584話 未来を変える人
「お邪魔します」
久地羽撃は休日に、同級生の溜池彼方に家に誘われた。言われた時間通りに着いて部屋へ案内される。
「今日はよろしくね」
「……ああ、よろしく」
先客の京橋慧練がハバタに挨拶をする。彼も彼女が来ていることはカナタから聞いており、落ち着いて頭を下げる。
エレンはカナタの“同期”で、中学二年生の三月に“ノーツ”が覚醒した。ハバタも覚醒してからは“ノーツ”持ちの交流に参加するようになり、顔と名前が一致するようになったが、それは高校二年生になってからのことで、それまでの二年間は知らない。
ゆえにハバタの知るエレンに関する情報は、ほとんどカナタから聞いたことがすべてだ。
だが“同期”とはいえ異性を自室に招くような仲へ発展するかと聞いたところ、カナタとエレンは元Aランク同士で、仲間だけどライバルといった関係だと返された。頼めば来てくれる、それだけのことのようだと言われ、ハバタは納得した。
「わざわざ家に呼ばなくてもよかったのに」
「来てから言うなよ」
呼んだ目的はハバタの告白練習だ。外は暑いし、人に聞かれる場所は避けたい。そこでカナタは自室に冷房をつけて場所を確保した。
その方針に不満があるなら事前に言ってほしいとカナタは指摘する。集まる話は数日前から伝えてあったのだから。
「今は俺たち二人だけど、同級生を呼ぶかもしれないからな。エレンの家だとアクセスが良くない」
「こっちに来るのは構わないわ。外でも良かったってこと」
「外? 暑いぞ」
今は七月上旬、猛暑。外を出歩く人は少ないがそれは熱中症を警戒してのインドア。大声を出せるからと外に滞在していてはたちまち体調を崩してしまう。
「問題ないわ。私が水を撒く」
「涼を取れても濡れて服が透けるぞ」
飛沫を発生させる“ノーツ”を持つエレンにかかれば地面から噴水を出すことが可能で、暑さを凌ぐ策はある。だが布の表面が乱反射を起こしにくくなり、透明になってしまう。
女子であるエレンは嫌がるはずだと言い返し、彼女の案の欠点を突きつける。
「平気よ。この下は水着だもの」
「今日もか」
濡れるリスクのある“ノーツ”を持っていて、対策をするのは当然のこと。透けて見られてもいいよう下着の代わりに水着を着用してくるのは珍しくないとカナタは知っているが、今日は彼女に“ノーツ”を使ってもらう必要はないと考えている。
「今日は水を使わなくていい。エレンを呼んだのは練習のためだからな」
「そう? でもほら、呼ぶならぎゅうぎゅう詰めになるんじゃない?」
「……じゃあ呼ばない。考えが甘かった」
“ノーツ”に依存しないエレンの強み。覚醒前から持っている資質。それは用意周到な計画性。目的と期間を鑑みてタスクを組み立てる力だ。
カナタは自分の想定、状況次第で人が増えるケースに対し、広い空間が必要になると考慮できていなかった。その点、外で集まる準備をしてきたエレンはさすがだと感心し、同級生を呼ぶ話を取り消した。
「呼んでも平気よ」
「大丈夫」
公園なり空き地なり、この部屋より広い静かな場所へ移動すれば人は増えても問題ない。暑さはエレンの“ノーツ”で解消できる。だから友達を呼ぶのを諦めなくていいと説得するエレンに対し、カナタは呼ばないの一点張りだ。
「計画性で私に負けたからって意地にならないでよ」
「なってないから!」
否定するが、図星だ。カナタは自分でバッチリ立てたつもりの計画に穴があることを認めたくなく、エレンの手を借りることでプライドに傷がつくのを嫌って抵抗している。
「嘘だ」
「嘘じゃない」
エレンも認めさせたがり、カナタが折れるのを待つ。主役のはずなのに置いてきぼりにされているハバタは、いつになったら本題に入るのかと呆れつつ、“同期”同士の楽しげな会話に羨ましさを感じ、参考にしたい気持ちもあった。
「終わりだ。こんなことに時間を使うこと自体、俺の計画の崩壊の元だ」
「そうね、ごめんなさい。正論でいじめてしまって」
「戦えば俺が勝つぞ」
余計な一言に煽られカナタはエレンを睨むも彼女は不敵な笑みを浮かべる。そんな彼女に力勝負を挑めば戦闘向きの“ノーツ”を持つ自分に軍配が上がると忠告する。
「知ってる。頼もしいわね、その言葉」
「……当たり前だ」
エレンもそれは分かっているから、素直に賛同する。カナタも強がりではなく、強くあるのを当然と見据えていると答えた。
「さて、アイスブレイクはこの辺で終了。予告した通り、こいつは来週告白する」
アイスブレイク、それは緊張して氷のように固まった空気や心を和ませること。“ノーツ”という繋がりがあってもその瞬間が初対面というケースが多く、親睦を深めるためによく使われるコミュニケーションだ。
カナタはさも予定通りの雑談だと語っているが、雑談で計画が壊れているというさっきの言葉を忘れるエレンではない。だがこれ以上彼を茶化すつもりはなく、黙って聞き流した。
別に話していて不快だったとは思っていないので、文句を言う利点はないのだ。
「あの噂のことでしょ?」
カナタから連絡が来る前に、エレンは出回っている噂を耳にしていた。来週の菜の花原高校の文化祭で、一斉告白サプライズが起こるという噂だ。
その発端はハバタがその高校所属の“同期”、津田山響へかけた電話であり、二人の秘密だと忠告しなかったばかりに女子ネットワークを駆け巡り、他校生であるエレンにも届いてしまっていた。
「ああ。それで今日のことは」
「ええ、誰にも言わないわ」
その反省としてカナタはエレンだけに事情を明かす代わりに協力を依頼して今に至る。
「一から説明すると、津田山が未来を見るべきか悩んでいるそうだ」
「ああ。例の事件の対策は成功したのか、確かめる責任があるんじゃないかって」
文化祭の日は例の事件の日でもある。未来が見えるヒビキが見た全滅の未来を回避できたかは、もう一度未来を見れば一目瞭然。だがもし運命が変わっていなかったらそれを打ち明けるのは怖いし、見られるのにビビって見ないのを恨まれないか不安でもある。そんな相談を、ハバタは受けてカナタたちに相談した。
「で、未来を見なくていいんだと説得するためにサプライズがあると伝えた」
「それが告白だと早とちりされたのね」
「まあ、間違ってはないんだが……」
最も穏便な解消法は、見なくていいと説得すること。そこで同級生たちはサプライズを提案。当日は驚かせたいからネタバレになる未来を見ないよう伝えて、悩みから解放させようという狙いだ。そのつもりとはいえ、告白だとはまだ一言も言っていない。
「で、ハードルが上がったわけで」
「協力してもらう適任がいるって、カナタが」
早とちりされただけなら予定通りやればいいのだが、噂の広まりで期待値が上がってしまった。当初予定していたレベルでは物足りないと思われかねないから、準備を始めた。そこでカナタはエレンを推薦し、実態を明かしてアドバイスを求めている。
「というわけで、よろしく」
「ん? カナタもいるのか?」
てっきりカナタは席を外すと思っていたハバタは、そんな気配を見せない彼に確認する。見られるのは恥ずかしいので、移動してもらいたいのが本音だ。
「俺の家だし、それに俺もやるし」
カナタは部屋に残る理由に、自分もアドバイスを受ける側だからと答える。個別では効率が悪いから、一緒にレッスンを受けるつもりだ。
「えっ、カナタも告白するの!?」
驚いたのはエレンだった。一斉告白の話は同級生のグループチャットで話が上がっていたので、もう知っているハバタは動じない。
「あそこまで拡散されたら、一人じゃ物足りないからな」
ハバタからヒビキへの告白とは限らないという話から、大勢の一斉告白計画へと想像が飛躍している。自分で撒いた種だからと、彼の同級生は各々誰かに告白しようと決めた。すでに交際相手がいる人は別ではあるが。
「誰だれ? 教えてよ言わないから誰にもっ」
「内緒だ」
エレンはカナタの相手が気になり教えてもらおうと詰め寄るが、彼はヒントさえ出さない。
「教えてっ」
「えっ、いや……」
今度はハバタに尋ねる。素早い切り替えに彼は戸惑うも、カナタに視線を移し考えを読み取った。
「練習するなら、相手を伝えた方が効果的じゃないか?」
「いや、俺は成功させる必要ないし」
ハバタは明かすべきだと理由を踏まえて提案したが、目的は告白ではない。未来を見なくていいのだとヒビキを説得することだ。
「それを言ったら俺だって」
「いやお前は予告したじゃん」
「くそ……」
ならばとハバタも逃げようとする。しかし彼の場合、ヒビキにサプライズがあると告げてしまっている。それで何もしなければ、嘘つきになってしまうのだ。
「じゃあまず整理しましょう」
二人分考えると時間がかかるという結論に落ち着き、本命のハバタに絞って計画を練り始めた。
「まず最初は謝ること。別の理由があって告白したって」
「謝るのか……」
勢いで乗り切ろうと考えていたハバタにとっては賛同しにくい意見だった。だがエレンの言い分は分かる。
「だってその理由がなければ告白しないでしょ?」
「そうなんだよなぁ」
あらかじめ計画していたわけではない。その時点でもう純粋な告白にならず、ヘタにごまかして事実を知られたときに関係に亀裂が入る。
「まず謝って、一旦ストップ。向こうの反応を待つの」
謝罪して下がったムードをすぐに上げ直すのはNGだと忠告するエレン。大事なことは相手の気持ちを聞く姿勢をとることだと説明する。
「……教えてくれ、理由を」
「一気にワッと言うのはダメ。言い訳がましいから」
「おお、今みたいな感じか」
ちょうど手本を見せたことにカナタは気づく。ハバタの質問を待ってから主張を告げる。聞き返すよう促すこともなく、完全に相手に委ねていた。
「もし俺が黙っていたら、どうする気だったんだ?」
謝った後は相手が話すまで口を閉じる。その通りにして、もし相手が黙って沈黙が続いたらどう立ち回ればいいかハバタは聞く。
「揺さぶる。じゃあなって言って先に帰るとか」
「帰る、か……」
向こうが黙っているのはこちらがまだ話す気だと思っているからで、用件は済んだ素振りを見せたら続きを求めてアクションを起こす。
なるほどと思いつつ、突き離す態度がヒビキを傷つけるのではないかと懸念する。
「声のトーンと歩幅が大事。呼び止めてほしそうに振る舞って」
「なるほど……演技するのか」
同じ言葉と行動でも、リズムを変えれば印象が変わる。それこそ練習が重要な要素だ。
「……ちょっと、別の相談にも乗ってくれないか」
「まだ解決してないだろ」
「いいわよ」
方針を聞いて、レッスンに移るここからが本番なのに話題を変えることに、カナタは待ったをかける。しかしエレンは受け入れた。
「ありがとう。津田山の不安は、もう一つあるんだ。見えた未来が全てじゃないって……」
ハバタは平日の夜、エレンに会って起きた事故のことをエレンに打ち明けた。未来の彼女がいたにもかかわらず予知できなかった事態が起こったせいで、見ても安心できないという不安を抱いていることを。
「難しいわね……」
ヒビキの見た未来が不確かということ自体が初耳なエレンは頭を悩ませる。
「要はどこに例外が潜んでいるかって話よね?」
「ああ。どこに地雷が埋まっているか」
男子らしい物騒な言葉選びだと感じるも、考えていることは同じだと分かったので追求はしない。
「ん? 地雷……」
しかしその言葉の違いが、エレンに閃きを生み出させた。
「そうよ地雷よ! どこにあるか分からないわけじゃない」
「どういうことだ?」
「埋めた人がいるってこと」
答えてもらってもハバタとカナタは疑問が抜けない。
「未来を変える人がいる、それはあなたなのよ」
「俺が、未来を変える?」
エレンは強く頷くが、心当たりのないハバタは余計に戸惑う。
「あなたの存在が津田山さんの見る未来を変える。そう教えてあげてやって」
「待てよ。俺にそんな力あるのか」
「ないわよ多分」
エレンは即座に否定した。なら何を根拠に熱くなっていたのかと謎が生まれる。
「でも、そう言えば納得してくれると思うわ。同時に安心してくれる」
「ハッタリってことか」
ようやくエレンの意図が分かった。だがこれまでの助言と真逆で、根拠のないでたらめを貫くやり方に抵抗がある。
「まあ“同期”なんだし、ちょっとくらい特別でも良いのでは?」
「そうか……そうだな」
言われてみると自信がつく。ヒビキの未来を変える、そんな力があるのなら、彼女にとって特別な存在になれる。それはまったくの嘘でなく、実績がある。彼女の目の前で。
「ありがとう! それでいく」
「頑張ってね」
ハバタが自信をもったところで、告白の練習が始まった。




