591話 厨二病の賜物
高校最後の文化祭が終わった。日曜日と代休はぐっすり寝て疲れをとり、次の登校日、午前中に片付けを終えた。大量に用意しては演出のために派手に壊した壁や衣装を、名残惜しいが廃棄して、思い出にしまった。
教室に戻る前に、三門玲司は“ノーツ”の測定をした。悪夢の瞳を失ったことで、Sランクから降格していた。
「招待したわ」
「ん、入った」
昼休み。Bランク中位に降格したレイジは、同学年のBランク仲間がいるグループチャットに加入した。そして元いたSランクのチャットからは退出する。
「せっかくだしクラス版も作ろうかしら。Bランクで」
「ちょっと、私だけハブにしないでよ」
レイジを招待した淡路小通は、クラス内にBランク仲間が増えた記念に新しくグループを作成しようと考えた。それを聞いて嫌がったのは西千葉心朱。クラスにいる四人の“ノーツ”持ちで唯一のBランク以外となった少女だ。
「四人でのグループがあるからいいじゃない!」
「そうだったわね」
クラスの“ノーツ”持ち仲間を集めたグループが去年からできている。コミチが作ろうとしているのはそのメンバーからココア一人を抜いたグループであり、彼女としては必要性を感じられなかった。
コミチをそれを理解しており、そのグループ名を変えた。
「“Bランクとおまけ”に変えました」
「はぁ!? 戻しなさいよ!」
ちょっとした弄りのつもりで変えたコミチは期待通りのリアクションを拝めて満足したので、元のグループ名“厨二のC組”に直した。
「まあどのみち西千葉だけAランクなのは変わらねえ。ハルナと傷を舐め合ってくれ」
「ハルナ? ああ、あの人……」
レイジの降格を受けて除け者と実感したのはココアだけではない。彼と“ノーツ”覚醒時期が近い、“同期”の千葉春菜も似た思いをしている。
幸い二人ともAランクで縁があり、心の傷を分かち合えるとレイジは考えたのだった。
「誕生月に加えランクでも孤立して狂っちゃったからな」
「重症じゃない……」
「冗談。さすがに盛った」
ハルナはココア以上に深刻に捉えている。それは事実であり、彼女の場合は元から一人だけ六月生まれではないことを気にしていた。
自分が居ない方が纏まりが良くなるのでは、などと思ってしまっているので、気持ちを分かってやれるココアにフォローしてもらおうとレイジは考えている。
「淡路は六月生まれじゃないのよね」
「そうね」
「まあそうそう偏るものでもないし」
これでもしコミチも六月生まれならココアもハルナと同じくらい仲間外れになってしまうが、そんなことはなかった。
クラスメイトにしろ“同期”にしろ、該当するメンバーが違えば共通点も違う。けれどもレイジにとってそのどちらにも該当する人がいるせいで、共通点が生まれやすくなっている。
「誰かさんと違って」
ココアはレイジの前の席にいる一ノ宮耀を見た。レイジのクラスメイトかつ“同期”、それでいて彼と同じ六月生まれのBランク。共通点を多数有する彼女の存在が、他の人たちに仲間外れの意識を生ませている。
ヒカリは冷静に聞き流しているようで、頭の中で感情が複雑に絡み合っていた。入学当初はSランクのトップという手の届かない憧れの存在だったレイジが、力の半分を失って今や自分より序列が下になった。
ランクや序列は戦闘能力、学力、有意性など多彩な観点による判断であり、上の方が強い、偉いというものではない。
それでも敵わない相手ではないと思える結果が出て、ヒカリの中で未知の感情が蠢いていた。
「ところで実際どう? 弱くなった実感する?」
「別になんとも。そもそも弱くなったって前提が間違いだ。覚えておけ」
“ノーツ”を一部失ったところで、以前までの下位互換になったわけではない。それを近いうちに証明するレイジは、あらかじめ忠告しておいた。
また失った悪夢の力は、普段の勝負で使っていない。余程窮地に陥った際の最終手段だが、あまり使わないから戦闘スタイルは大きく変わらない。
一方で失明したことは言わなくていいと考えて黙っていた。悪夢の瞳を使えば瞳が光るので、見られないよう普段から前髪で隠しているので、目の異変には気づかれにくい。
そして心を読む力は残っているから、視界が狭まっても生活に支障はない。気を使ってもらう必要がないから、ネガティブな話を伏せておくのだ。
午後、体育の授業があった。男子はサッカー、女子はソフトボールをグラウンドでやっていて、男子側が盛り上がっていた。教室に戻ってきて、話題の中心にいたのがレイジだった。
レイジは足は速くなった。“ノーツ”を失った対価と言わんばかりのタイミングでの変化で、クラスの女子たちも驚いていた。
体育祭に期待するだとか、リレーに出てくれたら応援するだとか、彼を持て囃す声が止まない。
その光景にヒカリは苛立っていた。彼女はレイジの前の席だが、周りに人が寄ってきたから離席して窓際から眺めて睨んでいる。
足が速いからカッコいい。そんな価値観は小学生までだろう。表向きの特徴ではなく、もっと内面を見て。レイジは人の心を読んで都合の良いように利用する男で、自分の心は読まれないのをいいことに嘘をつきまくる最低な人間だ。目を覚ませ。
レイジがどんな人か、それは相手の欲しがっている物を分かっていながら予想を裏切ろうとして空回りし期待を裏切る。
誰かの意思を察知して、その人に任せて自分は何もしなくてもいいと決めつける。
特定の人を大事にする思いが自分より強い人を見つけたら身を引こうとする。
優しさも思いやりも履き違えていて、そう思われていても変えず貫く。そんな人を好きになる人なんて、居るはずがない。
なんて思いをクラスメイトに送るも、声にも態度にも出せていないのだからレイジ以外には聞こえていない。
ヒカリはスマホから“ノーツ”名鑑にアクセスして、更新されたレイジのプロフィールを確認する。
悪夢の瞳について書かれた第二スロットが空になっており、ランクも本日付けでBに下がっている。彼女はスクリーンショットして、今度は自分のプロフィールを開き、同じく画像として保存した。
そして二枚の画像を交互に見て、共通点を改めて探す。一人で黙々と分析し、それが聞こえるレイジは内心でツッコミを入れていく。
同じランクになって、立ち位置は近くなった。学校もクラスも、”ノーツ“持ちとして名鑑に登録された時期も同じ。
そして誕生日も同じ。ここでレイジは否定する。誕生日は三日ヒカリの方が早い。彼女は三日間昏睡状態だったから生きた日数は彼に追いつかれていて実質同じ誕生日だと思い込んでいるが、そうはならないと彼は考える。
けれどもレイジがどう思っているかなど声にしないと伝わらないわけで、ヒカリは気にせず分析を続ける。
共通点が減らずに増えて、なおもレイジとの距離がとても遠く感じるのは、心の距離のせいだとヒカリは思う。
最後の文化祭、結局一緒に回れなかった。いや、彼に意図的に避けられていた。
別れたけじめをつけるつもりなのだろうか。ヒカリは自分なりに考えるも、レイジの本心は読めないし、彼の言葉や態度を鵜呑みにしていいのかも怪しいので、いつまでも憶測の域を抜けない。
復縁すると危険が及ぶことを彼だけが知っており、それを隠そうとしている可能性だってあり得る。
などと深く考えなくても、十中八九、彼には本命の相手がいてヒカリの存在が邪魔だからというシンプルな理由だと疑っている。その相手と同じCランクまで下がれなくて残念だったねと、彼女は彼に憐みの視線を向ける。
何にせよ、今のレイジとヒカリには障壁がある。復縁も絶縁もできない、不安定な関係が続いているのがその証拠だ。
そしてここにきてランクという共通点が増えたことで、ヒカリはレイジのことを、やっぱりツインレイなのではと思い込んでいたのだった。
ツインレイ。それはこの世にたった一人の運命の相手のこと。
条件はまったく同じ誕生日ではないこと。ここでレイジは内心突っ込んだ。さっき実質同じと言っていただろうと。
次の条件は相手の心が分かる。レイジからすれば心を読めるのは”ノーツ“の作用でありヒカリ相手に限った話ではない。一方で彼女の方は彼を分かっていないから、距離感も感情も滅茶苦茶になっているのだろうと言い返したい気持ちを抑える。
他にもサイトで検索した条件にはいくつか該当した。感情、身体それぞれの観点で、ツインレイと思える要素が存在した。残念ながらソウルナンバーに特徴はなく、レイジはマスターナンバーではなかった。
そしてここからは完全にヒカリの妄想話で突っ込むだけ野暮だから、レイジは突っ込まず彼女の好きにさせておく。
偶然の積み重ね。そう告げてしまえば現実を自覚する。同時に夢を壊してしまうわけで、彼はそれを嫌ったから告げずにそっとしておく。
前世では宮門零という男で、二つの光に分かれ、ヒカリとレイジは魂の片割れ。まぐわい一つに戻ろうと惹かれ愛し合う存在。
ゆえに離れ離れになることはない。一度別れてもそこで終わらず、共に苦難を乗り越えていずれまた結ばれる。魂は最初は未成熟で、成長するための試練を課せられるものだ。
そしてツインレイの覚醒による症状、ヒカリは他の男子にモテるようになっていたが、レイジにも男性としての変化、男らしさに磨きをかけた。俊足をきっかけとした自信の向上、悪夢の力を捨てたことで気持ち楽になって明るくなった表情。以前までと違うのは一目瞭然だ。
ここまでの直感、もとい一人よがりの妄想は、正しいとヒカリは自負している。厨二病の賜物で日頃から月の光を浴びており、直感は鋭くなっているからだ。時折り帯びる蒼いオーラも、レイジにも見えているにちがいない。
ここまで挙げて、レイジの本命の相手は彼にとってのツインレイではないのかと疑問が浮かぶだろうが、それはないとヒカリは断言する。出会いはお互い苦楽を経験した先で起こる。幼少期から顔見知りの同郷の人が該当する可能性は低いからだ。
だから本能が告げている、自分はレイジを手離してはいけない存在だという忠告に従い、行動に移した。
「レイジ」
ヒカリは会話に割り込み、話をぶった斬って自分と一対一に持ち込んだ。
「プレゼント、返してもらってない」
文化祭の屋上での勝負。勝って取り返すはずだった、レイジからの誕生日プレゼント。
もっともヒカリに抵抗することで悪夢の瞳の力を使い果たすことが目的だったので、守りきって力を失った時点で勝負を続ける必要はなくなった。要するに、取り返せなかった彼女の負けなのだ。
だが彼女はそんなこと思いもせず、取り返すまでが勝負だと思っている。
ずっと上の存在だったレイジに、自分は張り合える存在ではなかった。けれどもランクが同じになった今、彼にとってのライバルというポジションさえ我が物にできる。そう企んだヒカリは、良い機会だと捉え今から申し込む気概でいる。
「だから私と勝負よ」
「ああ、もう要らないから返す」
レイジは軽くあしらった。彼としてはもう没収しておく理由はなくなったので、欲しいと言うのなら返す気はある。
しかしそれでヒカリが納得しないことも分かっている。彼女はプレゼント奪還をだしにして勝負をしたがっているのだから、それを避けても気は済まないことは百も承知だ。
「それはそれとして勝負は受けるぞ」
だから勝ち負けがどうであれプレゼントは返すとレイジは告げた。背負うものがなくなれば、敗北を恐れて実力が出せなくなることはない。終始圧倒的な差をつけて、ランクが並んだ程度で張り合えるようになれるなんて自惚れだと分からせてしまえる。
「じゃあルールを決めて」
ヒカリは勝負のテーマをレイジに決めてもらう。これは高校入学当時からのセオリーで、心を読んで相手の長所、短所を探れる彼は、相手にとって有利と思わせるルールを提案することができる。提案に乗った相手を想定外な要素で返り討ちにする。
ヒカリはレイジの得意スタイルに乗って、その上で勝って完璧な勝利を収めたい。そう思っている。
「新体力テストの合計点で」
レイジは即答した。ヒカリの期待と裏腹に、彼女の勝ち目がゼロなルールを持ちかけたのだった。




