607話 束縛していたのでは
「ラクア。あれって……」
「ん? あいつは……」
夏休み。小旅行の準備の買い物帰りの酒々井鉄道と三郷楽阿は、見覚えのある金髪少女を見かけた。
「ルミア? でもあいつはもう……」
「人違いなのかな。いや、メカ違い?」
遠目に見ただけだが、人型ロボットのルミアによく似ている。けれども本物はもう動けないはずだから、そっくりさんかもしれない。
疑わしいので、寄って挨拶しようか迷った。だが確かめずに去るのもどうかと葛藤する。
「本物だとしてこの街に居るか?」
「だよなぁ」
仮に本物のルミアだとしても、テツジたちの暮らす街を一人で歩いている理由が分からない。出歩くとしたら、ルミアを拾った溜池彼方の住む街か、直してもらった研究所のある街のはずだ。
「でもここもカナタの家からそう離れてないし」
「やっぱ別におかしくないか」
カナタの家は隣町なので、ならば訪れていても不思議ではないと考え直した。
「話しかけてみる?」
「そうだな。慎重に」
しかし本物と断言できない。少なくとも向こうは自分たちの事を知らない。こちらが名前を呼べば本物かどうか確かめられるが、いきなり聞いてしまっては警戒されて逃げられてしまいかねない。
そこで正面からではなく横から近寄った。
「ラクアたちだ」
京橋慧練は電柱の陰からルミアの姿をした麻布麻李杏に迫る二人を捉えた。
操っていたマリアを、今度は喋らせる。ルミアを演じ、正体がバレないか実践形式のテストをするために。
「どうしたルミア。カナタは居ないのか?」
本人の名前と、本人がよく知っている名前を出して、ルミアかどうかを確かめに出る。
『カナタ? カナちゃんのこと?』
「えっ、ああ……そうだよ」
ルミアはカナタのことをあだ名で呼んでおり、テツジの言っている名前とイメージした人物が一致しているか聞き返す。
その返答は予想外で調子が崩されるも、認識は合っていると答える。同時に、やはり本物のルミアだったのかと察し困惑する。
「本物っぽいぞ」
「いやでもどうして……」
ひそひそ話でどうしてルミアが現れたのか話し合う。お互い心当たりがないので、次になんて声をかけるか相談し合った。
「そうそう。そのカナちゃんは一緒じゃないの?」
『私、一人。散歩に来たの』
カナタなら事情を知っているはずだと考え付近に居ないか聞いたが、ルミアは一人で来たと答えあてを失う。
その光景を眺めるエレンは順調だと実感した。以前、とある女子がマリアの姿をしていてもラクアは正体を見破った。外見に囚われず内面を見抜く実績がある彼にバレていないのは上出来だと自負し、引き続きルミアの演技をさせる。
『あなたたちはカナちゃんのお友達?』
「ああ、そうだ。俺がテツジで、こっちがラクア」
カナタを知っている人なら怪しい人ではない、とルミアなら考えると想像して、この質問を選んだ。すると彼らから自己紹介という期待通りの返答を聞けた。
『どこへ行くの?』
「いや、もう帰るところ。俺たち今度旅行に行くから、足りない物を買ってきた」
失くしたランタンを筆頭に、持ち寄ってもリストにチェックをつけられない道具を探しに店を回っていたと答える。
「ルミアって光れるんだっけ?」
「あっ……」
エレンは戸惑った。素振りや外見でルミアを演じているだけで、本物と同じスペックを披露できない。だから目を光らせることはできないわけで、見せろと言われてできなければ怪しまれる。
『光らなくていい。スマホで充分』
「へえ」
持ち物で代用できる機能はエネルギー節約のためにストップさせたことにして乗り切りを試みる。
苦し紛れだがラクアたちは信じた。
「これも光るだけならスマホでいいし、買わなくても困らないものだけど」
「ムードを上げられるから、機能の被りは気にしないんだ」
ルミアの言い分を否定するつもりはない。他の性能を上げるためにコストを振り分けた結果だろうから、むしろ良い変化だと考えている。
けれども残す利点もあると伝えたいから、ランタンを例にそう告げた。
「だから、光りたいなら光っていいんだぜ」
「そうそう」
他の機械で足りる機能は省く、そのスタイルに固執しなくていい。なりたいようになっていいと語り、肩の力を抜かせようとする。
『ありがとう。でも、落ち込んでいないよ』
「そうか、余計なお世話だったな。じゃあ、またな」
「カナタによろしく」
雑談を続けてルミアの時間を奪ってしまうのも良くない。話に区切りがついたので、二人は別れの挨拶をして移動を再開する。
二人が通り過ぎるとき、エレンはバレずにやり過ごすべく隠れながら動いた。
同時に、マリアを動かし元の彼女の髪型に戻す。
「ふぅー…… 演技するのって疲れるわぁ」
少し休憩が必要に感じた。また他の人に見つかった際に備え、マリアらしい外見に戻しておく。
「あっ、居た! マリアちゃん!」
だがタイミングが悪く、マリアの姿に気づいて美南哀月が駆け寄ってきた。隣には北参道天羽もいる。
アイリは地元民なのでその友達もいても不思議ではないが、間髪入れない遭遇にエレンは困惑する。
「ここにいたの!? ずっと返事くれなかったから心配で……」
「一人? 珍しいわね」
エレンは認識した。二人はマリア本人として彼女を見ていることに。だから今度は彼女本人として演技させなくてはならないと自分に言い聞かせ、ぶっつけ本番に挑む。
『ちょっとお出かけ。一人よ』
「じゃあ私たちと付き合って。色々聞きたいことがあるし……」
アイリは強引に誘っている自覚はあるも、マリアが危ないことに巻き込まれているといけないから貫いた。それを聞いたエレンは、単に人形の時間が長くてスマホを見ていなかった、というシンプルな言い訳で躱そうと考えて二人についていくと決めたが、ここでまた問題が起こる。
「ラクア? 忘れ物でも……あれは」
アイリの声がラクアに届き、足を止め振り向いた。隣のテツジは何があったのか聞きつつ彼と同じ方向を向くと、彼女たちの存在を知った。
そして駆け足で引き返す。エレンは再び身を隠す。
「おーい」
「ラクアとテツジじゃん。よっす」
マリアがどうしていようとあまり興味がないアゲハは、外部からの声にすぐに気づき、二人を認識した。
四人が合流したのを見て、エレンは状況を整理する。間に挟まるマリアのことを、男子はルミアだと、女子はマリア本人だと思い込んでいる。
つまり全員に疑われないためには、一人二役をこなさなくてはならないのだ。エレンは不可能だと理解しつつも、やれるだけやるしかないと割り切り、操作を再開する。
まずは髪型を半分だけルミアに寄せた。片側からはマリアに、もう片側からはルミアに見えるように。
「どこ行くの?」
「いや、ちょうど帰るところで。さっきまでそいつと話してた」
テツジの話を聞いてアイリは疑った。もしかして彼らがマリアを束縛していたのではないのかと。
「だからマリアちゃんは返信をくれなかったの?」
「マリアちゃん? 何のことだ?」
エレンは肩を落とした。そう都合良く名前を伏せていてくれるはずがなかった。終始マリアのことを指示語で表現してくれたらごまかしようはあったのだが、現実はそう甘くない。
「マリアがかまってくれないから、あんたたちに独占されていたんじゃないのって」
「……あれ、そいつ麻布なの?」
血の気が増しているアイリに代わり、アゲハが経緯を説明した。そこでラクアたちは、自分たちがルミアだと思っていた相手がマリアだったことに気づく。
「よく似てるな……コスプレみたい」
「いや、俺たちも会ったばかり。独占なんてしてねえよ」
正体が分かったところで、問題は濡れ衣を着せられていることだ。ラクアは偶然会っただけで、アイリに疑われるような関係はないと弁明する。
「本当なの? マリアちゃん」
『そう。でも私が会いにきた』
エレンは操ったまま答える。そして、彼らに利用されていたのではなく、逆に利用する気だったことを明かす。
そのためにも、自ら説明すべきと判断し皆の元へ向かった。
「会いにきた?」
『二人を使って実験したの。続きはエレンが説明するわ』
そこまで言うとマリアは倒れた。咄嗟にラクアとテツジが支え、地面にぶつらかずに済む。仮にぶつけても人形状態なら平気だが。
「どうも。エレンです」
「やっほー。色々よく分からないけど」
まずどうしてエレンが家からも高校からも離れているこの街に居るのか、はマリアを使った実験をしていたからなのだろうが、実験の目的が分からない。
ただ嘘ではないのは分かるから説明を待つ。
「じゃあマリアちゃんが音信不通だったのは」
「私に付き合ってもらってたからなんだ」
「なんだ、よかった……」
なおアイリは待てずに聞いた。一番の懸念点が杞憂と分かり、胸を撫で下ろす。
「悪い男に捕まっていたらどうしようかと」
「ラクア、どうやら俺たち悪い男らしい」
逆説的に、ラクアやテツジが関与していると疑っているときの警戒っぷりが露呈した。アイリ基準で信用に値しない人だと自虐する。
「男の時点で悪者なだけだ」
だがラクアは人間性ではなく性別の問題だと返す。男なら誰でもアイリは警戒したはずだと捉え、自分の内面に非があるとは考えない。
「で、実験って言ったっけ?」
「うん、言った。どこから話そうか……」
エレンは少し悩んで、ルミアを壊した悪者を釣り出す狙いだということから話すことにした。その背景はややこしいので割愛した。
「ルミアのフリをさせて出歩けば、ルミア利用した悪者が現れるかもって。それで出てきたらやっつける」
「確かに、逃げられてるものね」
四人のうちアゲハはよく覚えている。時の石を使って過去のルミアと会ったことがあり、黒幕を仕留め切れずイベントを終えたことを思い返す。
「で、なんで俺たちで実験を」
「それはラクアがいるから。前にさ、マリアちゃんの中身がアイリだったって見抜いたの、覚えてる?」
言われてラクアは去年の出来事を思い出す。本心を抑えてアイリのSOSに動かず仲が拗れたとき、彼女がマリアの体に入って現れた。
そこでラクアから秘めていた想いを聞き、走り去った彼女の中身はアイリだと察した。
「あったな、そんなこと」
「だからラクアにバレなければ合格かなって」
そんな過去があったから、彼の目をごまかせれば上出来と捉えて実験相手に選んだと明かす。
「でも疲れたよ、思った以上に。そこで休憩していたら二人が来て」
「変装を解いたタイミングで私たちが来てしまったってことね」
実際ラクアに気づかれずやり過ごすことができたので実験は成功だった。だが気を抜いた瞬間にマリアを見られ、戻ってきたことによって全部バレてしまった。きっかけは今アゲハが話した通りだ。
「でも怪しいよ。マリアちゃん全然返事くれないし」
「ずっと練習に付き合ってもらっていたのよ。休みの時間は人形状態だったから……」
エレンの実験は今だけではない。実践形式に出る前も、主に自宅でマリアを使っていたと明かす。プライベートの時間の妨げにならないようにマリアは気を使ってくれて、ルミアを演じない間も“ノーツ”を使って意思のない小さな人形に縮んでおり、それでスマホを見ていなかったと答える。
「ねえエレン。その実験はいつまで続くの?」
「夏休み中には……」
アイリはいつになればマリアと会えるのかとエレンにせがむ。時間が自由な八月中に決着をつけたいが、それでは彼女の望みが叶わない。
「俺らも協力しようぜ」
「悪いけどパス」
協力すれば早く終わる。そう考えて誘うテツジだがラクアは嫌だと即答した。
「他に用事あるのか? アイリが危ない目に遭うかも」
「マリアに嫉妬してるだけでしょ」
テツジの言葉に意思が揺らぎ、アゲハには図星を突かれた。ラクアは背中を向けた姿勢を元に戻し、皆の視線を確認した。
「やるよ」
余計に恥を晒しただけなのを自覚しつつも平常心を表に出し、参加表明をした。




