585話 不安なワード
「俺は、お前の未来のイレギュラーだ!」
「んー、いまいち」
久地羽撃の告白練習に付き合う京橋慧練は、彼の自作のセリフを聞いては駄目だしをする。
「周りくどいのと、相手からしたら不安なワード」
「そっか……確かにな……」
文字に起こし、声に出して聞き手に意見を出してもらって問題点に気づける。ハバタはスマホのメモ帳で新しいページを開き、もう一度考え直した。
「援軍呼ぶか?」
「要らない」
この部屋の主、溜池彼方は近所の同級生を招こうと提案する。しかしハバタは拒否した。このセリフは自力で完成させたい意地の表れだ。
「これは俺で決めたいんだ」
「へぇ。言うじゃん」
男気に胸を熱くしたカナタはハバタの意見を尊重し、誰も呼ばないことにした。
「お前は練習しないのかよ」
「言ったろ。本命はハバタ。おまけがエレンの手を煩わせるわけには」
「構わないわよ?」
カナタもハバタ同様、来週の土曜日の夜、告白する気でいる。だが彼と違って予告はしていない。つまりやらなくてもいいわけで、エレンにレッスンの負担をかけないためにも傍観に徹する。
しかし当の彼女は一人が二人になる程度のことを気にしなかった。
「せめて相手は教えてよ」
「……一ノ宮」
隠そうとするとハバタやエレンが集中できないと考え、カナタは相手の名前を明かした。その相手は一ノ宮耀。あまり接点はない。
「へー、意外ね」
「俺だけじゃない。ハバタ以外は全員、一ノ宮に告白するらしい」
カナタも便乗した結果だ。同級生のグループチャットで、最初に宣告した人がヒカリを選んだから、皆それに続いただけのことで、彼はヒカリのことを特別視して選んだわけではない。
「まあそいつらも、本気でコクる気はないと思うぜ。三門に発破かけるのが狙いだろう」
三門玲司はかつてヒカリと付き合っていた。だがレイジの秘密がバレたのを機に亀裂が入り、そして別れた。
けれども復縁のチャンスはある。
「俺もお試しで付き合ったけど、あいつは手に負えない。三門じゃなきゃ駄目だ」
付き合ったといっても、同級生とともに買い物をしたり遊んだくらいだ。けれどもそれだけでヒカリを危険な女だと認識した。
「そんなに?」
「こっちがちょっとでも他の物に興味持つと対抗心を燃やして、無茶するから」
内職を見抜けるレイジなら、見栄を張っても無駄だと割り切って弱い一面を曝け出せる。一方で普通の人が相手では、ヒカリはより良く見せようとして影で頑張り過ぎる節がある。
例として、共通の趣味を作ろうとして短期間で上達しようとする。
「だったら応援してあげたらいいんじゃない?」
「そうもいかなくなってて」
ヒカリに相応しい相手はレイジしかいないと説得すれば解決しそうな話に思えるエレンだったが、お互いそう思えない理由ができたとカナタは説明をする。
「一ノ宮としては、三門に必要な存在で居られるのが最大の自信だった。そして存在意義は、奴の呪いを解く道を探すこと」
「そうか。瞳の力を消すことがゴールだものね」
来週に迫る告白の舞台、ヒカリの高校の文化祭で事件が起こる。狙いはレイジの瞳。見た人の夢や願いを叶わなくさせる力をなくし、争う理由をなくすことが終着点。
「計画が成功すれば、三門の悪夢の瞳はなくなる。そうなれば、一ノ宮は目的を失う」
そこに辿り着いたとき、ヒカリはレイジの特別ではなくなる。それが二人に溝を残す理由なのだ。
「それでも必要だって面と向かって伝えればいいだけの話のはずだ。そうしたら一ノ宮は、また笑えるようになるんじゃないか」
最近のヒカリはいつも苦しそうな顔をしている。その原因はレイジとの拗れだろう。
別れた、前ほど好きではない。それらが事実であっても、未練を残しているように見受けられる。
「よく見てるんだな」
「半分は聞いた話だがな。まあ可哀想だからよく見てるのはそう」
“同期”でも同級生でもない異性をよく理解しているものだと感心されるも、それは自力ではないとカナタは答える。連絡を取り合う仲ではない彼は、“ノーツ”で監視もとい覗き見している同級生からの情報をあてにしている。
とはいえランクは同じでそこそこ会う機会はあるから、その都度様子は見ている。
「で、セリフは考えてあるのかよ」
「もちろん」
カナタは準備万端だと即答した。怪訝な表情を向けられたが、動じない。
「じゃあ久地君も決めようか」
「いや、聞いてみようぜ」
参考になるかもしれないし、それだけ自信満々なら聞いてみたいハバタだったが、エレンに流されそうになってストップをかける。
「リハーサルやらないと失敗するかもしれないだろ?」
「いや失敗が目的だし」
「それは……」
自信は過信の疑いがある。ぶっつけ本番で恥をかかないためにも練習を提案したが、レイジを引き摺り出すことを目的に迫るだけなため、告白の結果は関係ない。
そう言い返されるとぐうの音も出なかった。
「言いたいことが何かをブレないように注意して。未来を見ても読めない出来事は、普通は存在しない。ここでしょ?」
話は戻ってハバタのセリフ見直し。不確かな未来に不安を覚える津田山響。彼女への告白で伝えたいことは、見た未来に自信を持ってほしいこと。
その説得には、イレギュラーな事態を解決することが不可欠。そこでハバタは、自分だけがイレギュラーなのだという根拠のない理屈を押し通すことにした。
別に真相を隠すつもりはない。ただヒビキが悩まなくてよくなるように励ましたいだけなのだ。
「ああ。未来を変える力は俺だけが持っている。だから迷わなくていいんだって」
「ならどうしてあなたは力があるの?」
「それは……」
ハバタは答えられない。理屈なんてないのだから当然だ。だがうまく作り上げないと、説得は期待できない。
「このお話知ってる? 鶴の恩返し」
「知ってる」
同級生とのグループチャットでも聞いていて、タイムリーな作品だった。とはいえエレンも分かっていて聞いたのではなく、単なる偶然だ。
現にハバタがカナタに、言いふらしたのかとアイコンタクトで尋ねると首を横に振って返事をされた。
「若者が見たら駄目って言われてたのに見ちゃって、バチが当たったって話だろ?」
「そう。で、あなたはその若者よ」
その若者は作中で鶴を罠から助けたヒーローであり、扉を開けるなと言われて開けた掟破りでもあるから、喩えられて複雑な気持ちになる。
「そう。言いつけを守れなかった唯一の人」
「それ良いことなのか?」
エレンが喩えていたのは後者がベースだったと分かり、褒め言葉ではないだろうと首を傾げる。
「扉を開けるなって言われていたのに覗いてしまった。それは開けたらどうなるか分からなかったから」
「まあ普通は開けないしな」
つまり例外。ヒビキにとってのハバタだ。
「でも開けたから、普通と違うエンディングを迎えた」
「バッドエンドじゃん」
「違うわ」
正体が鳥とバレて二度と会えなくなってしまった。それは特殊だが悪い方での特殊エンドに思える。
だが話の続きを知るエレンは否定した。
「ねえ、もし扉を開けずに過ごしていたらどうなっていたと思う?」
「どうって……」
ハバタが想像したのは、機織りに羽を使い過ぎて飛ぶことができなくなった姿だった。
「一生機織りさせられて、病院行き」
「ハズレ。一週間で終わるのよ」
元々七日間我慢するだけの話なので、堪え続ける限り無限労働とはならない。予想は外れた。
「一週間程度なら、全然平気だろ」
「疲労の問題じゃないわ。正解は、正体を知れた」
覗いたことで労働から解放されたと捉えても、最大一週間なら誤差の範囲。掟を破って利点があったかと言われても思いつかない。
そもそも観点が違うので、エレンは正解を告げる。
「鶴、お前だったのか、って」
「いや、そのせいで離れ離れになったんじゃ……」
「再会できたのよ。残していったヒントを辿って。ほら」
エレンの言う話の続き。それは去った鶴と若者が池で再会したというものだ。それを知ったサイトを二人に見せる。
「へー、知らなかった」
「ああ、主人公はその瞬間にタイトルの意味に気づくのか」
読者の視点からは作品のタイトルに込められた意味が分かるが、登場人物視点では扉を開けたとき、つまり当初のエンディング直前で判明するもの。そして続きで確証を持てる。
「お互いの気持ちが分かって、それはきっとハッピーエンドではないかしら?」
「教訓はルールを守ること。けど、守って気づけないまま終わるより、結果的に良くなったと思う」
教訓は大事。だがそれはそれとして、守らないことで得られるものもある。それはハバタの告白の参考になる。
予知できない未来を起こす存在は自分だけ、それは悪いことではないのだとヒビキを説得する口説き文句に。
「ルールがなんだ。そんなもの飛び越えて、俺が未来を変えてやる」
「おっ、いいよ今のっ」
ハバタは思いついたセリフを声に出すと、エレン的に評価が高かった。評価する声が聞こえ、彼としても自信がつく。
「見えた未来に自信を持て。けど俺は越えていく」
「そうそう、その感じ。あと迫力が欲しいな」
言葉だけ練るのではなく、テンポやジェスチャー、いくつかの観点から工夫をつければ、完成は見えてくる。そう感じたエレンは、演技指導を始めた。
「ここ少しゆっくり」
「もっと勢いつけて!」
しかしここからが長かった。微妙な変化を常につける調整箇所が多く、エレンの合格点に至るまでハバタは何度も練習を繰り返した。
「オッケーよ」
「いやムズ……本番できる気がしねえ」
「緊張するだろうしな」
なんとか練習でクリアに届いたが、手探りで掴んだだけでもう一度同じようにやれるかは疑問が残る。加えてカナタの言う通り、確実に緊張してしまう。
「それでいいのよ。むしろ余裕を持たれると油断するから」
だが不安なくらいがちょうどいいとエレンは語る。安心感があると却って悪い方向へ作用してしまうリスクがあるからだ。
「そうか。ならこれで終わりにしよう」
「頑張ってね。さて、じゃあ私はそろそろ帰ろうかな。お邪魔しました」
教えることはもうない。帰り道に買い物をしたいエレンは、時間を無駄にしないためにも帰ると決めたら即帰る。
「カナタは平気か?」
「今日はな。今度エレンんトコ行ってお願いするかも」
「いいけど休日は明日が最後よ?」
何も準備していないから今日は頼めない。かといって本番は来週の土曜日だから余裕はない。明日を逃せば後は学校帰りに行くしかない。
「なんだかんだで真剣なのな」
実はエレンの前で自分は練習不要と言うのは失礼だからやる気を見せただけだとは言えなかった。
「じゃあまた来週」
「ああ。またな」
「気をつけて」
エレンに続きハバタも帰宅する。玄関を出たところがもう分かれ道だ。そして一人残ったカナタは部屋に戻り、二人の練習風景を思い返しつつイメージトレーニングを始めた。
そしてノートに台本を書き始め、筆が止まっては想像に戻ってを繰り返した。
読み返して嫌になり、ノートを強く閉じた。
「止めだ。こんなことしてアイツが還ってくるわけじゃない」
振動で机の上の写真立てが後ろに倒れた。




