586話 独断で行方を眩ませた
七月の土曜日、菜の花原高校の文化祭二日目は一般公開日。昨日は在校生のみ参加の校内限定公開の日だった。
とはいえ三門玲司のクラスは、やることは昨日と変わらない。お化け屋敷を構えて、入場客を恐怖のおもてなしで迎えることだ。
やることは同じでも、クオリティは昨日と一味違う。
クラス全員、本番に向けて毎日遅くまで準備をして、昨日も脅かし役と補修役を往復した。限界まで溜まった疲労により、歩き方も顔つきも、素でお化けらしくなっているからだ。さあ、いよいよ開場の時間だ。
「ヒビキ、調子はどう?」
「大丈夫よ。ほら」
津田山響は一時間後の自分の分身を出して調子が良いことを立証した。これがヒビキの“ノーツ”で、未来を知ることができる。
「どう? 予定通り始まった?」
「うん。敵も向かってきてる」
ヒビキは未来の自分に、文化祭の様子を聞く。未来の彼女は無事始まったと答え、加えて敵の襲来も予定通り始まると警告する。
そして時を同じくして、同学年“ノーツ”持ちグループチャットに通知が来た。空港で待機していた連絡要員からのアナウンスだ。
『敵、空港を出た。あと三時間ほどで到着する』
「来たね……」
レイジの故郷から大勢が来訪した。彼らの目的地は彼の高校、すなわち文化祭の会場だ。だが目的は祭を楽しむことではない。悪夢の瞳を持ち何度も故郷で人を悪夢に魘されるよう呪いをかけてきたレイジへの報復。今日は、例の事件の決行日なのだ。
「ちゃんと未来は見えてる」
「よかった……ほら、色々心配してたからさ」
今は平然と“ノーツ”を発動し未来を確かめられたが、ヒビキは先週まで不安を抱えていた。
例の事件による悲惨な運命を変えられたか確かめないといけないのではないか、けれども見て駄目だった場合、なんと報告すればいいのか。
事件後の未来を見るよう強要されたことはないが、見ることができる人はその役目を果たさなくてはいけないのではないか、そんな不安を抱えていると言っていた。
だから気がかりだったが、今のヒビキに迷いは見えない。
「先の未来は見ないでって言われたから。サプライズを用意しているって」
「そう。ならその時までのお楽しみにしましょう」
“同期”の久地羽撃に、文化祭後にサプライズを用意しているから未来を見ないよう忠告を受けた。その一言でヒビキは安心した。事件後の運命を確かめなくていいのだと。
「それに、皆あれだけ準備してきた。だからきっと大丈夫」
サプライズを用意することは事件の解決と関係しない。だがこれまで一丸となって事件の対策を立ててきた。だから心配することはないと堂々と答える。
「そして私も役目を果たす。常に未来を見て、ゴールへ導くからっ」
皆頑張っているから自分も頑張る。ヒビキは事件の収束、レイジの“ノーツ”の喪失を達成するように頻繁に未来を見て情報を展開する。緊張に負けずにその責務を全うすると宣言した。
「ねえ一ノ宮はどこ?」
「さあ。何も連絡ないわ」
レイジのクラスメイトが、お化け役が揃っていないことについて話している。これからシフトに入るはずの一ノ宮耀が、教室に居ない。
「出ないわね」
「もー。三門、あいつはどこいるのよ」
電話をかけても応答がない。そこで人の心が読めるレイジに聞いた。だが彼の返事はない。
「悶えてないで教えなさいよ」
レイジは今、悪夢を浄化する剣に磔にされている。全身に電流が走るような苦しみに拘束されており、質問に答える余裕がない。
「その状態で散々命令出していたじゃない」
「いや、こっちが演技しているってバレているだけよ」
レイジはこれまでこの苦しみを受けながら文化祭準備に向き合っていた。だから浄化されながら会話することは造作もないのだが、心が読めるゆえに無意味な質問だと見抜いているがゆえの沈黙ともとれた。
「まあそうよね。一ノ宮は今、変装中だもの」
ヒカリの行方を知らない。この話自体、嘘で、彼女の動向は連絡を受けている。
例の事件、滅多なことではレイジを殺せないためにターゲットは彼の交際相手とされているヒカリだ。そして彼は彼女を守るために瞳の力を使い、殺意を叶わなくさせる。
それで“ノーツ”を消耗すればいずれ底が尽きる。力なくなれば敵はレイジを狙う理由がなくなる。だから対策班は、敵には内緒で敵と結託しヒカリを追い詰めると決めた。
その方が効率よく悪夢の瞳を消費できるためだ。だが知り合いに命を狙われると知ったヒカリは恐怖に見舞われ、ある提案を受け他人の体に身を潜めることにした。
発案者の麻布麻李杏はさもヒカリの味方のように振る舞ったが、彼女を自分の体に隠したことはすぐさま皆に暴露している。
だがその話は“ノーツ”持ちだけの周知。“ノーツ”持ちの四人以外のクラスメイトはヒカリの消息を知らないから、さも彼女が独断で行方を眩ませたと思い込ませる必要があった。そして当然、事件のことも知らない。事件は島の“ノーツ”持ち高校三年生百数十人だけの秘密。どこに敵へ情報をリークする人がいるか分からないから、親にも警察にも政治家にも明かしていない。
「ずいぶん早かったね」
「ゲートでワープしてきたから」
開演前だがマリアは到着した。人目につかない空き教室へヒカリを呼び、なりすましの準備をする。
その早い到着の背景には、彼女の同級生のアシストがあった。なおヒカリは疑わなかった。その人に計画を知られていないかを。
「見つかる前にやっちまいましょ」
「そ、そうだね」
マリアの言う通り、客が入場してからでは誰かしらの目についてしまう。その前に成り代わっておくのは合理的だと捉え、ヒカリは彼女の額に触れた。
そしてヒカリの肉体は倒れ、マリアの精神が空中に分離した。
「この教室は誰も来ないから」
マリアの体に入ったヒカリは自分の抜け殻を壁に立て掛けた。これが見つかればアウトだが、昨日は誰もこの教室へ入らなかったとレイジから聞いている。
「しばらく借りるね」
姿が見えないマリアに一言告げて、ヒカリは扉を開けて校舎を後にした。
ヒカリとマリアはルックスが全然違う。だがそれ以前に、一般客の服装で開演前から校舎内をうろついていては怪しまれる。生徒は皆、クラスTシャツか制服を着ているのだから。
一時間後。ヒビキは再び一時間後の未来を確認する。
「大丈夫。まだ光は落ちてこないわ」
確認したのは赤い光の到来。レイジの瞳は力が尽きると空から赤い光が降ってきて、瞳に刺さり補充される。そこを阻止しなくては、彼の力を失わせることはできない。
光を阻止するのは一瞬の勝負。だからヒビキはこまめに未来を確かめて、光が降るタイミングを把握する。もし降ってきた未来が見えたら浄化はストップだ。後は皆で団結してレイジから少しずつ力を奪い、降ってきた瞬間にブロック作戦決行だ。
なお未来を見たらその通りになるわけではない。都合の悪い未来が見えたら、そうならないように行動するだけだ。
「開演よ」
「チャットが……分かってるわよ」
そして開演の時間。一般客が入場した。敵の到着まであと一時間。それまでに各地から集った対策班が高校の敷地内に配備される。敵の見張り、迎撃、救護にヒカリへの攻撃、そしてレイジ狙いの赤い光の阻止。各自適材適所で配置につき、役目がない人は被害を受けないことが役目。ヒビキが見た全滅という最悪の運命を変える。
『最後の班長命令だ』
『誰一人との別れもなく、全員必ず無事に帰還しろ』
これが最後の伝達との前置きから、今一度グループチャットへ送られてきた。見た者はもう、とうに知っているという反応を見せていた。失敗を恐れない。そう誇示するように、能天気なスタンプがいくつか送り返される。
「頑張りなさいよ」
ヒカリを守らせるために、レイジを磔から解放する。対策班班長のメッセージは、特に彼に聞かせるべき言葉だ。
心が読めるばかりに耳で聞こえない負け惜しみの独り言に反応し、噛みついてトラブルになり台無しにしかねないレイジに。
「えっ、ヒカリさんいないの!?」
「戻ってきてないのよ……こんな格好してる」
ヒカリをマークすべくお化け屋敷を訪れた蔵前綺星が、彼女のクラスメイトから消息不明という話を聞いて困惑している。
「どうしようか」
「私に聞かれても……誰かに見つけてもらうしか……」
淡路小通は今アヤセに見せた、昨日撮っていたヒカリの写真をチャットに送信した。今日最後に見たときと同じ、真っ黒なクラスTシャツ姿だ。
「でも探したら予定が崩れない?」
「そこはリーダーに任せるしかないわ」
アヤセと同行するマリアは、計画の急遽変更が起こらないかと懸念し相談した。だがこの場に指示を出せる者はいない。ヒカリの服装を皆に知らせ、指示を仰ぐ。
しかしこれは演技だ。皆マリアの中身がヒカリだと知っている。消息不明と聞いて慌てないのは不自然だから、さも焦っているように見せつけている。
「レイ……三門さんに聞いたらいいんじゃない?」
ヒカリも怪しまれないようにマリアを演じ、人探しの適任を挙げる。だがもし提案に乗られたら、確実に身元が割れてしまう。そこをカバーする案はなく、レイジに庇ってもらうことに託していた。
「ねえ三門、一ノ宮は」
「教えねーよバーカ!」
入口で磔にされてホラーの演出に一役買っているところに聞きに行くことくらい、リーダーの指示を待たなくてもできる。浄化の苦痛に耐えながら叫ぶレイジの返事は、煽りを交えた黙秘の宣言だった。
「まあ皆が狙っているのに教えるわけないわよね」
「ムカつくけどその通りだわ」
過剰に言い返された感は否めないが、レイジの言い分はもっともだ。ヒカリを狙うのは彼女を庇う彼に瞳の力を使わせるため。居場所が割れたら彼女の身に危険が迫るのだ。
「けど効率よく終わらせるにはバラした方がいいはず」
「それはそう」
しかし逃げ切っては意味がない。レイジの瞳が力を失わない限り、夢の街から来た敵の殺意は収まらない。
結局一時間、状況は動かなかった。発見報告はなく、新しい指示もない。
そして、敵が来場した。
侵攻者の到来。しかし祭りは賑やかなまま。ターゲットのヒカリを見つけるまで、敵は騒ぎを起こさず客に馴染んでいる。
いよいよ危険な目に遭わされると理解し恐怖で体が震えるヒカリだが、マリアの体に入ってまるで別人の姿であり、この状況をレイジは分かっていることから、きっと大丈夫という期待感もあった。
「ついにだね……あれ?」
ヒカリはさっきまでそばにいたアヤセの姿が見えないことに疑問を抱いた。チャットを送ろうとしたそのとき、そばで窓ガラスが割れた。
「何、今の……うわっ!」
割れた原因が見えないまま、さらに近い窓が割れた。こんな演出、昨日はなかった。ヒカリは恐怖を覚え、逃げ出した。
「いたぞ、あいつだ!」
走る姿を見た敵が、その動きを根拠にターゲットのヒカリと見做して仲間を呼ぶ。聞こえた彼女は自分が狙われていると察して逃げるも、どこへ行っても人がいる。
追っ手がどんどん増え、パニックになっていた。
変装しているがはずなのにどうして、とヒカリは髪を掴んで確かめる。本来の黒とは真逆の綺麗な金髪。見知らぬ人に正体がバレるはずがない。
だが敵は容姿で判断したのではない。ヒカリが逃げていたから、彼女を狙えばいいと理解したのだ。
そうと気づかずヒカリは一心不乱にレイジに助けを求める。
「レイジ、助けて!」
銃弾や投擲の雨を掻い潜りながら、ヒカリは廊下を駆け抜ける。一度避ければ当たらない“ノーツ”を活かした生還だが、逃げ場を失えば通用しない。
教室は行き止まり。けれどもレイジなら打開してくれる。そう信じて進んだ。
入口に突き立てた剣に、もうレイジの姿はなかった。ヒカリは最後の希望を失い、へたり込んだ。




