593話 本来のパフォーマンス
Bランクになった三門玲司に、これからは自分がライバルの座につくと教え込む気の一ノ宮耀。
実力は互角だと証明するために勝負を挑み、レイジ考案で新体力テストの総得点で競うことになった。今回独自のルールを追加しており、事前に一種目選ぶことができてその得点のみ二倍とする。つまり総得点の上限は九十点だ。
最初の種目は握力。握力計が必要なので体育館に向かう。体操着に着替えてから、現場に到着した。
「左右交互に二回ずつ、四回の平均値を出して、キログラム未満は切り捨て」
その他、立って計測、握力計は腰から離して握るなど留意点を確認してテストを始める。
お互い握力計を持ったところで勝負開始、とはならずヒカリはたった今考えた意見を出した。
「この一台で交代で測ろう」
「……いいぜ」
同じ機械を使えば条件は対等だと確信を持てる。合理的な理由があるから、レイジは提案を受け入れた。
「先に私が測るね。んっ……」
ヒカリはレイジを見つめて左手の握力を測った。彼と付き合っていた頃、手を繋いだときを思い出して握った。
「本気ですか?」
測定係は想像以上に低い記録に戸惑いを隠せない。結果は十キログラムに満たず、十点中一点の最低保証だ。
「まあ、二回測って良い方の記録を残しますから手を抜くのはアリですが……」
「はい、どうぞ」
ヒカリは得点を稼げないことを承知で軽く握ったのだ。
その意図は語らずとも、心が読めるレイジには伝わっていることを理解したうえで。
一台を共有して測定する理由。それは間接的に手を繋ぐことにある。相手の手と意識して、痛みを加える勢いで握れるか。
もし目先の勝利に固執して本気で握ったら軽蔑する。ヒカリは声には出さず、レイジにだけ聞こえるよう脅す。
思いつきにしてはなかなか効果的だと彼女は自画自賛する。もし彼が得点二倍とする種目に握力を選んでいたら、この勝負は勝ったも同然だと期待する。
受け取ったレイジは、右手で一切力まずに握った。結果はヒカリ同様、一桁で一点だった。
「君も同じ作戦?」
「まあな」
一回目の左右の測定までは、手抜きでもスルーしていた。
だが二回目もヒカリは軽く握って終わらせた。
「左右の平均が記録になるんですよ!」
「分かってるよそんなこと」
最後の右手で挽回しようにも、左手との平均値で評価するので記録は伸ばせない。そうは言っても終わってしまったものは仕方ないとヒカリはあしらった。
「三門君もか」
「壊したくなかったから」
レイジも二回目の記録まで捨てた。機械をヒカリの手と意識して本気で握れなかった事実を濁して答えた。
「いやさすがに壊れないでしょ」
「ほら、最後だ」
たとえ握力が要るスポーツのプロが握っても壊れない機械だ。“ノーツ”次第ではその何倍もの力を出せる人もいるが、レイジやヒカリにはできない芸当。
だが論点はそこではない。レイジは握力計をヒカリに返し、最後の測定の番を渡した。
「何? こっち見て……」
「別に」
ヒカリに不審がられたが、レイジははぐらかした。
そしてお互いに測定を終えた。記録はどちらも十キロ未満で、男女どちらでも得点は一点。
「一ノ宮は相変わらず二回測っても同じ記録なのね」
ヒカリは毎年、二回測る種目では同じ記録を出す。一度起こった事象を繰り返す“ノーツ”持ちという特徴がよく表れている。
対してレイジは一般人同様、記録にバラつきがある。力まず測るにしても百グラム単位で同じ記録を連続して出すのは困難なので当然と言える。
「思いは変わらないからかな」
ヒカリは遠回しに、レイジの記録のブレは心の乱れの影響だと指摘した。狙っても同じ記録を連続で出すのはできない方が普通で、言いがかりと分かっていても彼女の見方に対しては理に適った反論が思いつかず、彼はだんまりだ。
次の種目は長座体前屈。これまた測定器が必要で、握力計と交換で倉庫から引っ張り出した。
この種目は一部の得点のボーダーラインが、男子の方が緩い。例として五十三センチメートル同士の場合、男子は八点で女子は七点となる。しかしお互い十点を狙えば、逆に男子の方が若干高記録を要求される。
それだけ男女差が無い種目ということだ。
「壁を背中につけて」
「いいよ、ここで測ろう」
正確に測るには、床に対し垂直に上体を起こした状態から始める必要がある。しかしヒカリは体育館の真ん中で始めようと告げた。
理由は話さず、行動で示そうとする。レイジはヒカリの意思を読み、彼女と背中合わせで座った。
「ルール読んで」
「えっと……肩、お尻と頭も壁、につけて」
背中合わせの時点でルール違反だが、お互いそれで納得しているので突っ込まない。淡々と留意点を読み上げると、二人はさらにピタリと体を合わせた。
「肘を伸ばして、掌中央に測定器の手前端をセット。ボタン押してゼロに戻して始め」
読み上げるポイントに従って測定係が機械を動かす。クリアボタンを押してゼロセンチメートルと表示させ、測定開始だ。
しかしお互い動かない。体を倒さず僅かに測定値は上がったが、数センチメートルほどの些細な記録。これではお互いに一点だ。
「真面目にやりなさいよ。勝負でしょ」
「そうですよ! ヒカリはここで頑張らないと」
「うるさいな」
「ギャンブルじゃないし好きにさせろ」
これはヒカリがレイジにライバルだと認めさせるための勝負であり、どっちが勝とうと他人には関係ない。だから普段通りに記録を伸ばさなくても文句を言うなと反論した。
ヒカリは記録を伸ばそうとせず、レイジと背中合わせで密着する時間を一秒でも長くしたい一心でいた。付き合っていた頃でさえ、彼の背中はこんなにも硬いのだと知る機会はなかった。
そんな思いを踏みにじらないように、レイジも背中を離さない。
待っていても記録は伸びないと見切られ、計測器を元の位置に戻され二回目の測定に移った。
この種目は二回測って良い方の記録で点数を出す。しかし二人とも二回目も全然伸びず、またしても最低保証の一点という結果に終わった。
三種目目は上体起こし。これは二人にそれぞれ足を押さえる補助をつけて測定する。しっかり固定することが重要なので、同性で組むのが基本だ。
まず準備として、マットを敷いて、スポーツタイマーに三十秒をセットする。なおスタートを押す人が要るが、それは補助につかない外野に任れば良いので人手は足りている。
「今度こそ本気を出すんでしょうね」
「これもヒカリがリードするチャンスの種目なので、さすがに全力を出すかと」
最新の結果では、記録が同じでも男女でボーダーが異なるためヒカリの方が三点多く取れている。だから勝負に勝つにはここで差をつけるべきなのだが、さっきの種目の結果から疑問が残る。
「でもさっき長座でチャンス捨ててるのよ」
「うん。ホントどうして……」
その話は長座体前屈にも言えるのだが、ヒカリはレイジと同じ得点で終わらせてしまいチャンスを棒に振っている。
だが逆にレイジも握力でつけるべき差をゼロで終わらせているので、彼女はピンチというわけでもない。
「……近くない?」
マットを敷き終わるとレイジとヒカリは仰向けに寝そべり、足を引いて膝を立てる。姿勢自体はこれで良いのだが、問題は二人の距離が詰まっていることだ。
「ぶつからないし大丈夫だ」
とはいえ接触が危ぶまれるほど距離は詰まっていない。腕も胸の前でクロスするから、肩が触れ合わない距離を保っていれば平気だ。
「なんか一緒に寝てるみたい」
「写真撮っておこう」
並んで横たわるカップルみたいな光景であり、けれども腕枕はせず二人して両手でバッテンを作っている様はシュールだ。二人の勝負のアルバムに残しておく価値はある。
「始めていいよ」
「じゃあスタート」
挑戦者サイドの準備はできたので、タイマー係に合図を出す。ボタンを押して測定が始まったが、二人は動かない。
「始まってるわよ」
補助係が声を掛けてもレイジもヒカリも動かず目を瞑る。時間だけが刻一刻と減っていく。
まるで並んで寝ているようだ。ヒカリはこの状況から、さいごはこんな風に一緒にかえるのだろうと想像している。
レイジも同じ気持ちなのか、確かめてみようと思い目を開けて首を回す。
レイジの目は前髪に隠れていて見えない。思えばいつも彼は素顔を見せてくれなかった。ヒカリは右利きだから、後ろの席にいる彼に手渡すときは体を時計回りに捻る。だから右隣に彼がいる印象が強く、今回もそうなるように並んだ。
そのせいで、左目を隠すように前髪が長く伸びているレイジの顔はよく見えないのだ。
「妨害は失格だぞ」
ヒカリがレイジの前髪に手を伸ばすと、彼に釘を刺された。彼女の方を向けば髪がずれるから、視線を合わせず上を向いたまま告げる。
「そんなルール書いてないけど」
「スポーツの基本だから」
レイジが呟いた失格条件は種目の留意点に記載がない。なら書いていないことなら何をしてもいいわけではない。足をかけて転ばせたり、踏んで痛めたり、そんな行為は禁止なのはスポーツマンシップに則った暗黙の了解。
最後まで動かないと見せかけて残り時間が僅かにスパートをかける、なんてどんでん返しはなく、お互い静かにタイムアップを迎えた。ヒカリはこの瞬間を少しでも長く過ごしたいと願い、レイジはその願いに応えた。その結果どちらもゼロ回、一点に終わったのだ。
「体育館のを先に終わらせるなら、残りは反復横跳びね」
「シャトルランは最後で固定だから、そうだね」
持久性テストは全身への最大努力を要する。実施後に測定すると本来のパフォーマンスを発揮できなくなるから、最後の種目と定められている。
だから屋内種目を先に済ませるには、次の選択肢は反復横跳び一択となる。レイジとヒカリの勝負という意味では、一番のポイントとなる。
「これはお互い十点取ってる種目だね」
「本当だ。ようやく本気が見られそう」
現にヒカリは、この種目を二倍ボーナスに選んでいる。点を稼ぐべき勝負だ。一方でレイジも過去に十点満点を出しており、彼もこの種目に懸けている可能性が高いと睨んでいる。
準備として、一メートルおきに三本のラインを引く、スポーツタイマーに二十秒をセットする。セッティングをしてもらっている間に、ヒカリは駆け引きを考えた。
「二回測るけど同じ人が連続でやるのはダメ」
「じゃあ交代でやればいい」
本来はペアで挑戦者と記録係を交代で行う。今回記録を取るのはレイジとヒカリの二人だけであり、それぞれに記録係をつけているから、同時ではなく一人ずつ測る方が本来の形式に寄る。
「ちょっと脱ぐ」
レイジは屋内シューズと靴下を脱いだ。滑りを減らすためのルール内の工夫であり、本気を出す合図でもある。
「あんたも脱ぐの?」
「ううん、交換」
ヒカリはシューズを脱いで、レイジが置いたシューズと交換した。彼のを履いて、紐をきつく縛る。幅も長さもぶかぶかだ。
「怪我するわよ」
「そうです。靴の中で足が動いて、思い通り動かせません」
靴を大きくすればラインを踏みやすくなり、練習を積まないとラインを踏もうとして届かずカウントされないミスを多発するヒカリにとっては弱点を補える。
だが足と靴の動きが合わなくなり動きが鈍るデメリットが大き過ぎる。
「じゃあダメだったら二回目は普通にやるよ」
ヒカリはレイジの靴で失敗したら次は普段通りに測ると告げた。二回の測定で良い方を記録とするから、一度失敗しても影響はない。
なお彼女は単に彼の私物に触れるチャンスを逃したくなかっただけであり、シャトルランを見越して細工をしようという気は一切ない。
測定を始めると、案の定ヒカリはフラフラした。左右に二回ずつ跳んで往復する動きが頭と足で噛み合わず、バランスを崩して足を挫く。倒れては立ち上がり、時間いっぱい粘ったものの、記録は普段の半分にも満たない。
対してレイジは普段通り七十弱の記録を出し、十点が確約された。
これでレイジは二回目の記録は頑張らなくていい。
「やっぱり普通にやろ」
ヒカリは靴下を靴に突っ込んだまま脱ぎ、端に寄せた。そして全力で測定に挑むも結果は四十、得点にして五点というイマイチな終わりを迎えており、本人は焦った。
「右の線、全部踏めてませんでした」
「言ってよ!」
原因はスピードではなくステップの幅であり、ノーカウントの連発が中途半端な結果を生み出したと告げられる。記録係としては、指摘して回数が分からなくなることを危惧して観客に代弁してもらう気であり、観客は誰も言わなかった。人任せの食い違いが生んだ悲劇ということだ。
「二回目やる?」
「体解したいからやる」
レイジは二回目の結果がどうであれ十点獲得するが、今後の種目を見据えてウォーミングアップが必要と考え、再び全力で測った。
だったら他の種目で全力を出しておけばよかったのに、と心の中で突っ込まれるも、気にせず測定を終えた。
ここからは屋外種目三つ、それが終わるとここに戻り、最後の種目シャトルランに挑戦だ。




