604話 経験すれば分かること
「ということがあったんだ」
久地羽撃は溜池彼方の家で京橋慧練と会っていた件について津田山響たちに事情を説明した。
ハバタは先月好きな人に告白したくて、その練習をしたいと同級生に相談した。その好きな人は“同期”のヒビキ。告白は成功し、今日は二人でかき氷の出店を訪れている。たまたま現地で居合わせたエレン含む同学年の女子たちに絡まれたせいで、告白の練習という秘密がバレて問い詰められているところだ。
相談相手は同級生の男子生徒のカナタであり、彼は“同期”のエレンが適任だと提案し二人を自宅に招いた。ハバタの意思でエレンに会ったのではないとまずは弁明した。
「事情は分かったわ。けど、ちゃんと話してほしかった」
浮気ではないと判明し安堵するヒビキだが、だとしても疑われる前に打ち明けてほしかったと告げる。知らない所で他の女子と会っていたのは事実だから、黙って行動するのはもうやめてほしいのが本心だ。
「だって、みっともないだろ」
「そんなことない。それに、そういうことじゃない」
ハバタは黙っていた理由は恥ずかしかったからだと告げるが、ヒビキが嫌だと思う観点は別にある。
「今日のデートだって、エレンさんにアドバイスもらったんじゃないかって不安になるから……」
黙っていると無限に疑いが生じる。裏で何をしているのか考えてしまい、事実であってほしくないパターンが頭を過るとつらい気持ちになってしまう。
だから疑わなくて、不安にならなくて済むように、隠し事をゼロにしてほしいと願う。
「……分かったよ。隠し事は無しにする」
「ありがとう。でも、できれば会うのも止めてほしくて……」
堂々と告げて行動を開始すればいい、とはならない。レクチャーのために会わなくていいのだと伝えようとする。
「ありのままでいいよ。ハバタくんが自分で考えてくれた方が……私は嬉しいから」
たとえ穴があっても予定が崩れてしまっても、ハバタが頑張って考えてくれたデートプランならそれで満足だ。逆に人の手を借りて仕上げられてもモヤモヤが残ってしまうとヒビキはわがままをぶつける。
誰かの入れ知恵のおかげなのだろうなと考えてブルーな気持ちになりたくないから、ハバタらしいエスコートが一番だと訴えかけた。
「分かった。次からそうする」
ハバタとしても、せっかくのデートを失敗して嫌われたくないからカナタに相談してしまったわけで、それがヒビキの望みでないというのなら、素直にやり方は変える。
かといって自分の好き勝手に計画を練るつもりはなく、どうすればヒビキを喜ばせられるかを考えて、思い通りにならなかったときどうリカバーするかも考えて。自分のベストを尽くすと誓った。
「一件落着ね」
「待って。私の話が途中」
痴話喧嘩を聞かされていた蔵前綺星はひと段落ついたような口ぶりの独り言をするが、麻布麻李杏は即座に否定する。ハバタたちの話は本題ではなく、彼女の話に割り込んできたものだ。そのせいで自分の相談がなあなあにされてほったらかしになっている。このままでは終わらせまいと、全員を呼び止めた。
「あっ、それなら」
ヒビキは少し先の未来の自分の分身を出した。今から十分後ならマリアの相談に対する答えが出ていると思われ、その時間帯の未来の自分なら答えを聞けばいいと気づいた。
「十分経ってどんな答えが出たの?」
その答えを今のマリアに伝えたら、話し合いの時間を短縮できるというわけだ。
「もう一度ルミアを演じて、悪者を誘き出す。そして溜池さんと協力して倒せばいいんじゃないの? ってなったわ」
「ふーん……」
その案ならカナタを騙してしまったことの償いになる、とマリアは納得した。
「それができたら、ヒカリさんにどう謝るかの答えが出てくるはず」
結局カナタがルミアにどんな思いを抱いており、どうして本気でヒカリを守ろうとした動機があったのか分からず終い。ルミアを演じて彼に接触し突き止めるチャンスを作ったものの、正体がバレるのを恐れ途中で撤退してしまった。
真相を知るには、同じ方法で試しても失敗する。違う方法が今思い浮かばないのなら、新しい経験をして視野を広げる必要がある。だから今は考えない。まずはカナタとの問題の解決に向けて動く。という結論に至っていた。
「ちなみにそれは誰のアイディア?」
「それは聞かなくていいんじゃない?」
十分の話し合いをスキップして結論だけ聞かされても、誰の意見から生まれたのかが分からない。そこをはっきりさせようとしたが、エレンが止めた。
「誰の考えか明らかにしたら、失敗したとき責任を追いつけられるでしょ?」
「それは確かに……」
「せっかく特殊なやり方で答えが出たのだから、探る必要はない」
本来ならしっかり話し合って、答えが出る過程で発言者も判明する。だから未来のヒビキは誰のアイディアか知っている。
けれどもそれを自分たちが知る必要はないと告げる。知らなくて済むことを知ろうとするのは、ただリスクを冒すだけとしか思えないからだ。
「なんか怪しい」
知って損と決めつけるあたり、知られたらまずいと思っているのではと疑わしくみえる。発案者はエレンなのではないかとアヤセは勘繰った。
「隠そうとしているようにみえる」
「そんなことはないわ」
「そう……ごめんなさい」
しかしエレンは冷静だった。あまりの落ち着き様に、アヤセは考え過ぎだと認め引き下がった。
「それはそうと、あなたはどうなの?」
「どうって?」
「“同期”のカナタさんとはどうなの?」
最初のハバタの弁明で気になることがある。それはカナタが呼んだら家に来た点だ。いくら“同期“の仲でも、遠い彼の家までわざわざ出向くかとなると疑問が浮かぶ。
それに彼のことをよく分かっているような言動も見せている。実は隠れて秘密の関係を築いているのではないか、そんな予感がしたのだ。
「どうって?」
「実は付き合っているとか、逆に前まで付き合っていたとか」
「なんだ、そういうこと」
特別な男女の仲と思われていると知り、エレンは冷静に答える。まずは首を横に振った。
「別にそんなんじゃないから安心して」
「安心って、私も別に狙ってるわけじゃ……」
ライバルと警戒しても探りなどではないとマリアは訂正する。単にもし二人が秘密の関係を持っていたら面白いと思って聞いただけであり、違うのならそこで話は終わりだ。
「じゃあもういいかな?」
かき氷を食べ終わり、マリアの相談も解決した今ならもう彼女たちに付き合う理由はない。ハバタとのデートに戻りたいヒビキは、離席したいと遠回しに告げる。
「何をそんなに急いでいるの?」
「時間がもったいないから! 分かってよ!」
マリアは悪意なく尋ねる。二人の時間を削られたくないから言っているのだと力んで説得するヒビキだが、心にはあまり響かない。
「あなたも経験すれば分かることよ」
「京橋さんはあるの?」
「ないけど?」
さも経験者のように語りかけるエレンだったが、自分にそんな経験はないと白々しく答える。どこからその自信が出てくるのかとアヤセは困惑していた。
「じゃあいってらっしゃい」
「言いふらさないでよねっ」
ついてはこなくても知り合いに広められるとその人が動きかねない。ヒビキは今日会ったことは秘密にするよう釘を刺し、ディスカウントストアに向かった。
「はー、余計に時間とられた」
「まあいいじゃないか。終わったわけだし」
店内のエスカレーターを上りながら、ヒビキは愚痴を零す。けれどもこれ以上時間をとられることはないとハバタはポジティブに捉えて宥める。
「念のため未来を見ておこうかしら」
しかしまた別件で捕まってしまっては嫌だ。そうなる前に逃れるために、ヒビキはまた未来の自分を呼んだ。
「あれから邪魔は入ってない?」
「大丈夫よ」
未来のヒビキは即答した。いい加減に答えただけのように聞こえ、本物の彼女は疑ってかかった。
「さっきみたいに騙す気でしょ!」
「そんなことしないわよ! 離して!」
力業で白状させられそうになり、嘘なんてついていないと抵抗する。
「もういいよ、津田山」
自分同士の喧嘩を見ていられないハバタは、未来なんて確かめなくていいと説得を試みた。
「未来を確かめたところで、俺が変えてしまうから意味ないんだ」
未来予知は意味を為さない。その理由は、未来を変え起きるはずがなかった出来事を呼び起こすハバタがいるから。だから見るだけ無駄な未来のために、争うのをやめてほしいと訴えかける。
「だから俺のせいであいつらに絡まれたわけで……責めるなら俺を責めろ」
マリアたちに見つかって時間を取られたのは、そうと分かっていて黙っていた未来のヒビキではない。本当は当初の未来では鉢合わせにならなかったのに、ハバタが未来を変えて出会してしまった。彼はそう思っている。
だからヒビキが文句をぶつける相手は未来の自分ではなくハバタなのだと告げる。そしてどんな不満であってもぶつけられる覚悟はできている。
「「ハバタくん……」」
「あと増えるのをやめてくれ」
それはそうと、ヒビキに頻繁に分身されると二股をかけているように錯覚してしまうので、極力一人のままでいてほしいと心から頼み込んだ。
上のフロアに進んで、まず入ったのはアニメ・漫画関連商品店。
「この本……」
ヒビキは今買うか悩んだ。来月お小遣いを貰ってから地元の書店で買えるか、未来の自分を呼び出して聞いた。
「これ来月買えた?」
「置いてなかったわ」
来月の自分は地元でこの本を見かけなかった。となれば、今ここで買うしかない。ヒビキはその本を持ってレジに並んだ。
「へー。そういう使い方があるのか」
ハバタはヒビキの“ノーツ”の使い方を眺めて感心した。未来の自分ができないことは今の自分がやる。呼び出す度に喧嘩していても、ちゃんと協力し合えていることに安心もした。
「今のうちに……」
「おい、押すなって」
未来のヒビキは今の彼女が会計で動けないうちにハバタを連れ出した。また揉める予感がして抵抗はしたものの、騒ぎを起こすわけにもいかず流されていった。
「お待たせ……居ない?」
「さっき二人で出ていったよ」
一緒に呼ばれた過去のヒビキが告発した。未来の自分が抜け駆けしたと聞き、今の彼女は腹を立てて店の外で電話をかける。
だが応答はない。
「また喧嘩になるだろう」
「ごめん。でも……」
一か月後のヒビキは、自分の行動が今の自分もハバタも困らせていることを自覚している。けれども衝動的になってしまったのは、ある理由があったからだ。
「夏休みが終わって、寂しくなって……」
今月は比較的会える日を作れるが、学校が再開してしまえば家も高校も離れているため平日はまず無理で休日も予定が合わないと難しい。
ヒビキ同士の会話から少なくとも来月以降の未来から来た立場であることを思い返すと、会う頻度が減り寂しさを感じ始めてしまったのだとハバタも理解が追いつき、そんな思いをさせないよう意識しようと決意した。
「ごめんな。来月からの俺が、そんなに構ってやれてないみたいで」
未来のヒビキの衝動は自分のせいでもあると受け入れたハバタは、彼女の頭を撫でながら語った。
「高校が始まれば、なかなか会えない日が続くけど……チャットとか電話とか、可能な限り応えるから」
付き合ったばかりだから、恋人からの連絡を無視する真似はしないと思っている。けれども月日が経ってモチベーションが下がってしまう、そんな自覚はないが未来のヒビキを見たらそうなっていると否定できない。
今の関係を当たり前と思わないように、未来の彼女を傷つけないように。ハバタは未来の彼女の忠告を受け止めて、大事にする気持ちを忘れないと誓うのだった。
「だから、戻ろう」
ハバタは未来のヒビキを説得し、さっきの店へと戻り合流する。今の彼女によって過去と未来の彼女は消滅し、騒動は収まった。
「何をしてたの?」
「忠告を受けたんだ」
「チュー!?」
何も疚しいことはしていない。むしろ思いやりの気持ちを忘れないよう注意された。そう伝えたかったが、聞き間違いで更なる混乱を招いてしまった。




