文句が収まらないから、俺は自分を守るために力を使ったよ」
誰にも加担しない独立を掲げたところでクレームは消えない。一人でも多く助けた人より何もしない人の方が責められるのは、決して変な話ではない。
掃除で置き換えれば、選んだ手段が褒められないことなのはレイジ自身も分かっていたが、改善策は分からない。
だから自分を守ることに専念したのだ。
「そんな故郷に帰りたいの?」
「帰りたくない」
使命はある乗り気ではない。夢を叶わなくさせる悪夢の瞳を手離せたからといって、受け入れられるようになるわけではないと分かり、躊躇う気持ちが強まった。
レイジは瞳の力を失ったことを、後悔していたのだ。
「でも帰らないと。帰って、夢で溢れさせないと」
曲げられない信念があるのだと、レイジは目で訴えかける。その目を見てヒカリは、応援したいと思えない、と心の声を彼に聞かせた。
その言葉はフェイクで、この島を抜け出したいのが本心ではないか。彼女はそう勘繰る。
別にそう疑っても構わないレイジは、否定せず何も言い返さなかった。
「じゃあ、実験してたの? この島の皆で」
「いや、逆」
心が読める力を他人のために使わないようにして、皆からどう思われるかを試していたのか、とヒカリは尋ねる。しかしレイジは否定した。
この島だろうと故郷だろうと、結果は変わらないと読んでいたからだ。そして理由は他にある。
「ここで慣れてから帰るんだ。トラブルに慣れてから」
批判は避けられない。だからあらかじめ体で覚えておく。そして帰省後のストレスを減らす。それが目的ゆえの決断だと明かした。
「……何それ」
ヒカリは納得しない。端的に言えば、レイジは皆に嫌われようとしてる。その皆に、彼女自身も当然のように含んで。
「あと半年を、嫌な思い出で染めようって言うの?」
「まあそういうことだ」
帰省すれば皆と会えなくなるから、残りの期間を大切にしよう、という考えが頭になく、帰省までの猶予期間としか見ていない。
その上で嫌な出来事を増やすことだけ考えていると聞いて、なおさら納得できなくなる。
「って話せばヒカリみたいに納得しないか、興味ないかのどっちかだろうから黙って進める」
ヒカリの考えは理解している。そして彼女がマイノリティではないことも分かっている。だからレイジは言いふらさないと決めている。
批判されたところで止める気はなく、話すだけ無駄だからだ。
「……Bランクの皆とうまくいってないの?」
ヒカリはレイジの心境の変化のきっかけとして疑わしい、“ノーツ”喪失による取り巻く環境の変化が原因かと尋ねた。
降格先のBランクに溶け込めていないのか。仮にそうだとして、ヒカリ自身も属するその階級でレイジが孤独を感じていることに気づけなかったことに無力感を覚える。
「そんなことはない」
自分の独断に他人を巻き込むと面倒になるのでレイジはすぐに否定した。否定したところで、別の原因を話せず沈黙が流れる。
「……じゃあ、私とよりを戻さないのは」
皆に嫌われることに慣れるために、その妨げになる本音は抑える。それがレイジの狙いだから好きな気持ちを閉じ込めているのかとヒカリは問いかける。
「お前に嫌われる覚悟もできている」
ヒカリへの本心がどうかは伏せて、彼女に憎まれる覚悟はできていると突き返す。彼女が望んでいないことだと分かっていながら。
「なら、その必要があるか確かめさせて」
「いいだろう」
何を言っても聞かないと踏んだヒカリは、レイジが見据える未来が事実なのか確かめようと決めた。
この夏休み中、レイジの帰省に同行する。そして彼の故郷をこの目で見る。その決断に、彼は二つ返事で了承した。




