603話 自分を大事に
「ということがあったのよ」
麻布麻李杏は先日の出来事のことを相談する。今はもう動かないルミアというメカのフリをして溜池彼方と接触し、復活したと騙してしまったことだ。
「突然会いに行ったのはそんな理由だったのね」
ルミアを演じた日よりも前にマリアはカナタに会っていた。自力ではなく、同級生の力を借りて。その噂を聞いていた蔵前綺星は、彼女が彼と会った理由を知ってホッとした。
「てっきりスイーツをたかりにいったのかと」
「それもあるわ」
「ええっ……」
人形になる“ノーツ”でいくら食べても元のスタイルに戻れるマリアは見境なく奢ってもらおうとする。アヤセの心境はその餌食になる人がまた出たわけではないと知っての安堵だったが、そんなことはなかった。
「今度ここのかき氷をくれるのよ」
「でも美味しいよ。遠出してでも食べる価値ある」
京橋慧練はマリア、アヤセと違いこの街の市民ではない。マリアに呼ばれてきた他校生で、夏休みということで昼間から二人と一緒に屋台のかき氷を食べている。
ここへ来るまでは遠かったものの、時間と交通費をかけてでも来る意義はあったと満足している。
「内心怒ってそうなのよ」
「まあ……気持ちは分かるな」
悪気はなかったが、帰ってきたとぬか喜びさせてしまったことをカナタはよく思っていない。そう感じられたから、マリアは二人に相談した。
その勘は正しいとエレンは同意する。カナタの“同期”である彼女は、彼にとってルミアがどれだけ特別な存在かを知っている。マリアの行動を責めずに受け入れることができなさそうなのは、その場に居合わせていなくても想像できる。
「いきなり腕を掴むのも悪いわ。あんなタイミングでバレるなんて思わなかったもの」
「あー。それでマリアだって分かったのね」
マリアは正体を明かすつもりはなかった。カナタがルミアのことをどう見ているかが分かった段階で接触を止める気だった。
お互いだけの一対一の関係ではなく、ルミアと関わるあらゆる人との関係を観察して、いくつもの交友関係を持った一つの存在と認識している。そうと分かったマリアはボロが出る前に退散しようとしたものの、咄嗟に腕を掴まれ“ノーツ”が発動し、バレてしまった。
「これはヘタにフォローしない方がいいわ」
「忘れるのがベターってこと?」
エレンはカナタの心情を踏まえて、謝りに奔走するのは却って悪手だと告げる。アヤセは彼女の助言の意図を察してそう確認して、頷きを見て確信を得る。
「まあ私もあれ以上続ける気はないけど……」
マリアはも再びルミアを演じようというつもりは毛頭ない。カナタが自分だけのルミアとしてではなくあらゆる人から見た一つの存在として見ていることが分かったから、もう彼の思いを探る必要はない。
後はそこで実感したカナタの原動力を取り入れて、文化祭で裏切ってしまった一ノ宮耀に真相を告げて謝るだけだ。
「中途半端な気がして」
「仕方がないことよ」
だがここで終わりにするのも心残りで、何かできることはないかと不安げなマリアにかける言葉は我慢の一言だった。
「かといって何かして裏目に出るのも嫌だし」
「そうそう。それでこうして悩んでいるわけだからねぇ」
けれども引き摺れば好転するとも言えない。むしろ擦り続けて余計に不快にさせてしまうリスクだってある。現に想定外の結果になって困っているのをエレンも分かっているから、深く考えないで忘れた方が良いという意見をさらにプッシュする。
「あんた、前と随分変わったね」
「私?」
アヤセは二年近く前、出会った当初のマリアを思い返す。当時の彼女なら、こう悩むことも手詰まりで相談することもなかったので、今との違いがよく分かる。
「色んな人が中に入って感情が芽生えたのかしら」
「あまり実感は沸かないわ」
変化の理由として考えられるのはマリアの“ノーツ”だ。彼女は触れてきた人の思い通りに動く他、他人の精神を自身に取り込むことができる。どちらを発動しても彼女自身の意思は魂となって宙を彷徨っていて、コントロールされている間はどうすることもできない。
その性質を踏まえたアヤセの予想は、人の精神を何度も取り込んだ結果、その人たちの感情がマリアの心に残ったというもの。それで責任を感じたり、やりたいことが増えたりしたのだと考える。
「……マリアちゃんの“ノーツ”を考慮すると、もう変装しない方がいいかも」
エレンは“ノーツ”の話題からマリアを悪用する方法があることに気づき、それが現実になる前に防ごうと決めて待ったをかける。
「もしあの悪者に見つかって触られたら……自由に動くマリアちゃんを使って暴れてくると思う」
「確かに……やろうと思えば何でもできるしね」
想像力でどんな芸当もこなせるのがマリアの“ノーツ”の恐ろしいところ。屋根の上を走らせて車と併走させたり、車を蹴り飛ばしたり。
そんな彼女が悪人の手に渡れば、恐ろしいイベントが起こってしまう。
「えっ、退治してないの?」
「空の彼方に吹っ飛ばしたけど、また現れても不思議じゃないんだ」
そして以前ルミアの力を利用した悪者は、消息不明。いつどこで姿を見せるか分からないので、迂闊にコスプレをするのは危険だ。
「カナタはそれを分かって……いや違うな」
マリアに二度とルミアの真似をするなと告げた理由は、怒りをぶつけたのではなく彼女の身を案じて、と考えたがすぐに否定した。正体を知って動揺している中、そこまで機転が回るとは考えにくい。
「違うんだ。よく分かるのね」
「“同期”だしね。二人よりずっと付き合い長いから」
カナタの理解度の高さを冷やかされたが、そうと気づかないエレンは冷静に答えた。アヤセたちより一年半前から彼のことを知っており、“ノーツ”持ち同士の他校生との交流を経て情報も集まっている。
「二人だって、私が知らない所を知ってるでしょ? お互いに」
エレンがカナタをよく知るように、アヤセとマリアはお互いがお互いをよく知っている。同級生であり“同期”でもある二人は、エレンが知らない一面が見えている。
そういうことだと告げられて、二人は顔を合わせた。
知れば知るほど分からなくなる自覚がお互いにあり、同時に首を傾げた。
「ブルーベリーと」
「梨で」
カナタの勧めでかき氷に来た久地羽撃と津田山響が順に注文する。出来上がるまで、店先に並んだかき氷の写真を眺めていた。
「なんか虹みたいね」
「確かにカラフルだ」
色とりどりのシロップにより、虹が降ってきているように見える。そんな雑談を交わしながら、首を長くして待つ。
その会話はマリアたちの耳にも届き、三人に気づかれた。
「座ってていいぜ。届けにいくから」
「ありがとう。じゃあ……」
ハバタから鞄を受け取り空いているテーブルがあるか見渡したヒビキは、知り合いに見られていることに気づいた。顔が見えて確信がついたアヤセとマリアは、息ピッタリに椅子を引っ張ってきて五人でテーブルを囲めるように準備した。
「デート? 遠かったでしょ」
「うん……ハバタくんが、同級生に聞いたらここを紹介されたって……」
ヒビキは渋々答える。せっかく二人きりで出掛けにきたのに台無しだ。
ヒビキは未来の自分を責める。どうして知り合いに見つかると教えてくれなかったのかと。彼女は過去と未来の自分の分身を出す“ノーツ”があり、今夜時点の自分から気をつけるべき出来事はなかったかを聞き出していた。
誰にも邪魔されないと聞いて安心してハバタと合流したが、どうもそれは嘘だったようで。現に冷やかされている。
「はい」
「ハバタくんは!?」
「あっちで食う。友達と食べなよ」
そしてかき氷を届けにきたハバタは自分以外男がいないことから離れて食べると決め、ヒビキが頼んだ梨のかき氷をテーブルに置くと立ち食いを始めた。
「空いているわよ」
「遠慮する」
除け者にするつもりはないと呼びかけられたが、誘いには乗らなかった。
そのせいで尋問がヒビキに集中する。
「じゃあ全部聞かせてもらおうか」
「分けてあげるから勘弁して……」
「もうあるから」
ヒビキは買収しようとしたが、各自買って食べているので通用しない。
「じゃあ私は……」
「頼むのね、二つ目」
マリアだけは奢ってもらうチャンスと捉え、二杯目をどうするか考え始めた。太ってもすぐ元のスタイルに戻れる彼女ならではの贅沢であり、二人は便乗しなかった。
「言ったでしょ? ここのお店を紹介されて来ただけ」
「それはアレだね……カナタがマリアちゃんに買ってあげる約束をしたから」
マリアから聞いた話を踏まえると、カナタがハバタたちをここに連れてこさせた理由が見えてくる。大方、自分は行くのが確定したから巻き添えにして、夏に遠くへ行く苦労を味わってもらう気で提案したのだろう。エレンはそう考えた。
「別に私たちと鉢合わせにする気はなかったはず」
「ならいいけど……」
今回の件でハバタが同級生と喧嘩したら嫌だと思うヒビキは、誰も悪気はないと信じたかった。
「それで皆は何しに集まったの?」
「私の相談に……」
マリアは自分が二人を呼んだと答えようとすると、ヒビキを見つめて固まった。ついでに彼女にも意見を求めようと考えたが、巻き込まれると察したヒビキは無言で距離をとる。
「ついでに聞いてよ」
「嫌! もう移動する!」
これ以上時間を取られるのは嫌だと抵抗するヒビキは、未来と過去の自分の分身を出して身代わりにした。
「この二人なら好きにしていいから」
分身と言えど普通に会話はできる。だからコピーを作ったのと同義であり相談相手にすることができる。一方で意思もあり、利害が一致しないなら思い通りにはならない。
未来のヒビキは今の彼女に売られることを知っており、すぐに事態を把握し対策を講じる。
「捕まえなさい!」
「あっはい……」
過去のヒビキと結託して今の彼女を拘束し、かき氷を取り上げて椅子に座らせた。
「逃げたらこれ食べるから」
「ごめんなさい!」
ヒビキは自分を盾にしたことに謝り、返してもらう代わりに本物の自分でマリアの話を聞くと約束して分身を消滅させた。
騒動が収まり、大きなため息をつく。
「自分を大事にしなさいよ」
「どの口が言ってるの?」
自分同士で争ってみっともないと呆れるマリア。他人を主にして自身の体を思い通り動かせている彼女も自身を大事にしているとは思えないので、自分を棚に上げていることにアヤセはツッコミを入れる。
「俺も協力する」
「お、ありがとう」
ヒビキが捕まり自分だけ逃げるわけにはいかないハバタは、自ら積極的に聞きにいく。その潔さはマリアに感謝されたが、彼としては当然のことだと考えている。
「俺は津田山の見た未来を変えちまうからな。鉢合わせになったのは俺のせいだ」
未来が分かるヒビキでも、先に起こる事故を防げないことがあった。すべての未来が見えていないと捉え不安になる彼女に、ハバタは自分が絡む未来は不確定になるのだと告げた。
だから自信を持ってほしい。不確定な未来も、一度見たものより良い意味で予想外なものに持っていくと説得し、告白した。それをヒビキは受け止め、自信を取り戻し彼と向き合い、こうして二人で出掛けるようになったのだ。
その背景を知っている、というよりむしろそうなるように提案したエレンは当時のハバタが相談してきたことを思い返し、深く頷く。
「何その反応」
「私との練習がうまくいったなぁって」
エレンの言う練習に居合わせたのはカナタとハバタだけであり、他は誰も聞いていないので何のことかとハテナが浮かぶ。
「私、知らない……」
「えっと、告白の練習に付き合ってもらっただけで……」
ハバタは浮気だと疑われ、付き合う前の話で付き合うための邂逅だと弁明する。
「さてと」
「あんたが呼び止めたんでしょう」
ややこしいことになり巻き添えを嫌ったマリアが脱け出そうとするがアヤセが阻止した。
誤解が広まっては困る。ハバタはカナタの家でエレンと会った件について、経緯と出来事を説明し始めた。




