596話 注文する気はない
夏休みに入った。“ノーツ”を持つ者同士として他校生と繋がりを持つ者は多く、長期休暇を機に集まることは多々ある。
一ノ宮耀も例外ではなかった。ヒカリは数日前に約束を取りつけ、先に来ていた九重晋世と合流し、出発する。
「久しぶりだね。スタジオに行かず、こうして二人で出掛けるのは」
「一月以来だね」
半年前の付き合っていた頃を思い出す。別れた理由は喧嘩や浮気などではなく、続けるとヒカリに負担がかかるから。
ヒカリは欠点を隠そうとして無謀な努力をする。猛特訓で体を痛めたり睡眠不足になったり、そんな窮屈な思いをさせるなら、別れて元の友達に戻ろうと決め、今に至る。
ボーカリストを目指すヒカリにスタジオミュージシャンの伝で練習場所を提供する目的で会うことはある。週末に時々で、練習後に二人で出掛けたりもする。友達として、別れた後も続いている。
その縁がなければ、家や高校が離れているのもあり休日でも滅多に会わず、会ったとしても二人きりでなく“ノーツ”持ちによる交流会がきっかけだ。
そして今日は歌の練習をしないと事前に聞いている。
だからこうして二人きりでプライベートな会合を果たすのは、別れて以来、初めてなのだ。シヨンは今日は、ヒカリのアシスタントとしてではなく友達として振る舞うつもりで臨む。
「服装も気合い入っているね」
「まあ色々と考えてきたよ」
トップス一枚のラフな格好ではなく、羽織りを重ねたサマージャケットコーデ。
シヨンはヒカリと出掛けることは内緒にしつつ、友達に相談して選んできた。
「海に潜るのに」
「え!?」
「嘘うそ」
濡れて汚してしまうにはもったいないとヒカリは遠回しに呟く。そんな話は聞いていないとシヨンは戸惑うが、彼女はでまかせだとすぐに明かした。
シヨンは一瞬焦った。本気っぽい声色だったし、何よりヒカリには冗談を言う人という印象を抱いていなかった。
「悪い男の影響だな」
「そんなことないよ」
シヨンは身近にホラ吹きがいて、彼がヒカリと関わるうちに感化させてしまったと考えた。彼女は笑顔で否定したが、それも嘘に聞こえて後で元凶をとっちめようと決めた。
「どこに行くか聞かずに来るシヨンもシヨンだよ」
「それはまぁ……どこでも断らないし」
行き先は集合場所から予測するのは難しい。東西南北どこへだって行けるからだ。といっても西は海なので可能性は低い。
出掛けることは数日前から分かっていたから、合流する前にヒカリに聞いておくべきだったと反省する。
「でも確かに。目的を聞かないでいたのは、無関心って思われる。ボクから聞いておけばよかったね」
どこへでも付き添う気でいたから当日もヒカリに任せるつもりでいたが、何も質問しないでおくのは興味がないとも思われかねない。
「……そうか、言わないと分からないよね」
「いや、それができるの三門くらいだから」
ヒカリはシヨンに心を読む力がないことを失念していた。大抵の人はそうなのだが、彼女が普段からつるむ相手は読心術を持つ。
声やメッセージで伝えなくても、思っていれば届く。それを前提に対話する習慣がついていたヒカリは、彼に質問されなかったことに違和感を抱いていなかった。
「まず、あそこでプレゼントを買う」
ヒカリは連絡通路を渡りながら百貨店を指差す。
「プレゼント? 誰に」
「お互いに。ほら、先月誕生日だったけど私は贈らなかったでしょ?」
ヒカリは先月の“同期”の誕生日会の集まりを意識して、最初の目的地を選んでいた。
そのときとは別にヒカリはシヨンからプレゼントを貰っているが、重要なのは当時と同じ店で選ぶことだ。
「誕プレならルームライトあげたよね?」
「私が贈ってないでしょ? それにシヨンも、ここで買ったわけじゃない」
ヒカリはシヨンからプレゼントが欲しくて話しているわけではない。すべて三門玲司を意識しての言動だ。
「私先月ここに来たの。“同期”と」
「うん」
「で、レイジから貰った物が嬉しくなくて」
シヨンは相槌を打ちながらヒカリの愚痴を聞く。何を貰ったのか聞いてみたが、まだ教えないと返された。
「で、取られちゃったの。レイジに。」
「プレゼントを?」
ヒカリは頷く。初耳だったシヨンだが、やりとりは予測がついた。どんなに取り繕っても本心を見透かせるレイジは、彼女が不満を抱いていることを察知し回収したのだと。
「取り返そうとしたけど返してくれなくて」
文化祭準備の日や当日に奪還を画策したが、叶わなかった。なお先日も勝負を挑み、勝ったら返してもらうと条件をつけたが、勝敗にかかわらず返すと言われていた。
それはそれとして“ノーツ”を半分失い降格して自分と同じランクになったレイジに、彼のライバルは自分だと認めさせるために勝負は行い、目的を果たし浮かれるあまりプレゼントを返してもらうことを忘れてしまった。
そんなややこしい経緯は語らず、単にレイジが返してくれないとだけ伝える。黙っておけばバレないし、結論として没収されたままなことに変わりはないからだ。
「だからシヨンに貰おうと思って。レイジより良い物を」
押してダメなら引いてみる。他の人から貰って満足しレイジのプレゼントへの興味をなくせば、彼は返す機会を失う。
彼は本気で渡したくないのではなく、単にいじわるを仕掛けているだけ。その罰を受けてしまえばいいとヒカリは吹っ切った。
それでシヨンに、レイジがプレゼントを買った百貨店で自由に選んでもらう。
心が読めて何が欲しいか分かっているのに、期待を越えようと逆張りして落胆させる彼より、心は読めないけど何を贈れば喜ぶか真面目に考えてくれる人の方が、良い物を渡してくれる事実を突きつけるために。
「だいたい分かったよ」
経緯はひとまず深く考えず、改めてプレゼントを選べばいいのだとシヨンは受け止め、引き受けた。
しかし一つ気になるのは、その役目を他に誰に頼んでいるのかだ。
「ちなみに他には誰に言ってるの? このプレゼントの件」
「え? シヨンだけだよ」
まだ夏休みは始まったばかりで、依頼した相手は一人だけだとヒカリは答える。それを聞いてシヨンはホッとした。彼女に選んだのは自分だけという事実は嬉しく思うが、態度には出さずに堪えた。
「じゃあ今日はプレゼントを渡せばいいんだね?」
「ううん。その後も予定を立てていて……」
しかし買い物をして終わりなのは寂しく思う。けれどもヒカリの都合もあるから不満は言えない。買い物だけのために遠出してくれたのだから、わがままを言って困らせるわけにはいかない。
だがヒカリはプレゼント交換だけのために来たのではないと答える。この後も計画を立てているのだ。
「モノレール乗ってクルージングに行くよ」
「うわ楽しそう」
潜るわけではないが海へ行く。一番可能性が低いと思っていた西へ向かうと聞き困惑しつつも、なかなか愉快な計画で笑いが溢れる。
「じゃあかさばらない物を選ばないと」
「あっ、しまった」
この後も移動が続くと考えると、プレゼントのサイズは考える必要がある。喜ばせたいあまり大きい物、重い物を買っては困らせるだけ。
だからシヨンは選ぶ基準を決めたと呟くと、ヒカリは口を滑らせたことを悔やんだ。
「どうかした?」
「何でもない」
なんて思ったことをわざわざ話すメリットはない。聞かせるつもりで呟いたわけではないヒカリははぐらかした。
シヨンは気になったが、ヒカリの言葉を信じ深掘りしないことにした。だが忘れたわけではない。
この後の言動で、呟きの真意に気づくことで彼女を理解していると言えるから、自力で探ろうと考えたのだ。
「どうする? 最初から別行動?」
エスカレーターに乗る前に、シヨンはルールを聞く。前半は一緒に回るのか、先に各々探すのか。
「どっちでも良くない?」
「じゃあ一時間自由行動。プレゼントを買ったら、どこかで合流しよう」
こだわりがないヒカリに、シヨンは後者を提案した。売り切れたら困るから、先に買っておく方が良いと判断しての計画だ。
「ってことで、またね」
「うん」
別行動と決まるとヒカリはヘッドホンを取り出す。シヨンは下フロアへ移動する彼女を見送り、上へと移動した。
ヒカリは二階のカフェへ行き、空き座席があるかは見ずにレジに並ぶ。購入したのはコーヒーチケット回数券六枚セット。ちょうど偶数枚であり、これで次回からは一部のメニューをチケットで注文できる。
とはいえ対象はこの店のみ。ヒカリの地元では使えない。そもそも彼女が住むエリアには喫茶店が少ない。
買った後は空いているテーブルを見つけ、あらかじめ買っておいた包装紙でチケットの束を包み、移動した。
このチケットはプレゼント用なのだ。
「あっ、こっちにもカフェがある」
目当てのプレゼントは買い終えたので、後は自由時間。ヒカリはフロアを彷徨いていると、さっき寄った店とは違う喫茶店を発見した。
昼食を済ませてから集合にしたことを後悔した。今は満腹なので注文する気はない。
また今度、そう決めて去っていくヒカリに、店内から安堵する者がいる。
レイジはこの喫茶店に来ていた。一人ではなく、同学年の女子、麻布麻李杏と二人で。
「頼まないの?」
「残した分をもらうから」
マリアはパフェやケーキを次々と注文しては口をつけている。人形のように可愛い風貌で、その容姿からは想像もつかない大食漢というギャップが周囲から注目を集める。
一方で向かいに座るレイジは一品も頼まず、彼女が飽きるのを待っている。
「残したくない性分だから」
「そう。お金の心配はないわけね」
頼まない理由が金銭的な問題ではないと分かるとマリアは遠慮を止めない。今日はすべてレイジの奢りなのだから。
その結果食べかけで残すことになるのを、かつて喫茶店でアルバイトをしていたレイジは好まない。
そしてなまじ心が読める分、営業スマイルで食べ残しを片付ける店員の本心が聞こえてしまうわけで、どれだけの迷惑行為か理解しておいて他の客がやっているとはいえ便女する気は起きない。
事の発端は文化祭でレイジが悪夢の瞳を喪失し、特殊能力“ノーツ”の評価がBに下がったこと。
マリアは彼と同学年の中で彼の次の次に新しくBランクに上がった。先輩として指導するという建前で、彼に何でも買ってもらおうとしているのだ。
しかしそれは二人の中の話。傍から見ればデートであり、知り合いに気づかれたら誤解される。
見つかったときの言い訳は用意してある。マリアの中身はヒカリということにするのだ。
マリアの“ノーツ”は人の精神を自分の中に入れてその人の思い通りに動く性質。文化祭当日も、ヒカリは彼女の体で過ごしていたので、気に入ったと言えば言い訳の筋は通せる。
また人形になり触れた人の思い通りに動くこともできる。そして元の体に戻ればコンディションもリセットされ傷や体力が回復する。
満腹度も今の時間帯における自然な状態になるので、いくら食べても太らないのだ。
問題はヒカリ自身に見つかることだが、彼女は昼食を済ませてきたから入ってくることはないと踏んでいる。現にその通りになった。
移動中に見つかるリスクは、心を読む“ノーツ”を持つレイジで補える。次の行き先は北なので、この百貨店を出てしまえばもう安心だ。西に向かうヒカリたちと鉢合わせになる心配は要らない。
無事にヒカリの目を避けたレイジたち。だがマリアには黙っておく。知らぬが仏。何事も無く済んだことなどわざわざ報告しなくていいというスタンスの表れだ。
一方シヨンは上のフロアでオルゴールを選んでいた。ヒカリはレイジと同じ大学へ行くために受験勉強で忙しい。だから机の上に置けて、それでいて邪魔にならないものをプレゼントしたいと思ってのチョイスだ。
曲を流してもらわなくてもいい。棚に自然に溶け込んで、たまに視界に入れてリフレッシュになれたら満足。
ビデオ通話していたときに映っていた部屋模様を思い出しながら、赤いガラスのオルゴールを選んで購入した。




