608話 グレーゾーン
「一ノ宮を騙した償い、ね……」
三郷楽阿は京橋慧練から経緯を聞いた。なぜ麻布麻李杏を使ってルミアを演じさせていたのか。その理由は、それによってかつてルミアというメカを作り悪用した悪者を誘き寄せて撃退し、溜池彼方の未練を断ち切ることにある。
その暁にはマリアがルミアに対するカナタの気持ちを知ることができる。そしてカナタがどんな思いで一ノ宮耀を守ろうとしたのかも知ることができる。
そうすれば先月の文化祭で皆の計画のためにヒカリに協力するフリをして追い詰めた件に対し謝れるはずだ。そう信じ、順に計画を進めているわけだ。
経緯を聞きながら、ラクアはマリアたちを眺める。今はエレンの練習の休憩時間。居合わせた酒々井鉄道たちが彼女と雑談している。
「アイリは麻布が男に絡まれてるって思ってたんだね」
「いや本当に不安だったのよ!」
エレンの練習に付き添ってスマホを見ていなかっただけだったが、却って美南哀月を不安にさせた。それで彼女を探しに出歩いていたと聞いたテツジは苦笑いする。
可愛いもの好きのアイリらしい言動だとは思ったが、いささか過保護ではないかと怪訝に感じる節もある。
「アゲハも巻き込まれて大変だったね」
そんなアイリの元へ遊びに訪れていたばかりにマリア探しに連れ出された北参道天羽に労いの言葉を贈る。
「別に平気よ。ただ……想像より地味なのが残念」
アゲハとしてはマリアが本当に男に走っていたらアイリのリアクション込みで面白いものが見られると期待していたので、同性のエレンと秘密の特訓をしていただけと分かり落胆している。
疲れているように見受けられるのなら、それは期待のハードルを超えなかったことで気分が落ちたことにあるとアゲハ自身は思っている。
「そこの所はどうなの? 実は彼氏できてたり」
今回はエレンとつるんでいただけであり、気になる男がいないと判明したとは限らない。その点はグレーゾーンのままだと気づいたテツジは本人にストレートに尋ねる。
実際はどうかと聞かれたマリアは黙って固まった。
「嘘だよねマリアちゃん!?」
「最近三門君といい感じなのよ」
すぐに否定しなかったのでアイリはまさかと思う。そこに追い討ちをかけるように、マリアは根も葉もない噂を撒いた。相手の名前は三門玲司。先月の文化祭の事件を経て悪夢の瞳を失い、特殊能力“ノーツ”の評価がマリアと同じBランクに下がった同学年の男子生徒。
ランクが同じになった他には接点のない二人だが、それが機で距離が縮まったというガセ話をばら撒いた。
「三門? レイジか?」
「あ、うん。聞こえてたんだ」
自分の苗字と音が似ているラクアは話に割り込み、自分のことではないのを確認するために名前を聞いた。マリアは頷き、彼は安堵した。何もやましいことは隠していないが、アイリの手前で話されると誤解されて衝突に発展しかねない。
そのアイリはというと、マリアの話を聞いて石のように固まっている。
「なんか予想当たったわね」
ここに来る前にアゲハと想像していた予想の一つが、まさかの的中をした。
「予想できたんだ。凄いな」
「マリアが彼と出かけたって話は聞いていたのよ。だからその延長上で」
レイジがBランクになり、彼の次の次に新参のマリアがランク内の活動やメンバーの紹介をするという名目で、彼と二人で出かけた。しかしその実態は彼に好き放題奢らせることであり、彼は分かっていながらも話に乗ったというもの。
その一度のお出かけから発展して二人の仲が接近しているのでは、と予想するのは難しいことではなかったわけだ。
「それに三門君なら、スマホを見なくても無視していいか区別できるでしょ?」
「ああ、確かに」
アイリからの着信は急を要する連絡ではない。それを何もせずに判断できるのは、心を読む“ノーツ”を持つレイジならではの芸当だ。
だから彼が関与していれば、マリアには鳴っているスマホは無視していいと吹き込んでいるかもしれない。
などと考えていたものの、エレンから事情を聞いて意図的に無視していたわけではないと知り、破綻した。
それはそれとして、関係が密かに詰められている疑いは深まっているのは事実なので追求は止まらない。
「でもあれ? 三門君は一ノ宮さんといるって言ってたわ」
アゲハはまだ情報を抱えている。レイジがマリアと良い感じになっているのを元カノのヒカリに教えたら面白い展開になると企んで電話したところ、彼はここにいるとヒカリから返ってきた。
電話をかけたときはあくまで想像で吹き込んだので、ヒカリの言葉を聞いて予想が外れただけだと受け止めたが、マリアの話を聞くと裏があるように思えてならない。
「……二股?」
ヒカリとは随分前に別れているものの、クラスメイトゆえに未だ距離が近い。けれども決別することもできるわけで、なのにそうせず今も休みの日に彼女とつるんでいる。
となると、ヒカリとマリア、二人との関係を同時に持とうとしているように思えてならない。
「……なんて、全部嘘よ」
風向きが怪しくなってきたところで、マリアはネタバラシをした。
「嘘?」
「ええ。三門君といい感じ、なんて話は嘘」
「良かった……」
「なんだ……でも、どうしてそんな嘘を」
周りを惑わせるため、と言ってしまえばそれまでの話。けれどもマリアには、嘘をついた別の理由があった。
「止めに来るか試したの。この話、聞こえているだろうし」
「言われてみればそうか。読心術あるし」
心を読む“ノーツ”を持つレイジには、遠くにいる自分たちの会話を聞き取る力がある。変な噂が広まるのを察知した彼がどう対応してくるかを試すための嘘だったと明かす。
結果、何もしてこなかったので自らネタバラシをしたのだ。
「例の事件で一緒に消えちゃったんじゃ」
「いや、だったらFランクになるはず」
レイジの高校の文化祭で起こった例の事件。そこで彼は悪夢の瞳を失った。見た相手の夢や願いを叶わなくさせる凶悪な力も兼ね備えていた頃はラクア、エレンと同じSランクだった。
その力を失った拍子に、読心術も失っているのではないか。だからレイジにとって不利な会話が進んでも関与してこなかったのではないかと考えたが、もしそうなら“ノーツ”未覚醒のFランクになっているはず。
「……逆にさ、読心術じゃない方が残っているんじゃ」
「あー、えー? そんなからくり!?」
Eランク以上は“ノーツ”を持っている証拠。レイジには持っていた力のどちらかは今も残っているのは事実。
ここから考えられるケースの一つは、読心術がなくなっており、悪夢の瞳が健在というものだ。
「赤い光はノエルが阻止したはずだろ?」
「多分。でもその後補充されていない保証はない」
レイジが悪夢の瞳を一時失ったのは事実だ。力は有限で、底を尽きると空に監視衛星でもあるのか、タイミングよく赤い光が降って目に飛び込んでくる。
その光を、軌道を変える“ノーツ”を持つ清澄祈聖の力で跳ね返した。だからレイジに力は注入されていないのだ。
だが、もしその後また光が降ってきており力が補充されていないかは分からないのだ。
「……考えてもきりがないから」
「そうね。本人に教えてもらえたら即解決なのに」
心が読める力があれば、教えてほしい願いは届いているはず。教えてくれれば考察する必要がなくなる。
それでも音沙汰ないのは、ある意味それが答えなのだと考えられる。
「返事がないってことは、そういうことなんだろうな」
答えが来ない。つまり聞こえていないわけで、心の声を聞けなくなった。
悪夢の瞳ではなく読心術がなくなったのが真相なのだと受け入れざるを得ない。
「……それか、連絡できない状況なのかも」
聞こえていても連絡ができなくてはラクアたちに届かない。レイジの身に何かが起こり、スマホを使えない状況下にいる。
それなら瞳ではなく読心術の方が残っていても真相を教えにこない理屈が通る。そうとしたら問題はレイジ本人だ。
「聞いてみるわね」
アゲハはヒカリに電話をかけた。さっきかけたとき、付近にレイジがいるかのような返答だったのを覚えている。だから彼女に聞けば、情報を得られると考えたのだ。
『ごめんね、二回も。ねえ、三門君はそこにいるの?』
『……それがどうしたの?』
またイタズラか。ヒカリは警戒しながら、質問の答えを濁す。
『さっきから三門君のことで重要な話をしているのだけど、心が読めるはずなのに一切連絡が来ないの』
『話?』
ヒカリ目線では、アゲハの他に誰がいるか知らない。だが話をしていることから誰かしらは居ると分かり、その連中がレイジに言い寄る女子たちではないかと疑った。
それも恐らく、自分と同じBランクの。レイジが降格してきたのを機に距離を詰めようと企んでいるのだろうと考えられる。マリアもその一人だと捉えていた。
『それは私に言えないこと?』
ヒカリはレイジと去年まで付き合っていた。彼は今フリーなわけで、彼が誰とどうしようと口出しする立場ではない。
しかし彼女は彼のことを運命の相手と信じて止まず、いつかは自分の元へ戻ってくるべきだと思っている。
それを邪魔する連中は、見逃していい相手ではない。彼が絡む重要な話について、ヒカリは聞き出した。
『言える、言うわ。無くなったのは、心を読む力じゃないのかってことよ』
『そうなの?』
ヒカリはアゲハに聞き返した。だがアゲハは、自分にではなく彼女のそばにいると思っているレイジに、スマホを持ったまま聞いたと捉え、沈黙する。
『えっ、私に聞いてるの? 本人そこに居ないの?』
『居ないよ』
『なんだ……ならいいわ。連絡くれないから、何かあったのかと思って』
レイジならここにいると見栄を張ったことを忘れているヒカリは、今回は正直に答えた。それを受けてアゲハは、彼の行方が掴めないのなら彼女に聞いても仕方がないと割り切って、ヒカリに電話をかけた理由を告げて、通話を終わらせようとする。
『平気だよ。前も似たことあったから』
無事なら反応してほしいと思っている人がいて、心が読める力があるのに、一切連絡を寄越さない。それはレイジの身に何かあったからではないか。そう思い込ませ不安にさせて実は何事もない。
以前その手口を使われたことがあるヒカリは、考え過ぎだと一蹴したのだ。
『……そう。元カノのあんたが言うのなら、信じるけど』
レイジと付き合っていた過去があるヒカリが冷静に返してくるから、その言葉を信じた。
確かに返事がないだけで危機的状況と疑うのは、いささか早計だったように思い返す。
『ありがとう。じゃあ切るよ』
『はい』
無事かどうかを確かめようにも、ヒカリが行方を知らないのでは、話を続けても意味はない。聞けることはすべて聞いたアゲハは、お礼を言って通話を終えた。
「どこに居るか知らないって。あと、心配要らないらしいわ」
「へえ、意外」
ヒカリのドライな返事は想定外だった。だが付き合いが長い分、レイジのことをよく分かっていて、焦るべきか区別する力が養われているだろうから、信じてもいいと思った。
「あいつなりに考えでもあるってことかもな。別に俺たち、あいつと話せなくても困るわけじゃないし」
皆はマリアがレイジとの仲を本当に詰めているのか真相を確かめたいだけであり、彼からの返事がないと誰かに迷惑がかかることではない。単に面倒に巻き込まれるのを嫌い熱が冷めるのを待っていると考えれば合点がいく。
「さて、休憩は終わりだな」
だからこの話は終わりにして、練習を再開することにした。
一方でヒカリはいてもたっても居られず、レイジの家へと向かった。




