601話 ヒーローと認めない
八月になった。自宅で勉強をしている溜池彼方は、来客だと親に呼ばれて玄関に向かう。
「麻布? いや一ノ宮か?」
訪問してきたのは麻布麻李杏。だが断言はできない。
外見上の話であり、マリアには他人の精神をその体に取り込める“ノーツ”があるから中身は別人の可能性がある。有力なのは一ノ宮耀。彼女は先月マリアの姿でカナタと会っている。
そもそもアポ無し訪問だから判断材料がない。マリア本人にしろ彼女に扮した別人にしろ、自宅に顔を出す理由が分からないのだ。
「麻布よ」
「そうか。で、俺に何の用だ。そもそもどうして家が分かった」
カナタは警戒し、まだ家へは招かない。第一家の場所を教えた覚えもないので、声を聞いてもなお別人なのではないかと疑っている。
「場所なら三門さんに教えてもらった」
「……勝手なことを」
自宅の特定には三門玲司が関与していた。心を読む”ノーツ“を持つレイジなら、距離と方角から計算して自宅を割り出せる。
とはいえ無断で住所を言いふらされるのは嫌だった。住所を借りて勝手に申し込みされたり、謎の郵便物を送られたりと幾らでも悪用できる。
「信用してよ。私が何か企んでいるなら、それもバレているわけだし」
「それもそうか。どうぞ」
バレているのは住所だけではない。思考も筒抜けだから、マリアの目的はレイジに知られている。
つまり彼は善かれと思ってマリアに教えた。だから悪いことはしないという証明になる。
カナタはレイジを特段信用している仲ではないが、心を読む力があることは確かなのでマリアの言い分に納得し、部屋に迎えた。
「アイスが食べたいわ」
「あげるからそっち行くな!」
図々しいマリアを冷蔵庫へは行かせず、持っていくから先に部屋へ行くよう、祭りの団扇を渡して誘導した。
「この暑い中よく来たなあ」
「ゲートで家からひとっ飛びよ」
マリアの家は知らないが、この島の公立高校には学区があり、彼女の家はその高校の周辺にある。その学校からここまでは決して近いとは言えず今は真夏。冷たいおやつをねだるのも仕方がないと思いきや、彼女は全然外に出ていない。
「ノエルか」
「ええ。家に来てもらって玄関に出してもらった」
マリアの同級生、清澄祈聖。カナタは去年の全校一斉体育祭で彼と同じ種目に出場し勝負したことがある。
ゲートと聞いてすぐ察するくらいには、学年男子トップの序列に君臨するその”ノーツ“のこともよく知っている。
「地図を見なくても分かるって。呼んだことあるの?」
「前にゲームしたな、ここで」
レイジから聞いた住所を元に地図を見せてノエルにゲートを作ってもらう予定だったが、カナタの家なら分かると言われノーヒントで引き受けてくれた。
なぜ分かるのかは過去にそこへゲートで行ったことがあるからで、その目的はカナタの部屋で遊ぶことだったという。
「いいから食べなよ」
「いただきます」
エアコンをつけているとはいえアイスが溶けてしまう。マリアはみかん味のシャーベットを一つ受け取った。
「味は分けた方が良いわよ。食べさせあいっこできするために」
「これしか無かったんだ。急に来るせいで」
同じアイスを二つ持ってきたカナタにアドバイスを送るマリア。いちゃもんと受け取ったカナタは来る前に一言あれば用意しておいたと言い返す。
「でもみかんは私も好きよ。この前かき氷食べて美味しかった」
「え、かき氷あるんだ」
マリアは先月同級生と地元のかき氷の出店で買い食いしたことを思い返す。味に不満はないと伝えるための過去話だが、興味を持ったカナタは話題に食いついた。
「今度連れていってあげるわ。奢ってくれるなら」
「……頼む」
マリアでなくノエルに頼めば奢る必要はないと思うカナタだったが、それが彼女にバレたら面倒に絡まれる予感がして、頭を下げた。
「他の子も呼んでみるわ」
「それは無理」
カナタはマリア一人ならと渋々承諾したつもりであり、彼女が集めた分まで支払うのは御免だ。契約違反だと訴えて首を横に振る。
「余談はこの辺にしておきましょう。はい」
「どうも」
マリアは借りていた団扇とシャーベットの容器をカナタに差し出す。雑談をしているうちに汗は引き、アイスも食べ終わった。
「自分で捨てる代わりにもう一個くれって言うのかと」
「それ採用」
悪知恵を吹き込んでしまったとカナタは焦り、容器を取られる前に部屋のゴミ箱に放り込む。マリアは潔く諦めるも、次回から彼のアイディアを実践しようと企んだ。
「先月の一ノ宮耀のことでね」
「ああ、文化祭の……」
マリアとヒカリが関係する先月の話といえばカナタは当たりがつく。ヒカリの高校の文化祭だ。
「あれは……あのときだったから庇ったの?」
文化祭会場の侵攻者を追い返すために敵と結託して全員でヒカリを襲撃する計画は、予定通り行われたがカナタが寝返り彼女を守って戦ったのは誰のシナリオにもなかった。
元々庇う気だったのか、マリアの体に入ったヒカリを見て急遽揺れたのか。マリアはカナタの真意を探る。
「ああ。でも遅かれ早かれ行動したはずだ」
最近のヒカリは本人に非はないのに宿した力を悪用されてつらい思いをしており、その様子がカナタには妹分と重なって見えた。
そこにマリアの容姿になって外見まで妹分に似たことでカナタは心のブレーキを外した。
ヒカリの容姿を知らない侵攻者を欺く利点も兼ねて彼女のことをルミアと呼び、護衛についた。
それ自体は突発的な行動だったが、外見の変化がなかったとしても、ヒカリを救いに動いただろうと自覚しているから、カナタはそう答えた。
「完璧なヒーローだったわ」
「そうか?」
しかしカナタは目的を果たせなかった。ヒカリの手を引いていたら、彼女は既に闇に侵されていて、手を経由して彼も心が闇に染まった。
闇の意思で体の制御が効かず、ヒカリのそばにいては巻き込んでしまう。だから鎮まるまで彼女から離れ、その間は自力で粘ってくれるよう願った。そしてカナタが回復し合流したときには、もう守る必要がなくなっていた。
目的はヒカリの始末ではなく、それを阻止するレイジに、願いを叶わなくさせる悪夢の瞳の力を使い果たすこと。幾度も危機に直面した彼女はレイジの身を削る援護の末に彼の待つ屋上へ辿り着いた。
そこで以前彼に奪われた誕生日プレゼントを取り返しに挑み、その過程で彼の瞳の力は底を尽きた。
侵攻者の狙いはレイジの瞳の力を消し、故郷を夢で溢れた世界に戻すこと。悪夢を生み出す力は消え去ったと説得し、カナタが自分と戦っている間に事件は幕を閉じていたのだ。
だからカナタは自分をヒーローと認めない。半ばで折れただけの助っ人と捉えている。
「私とは大違い」
マリアは彼に比べて自分は愚かだと見据えている。彼とは違う視点からヒカリ守るように振る舞う彼女を騙した。変装していることを彼女を狙う連中に明かしていたからだ。
「誰も責めてなかっただろ? むしろメンタルケアをしつつ計画の変更を最小限に抑えた。麻布が言ってくれなかったら、一ノ宮探しで大混乱だったぜ」
ヒカリに加担しつつも襲撃という当初の目的を妨げはしなかった。中途半端な振る舞いが絶妙で、目標は果たしたし彼女の心の傷も深くない。
マリアのフォローがなかったらヒカリは周りを信用できなくなって登校拒否しかねなかったから、良い仕事をした。それはカナタ独自の見解ではなく、計画の仲間たちの総意だ。
「大混乱。それで良かったと思う」
けれどもマリアは、完全に寝返っておくべきだったと後悔している。“ノーツ”と呼ばれる特殊な力を持つ人が大勢集まっていたから、外見が変わったヒカリを特定する手段はないとは思えない。
マリアが気負わないようにその行動は正しかったと評価されていただけにちがいない。
混乱の解決は他の誰かに任せ、自分はヒカリを守ることを徹底すればよかったのだと話す。
「カナタの行動がまさにそれだもの」
一方でカナタは責められた。ヒカリを庇ったうえに襲撃者に“ノーツ”で攻撃したことを。結果的に問題なかったから非難は軽いが、計画にない行動をとって味方の邪魔をしたことは簡単に許される行為ではない。
「真似するなよ。あんな行動」
自分でももし目的が失敗していたらそれは自分のせいになる認識はあり、問題行動だったと反省する。だからマリアに見倣っては駄目だと釘を刺す。
「じゃあなおさら。この前のことは、今けじめをつけたい」
次似た出来事があったときに行動するのでは駄目と聞いたマリアは、抱える後ろめたさをすぐに解消したいと訴えた。
要するにヒカリに嘘つきの真実を明かし、償いたいのだ。
「いいんじゃないの? それこそかき氷奢るとかで」
「だからアドバイスちょうだい」
マリアの意思を利用してみかん味のかき氷を奢る約束をなかったことにしようと目論んだが、その程度では駄目だと彼女は首を横に振る。
「味方を装う敵にならないで、カナタみたいに本当の味方になってあげる方法もあったと思う」
カナタに聞きたいのはヒカリを思う気持ち。
「それが思いつく……原動力は何?」
どんな感情をヒカリに向けていたら案を編み出せるのか。それを知ることが重要だと考え尋ねる。
カナタは答えるか悩んだ。ヒカリが妹分と重なって見えた、なんて話しても事情を知らないマリアは戸惑うだけだ。
「そもそも話してしまうのか? お前が裏切り者だってことは、黙っておく話じゃ……」
「そこは三門君に確認とった。私に任せるって」
「責任持ちたくないだけだろ、あいつ」
それを聞いてカナタはレイジのいい加減さに呆れた。ヒカリがマリアをどこまで信用しているかは心の声で判別できる。真実を話せば信頼がどれだけ崩れるか分かっていて、それを伏せて他人の好きにさせる。
裏目に出たとき責任から逃れるための言い分に聞こえてならなかった。
「話すと決めたから、教えて。さっきの質問の答えを」
マリアはカナタに迫る。責任から逃れることを快く思わないと言っておいて、いい加減な回答は許さないというメッセージだ。
「ちょっと待ってて」
だから正直に明かすべく、勉強机の写真立てを取りに立ち上がった。
「まずこれ見てくれ」
「誰これ。昔のカナタ?」
「正解」
一人はカナタとよく似た男子で、今の高校三年生の彼よりは幼く見える。実際の所それは中学二年生の彼であり、推測は当たっている。
「で、なんで写真撮った?」
「あっ、ネタに使えると思って」
カナタが写真を見せた直後、男女のツーショットと認識したマリアはすかさずスマホを取り出し写真を撮った。
「まあ別にいいけど」
その速さにカナタは困惑し動機を聞いて疑惑の目を向けるも、消すよう強要しないで話を続けた。
「隣は? 妹いたの?」
「違うけど、そんな感じ。俺が拾ったメカだ」
一緒に映っているのは風貌は女子学生だが、正体は機械。名前はルミア。だから家族でも交際相手でもないが、けれどもそれくらい大事にしていた。
「へー。普通の人にしか見えない」
「お前もな」
マリアは機械ではないが、自分を人ではなく人形と評している。感情を抑え、他人に従う。触れた人の思うがままに動く“ノーツ”が目覚めたこともあり、自我を持たない、人とは違う存在と考える。
だがカナタは同意しない。様々な人がマリアの体に精神を入れたと聞いていて、それに伴い感情が豊かになってきたという印象を抱いている。
だからここへ来たわけだし、おやつも強請っていた。
「一ノ宮が入ったお前が、コイツと重なって見えたんだ」
「似てるかしら?」
自分にはこんな笑顔を作れない。そう捉えるマリアは、似ている実感が湧かなかった。
「一番の要素は境遇だから、写真じゃ伝わらない」
「境遇……」
外見なら誰がマリアに入っていようと変わらない。カナタの心が揺れた理由は、持った力を利用する輩に酷い目に遭わされる様がヒカリとルミアで重なって見えた。
容姿と境遇が合わさって、守りたい原動力となったのだ。だから知らないマリアに伝わりきらないのをカナタは分かっている。
「それ教えて」
「長いし悲しい話だぞ」
その過去を知ればヒカリへの償いを思いつくはず。そう信じたマリアは、バッドエンドと忠告されてもカナタとルミアの話を聞くと決めた。




