602話 溜池彼方
麻布麻李杏は一ノ宮耀に味方のフリをして追い詰めてしまったことを謝りたい。
そこでヒカリを守った溜池彼方に話を聞いた。どんな気持ちで彼女を守ったのかを知れば、償いのヒントを得られると考えて。
そしてカナタの原動力は、失ってしまった大事な存在をヒカリと重ね合わせたことだと分かった。けれどもマリアはその存在に会えず終い。当時の写真を見て、彼から経歴や素性を聞いたくらいしか情報は得られていない。
だから後は、直接関わって得るしかない。そこでマリアはその存在、ルミアという機巧を演じ、カナタの前に姿を見せると決めた。
巻き込まれる彼としても、もう会えない大事な存在との再会は夢に見ているにちがいない。最後まで正体を隠しておけば、きっと夢のような時間を過ごしてくれるだろう。
教えてくれたお礼に夢を見せてあげよう。そのつもりで臨み、当日を迎えた。
姿見を見て、容姿をルミアと揃えていることを再確認する。声の高さは知らないが、機械的に喋ることを意識しておけばいい。聞いた話では三年ぶりの再会だから、声変わりということにでもすればいい。
「……やっぱりここにいた」
島一番の規模を誇るコンベンション施設。その一角の研究所を屋外通路から眺めるカナタの背後から、ルミアに扮したマリアが声をかける。
彼はその姿を見て、声が詰まる。幻覚かと思っているのだろうし、マリアとしてもその反応は想定内で、疑いを晴らすために話を続ける。
「ここで私を助けてくれたよね……」
「……ああ」
ルミアが本人という証拠、それは記憶。マリアはカナタから、機巧のルミアを拾って研究所で修理し、起動させた。それが最初の出会いであり、彼も覚えている。
「何を驚いているの? 久しぶりに帰ってきたからかな?」
「そうだな。それにもし俺が来る時間をずらしていたら」
カナタはここに毎日来ているわけではないので、たまたまルミアと会ったことに驚いていた。だが会えたのは偶然ではなく必然。理由はシンプルなもので、マリアは毎日ここに来て彼を待っていたのだ。
「久しぶりに会えたし、一緒に出かけよっ、カナちゃん」
「カナちゃんは止めてくれ」
カナタは照れ隠しにあだ名の訂正を求める。
「……もう一度呼んであげられなかったから」
そう聞いてカナタは過去を思い出す。壊れきったルミアに、あれだけ嫌がっていたそのあだ名でもう一度呼んでほしいと願って、けれども二度と声を聞けなかった。
それをルミアは覚えていて、だからそう呼んでくれたのだと納得する。
「この前はありがとな。文化祭のとき」
マリアは疑問に思った。ルミアに関する思い出で文化祭の話は聞いていない。
「俺が闇に侵されていたとき、声が聞こえたんだ。カナちゃんって呼ぶ声が。おかげで目が覚めた」
「う、うん」
当時カナタは他人の声を出せる“ノーツ”を持った知り合いの仕掛けかと思っていたが、それから半月でルミア本人が姿を見せたから、声の正体はルミアだったのではないかと考えた。
しかしマリアはそんな話など記憶になく、頷くことしかできない。そして声の正体も実はその知り合いで正解だ。
「ところで声変わった? 部品の調子とか悪いんじゃ……」
「平気よ。人間でいう声変わりってヤツかもね」
とはいえ当初の目的であるなりすましは、順調な滑り出しを決められた。声に突っ込まれても、準備していた理屈を通せた。先月の文化祭で声を聞いたと言われ焦ったが、なんとかバレずに済んだようだとマリアは安堵する。
「短い間だったけど、色々あったよね」
その展示場の連絡通路を巡ることにして、マリアはルミアとしてのカナタとの思い出を振り返る。以前聞いた話をアウトプットするだけの作業だ。
「あのお店でイチゴのケーキ食べて」
「ルミアはメカでも食べられたんだよな。それで真似したユウガがさ……」
カナタはそのイベントに居合わせた現同級生のネタを思い出す。覚えているであろうルミアに続きを言ってもらおうとしたが、マリアは首を傾げる。
「自分のメカに食わせようとして丸焦げにされたんだよな」
「そ、そうだった、ね……思い出した」
他に“ノーツ”持ちの知り合い十人が関わっていたことは聞いていたものの、彼らが何をしたかまでは全部聞いていない。一人一機メカを作ってリモコンで操縦して遊んだことは聞いていたが、そんな食事を試みた話は知らない。
だがマリアは覚えていないと言って疑われるのを避けるべく、言われて思い出したことにして乗り切った。
そしてマリアは計画の欠点に気づく。カナタから得た情報は彼から見たルミア。けれども演じ切るには、ルミアから見たカナタ以外の人のことも考慮しなくてはならない。
マリアはアドリブで補うことにした。
「線路の向こうにゲームセンターがあって、一緒に遊んだよねっ」
「そのときアツカが暴走して棒がふっ飛んでさ」
またマリアは困った。どうしてカナタは二人の思い出ではなく他人に触れるのかと苛立った。だがバレないように話を合わせるしかない。
「そうそう」
「咄嗟にカリンが蹴り返したら足が機械に当たって」
「私が修理したんだよねっ」
マリアはカナタの顔色を窺う。体からドライバーやドリルを取り出し、機械を直すことができたことは彼から聞いていた。その力を披露する場面と予測し、賭けに出た。
「ああ。覚えていてくれたか」
そして予測は当たっており、カナタに疑われることはなかった。
「……あのとき教わっていたら、俺は」
同時にカナタにとって苦い記憶でもある。ルミアから修理の仕方を聞いていたら、直してあげられたのかもしれないと後悔しているからだ。
「気にしないでよカナちゃん。今の私はここにいるからさ」
「そうだったな。お帰り、ルミア」
帰ってきても、失った事実も記憶も消えない。忘れてはいけないと戒めつつも、今は再会を喜んで受け止めることにした。
「なんかずいぶんあっさりしてるね」
「正直、まだ信じてないんだ」
あれだけ思い出を語ってくれて、救えなかったことを悔やんでいた割には、再会した反応が弱いように思えたマリアは尋ねた。もしかしたら偽物と見抜いていて、騙されたフリをしているのではないか不安になったためだ。
その予感は半分当たっており、カナタは半信半疑でいる。
「ルミアとお別れした後にも、“ノーツ”を持った人が次々と現れたからね。変装したり幻を見せたり」
カナタとマリアも該当する、“ノーツ”という特殊能力を持った人。彼らの代では中学二年生から発現し始め、毎年新規で覚醒したり強化されたりしている。
ゆえに何が起こっても不思議ではないわけで、なんでもありだからこそ信じていいか迷ってしまう。
けれども疑う気持ちを前面に出したくはないから、カナタは本心から向き合おうとする。
「そうだ。エレンとフユキにも教えよっ。覚えてるだろ?」
カナタは“ノーツ”覚醒日が同じ“同期”二人とのグループチャットに報告しようと思った。だがマリアは焦る。この計画は一人で始めたもの。あまり騒ぎになりたくない。
「駄目! そんなことしたら、スマホが気になるでしょ」
マリアは理由を編み出してストップをかけた。さっきの思い出話といい、カナタは他人の話題ばかりだ。今は自分たちしかいないから、後にしてほしいと思いをぶつける。
そうすることで、情報が拡散されるのを防ぐ。
「だからその……一緒に撮って」
「いいよ」
だがまだスマホは仕舞わせない。記念のツーショットを依頼する。カナタは喜んで引き受け、身を寄せて横に並び、自撮り風に写真を残した。
「送ろうか?」
「うん。あっ……それ、ない」
「ああ。ごめんごめん」
マリアはつられて自分のスマホを取り出しそうになったが、まずいと気づき見せる前に手を離した。そして自分はメカだから持っていないと答える。
カナタも失念して発言したことを反省し、笑ってごまかした。
「今の流れ、そんな風に撮る相手ができたの?」
距離感といい撮影後の言動といい、経験があるかのようにスムーズなのを指摘する。会えない間に相応しい相手を見つけたのか、マリアは聞き出す。
マリア自身としてはカナタに交際相手がいようと気にしない。だがルミアの気持ちを知るために、あえて好意を試す態度をとる。それが今日の計画の目的の根幹。
「あー、そうそう。ユウガとカリンが付き合ったんだよ」
「ついに!? おめでとーっ」
マリアとして知っているので驚くことではないが、ルミアなら初耳でこんなリアクションをするだろうと推測して演技する。
「いつだっけ? 俺が高校二年生になって……」
「カナちゃんはどうなの?」
「俺かぁ……」
喜んでもそれ以上はボロが出ると考え話題を逸らす。異性との関係に触れたのはカナタが先なので、流れとして自然だと内心自負する。
「俺は別にそういうのは……」
「いないの? Bランクに下がって、新しい交流できたんじゃないの?」
カナタはルミアと出会った同時の“ノーツ”の評価はAランクで、半年後にBに下がった。その事実はマリアでも知っているので話題に挙げられるし、もしその中に意中の人がいると返ってくれば、自身の記憶を利用して会話を続けられる。
「それともぉ、私より良い人がいないとかぁ?」
「それはまた今度話す」
マリアはからかう。ここは演技ではなく、素で思ったことを聞いた。だがカナタもまだ残る疑いから本心を伏せ、返事を先延ばしにした。
彼女としてはその相手がヒカリではないか問い出してみたいところだが、ルミアとヒカリに面識がない以上、言及しては怪しまれるので控えた。
「今はどこで暮らしているんだ?」
今度会うとしていつどこで、と考えたときに気になるのはルミアがどうやって生活しているかだ。生まれた家はあるものの、それはルミアの力を利用した悪者の住処。そこに住んでいるとは思いにくい。
「えっと……秘密」
マリアはさっき眺めていた研究所を今の家という設定を用意していたが、それを明かすと次そこで会おうと話が進みかねない。だから余計なことを口外しないことにした。
「そうか。ならたまにウチに来なよ」
「そうするよ」
バスで行ける距離だから、都合がつく日に招待するとカナタは誘う。家の嘘がバレずに住み安堵するマリアは、いつか行く程度に留めて答えた。
「じゃあ……今日は帰るね」
「あっ、ちょっと待って」
呼び止めたカナタが腕を掴む。それがマリアの“ノーツ”発揮のトリガーとなり、彼女は意思を失った。
マリアの主導権はカナタに渡った。触れた人の思い通りに動く。それが彼女に宿った力。
急に動かなくなったルミアを見て、彼はまさかと思い想像してみた。
すると思ったままに歩き、跳んで、回る。
「麻布だったんだな」
カナタは主導権を手放し、マリアを自由にした。意識が戻った彼女に、正体を見抜いたことを告げる。
「麻布って、誰よその女!」
「うわっ……さっき掴んだとき、操ることができたから」
見知らぬ女性と勘違いして問い詰める演技をされてカナタは一瞬ビビったが、すぐに冷静になり見抜いた根拠を告げる。
「それに苗字を言っただけで女って分かったのも変だ」
「あっ……」
マリアは演技の穴を指摘され、もう言い逃れできないと認めて普段の髪型に戻した。
「あーあ。バレちゃったか……」
「そう都合よく復活しないよなって」
正体を見破れたのは、どこか信じられないでいたから。何もしていないのに突然帰ってくるなんて、いきなり目の前にしても夢かと疑ってしまう。
「違うのよ。相談に乗ってくれたお礼のつもりで……」
「いいんだ。悪気がないのは分かっている」
カナタはマリアを責めない。でも許せない気持ちもあって、飲み込むことはできなかった。
「でも、もう二度とやらないでくれ。こんな騙すような真似は」
マリアはカナタが静かに怒っているのに気づいた。だがかける言葉が見つからなかった。
もう話すことはないと去っていく彼を、立ち尽くして見送った。




