582話 惚気話に興味はない
「昨日の話、聞かせてくれよ」
放課後の午後四時、巌根翔琉とその同級生たちが、久地羽撃の周りに集まる。
「話って、大したことないものさ」
「どこまで進んだんだ?」
ハバタはお土産話はないと言って逃れようとするが、他校の女子高生と二人で夜に会ったと聞けば、興味が湧くのは仕方がないこと。
「ちょっと一緒に、ファミレス行ってすぐ帰った……それだけ」
「なんだ、朝帰りじゃないのか」
泊まるどころか家に上がってもいないとなると、想像していた面白い出来事の大半はそもそも起こる条件が整わなかったことになり、周りはガッカリした。
「当たり前だ! 俺と津田山はそんな関係じゃ……」
「分かってる分かってる」
昨夜ハバタが会いに行った相手は津田山響。彼とは“同期”の関係だが、逆に言えばそれだけの仲だ。付き合っているから会いに行った、なんて理由ではない。
「今は、だろ?」
「っく、うるさい」
だがその気がないかとなると否定はできない。同じ日に“ノーツ”が目覚めた運命的な繋がりがある相手なわけで、関わるうちに内面を知って、特別な感情が芽生えている自覚はある。
「今はそれどころじゃないんだよ」
告白を先延ばしにするだけの理由はある。もう例の事件は目前。未来が分かるヒビキが抱えているプレッシャーを和らげる、心の支えになることが大事だ。
「それを聞きたかったんだけど」
「惚気話に興味はない」
最初からその話を聞くつもりで集まったと冷静に言い返された。朝帰りを期待していたと言って話題を誘導したのは皆の方だろう、内心でそんな不満が込み上がるハバタだった。
「未来の津田山でも知らない出来事が起こるってのを実感した」
「未来? 分身のことだよな?」
ハバタは頷く。ヒビキには未来の自分の分身を出す力がある。その分身から未来に起こる出来事を聞いてどんな事態にも対応しようと企てているのだが、その前提が崩れた。昨日会ったことで、そんな成果を得られたと告げる。
「あ、でも理屈は分かるな。ジャンケンするだろ? 相手が何出すか未来の自分に聞いても、それを相手に見られたら」
「相手も出す手を変える。未来を見ることで未来が変わる、的な?」
ハバタの言っていることは何となくイメージがつく。皆ある程度理解が早いのは、彼らも“ノーツ”を持っているからだ。特殊な力を持つ人であり、その仲間同士で校外とも交流を深めていくなかで、柔軟な思考力が身についた。
「多分、そんな感じ」
発言したハバタも、理屈を把握しているわけではなかった。それだけ“ノーツ”は奥が深いのだ。
「未来人でも読めない事態にどう対応する」
「そんなの今に始まった話じゃないな。でも今回は津田山ちゃんが軸なわけで……」
次何が起こるか、それを読み切って対応した経験は彼らの過去にあまりない。普通の人は持たない特殊な能力がガンガン飛び交うものだから、予測するだけ無駄だとも考えられる。乗り越える鍵を握ったのも、偶発的に生まれたシナジーや、個人技を応用して発覚した仕様など、行き当たりばったりで編み出した作戦だ。
けれども今回は今までと同じと考えるわけにいかない。誰も死なせないために、大規模で入念に計画を立ててきた。ヒビキを軸に据えるのも、彼女の見る未来を信じるがゆえ。プレッシャーを抱えているのはそういう背景があるからだ。
よくあること、なんてスルーはできない。
「具体的に聞かせてくれよ」
「俺が話そう」
ハバタに詳細を求めると、返事はまったく別の席から来た。さっきまで机に突っ伏していた八王子漫芦が、席を立って話の輪に入る。
「おはよう」
「ん、まだ寝足りないんだが」
ソゾロは頭にエンジンをかけるまでもう少し待ってもらう。だが彼の目撃は確かなものなのは周知のことなので、ハバタ以外は黙って耳を傾ける。
「いや、当事者の俺が」
「当事者。そうだ。ゆえにパニックになって正しく見えていない」
ハバタは誤解を招かれたら困るから自分で話そうとするが、ソゾロに反論される。誰よりも近くで見ていたからこそ、衝撃に飲まれ視野が狭まり記憶もあやふや。
「俯瞰していた俺の方が情報は正確だ」
ソゾロは虫を飛ばして虫が見た景色を自身も見える。ハバタがヒビキの元へ辿り着けたのも、彼の協力あっての芸当。だが万能ではない。
「それとも? 俺が嘘をつくとでも?」
「そうだよ」
異口同音でソゾロに返す。彼は嘘つきとして名が知れている。見えると認知されているのを利用して都合良く事実を隠して信じされるのは日常茶飯事。酷いときは人に疑いを向けるよう仕向けてくる。
虫が見た景色は記録に残せない。ソゾロが悪用する癖をつけたせいで、信用が足りないのだ。
「まったく君たちは……そんなに疑うのなら見破ってみるんだな」
ソゾロは信用されていない実態を快く思っておらず、かといって謝らない。逆に挑戦を叩きつけ、昨夜の出来事を語り始めた。
「ハバタは津田山に案内されてファミレスに向かって歩いていた。けど道が狭くて前後に並んで歩かざるを得なかった」
ハバタは頷く。ソゾロの話に嘘偽りはない。皆も疑わしくは思えず、ダウトとはまだ叫ばない。
「津田山は背後からのセクハラを警戒して分身を出した」
「違う違う違う!」
「ダウトでしょ、さすがに」
ソゾロは真顔で語るがハバタに勢いよく否定され、その反応抜きに聞いても今の発言は信用ならないからストップがかかる。
「分身を出したのは本当だろ?」
「話聞いてな……聞こえないんだったな」
会話を聞いていたら警戒目的の分身召喚だとは言わないはずだが、そもそもソゾロは見えるだけで音は拾えない。それを思い出したハバタは、誤解されたのは仕方がないことかもしれないと思い引き下がった。
「まあ理由は何でもいい。続けてくれ」
ハバタにとっても経緯はさほど重要ではなく、正直に語ろうにも惚気だと言われるのが目に見えているから、話を続行するよう促す。
「悪い。寝不足で普段の冴えが発揮できない」
ソゾロは話を聞かず前の話に留まる。
音は聞こえなくても、動作や表情を拾えばシチュエーションは想像がつく。そう自負する彼だが、疲労が溜まって調子が出ないと弁明する。
「いいから続けて」
「ここのところ夜中まで起きててさ、一ノ宮の見張りが」
ハバタの声に耳を傾けずソゾロは自分語りが止まらない。今度は寝不足の理由を話し始めた。
「それは知ってるから」
「夜中まで文化祭準備。まともに眠れずストレスも溜まって」
ソゾロは毎日、その“ノーツ”を活用して一ノ宮耀を監視している。ヒカリはヒビキの同級生で、ソゾロの推し。一時は異性として好きだと誤解されたこともあった。
正確には、ヒカリのことが好きだったがそれは恋愛的な意味ではなかった、ということにしている関係だ。
「日中は人目につくから人に任せて、帰宅後は俺と三門でダブルチェック。特に入浴中は溺れる危険があるから警戒マックスで」
ヒカリはクラスメイトの三門玲司と別れてから情緒不安定で、以来彼女を守るべくソゾロは自主的に監視を決行。そのレイジは人の心が読める“ノーツ”で彼と同様に遠くから様子を見られる。何かあればやれる範囲で動くか彼女の両親へ連絡だ。
湯船で寝落ちしそうなときは虫を鼻に突っ込ませて驚かすなど。
しかしソゾロにも限度はある。夜中の時間が長引くと彼の睡眠時間にも支障が出る。だから校内の監視はヒカリの同級生に委ね、彼はこまめに居眠りするようになっていた。
「最近は三門からの誕生日プレゼントを取り返す計画を立て始めてさらに寝不足なんだ」
「もう分かったから」
プレゼント奪還の件は初耳で気になるが、ソゾロの嘘かもしれないし本題から逸れているので、深追いはしなかった。
「津田山が未来の自分を突き飛ばして、そこにトラックが」
「えっ!? 大丈夫かそれ!?」
「大丈夫! 轢かれたのは分身で、本人は無事。ほらっ」
事故があったのは事実だがヒビキに怪我はない。それを証明するべく、今朝のチャットの履歴を見せつけた。
「こんな会話できるくらいピンピンしてる」
「それは良かったな」
気になる異性とチャットができている事実をつまらなそうに祝福する。
「まあ問題は轢かれる未来を読めなかったことで」
「……確かに。未来の津田山は、分かっていなかったのか」
論点は事故の結果ではなく原因だ。未来のヒビキなら事故が起こると知っているはずであり、防げたはずだ。
考えられる理由は、未来の彼女も知らなかった出来事だったことだ。そうと仮定すれば、未来を知る人でさえ知らない出来事が起こり得ると考えられる。そんな例外の発覚は、計画に穴をもたらす。身内で話している今の内はセーフだ。
「本人は何か言ってた?」
「いや……未来のあいつが知っていたか聞く前に、消してしまったから」
事故の証拠を隠すため、轢かれた分身は消滅させた。溢れた血は残り翌朝に発見されてしまったが。事故を知らなかったのか、分身に尋ねる前に消してしまったので真相は闇に消えた。以降分身を出しても、本物が事故を認知しているので無意味。
「じゃあ仕方ないな。他には?」
「ある。事件後の未来を見ていいかって悩んでた」
これ以上は確証を得られないから、他には成果がなかったか尋ねる。するとハバタはあると答え、ヒビキから聞いた悩みを打ち明けた。
「事件後の?」
「ああ。計画が成功したか、一発で確かめる方法だ」
これまでヒビキが見た未来に、事件の日の先はなかった。指定した先の年月の分身が出てこないのは、そのときにはすでに、自分は存在しないということ。それが当初の事件の結末、全滅という最悪な未来だ。
それを変えるために、一丸となって行動してきた。その成果が出ているか、ヒビキはあらかじめ知ることができる。だがもしうまくいっていなかったとして、その事実を打ち明けでもしたら士気を下げてしまうかもしれない。
そんな不安が、ヒビキの行動にブレーキをかけている。
「見ない方が良いと思う」
「だよなぁ」
ハバタはまだ、ヒビキに明確に意見を伝えていない。やって後悔する方は避けたらどうかとは伝えたが、自分一人の考え方だから不安だった。
しかし今、同じ意見の仲間がいて安堵した。のも束の間、結論が一致するだけで動機は別物だった。
「だってハバタが告白する未来がネタバレされるから」
「し、しないから!」
未来を見た拍子にサプライズを知られてしまう。それが未来を見るのを避ける理由と言われ、ハバタは強く否定する。
「文化祭後に?」
「へー面白そう」
ヒビキにとっての文化祭、それが終わったタイミングでハバタが想いを告げる。なんて良いアイディアだと賛同する声が上がるも、情報源が不明で収集がつかない。だが当日までのサプライズという認識は一貫していた。
「じゃあ未来を見させるわけにはいかないな」
「本放送前に切り抜きを公開するようなもんだしな」
「そんなアニメあるのか?」
未来にサプライズを仕込む。それは未来を見ることを避ける理由になる。ヒビキを説得する手段としては最適だ。
「でもバレないように。興味本位で見られたら台無しだ」
しかし簡単にはいかない。期待させ過ぎると相手が我慢できなくなり、ネタが割れては本末転倒。
「鶴の恩返しみたいにならないように」
「それどんな話だっけ?」
「ルールは守ろうねって話」
覗かないよう念押しされて、却って気になって取り返しのつかない結末を迎えた。その二の舞にならないように、お願いを守ってもらう頼み方をしなくてはならないわけだ。
「じゃあ早速」
「……分かった。でも出るかな」
「大丈夫」
今ヒビキは文化祭準備で忙しい。電話をかけても応じてくれるか怪しい。だがソゾロは問題ないと答えた。後押しされたので発信してみる。
『もしもし』
『はい、どうしたの急に?』
ヒビキは着信に気づくと未来の自分に仕事を投げて自分は電話に出た。電話が来ることは、未来の自分から聞いていない。嬉しいが準備足らずで不安でもありながら、平静を取り繕った。
『頼みがある。未来は……文化祭後の未来は見ないでほしいんだ』
『う、うん……』
見るのが怖いと思っていたから、止めてくれたのは心強い。確かに昨日相談したが、急にはっきり告げてきたのは気になる。
『でもどうして?』
『……俺からのサプライズ、用意するから』
当日までの楽しみにしてもらいたいことがある。そう聞こえ、ヒビキは固まった。
『それだけ。邪魔してすまなかった。じゃあ頑張って』
「お疲れ」
ハバタは畳み掛けるように喋って通話を終えた。やるだけのことは熟せた彼に労いの言葉が贈られる。
「オッケーか?」
「ああ」
誰も気づいていない、サプライズのことは秘密にするよう忠告しそびれたことを除けば、それは完璧なメッセージだった。




