589話 光の到来
文化祭の屋上で、三門玲司と一ノ宮耀によるプレゼント争奪戦が始まった。
元はレイジがヒカリに誕生日にあげた物。文化祭準備の日に取り上げて、彼女は取り返そうと彼が待つ屋上に突入した。
返さない理由は、反抗することにある。レイジはヒカリの願いを叶えさせまいと、その左目に宿る悪夢の瞳の力を使って不可能を可能にする。
その力がもう間もなく尽きる。
『そろそろ赤い光、来ます!』
津田山響は同学年“ノーツ”持ちのグループチャットに合図を送る。レイジの“ノーツ”が尽きれば、空から赤い光が降ってくる。それを浴びると回復するが、ヒビキたちの目的はその力を失わせることにある。
だから会場に集った特殊能力持ちの知り合いが手を貸す。いつ降ってきても何らかの方法で力の注入を阻止できるように。
降ってきたら光を逸らす、退かす、壊す。各自が持つ力でやれることをイメージし、運命の瞬間が訪れるときを待つ。
ヒカリは一度起こった事象を繰り返す“ノーツ”を持つ。その力で敵の攻撃を何度食らっても立ち上がってきた。そして用意してきた武器は四つ。二つは両手に持った自転車のサドルで、一つは帯電した体だ。
最後の一つは闇の意思。闇に侵され制御が利かない代わりに、普段より強く攻撃的になっている。この力があったから、幾多の邪魔者を薙ぎ払ってこられた。
武器か体でレイジに触れて、感電させる。それがヒカリの狙う勝ち筋だ。単純な自覚はあるが、心を読めるレイジには筒抜けになるから凝っても無駄だと割り切ったうえでの決断。
そもそも彼を追い詰めることが目的だから、シンプルに力圧しするのが一番効率的なのだ。
「絶対に返してもらうから! 私へのプレゼント!」
そう宣言し、ヒカリはレイジに突撃した。
振り下ろしたサドルをレイジは紙一重で避ける。本来なら間に合っていないが、瞳の力でヒカリの動きを鈍らせて成功させた。
ダメージが蓄積しているのは彼女だけではない。彼女が彼を探し敵と勝負していた間、彼は屋上で瞳の力を浄化していた。おかげでエネルギー切れは目前だが、浄化による副作用、感電したようなダメージが溜まっている。
お互いまともに動けない状況で、執念で力を引き出し合っている。
「プレゼントって言った?」
「聞こえた。二人に何が……」
赤い光の到来に備える対策班が、不意に聞こえたヒカリの叫び声に心当たりはあるかと確かめ合う。だが誰も知らない。
「確かに先月、二人の誕生日だったけど」
「プレゼントの中身は聞いたことないな」
レイジとヒカリは“ノーツ”が目覚めた時期が近い“同期”の仲だが、かつて恋人同士でもあった。六月には二人の誕生日があり渡し合ったと考えられるが、中身をヒカリから聞いた人はいない。
「教室に持ってきてたみたいよ」
「へー。他には?」
クラスメイトはプレゼントに心当たりがあった。放課後に準備しているとき、二人の会話に出てきていたことだ。
「さあ……寝不足だったから、あんまり」
けれども記憶はあやふやだ。当時は夜遅くまで高校に残って備品を作成して、持ち帰って帰宅後も作業する日々が続いていた。
今年が最後とはいえ疲れは溜まり、会話はよく覚えていない。
「あ……俺を誘うなんて無謀だ、とか言ってたような」
「誘う……エッチな下着とか?」
レイジがヒカリに対しそんなことを言い放っていた記憶が蘇ったので呟く。だが肝心の中身は分からず終い。誘惑するための衣類、あるいは香水と推測されたが、どうもしっくりこない。
勝負に戻ると、レイジは武器を持たないので防戦一方。ヒカリが振り回すサドルに当たらないよう、屋上を駆け回る。
「フェンス登ったら? 動きが単純だよ」
「言わなくても聞こえてる」
まだ当てられていないが、レイジの回避パターンは読めてきた。ここで高さを活かした動きを取らないと、感覚を掴まれてしまうとヒカリは忠告する。
敵に塩を贈ったのではない。レイジが高所恐怖症を克服できていないことを煽ったのだ。
それに対するレイジの反論は、思うだけで聞こえてくるからわざわざ声に出さなくていいという、話を逸らすものだった。
「怖いんだ。私だってできるのに」
反論できなかったレイジに、自分でもできる簡単なことだとアピールしたがるヒカリは、それだけのためにフェンスの上に立った。
掴める場所はなく足を小刻みに動かしたり上体を傾けたりしてバランスをとらざるを得ないが、彼女は楽々とやってのける。
「小さく見える」
目線が上になったことと、臆病な心へのダブルミーニングを込めてヒカリは呟く。かつての恐れ知らずの彼に戻ってほしい一心で、彼の心を揺さぶる。
そしてサドルを放物線上に投げ、屋上側へ飛び降りた。
受け止めないと怪我をする。だが受け止めれば降ってくるサドルを避けられない。救助か勝利か二択を迫らせ、ヒカリはフェンスから屋上へとジャンプした。
レイジは迷わず飛び出して、ヒカリをキャッチした。降ってきたサドルが、彼の頭と肩にぶつかる。
勝負を捨てて助けてくれたことに、ヒカリは戸惑う。だが自分を追い込みたいレイジとしては、無視して彼女が動けなくなられると困るがゆえの行動であり、彼女の願いに応えることを目的とはしていない。
「イメージが湧いた」
レイジはヒカリを下ろし、一人でフェンスに向かう。そして手をかけ、己の心と勝負する。
「待って、危ないよ」
足が震えているレイジを見て、ヒカリは制止する。だが彼女の願いと裏腹に、彼は地面を蹴り上げ体を浮かせた。確かに登ってほしいとは思っているが、それは恐怖症を克服してからの話。残ったまま無理をすれば、間違いなく落下してしまう。
最悪の事態を想定してヒカリは引き留めようとするが、立ち上がる気力がない。これもレイジの瞳のせいだ。
「何かあっても助けてくれるって信じてたから、私はできた! でも私に、レイジを助ける力はない!」
自分ができたからといって真似をしないでほしいとヒカリは訴えかける。彼は自分の命綱だが、自分は彼の命綱になれない。
止められないことを嘆くヒカリを背後に、レイジは腕に力を込める。だが体を持ち上げきれず、手が外れ降りてしまった。
「もう一度……」
力の入れ方を間違えたレイジは、手足をほぐしてリトライした。登れるまで何度もやり直した。
「……ちゃん。カナちゃん!」
暗闇にいて、名前を呼ぶ声がする。溜池彼方は目を覚ます。体に植えられた闇の意思を振り払った。
こうなった経緯は、ヒカリを敵から守ろうと手を引いたこと。闇の暴走で彼女を傷つけないために、一度離れて彼女を一人で逃げさせた。
ようやく元通りになれたカナタは辺りを見渡すがヒカリは見えない。だがこの高校のどこかには居るはずだと、闇雲に探し始める。駆け抜けた風に蝶が煽られた。
「もうやめて! 危ないから!」
ヒカリは諦めずに登ろうとするレイジを力ずくで止めようとする。だが彼の体を掴む前に、腹を蹴られて倒された。
拒否されショックを受けるも、何とかして止めないといけないという思いは揺らがず、別の手段を考える。目に入ったのは、屋上に突き立てられた剣だった。
レイジの瞳の力を浄化する剣。床に刺すだけで地面を伝って彼にダメージを与えている。それを直接ぶつけられたら、彼を止められる。
そう思ったヒカリは剣を引っこ抜いて、叫びながら彼に突撃する。
横に大きく降った剣は、レイジに掠りもしなかった。
すでに彼は、フェンスの上に立っていた。
「……登れた。お前のおかげで」
一歩踏み外せば落下する。飛行機の墜落事故で兄が死んだ事実を知って高所恐怖症を抱えたレイジは、並大抵の覚悟では屋上のフェンスの上に立てなかった。
けれどもヒカリが手本を見せたり、登らないと危ない状況を作ったりしてくれたおかげで、恐怖に打ち勝つことができた。
だがヒカリは喜ばない。一刻も早く降りてきてほしいと願うが、彼は応じない。手の力が抜けて剣を落としたそのとき、空から赤い光が降ってきた。
赤い光はレイジの右目目掛けて降ってきて、割り込む位置に出現した次元のゲートの入口に飛び込んだ。そして真横に逆向きに出現したゲートの出口から飛び出し、空へ放たれる。
彼に届くことなく、折り返している。
「間に合った」
清澄祈聖。ゲートを作る“ノーツ”を持った生徒だ。赤い光を撃ち返してレイジへの注入を阻止することは彼の目論み通りにいった。
他にもレイジにシールドを張ったり透過する体にさせたりする人もいて、赤い光対策が動き出す。
しばらくして赤い光が収まった。待てども二発目は来ない。
『もう来ません。成功です!』
未来を予知して二度目はないと確かめた生徒がグループチャットに報告する。一つ目の鬼門はクリアしたが、問題はレイジの力がなくなったかどうかだ。
「これで確かめればいいんだな?」
新しいゲートを通って屋上に入ったノエルは、ヒカリが落とした剣を床に突き立てる。そしてフェンスの上のレイジを見上げた。
「紫色の光は見えない」
今までは浄化のエフェクトで紫色の電光のような光が発生していた。だがもう見えない。周囲を暗くしてみても同じ結果だ。
「だそうだ。良かったな」
「ああ。これで死ねるんだな……」
そう言ってレイジはフェンスから外へ落下した。
「おかえり」
ノエルは落ちたレイジをゲートに吸い込み、屋上の中央にワープさせた。
故郷でも見えた赤い光の出現に、侵攻者が屋上に詰め寄る。彼らを説得するべく放送室に待機していた生徒がアナウンス上原した。
『悪夢の力は消滅しました。夢と希望に溢れたフェスティバルをお楽しみください。繰り返します……』
そして屋上の入り口でも、立ちはだかって直接説得する。
「悪夢の力は、もうレイジに残っていない。だからもう、あいつを狙う理由はない!」
侵攻者の狙いはレイジ。だが正しくは彼が宿す力であり、それを失った今は狙う必要はなくなった。争う前に引き返すよう説得する。
「続けるのなら、俺たちが相手だ」
もしまだレイジに執着するのなら、彼を守るために争うと宣言した。
「……行くぞ。出航の時間だ」
聞き分けがよく、帰りの飛行機に間に合わせるためだと表向きの理由で会場から去っていった。
「一件落着だな」
「ああ」
「で、どんな感じだ?」
敵は去ったと報告を受け、ノエルはレイジに容態を尋ねる。
「そんな変わってないな。心を読む力は残ってる」
元々悪夢の瞳は日頃から発動していたものではないので、失った自覚はないと答える。そして注入される前から目覚めていた読心術は顕在。あらゆる人が思っていることが聞こえている。
それからレイジたちは屋上を出て、状況を報告した。
「もう悪夢の力は使えないんだな」
「ああ。もう浄化されることはない」
レイジは力を失ったと答える。その証拠として、悪夢を浄化する剣を見せた。
「ならいいが、もし復活したらバレないようにすることだな」
赤い光がまた降ってきたら力が蘇ってしまうが、敵に見つからなければ問題ない。仲間たちはレイジの力を個性として受け入れているから、この島で暮らすうちは安全だ。
「ここに残る分には、復活しても構わないが……」
「俺は故郷に戻る」
しかしレイジは卒業後、故郷の大学を目指している。だから島には残らないと答えた。
「ねえ、ヒカリはどこですか?」
「元の姿に戻りにいった」
見渡すが、一緒にいたはずのヒカリが居ない。話しているうちにどこかへ行ってしまったのだ。
行き先をレイジは読心術で把握している。今のヒカリは別人の体を借りていて、空き教室に隠した本来の体に戻りにいったと明かした。
それで皆は納得したので、すぐに戻ってくる気はないことは黙っておいた。
本体を隠していた教室に入り扉を閉めたヒカリは、抜け殻の自分を見つめて考えた。
レイジの力は失われた。一緒に故郷へ行って、力を手離す方法を見つけようと約束していたのに、行く前に終わってしまった。
もう、レイジが自分を選んでくれる理由はない。ずっと前に別れていて引き摺っていること自体が間違いなのかもと思いつつも、受け止められない気持ちがある。
私を必要としてくれる人がいなくなった。暗い独りの部屋の中、ヒカリは顔を押さえて蹲る。
「そこにいるのか?」
教室の扉が開き、外の光が差し込む。カナタがヒカリを見つけ、闇の具合を聞きに踏み込んだ。




