581話 帰りは自腹
どこに向かうかまだわからないけど、進んだ先に未来が待っているか確かめるのは怖い。津田山響は一人歩く帰り道、ため息をつく。
文化祭まで、すなわち例の事件まであと一週間。この島へ大勢の敵が乗り込んできて、ヒビキの同学年百人以上が犠牲になると予知した事件だ。
それを予め察知して相談した。運命を変えるために多くの人が動いている。だからもう、全滅の運命から逃れられているのかもしれない。
それを確かめることは、ヒビキなら簡単にできる。過去と未来の自分の分身を出す“ノーツ”を発動し、事件後の自分から話を聞けばいいだけ。
だがもし分身を出せなかったら、その時点ではもう自分は居ないと証明されてしまう。つまり皆がこれまで積み上げてきた対策が、全部無駄になってしまうと分かってしまうのだ。
それを知るのが怖いから、ヒビキは遠い未来を見られない。もっと度胸があればと悩んでいた。
「こんばんは」
ヒビキの前に突然降り立ったのは、同学年の久地羽撃だった。
「久地くん……こんな遠くにどうしたの? それに今どこから……」
目を擦り、用件を聞く。空から突然現れたのも驚きだが、連絡はなかったし、まずは目的が気になる。
「泣いているのか?」
「これは……よく見えなかったから。暗いし」
抱え込んでいた感情が目から溢れていたことを隠すように、もっともらしい理由を考える。だがハバタはごまかしていると見破っており、かといって追求はしない。未来で悩んでいることは、ずっと前から知っている。
「“同期”として様子を見てこいって言われてさ」
二人の関係は恋人ではない。ヒビキが分身を出せるように、ハバタにも固有の力がある。固有の力は“ノーツ”と呼ばれ、その力が目覚めた時期が近い同学年を“同期”と呼ぶ。ヒビキにとって唯一の“同期”、それがハバタだ。
「そう……それで、どうやって」
ハバタの“ノーツ”は空中で一度跳べるというもの。けれども家の上に登れるほどではないから、あの登場は彼一人で可能な芸当ではない。
「空まではカケルに付き添ってもらってた。あいつは空を飛べるし」
だから協力してもらったとハバタは明かす。彼の同級生で同じCランク、“ノーツ”ごとにランク分けされており、その区分が同じな巌根翔琉がその協力者だ。
「どこにいるの?」
「もう帰った。おかげで帰りは自腹よ」
そのカケルはというと、ハバタを手離して飛んで帰路についている。ヒビキと話すのは彼だけの役目であり、帰りは自力で公共交通機関を辿ることになったと愚痴を零す。
「でもよく分かったね。こんな暗いのに」
「ソゾロに案内してもらったからな」
ヒビキの動向を追えていないと、ピンポイントに目の前へ降り立つことは難しい。一応ハバタには空中で跳べる力を使って若干の軌道修正はできるが、その力は着地の衝撃を和らげるために地面スレスレで発動するもので、実際に彼はそのタイミングで使っていた。
ならば誰の力を借りたのかと疑問が湧き、これまた同級生の差し金だと答える。八王子漫芦は鈴虫を操り、虫の視界を自身も得られる。
つまり虫にヒビキを尾行させ、カケルと連絡を取りながら位置を特定して降りたのだ。
「まあからくりなんてどうでもいい。俺がここまで来た理由は津田山のメンタルケアだからな」
行き方を説明することは主旨とかけ離れている。けれども雑談でヒビキの肩の力を抜かせることができたから、まったくもって無駄な時間だったわけでもない。
例の事件が迫り、その未来が見えるヒビキは事件解決のキーパーソン。プレッシャーに押し潰されないよう気遣うことが大切だから、“同期”の縁であるハバタがその責務を任された。
「ファミレス行く?」
「人に聞かれるのは避けたいからな……」
ハバタはヒビキが家へ向かうところに着いていきながら話をするつもりで来た。もちろん家に上がるほど長話にする気はなく、用が済んだらすぐ帰る。
だがヒビキは夕食に誘った。家で家族が待っているが、彼との外食を優先する気でいる。
一方でハバタには外食を避けたい別の理由がある。事件の話は同学年“ノーツ”持ちだけの秘密。親や教師、警察には伝えていない。どこで誰が情報を漏らすか分からないからだ。
「事件のことは」
「……そういうこと」
登場の仕方、そして二人きりがいいという願望から、てっきり告白でもしてくれるのかと期待していたヒビキは、思い過ごしだと実感しテンションが下がる。
その頃ハバタは考えを改めていた。大声を出さなければ人に聞かれる心配は要らないし、ヒビキとの食事も悪くない。
「でも平気か。ファミレスでもいいぜ」
「あっ、いいの? じゃあ親に電話するねっ」
ヒビキは一気に気分が良くなり、意気揚々と家族へ連絡する。
電話する姿を見ながらハバタは反省していた。夕食の準備をしてくれる家族のことを考えていなかった。一緒に外食を摂ることになり得ると想定しておけば、事前に連絡しておき、余計に作ってしまうのを防げたはずだ。
そう反省しつつも、アポ無しで行け、一人で会えと周りに押された結果なわけだから、自分は悪くないと開き直る節もあった。
「何!? じっと見て……」
「あ、いや……ご両親には悪いことしたなって」
通話を終えたヒビキはハバタにじっと見られていることに気づき慌てる。彼も慌てて、家庭での夕食だけを意識していたように隠す。
「全然、気にしないで」
親は怒っていないとヒビキは答えた。そして聞いた限り、顔や仕草を見られていたわけではないと分かり安堵する。
「じゃあ行こうか。案内するわ」
「おう」
案内と言っても複雑な経路ではないが、地元民としてヒビキは先導する。ハバタはその後ろをついて歩いた。
「歩道が狭いから仕方ないね」
横に並んで歩かないのは、道幅に余裕がないからだ、そう自分に言い聞かせるように、ヒビキはハバタにも聞こえるボリュームで前を向きながら話す。
「後ろは気にしなくていいぞ。ちゃんと見えているから」
「でも……」
後ろを気にして振り向いた拍子に車道に逸れては危険だ。見失う心配は無用だから、普通に歩いて構わないとハバタは告げる。
「あっ、じゃあ私で挟めばいいんだ」
名案を思いついたヒビキは“ノーツ”を使って出した自分の分身を、過去は自分の前に、未来はハバタの後ろにつかせた。
「私で挟むとどうなるんだ」
「えっ、それは……久地君を見失うことを防げる?」
何を期待して分身を出したのか問うハバタに、冷静に実態を見直したヒビキは返答に困る。苦し紛れに出した答えは、未来の自分が彼を見ることで、何か異変があったときに本来の自分に連絡できるという利点だった。
「これはいつのお前だ?」
ハバタは未来のヒビキに、どれだけ未来の存在かを聞いた。分身といえども本物とそっくりで、声は出せるし血も流れている。
「明日朝の私よ」
「勝手に答えないで。久地君は私に聞いたの」
後ろから聞こえた声に反応した本物のヒビキは、ここのところ毎日使っている翌朝の分身だと答える。
すると未来のヒビキが反論した。今のハバタの質問は自分に対するものであり、部外者は口を出すなとクレームを言った。
「私は私でしょ!?」
「違う! 私じゃない!」
所詮は分身、対応をとるのは本物の自分であるべきだと主張すると、分身側は独立した存在だと言い返す。
「本物は私! だからじっとしてて」
「散々酷使しておいてよくもまあ」
過去のヒビキも本物に反抗した。文化祭準備の人手が足りないからと分身を出して手伝わせていた本物に対し、都合の良いときだけオリジナルの特権を主張するのは見逃せなかった。
「そーなの。準備させてるときはさぁ、分身でも本物同然だって言って人並みに働かされたんだよー」
話が聞こえた未来の分身も便乗して本物の実態を暴露し、ハバタに同情を促す。これで本物への好感度を下げようとする魂胆だ。
「変なこと吹き込まないで!」
「わー怒った助けてー」
背後にいたのをいいことに、未来はハバタの背中に張りつき怯えるフリをする。そのあざとい態度は余計に本物の嫉妬心を刺激し、強硬手段に出るのを堪える心のブレーキを破壊した。
「離れなさいよ!」
ヒビキは未来の自分を強引に引っ張った。未来はハバタから離れまいと抵抗するが、バランスを崩して車道へ飛び出してしまった。
響くクラクションと、何かにぶつけたゴンという鈍い音。横を通ったトラックが、彼らの前で路肩に停まった。
「轢いてしまった! 大丈夫か!?」
「えっと、何のことでしょうか?」
ヒビキは運転手が降りる前に分身を消滅させ、撥ねられた人を隠した。運転手は道路に立っていた本物の二人に目撃情報を聞くも、彼女が率先して隠蔽に徹する。
「二人だけでしたし、怪我ないよね?」
「あ、ああ。大丈夫です」
ハバタは分身が轢かれたと説明しようと思ったが、ヒビキに流され気のせいということにしようと便乗した。
「でも確かに……そうだ、ドライブレコーダーに……」
「こ、こいつに当たっただけです! でもほら、ピンピンしてるんで!」
映像が残っていてはごまかしが効かないと、ハバタは作戦変更し車にぶつかったが怪我はないと言い張り、頭をわしわしと撫でた。
「俺が意地悪したら道路に出ちゃって、そんで怪我もないし……だからホント、運転手さんは悪くないんで……」
必死の説得を演じたのが功を奏し、大事にならずに済んだ。
「久地君、ごめんなさい……それと、ありがとう!」
「轢かれたのが分身で良かったよ。いや、良いと言っちゃいけないけど」
ヒビキは試しにもう一度、未来と過去の分身を出す。怪我はない。それもそのはず、本人に対する過去と未来の姿なので、本物が免れた怪我を未来が引き継ぐことはない。
そして本物と分身の喧嘩も収まった。
「……こうなること、未来の私は分かっていたのに……」
ファミレスに到着して注文を待つ間にヒビキは呟く。結果として誰も怪我はなかったが、未然に防げなかったことを反省していた。トラックとの接触、その未来を知っていたなら、教えてくれれば良かったのにと思うと、それは結局自分に跳ね返ってくる。
どうして未来の私は黙っていたのか、そんなスタンスでは事件を解決できるのか、不安に思えてくる。
「知らなかったんだと思う」
悩みの支えになれたらと期待して、ハバタは意見を出す。言わなかったのではなく言えなかったのだと。
「俺もよく知らないけど、未来は頻繁に変わるものだと思う。未来の津田山も、知ってて黙っていたわけじゃないんじゃないかな?」
人間性に問題があるのではない。そもそも知らないことは話しようがない。それを確かめる方法は一つあったが、証拠隠滅のために当時の分身を消してしまったから、真相は闇に消えた。
「それはそれで嫌だよ…… 未来の私でも気づけない出来事が起こるなんて」
「あくまで可能性があるだけだ! 津田山の見る未来は正確だってこと、俺もよく知ってる……」
宥めようとしたら却って落ち込ませてしまい、ハバタは急いでフォローを入れる。ヒビキのメンタルケアを目的に来たが、その役目を果たすのは難しいと実感した。とても今夜だけで、彼女を納得させることはできない。
「……でも久地君も悪いんだよ? 他の子とベタベタしてるから」
「他人ってほど他人じゃないだろう……」
嫉妬させたハバタのせいだと言われ、さすがに困惑する。そもそも本物のヒビキと未来の彼女が揉めなければ起こらなかった問題で、揉めた原因も自分同士のみっともない争いと手を出す気の短さにある気がしないでもない。
「津田山と付き合う奴他大変だな……」
「えっ……」
ハバタの独り言で、テーブルは一気に鎮まり返ってしまった。お互い食べ終えると、駅と自宅、それぞれの帰路へついた。
そして翌朝、血に染まった通学路が一時話題になっていた。




