605話 記憶を頼りに
「はいっ、出来上がり」
麻布麻李杏はかき氷を食べた後、二人を連れて自宅に戻った。自室で京橋慧練にコーディネートしてもらい、ルミアに変装した。
衣類や装飾品は以前変装したときに買い揃えていたので、エレンの手を借りたのは髪型だけ。ゴムで縛ったりワックスで固めたりして、再現を手伝ってもらった。
「前より違和感がある」
「実物はこんな感じだったわよ」
前回自分で髪型を弄ったときとは重みや手触りが違う。鏡を見ても前回と区別がつかないが、エレンの話を聞いて納得した。
「確かに。私は写真を見てやったから、質感とか知らなかった」
「なるほど……やってもらって正解だったわね」
マリアもその同級生の蔵前綺星もルミアに会ったことがない。ルミアはかつてエレンや溜池彼方たちが見つけたメカであり、すぐに壊されてしまった。
メカといっても見た目は人間そのもので、他人がコスプレするのは難しいことではない。けれども実物を見たり触ったりしないことには質を上げられないので、エレンの支援は頼もしい。
「これで外に出たら悪者を誘き出せるのね?」
「うーん、まだ信じてもらえないかも」
似せるには見た目や感触だけでは駄目だ。口調や態度、表情など、あらゆる要素でなりきらないとバレてしまう。
「でもカナタにはしばらくバレなかったわ」
「いやあ……ずっと疑っていたと思うなぁ」
内面の演技も実績がある。ルミアを誰より大事にしていたカナタでさえ、手を掴まれるまでごまかせていた。だから悪者の目も騙せると得意気に言うも、エレンは“同期”としてカナタをよく知るから、彼がそう簡単に騙されるとは考えられない。
むしろ疑ったうえで乗せられていたフリをしていたように思える。
「言われてみれば……簡単に戻ってくるはずないみたいなこと言ってたような……」
マリアはカナタにバレたときの会話を思い出す。本物のルミアではないと明かしたときに彼は、本物が簡単に復活するはずがないと呟いていた。
本物ではないと知ってもあまり動揺していなかったのは、その現実をよく理解していたからなのだろう。そう想像がつき納得した。
「ならどうやって似せるの?」
「そうねぇ……」
まだ足りないとは言ったものの、エレンはどう仕上げようか悩む。どう練習すればいいか、しばし考えた。
「……それは何?」
「ああ、ハッカ飴」
エレンはふと見えた袋を指差し尋ねる。マリアは机の上から袋を引っ張り、テーブルに置いた。
「そうだ。手伝ってくれるお礼にあげる」
それと別に同じパッケージの未開封の飴袋を引っ張り出し、エレンに差し出した。開いている方は今食べる用で、未開封の袋はお土産用だ。
「嬉しいけど、どうしてこんなにあるの?」
「妖怪の仕業よ」
「ふふっ……」
その一言でエレンは美南哀月からのプレゼントだと察して噴き出した。袋を見てアヤセも苦い表情を浮かべる。
事の始まりは先月マリアと二人でかき氷を食べていたときのこと。食事風景をSNSに投稿し、ブルーベリー味を選んでいたのをアイリに見られて、ベリー派に寝返ったと見做されハッカの美味しさを再認識させるために試練を課せられたのだ。
「シロップかけたら味変わらないかな?」
「味が消されてしまうかもだけど……色カラフルの方が美味しそうね」
飴と違う味のシロップをかけたらどんな味に変わるかは試したことがない。ミントの主張が強いから、きっと変わらないとは思う。
けれども同じ味でも色が多彩なら飽きずに食べられるとも考えられ、試す手には乗り気だ。
「……持ってこいと?」
家が近いアヤセにマリアは無言で目線を向ける。会話の流れからシロップを持ってくる必要があり、タイミング的に取りにいってくれと合図を出してきたのだと察する。
「どの辺にあるの?」
「アヤセの家の冷蔵庫事情なんて知らないわ」
この時点ではアヤセは雑用を任されたものだと思っていた。マリアの家で探すのではなく自宅まで取りに行かせるつもりと分かり、立ち上がりかけた体が止まる。
「嫌よ暑いし」
「じゃあまた今度にしよう。日持ち良いし」
包装を破く前なので今すぐ食べないといけないわけではない。マリアはアヤセが帰った後に彼女に試食させればいいと考え、この話は終わりにした。
「……で、どこまで話したっけ」
「ごめんね。私が話逸らしたから……」
ハッカトークの発端はエレンが菓子の袋について聞いてしまったことであり、話題が脱線したことを謝った。けれども無駄ではない。今の話でアイリのことが頭に浮かび、閃きを得たのだ。
「そうそう。前にアイリがマリアちゃんの中に入ったことあったの覚えてる?」
「あー。なんかあった」
マリアは同級生の家で人質として連れ込まれたアイリと出会ったのをきっかけに、“ノーツ”を使って体内にアイリの精神を潜らせた。
それは一年以上前の出来事であり、今となっては記憶が朧げだ。
エレン自身もアイリから聞いた話をたった今思い出しており、飴に触れていなければきっと忘れたままだっただろう。
アヤセに至っては関わりが薄いので言われても思い出せない。
「あのとき、中身がアイリだって態度で分かったらしいの。泣いて走り去る姿で」
マリアが他人を演じたのとは反対で、他人がマリアの体に入って正体を隠そうとしたこともある。見た目は別人なのに中身の想像がついたのは、態度やオーラの影響だ。
「つまりどういうこと?」
「その人らしく振る舞うってこと。今回の場合だと、機械らしく」
「なら余裕ね」
メカを演じるのだから人間性を表に出してはいけない。人なのに人ではないように振る舞うのは難しいが、マリア自身そうは思っていなかった。
「私、人形。感情なんてすぐ消せる」
「どう思う?」
それは本人が思っている以上に難しい。そう思えてならないエレンは、マリアをよく知るアヤセに意見を求めた。
「前より感情豊かよ。人形らしくない」
“ノーツ”が芽生えた頃、知り合った当初は無機質無感情という印象が強かった。当時なら機械を演じることができたと思うものの、一年半が経過した今は別人のように人らしくなっている。
機械どころか自称している人形でさえ演じるのは厳しいと思えてならないのだ。
「どうしてかしら」
「アイリとか色んな人が中に入って、感情が豊かになった影響だと思う」
「気安く貸すのが仇になったわね」
人の精神が体内に入って感情が芽生え、それがマリアに人間らしさを与えた。そうなったのは些細なことで体に入らせた彼女の意思が原因だと突きつける。
だが責めてはいない。今回は裏目に出ただけで、感情が豊富な分には困ることなんてないし、むしろ喜ばしいと考えている。
「じゃあリセットできない?」
「できても記憶が消えるよ?」
出荷時の状態に戻すことはできないかと尋ねるマリアだが、そんな仕様が隠れているかを本人以外が知っているはずがない。
真偽はさておき、感情の薄い頃へ戻ることができたとしても、その代償で思い出が消えてしまうはずだとエレンは忠告する。
ルミアも同じだ。仮に修理ができても前のルミアに戻るか誰にも分からなかった。
「なら当時の自分を思い出してもらう?」
アヤセはスマホに保存してある高校一年生の頃のマリアを見せて、記憶を消さずに思い出せないか考えた。
「思い出す……それ採用」
映像を見せる前にエレンが閃いた。予期せぬ反応にアヤセはスマホをしまう。
「私がマリアちゃんを動かす。ルミアを思い出しながら」
「そうか。操っている間は感情がない」
アヤセも意図を理解した。感情が薄い頃のマリアに寄せる方法はある。それは彼女に触れて、自在に操ることだ。
そしてエレンはルミアのことを知っている。記憶を頼りに再現できれば、記憶を消すことなく機械的に動くことができる。
「思い出すって、ずいぶん前の話でしょ?」
「いや、まあ……二年前だし、大丈夫」
ルミアが壊れたのは中学二年の三月で今から三年半も前のこと。しかしその後に時の石の力を使って当時のルミアに会ったことがある。それが二年前だから、思い出せなくはない。
かといって自信がないのも事実であり、そこは慣れて補う必要があるのはエレン自身も理解している。
「でも練習が必要ね。悪いけど何日か協力してくれる?」
まずマリアを操ったことがない。ルミアを再現する以前に思い通り動かせるようにならなくてはいけなくて、そのためには彼女との実践が必要不可欠。
家や学校は遠いものの今が夏休みなのは好都合。平日でも予定を合わせやすいので、協力してもらいたいと呼びかける。
マリアとしては、いつでも何度でも構わなかった。
「持ち帰ってもいいわよ。必要な時以外人形になっているから」
なおプライベートの時間を切り捨てるのを厭わないマリアは、いつでもいいとノータイムで返事をした。使いたいときに使えばいい。常に家に置いておいていいと答えた。
「ありがとう。なるはやでマスターするから」
さすがにそこまで投げやりにならなくてもと思うエレンは、彼女の意見を否定する言葉は発さず、借りる時間は最小限に留めると約束した。今日ならマリアの家で練習ができるから、極力今日中に感覚を掴みたい。
「ただし一回ごとにスイーツ奢って」
「機械が何を言っているの?」
「ふっ……」
好きに使っていいと言いながら使う代わりに美味しい物を寄越すよう贅沢を言うマリアに、エレンは迷いなくカウンターを浴びせる。機械らしく操る練習はもう始まっているのだ。
思いがけぬ言葉が刺さって硬直するマリアを見て、わがまま言ってきた罰が下ったと感じたアヤセは噴き出した。
「じゃあ、私帰るわね」
「気をつけてね。今日はありがとう」
方針は決まったので用は済んだ。エレンは練習のためまだ帰らないということで、アヤセ一人が帰宅する。
相談を持ちかけたのはマリアだが、エレンにとっても、解決策を思いつくためには二人の会話が必要だったのでお礼を言う。
アヤセを見送った後、エレンは練習を始めた。持ち歩いているノートを開き、マリアに触れて動かしながら、問題点を見つけてはメモする。
噂に聞いた通り、思ったままに動く。例として、歩かせるのに足の向きや上体のバランスなど細かい意識をしなくても平気だった。
そこで問題なのが、思い描いているイメージが実物と離れていること。実体化した想像を見て、何か違うように思えてならない。
知人の顔を見ないで絵描くとあまり似ないのと同じ理屈だ。
「……駄目ね。イメージが足りない。私の“ノーツ”も役に立たないし」
自力が足りないと自覚し弱気になる。“ノーツ”を使って補おうにも、地面から水を噴出する力では足しにならない。
「想像力が要る“ノーツ”を持った人は凄いなぁ……」
かといって適した“ノーツ”があれば簡単にできるわけではない。他人に化ける力を持っていても、持ち主の再現度が足りなければそっくりにはなれない。
知り合いに姿や声を真似る力を持った人がいるが、彼らの想像力の高さを改めて実感する。
逆にその実力の高さから、それを活かせる“ノーツ”が目覚めたとも考えられるが、それでは自分が想像力に欠けていることを遠回しに立証しているようなものであり、ネガティブにならないためにも深く考えるのを止めた。
「……でも私には記憶がある」
演じる相手は見知らぬ誰かではなく、ルミアという特定の相手で決まっている。だから直接会ったことがあるのは十分なアドバンテージ。
ルミアのことをどれだけ知っているかは、大抵の人には負けないつもりだ。
足りないイメージは確かな記憶でカバーし、マリアを機械のように操る練習を続けた。




