583話 告白される関係か
「間違いなく告白ですよ!」
津田山響は久地羽撃からかかってきた電話の意図について相談した。小岩詩奈は文化祭準備の疲れを吹き飛ばす盛り上がり様で、それは愛の告白の予告だと決めつけた。
「文化祭の夜でしょ? 最高のタイミングです!」
「そ、そうだよね!」
ヒビキ自身も電話を受けて薄々そんな気はしていたので、同じ考えをする人がいて安堵する。
「そうかな?」
しかし一ノ宮耀は違った。これは他に考えがあるのではなく、恋絡みの線を掻き消すための否定だ。
「皆で打ち上げとかかもしれないし、決めつけるには早いんじゃない?」
「でも過去に実例がありますよね?」
実例とはヒカリのこと。彼女はシイナが想像した通りのことを、二年前に経験した。文化祭の夜に、サプライズで告白されていたのだ。
だからヒカリは返す言葉に詰まり、論点を変えた。
「ただの“同期”でしょ? 変に期待したら駄目よ」
「それはまあ、そうだけど……」
告白される関係か、を考える。ハバタとは“ノーツ”が同時期に目覚めた“同期”の関係に過ぎない。けれどもその中でも同じ日に覚醒した運命的な繋がりがある。
「でも“同期”だからこそ、よく知れたし……好きだし」
自分の想いを認めるヒビキにシイナは一層興奮し、ヒカリは一層苛立った。
「“同期”に運命感じ過ぎ。共通点じゃなくて中身を見ないと後悔するよ」
実感の籠もったトーンでヒカリは問いかける。それもそのはず、彼女はその“同期”と付き合い、別れたのだ。
「ヒカリの気持ちは分かります。でもそれとこれとは話が」
「同期って関係に浮かれているだけ。そんなだと酷い人だったとき後悔する」
ヒカリもハバタのことはあの男、ヒカリの元交際相手ほど非道な人だとは思っていない。けれども過程は同じだ。繋がりに目が眩み、人格と素性が見えていない。
相手の好意を誤解し、また自分も相手を好きと勘違いしている。
ギャップの加減がどうであれ、後々傷つくことになるのは変わらない。それをヒカリは伝えたい。
「気にしないでください。ヒカリは自分の失敗に巻き込もうとしているだけだから、きっと」
シイナはヒカリの言葉に耳を傾けなくていいと告げた。彼女が忠告ではなく嫉妬で脅かしていると察したからだ。
「だからこそだよ」
自分はあの男に嫌な思いをさせられた。その経験があるからこそ、他と違う視点で考えられることをアピールする。
「実は本命が他にいて、その人に告白するから
邪魔させないよう言ったのかも」
「えっ……」
ヒカリの考察をヒビキは真に受けた。告白の相手は自分ではない。それを知られたら妨害される危うさがある。“ノーツ”を使って未来を見ないよう念押ししてきたのには、そんな裏話があったから、という線も、有り得そうだと感じてしまった。
「まさかそんな」
「でも理屈は通るな。本当にそうなのかも」
シイナも可能性をゼロとは断言できず、ヒカリの考えは当たっているかもしれないと思いはしたが、いくらなんでも可哀想なので誤解だと信じる。
しかし当のヒビキは心当たりがあり、ヒカリの考察を正と捉える兆しがあったことを明かす。
「お前と付き合う相手は大変だ、なんて台詞、好きな人に言わないでしょ?」
「そんなこと言われたのですか?」
「昨日一緒にファミレス行って、そこで……」
文化祭準備で忙しく帰りは遅く、そもそも距離が離れているのにどうして会えたのか気になったが、今考えるべきはハバタの意図なので一旦放置する。
「だったらなんでヒビキの文化祭が終わるタイミングなの」
「うちの同級生の誰かでしょ」
他の人に告白するのならどうしてこの高校の文化祭の後なのかと疑問が湧く。そしてヒカリが即答した。相手はヒビキ同様、この高校の生徒なのだろうと。
「でも全員集合するし、高校は関係ないかも」
「絞りようがないわ!」
しかし他校生の線も捨て切れない。例の事件に備えて、各校から“ノーツ”持ちの同学年がわんさか集まってくる。そして山場を乗り越えた絶好のタイミングで想いを明かしたい気持ちは分かる。
「だから忘れた方がいいよ。考えるだけ無駄」
そこまで考えてヒカリはヒビキに、意識しない方が良いとアドバイスを送る。
一方でシイナは、一同に介して最大の壁を越えた後のサプライズという点から、ハバタ一人の計画ではないと思えてきた。
「全員集合……それです!」
「何が?」
さらにテンションが上がるシイナの声でヒカリは眠気が覚める。
「一斉告白です!」
何人かで計画し、各々の意中の相手に想いをぶつける。ハバタは仕掛け人の一人に過ぎない。つまり他の人も、誰かしらのサプライズのターゲットということだ。
「これはヒビキ一人の話じゃないのかも。ヒカリだって、誰かから告白されるかもしれませんっ」
サプライズは一つではない。なら他人事ではない可能性はゼロではない。
「それは無いよ」
だがヒカリは首を横に振った。復縁の希望なんて、微塵も残っていないから。
「だって私はもう、レイジに選ばれる理由がない。それに私から突き離したし」
三門玲司との約束、二人で彼の故郷へ進学し、彼に宿った悪夢の瞳の力を手離す方法を探す。人の心が読めるレイジでも暴けない秘密があり、彼女の行動でその秘密を突き止められた。だから呪いを手離すには彼女が必要で、共に来てほしいのいうのがレイジの願いだった。
しかしレイジの瞳の力は、目前に迫る文化祭にて失われる。それが一同に介して目指すゴールだ。それはヒカリにとって、卒業後、一緒に彼の故郷に行って叶えるはずだった夢。
夢が叶えば繋がりは絶たれる。その思い込みから先月、ヒカリはレイジに告げてしまった。自分の進路は彼について行かず、当初の夢を目指すためにこの島へ残ると。
「……そうでしょうか。私は覚えていますよ、三門さんがヒカリを選んだ理由を」
シイナははっきりと記憶している。どうにかして二人を別れさせたかったから、年に一度の分が悪くないチャンスに託していて、それは叶わなかったから。
「“同期”で、クラスメイトで、誕生日が近くて……その関係は変わっていませんよ」
人間関係がどんなに拗れても、揺らぐことのない共通点。それこそがレイジがヒカリを選んだ理由だと、思い起こしてもらうためにシイナは話す。
「でも、練習が好きな人は他に……」
「……まあ、あくまで可能性の話なので信じるかはヒカリ次第です」
それでもヒカリは認めない。なぜならレイジの本命は幼なじみだ。自分に彼との独自の共通点があるように、その少女にも小学生時代のクラスメイト、名前が五十音順で近く席も近いという特有の共通点がある。ヒカリと付き合った理由は、本命に想いは届かず妥協したという最低なもの。
それをシイナは擁護する気はない。だから確信ではなく淡い期待でいいから持っておいたらと思って伝えている。結局言いたいことは、ヒビキが悲しむサプライズではないだろうということなのだ。
「一斉告白か……本当なら凄いことだよね」
「ええ。全滅が見えていた未来が変わった刹那に光に溢れて……ロマンチックですぅ」
ハバタの告白は前提として相手は誰かという不安は、周囲の恋愛関係の急変化の妄想になって完璧に上書きされ、誰から誰へかの掃想像で盛り上がる。
「凄くない?」
「凄い……」
こんな興奮は狭い世界に閉じ込めておけず、自ずと手に取っていたスマホから友達にチャットで送った。
文化祭の夜、悲劇の運命を乗り越えた先で愛の告白の嵐が巻き起こる。そんな噂は、瞬く間に広まった。
『なあ、ヤバい噂が流れてるんだが』
ヒビキとシイナから流れた噂は尾びれ背びれをつけてハバタにも届いた。男子の中で想いを伝えようの会が秘密裏に活動している、なんて話は身に覚えがない。
“ノーツ”持ち同級生のグループチャットに投稿し、状況を相談した。
『ハードル上がったな。頑張れ』
『うるせえ! お前たちもやれよな!』
いっそここまで来たら皆で実現させてしまおうと自棄になる。他人事のような言われようだが、そもそも提案したのはこの同級生共だ。人にさせる気だったことをやらせても構わないと思っている。
『分かった』
『起きてたのか』
誰も乗り気ではないところに、寝起きの八王子漫芦が了承と名乗りを上げる。
『まさか一ノ宮じゃ』
『そうだが?』
ソゾロは即答した。ハバタに便乗に告白する。その相手はヒカリだと、隠す素振りの一つもなく、さも当然のように答えた。
『取られたけどどうするのシヨンは』
『言った者勝ちじゃないだろ』
本命をソゾロに予約されて誰を選ぶのか、その質問に九重晋世は挑戦的に答える。
どこまで本気かと言われたら、ソゾロの発言からして嘘っぱちに思える。心が読めるゆえに動向を把握しているレイジに発破をかけるため、そして本命であるハバタの想いの成就の後押しの演技だ、という認識が水面下で広がっていた。
それを受けて、なら自分も、という声がちらほらと上がった。反面、もう付き合っているから乗らないという声も出る。どのみちヒカリ以外へ予告するメッセージは出てこない。出せば便乗ではなく本命と疑われると、各々警戒しているからだ。
『ハバタが倍率低くて助かったって顔してるから津田山にも特攻しようぜ』
『ふざけるな』
却って正直に明かしてしまったせいで狙いの的にされたハバタは怒りのスタンプ爆撃をかます。その効きっぷりもまたネタにされた。
『何にせよ目的はわすれるな。事件後の未来を見ないことを正当化することだぞ』
悪ノリの流れになったのでソゾロは忠告する。調子に乗ってヒビキを刺激し、告白の結果を知るべく未来を見られてはいけない。
事件の対策は成功したのか確かめないといけないのではと悩むヒビキを説得するための計画だということを念頭におくよう意識させた。
『はい、今日の浄化は終わり。お疲れ様でした』
シイナはレイジを拘束から解放し、床に突き立てた剣を消した。その剣は彼女の“ノーツ”で創造した物であり、悪夢を浄化する効果がある。
魘される人を楽にさせることが一般的な用途だが、見た人の夢や願いを叶わなくさせる悪夢の瞳を持つレイジには、そばに刺すだけで床ごしにダメージが入る。
続けるうちに瞳の力は底を尽きる。文化祭が終わるまでにストックを空にするべく、放課後は剣に括りつけて浄化しているのだ。
「噂のことは知ってますか?」
「もう時間がない。聞きたいことがあったならもっと早く来い」
シイナは心を読む“ノーツ”を持つレイジに、ヒビキへの電話から始まった噂話の真相について尋ねた。だがレイジは答えない。その理由に話す時間がないと告げる。
午後八時、文化祭の準備で校内に居られる限度の時刻が迫っている。オーバーすればペナルティで、所属するクラスだけ下校時刻を早められてしまうのだ。
「別に、帰ってからチャットでもいいです」
「夜中でいいならな。宿題管理で忙しいから」
学校で話してもらわなくても、帰宅後にメッセージで答えてもらえばいい。そう話すシイナに対し、帰宅してすぐに回答はできないと答える。
理由は文化祭準備。終わらなかった分をクラスメイトに持ち帰らせ、明日までに片付けさせる。サボっていたら電話をかける、終わった人は遅れている人の家に向かうよう知らせるなど管理者は忙しない。
「じゃあ帰り道に答えてください」
時間をかけないと答えられない質問ではない。指示出しで忙しくなるのは皆が家に着いてからだから、それまでに答えてもらおうと提案する。
「ちっ」
レイジは返す言い訳が思いつかず、無意識に舌打ちをする。聞き逃さなかったシイナは剣を出して床を突いた。床に伝い、彼に痺れる感覚が走る。
『目的は津田山の悩み解決だ。対策練って運命は変わったか見ないといけないのに怖くて見られない。だからサプライズを用意したことにして、未来を見ないことを正当化した』
『つまり、一斉告白なんてでたらめだ』
一言目に経緯を、二言目にシイナが最も聞きたい質問の答えを書いて送った。
『夢を壊さないでください』
『勝手に夢見てただけだろ』
想像に比べてあまりにもつまらない事実に、教えたレイジに怒りの返信を送る。そんなシイナに対し彼は、自分は悪くないとぶつけた。




