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オートセーブは深夜0時に+  作者: 夕凪の鐘
Episode116 ライバルの目覚め
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594話 手が滑った

 一ノ宮(いちのみや)耀(ヒカリ)三門(みかど)玲司(レイジ)の、新体力テスト点数勝負。現在シャトルランを除く屋内種目四つを終えて、得点は両者十三点。


 一見互角だが、ヒカリは得点二倍ボーナスをすでに消費している。そして彼女は、レイジはまだボーナス種目を残していると予測している。

 残り四種目すべてでリードをつけないと負けてしまう。そう捉えていた。


 屋外種目は三つあり、どの順番で実施してもよい。だが測定係の手間を減らすために、二人で順番を合わせることにした。


 最初は立ち幅跳びだ。砂場をならしたりラインカーで石灰の踏み切り線を引いて、準備完了だ。


「どっちからやるの?」

「同時に」

「じゃあ離れて」


 着地の拍子によろめいて相手に接触し測定の妨害を防ぐために、距離をとるよう伝えたが二人は拒否した。


 レイジとヒカリは並んで手を繋ぎ、爪先を線に揃えた。



「はは、面白いよ」


 Bランクになったレイジのデビュー戦ということで、ランク繋がりのチャットに投稿するネタを探す小竹(こたけ)燈夜(トウヤ)はすぐさま撮影した。彼以外は呆れている。


「記録に戻ってくれ。繋いでいるの恥ずかしいから」


 トウヤはレイジの記録係だ。撮影なんて余計なことに夢中にならないで計測に備えてほしいとレイジは伝える。


「もういいよ、離して」

「このままやるんだよ」


 トウヤとしては写真を撮ったら二人は手を離すものかと思っていた。タイミングが合わないと跳べないし、片方が転べば巻き添えになる。手を繋いで跳ぶなど、本気で言っているとは思えなかったからだ。


「……まあ怪我しないようにね」


 これまで散々、まともに測定してこなかったので今さら注意する気はない。これで痛めて残りの種目に支障が出て勝負はお預けという、お互い納得がいかない結果にならないよう気をつけてと告げ測定に意識を切り替えた。


「お前が特訓なしだとまともに跳べないのは知っている」


 跳ぶ前にレイジはヒカリに告げた。この勝負は彼が決めてその日のうちに始めた。準備ができていないヒカリに不利なやり方だ。

 そして彼女は、準備せず挑戦するのと特訓して挑戦するのとでは記録がガラリと変わる。


「もし転んだら、俺が支えるから」


 着地後に体が傾き足を下げてしまえば記録は短くなってしまう。そうさせないための繋いだ手だとレイジは伝えた。


 それを聞いたヒカリは悶々とする。彼は自分の気持ちに応えようとしているのか突き離そうとしているのか、コロコロ変わってみえる。

 本心であってくれたら嬉しいが、素直に期待はできなかった。


 レイジとしては真面目に言った。ただし有言実行とはならない。ヒカリの背丈に合わせるために普段より屈む関係で跳びずらい姿勢になり、支える余裕ができなくなるとは考えてなかったからだ。



 レイジは人の心が読めて、ヒカリもそれを知っている。腕を振る速さも跳ぶタイミングも声で合わせず、彼女が心の声に出して彼がそこに無言で合わせるスタイルをとる。


 腕を前後に振り、屈んで伸ばしてを繰り返す。ここでレイジは違和感に気づく。けれども踏ん張れば結果的に問題なしだと割り切って、黙って続行した。


 二人が息を合わせて同時にジャンプする。前方の砂場に飛び込み着地するが、ヒカリは踵から着いたせいでバランスが後ろに崩れた。


 レイジはすかさず手を離し、ヒカリを支える役目を放棄した。


「すまん。手が滑った」


 怪しまれる前に言い訳をして、倒れたヒカリにレイジは手を差し出す。

 起こすサポートと見せかけてまた手を離し転ばせる気ではと疑われたが、そんな真似はしなかった。


「二メートル三十」

「一メートルね」


 それぞれの記録を巻き尺で測る。ヒカリは後ろに手をついたので距離を伸ばせず一点止まり。


「まあ次成功すればいいから」


 記録は二回のうち良い方を残す。一回までは失敗しても問題ないのだ。


 だがレイジがちゃっかり七点を取った。転ばないように跳べても距離が伸びなければ彼に差をつけられてしまう。

 やることはシンプルだとヒカリは割り切った。今の彼と同じだけ跳べたら、女子基準で十点になる。



 二人はもう一度同時に跳んだ。手を離さないでと念押しされたレイジは、一回目で感覚を掴んだ効果が出て、さっきより安定して跳べた。


 ヒカリは着地して再びよろめくが、レイジは手を引きながら体を前に傾ける。彼の方がパワーがあり、二人で砂場に突っ伏した。


「ゆっくり起きて、踵をつけて」


 足は動かさずに立ち上がり、足全体を地面につけるよう指示を出す。測定は踵で行う。爪先立ちで着地して記録を伸ばすことはできない。


「二メートル四十」

「二メートル四十三。ヒカリは十点ですね」


 三センチメートルの差は靴のサイズ差だ。スタート位置の爪先から着地位置の踵までを測るから、同じだけ跳んでも僅かに差が出る。


 とはいえヒカリは二メートル十に届いた時点で得点は十点。一方でレイジは一回目より伸びたものの、得点は変わらず七点だった。


「惜しかったね。後二センチ伸びていれば上がったのに」

「仕方ない。狙って伸ばせるものじゃないし」


 記録を取ったトウヤは後少し遠くまで跳べていたら一点増えたのと残念がる。しかしレイジとしては些細なことだった。


「それに、後少しなのにって思いをする人は大勢いる。俺もその内の一人だってことだ」

「大人だねー」


 本番の測定で僅かに記録が足りず悔しい思いをする人が毎年少なからず出ることをレイジはよく知っている。全国規模で見れば、それはもう大勢だ。

 だから自分も彼らの仲間になることがあってもおかしくない。


 もう一回測らせてと駄々をこねないレイジを、トウヤは大人だと評価した。



 次はハンドボール投げ。直径二十センチ弱のボールをエリア内から投げて落下地点までの距離を測る。一メートルおきに相似の弧を描き、どの線の間に落下したかを見る。メートル未満は切り捨てだ。

 投球フォームは自由でエリア内から助走をつけて良く、二回投げて良い記録で判定する。


 これはヒカリが、これだけは駄目だと嘆く種目だ。


「いよいよですね……」

「今回はどんな面白い動きしてくれるかな」

「笑っちゃ駄目ですよ」


 身体能力は並以上で、柔軟性もある。しかし問題は運動センスがゼロだという点。

 ヒカリが運動音痴なのは、皆よく知っている。彼女は年に一度の正規の測定のときは、色々な人の知恵や“ノーツ”を借りてアリーナや公園で特訓をしてから臨んでいる。


 その過程で明後日の方向へボールを飛ばし人にぶつけたり、投げ返してもらってキャッチに失敗して顔に当たったりとトラブルが絶えない。


 今回の勝負もレイジが突発的に提案したので準備する時間がなかった。だから今から数分で特訓しなくてはならないわけで、観客の笑ってはいけない時間の始まりだ。


 投球エリアを描き、測定用の白線を引いてもらっている間にヒカリは黙ってボールを投げる練習をする。

 

 立って投げればパワーが足りず、助走をつければ真っ直ぐ飛ばず、どのみち飛距離が伸びない。完全なデッドロック状態だ。


 けれども他の人は器用に両立して記録を伸ばしている。単に自分のテクニックが足りないからだと自覚しているヒカリは、人より多く練習して追いつく必要がある。

 だから時間を無駄にせず、少しでも多く投げる練習を積もうと考えた。


「痛っ」

「ごめん! もっと飛ぶと思ってた……」


 結果、ラインカーを押しているトウヤの頭にボールが当たった。幸いカーを横転させて石灰を撒き散らすことにはならず彼も怪我はなかったが、早速のトラブルに周りは身構える。

 その中でレイジだけはポケットに手を突っ込みヒカリの元へ向かった。


「手、出して」


 レイジに言われるがままにヒカリは右手を差し出す。彼は左手で彼女の指を握った。



「一番長い指が、ボールを支えコントロールする」


 投げ方のコツを説明しながら、ポケットから手を出してテーピングを取り出した。


「ボールが安定しないなら、こうして滑り止めをつけるんだ」


 レイジはヒカリの中指に、付け根から指先にかけてフィンガーテープを巻き始める。手の甲側の関節が見えるように隙間を空けて、スムーズに曲げられるよう意識して。


「後は両端。掴むのを安定させる」


 次に親指と小指。同様に巻いていく。斜めに巻いて徐々に進んでいく様は、まるでラケットにグリップを巻くように映った。


「この巻き方、昔教えてくれたよね。ラケットのだけど」

「ああ」


 別れるどころか付き合う前のこと。一緒にバドミントン部に所属していた頃に、ヒカリはテープの巻き方を教わったことがある。すぐに退部してしまったので、ほんの短い時期の思い出だ。

 ヒカリは懐かしいと思いながらも、違和感があった。


「退部して二年も経つのに手慣れてるね」

「練習してきたからな」


 違和感の正体はレイジの手つき。その答えは単純だった。勝負を決めたのは彼だ。ヒカリがボール投げに苦戦することは読めていても不思議ではない。

 テーピングを学校に持ってきていたのも、勝負の際にポケットに忍ばせていたのも、すべて合点がいく。


「これで大丈夫だ」


 巻き終わり、レイジはテープを投げ飛ばす。自分には巻かなかった。


「レイジはいいの?」

「俺は手がデカいから」


 片手で振り回せるくらいのサイズと握力はある。レイジはヒカリと手のひらを重ね、その違いを見せつけた。


「これだけ違うのに同じ大きさのボールだからな。これでおあいこだ」


 その分、女子の方が得点のボーダーは緩い。とはいえ同じくらい投げやすい状態で競う方がいいから、レイジはヒカリにだけテープを使わせた。


「それに道具に頼らなくても十点取れる」


 格好つけたものの、本音はこっちだ。素手でも満点に届くから、面倒な準備を嫌ったのだ。



「後はもっと肩を使って。手首じゃなく肩全体で」


 他にレイジがアドバイスしたのは、以前他の人がヒカリに教えたけれど彼女は意識から抜けていることだ。ラケットを振っていた名残でついた癖を補正すれば飛距離は伸びると助言する。


 聞いたヒカリは思い出して、体が感覚を取り戻した。


「三門はどうして敵に手を貸しているの。勝つ気はあるのかしら」


 ヒカリは静かに話を聞いているが、これは彼女とレイジの勝負だ。相手の弱点を好機とせず入念にサポートしている光景は、傍から見ていて腑に落ちない。


 などと思っていることは、心を読めるレイジに伝わっている。なお曲げない理由は、分かっていてやっているに他ならない。


「常に合理的な判断をすると、狙いが丸わかり。悟られないためのノイズじゃないかな」


 最も疑わしいのは、レイジが目的を読まれなくするために一貫性のない言動で混乱させていることだ。

 相手の思考に雑念を混ぜて、迷った隙をつく。それがレイジのスタンスなのは、以前から変わらない。


 それは決して良い方向へはたらくとは限らない。心が読めても未来は読めないから、相手の咄嗟の判断で裏目に出ることも多々あり、周りからすれば余計なことをしたレイジの自爆に見えている。


 今回も合計得点でヒカリに勝つための策略のつもりでも、他の種目で想定外の結果になって敗北したら、彼女の得点を伸ばす立ち回りをしたことを敗因と思われて当然だ。


「ボクはそういうの好きだけどね」


 トウヤはレイジのスタンスを気に入っている。勝利だけを意識せずに、競ったり追い詰められたりする動きを見せて盛り上げるのは面白いと思っている。

 レイジの記録係であるトウヤは、いかに彼がピンチかをよく分かっており、どう巻き返すのか、巻き返せなかったとき周りになんて非難されるか楽しみにしているのだ。



 結果は二人とも一回目で十点に届いた。まぐれか夢だと思ったヒカリは二回目も全力で投げて、一回目と同じ記録が出たとき、これは現実だと受け止めた。


「おめでとう。満点取れたな」

「うん。レイジのおかげ」


 久しぶりにハンドボール投げで十点を出せて、ヒカリは喜んだ。そしてレイジに感謝する。彼のアドバイスとおまじないがなければ、自信をもって投げられなかった。


 彼が巻いてくれたテープは記念にまだ巻いたままにしておこうと決めた。

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