580話 読心術を活かした
「今日は大丈夫?」
「うん。光は降ってこなかった」
津田山響は明日の自分の分身を召喚して尋ねた。質問の内容は今日のうちに、赤い光が三門玲司に降ってきたかどうか。
「じゃあ今日も磔ですね」
降ってこなかった、すなわちレイジの悪夢の瞳の力が尽きるのは今日ではないと判明した。ならば彼からエネルギーを吸い続けても構わない。小岩詩奈はレイジを拘束する装置を仕掛けに彼に詰め寄った。
シイナは“ノーツ”で創造した剣をレイジの足元に突き立てる。床に刺さると瞳を浄化する力が床を伝ってレイジに干渉し、感電するような衝撃が走るがグッと我慢する。
「縛りますね」
そしてレイジを剣に押しつけ、足と胸に紐を巻いて拘束した。手と口は自由にさせておく。そうしないと彼はクラスメイトに文化祭準備の指示が出せないからだ。
「痛くないですか?」
「分からねえよ!」
シイナは紐を過剰に固く縛っていないか尋ねたが、レイジは剣の効果で既に全身に激痛が走っており、紐の強度を感じられない。そんな実態を察してくれない彼女に逆ギレした。
「でも死にはしないので安心してください」
「そいつはどうも。邪魔だから出てけ」
レイジが苦しんでいるのは承知の上。だがやり過ぎてしまう事態とまではいかないことはヒビキの“ノーツ”で確認済。だから安心していいと告げるが、その態度が彼は気に食わない。
命に別条はないからいじめを受けてくださいと笑顔で宣告しているようなものであり、快く思わないレイジは目障りだからとシイナに自分の教室へ戻るよう催促した。
「じゃあ私も戻るね」
「どうぞ」
潔く帰ったシイナに続くようにヒビキも自分のクラスへ引き返す。レイジは憎まれ口を叩くことなく見送って、自分のクラスの指揮に徹した。
レイジの役目は、読心術を活かしたクラスメイトの管理。サボっている人を見逃さず、人手が不足している作業へ向かわせる。彼の持つ悪夢の瞳のエネルギーが尽きて補充に降ってきた赤い光の衝撃で、これまで準備してきた出し物の備品が粉々になってしまった現状のリカバリーのため、クラス全員で効率よく準備しなくてはならない中、レイジによる統率が不可欠。
全員を休みなく、帰宅後も休日も目一杯準備に時間を割かせて派手なお化け屋敷を作り上げる、そんな己の野望を叶えるためにレイジは皆を酷使する。
そんな彼の目的は、皆から反感を買うなかで支配して、人の願いを叶わなくさせる瞳の力を消費することにある。辞めたい気持ちを潰すのに瞳の力を使い、そして使い切る。すると赤い光が降ってくる。
光を浴びるとエネルギーが補充されてしまうが、タイミング良く回避すれば補充を防ぎ、レイジの瞳から力を無くすことができる。それが最終的な目的、例の事件を鎮める手段なのだ。
「数日前に補充されたときはどうしたものかと思ったけど」
「未来を見て動けるって便利ね。ヒビキ様様だわ」
当初の目的では文化祭二日目、一般公開日にレイジに瞳の力を使い切らせるはずだった。その日なら島の各地から“ノーツ”持ちの精鋭が集い、常に誰かしら彼の動向を追える。
赤い光が降ってきたら様々な特殊能力を組み合わせて光の注入を阻止する。そんな計画を立てて準備を進めているが、当日まで二週間を切ったある日、光が降ってレイジの力は全快してしまった。
唐突に降ってきて、注入は阻止できなかった。これまで削ってきた分もチャラになってしまったのもあって愕然としが、ヒビキの存在が希望を見出した。
毎日レイジの力を大量に奪う。毎日ヒビキに未来を予知してもらい、光が降ってくると分かったらその日は力の消費を抑えさせる。それまでは遠慮なく力を使わせてしまっていいわけで、前回みたいに急に光が降って対応が間に合わないという失敗を防げるのだ。
「またゼロからやり直しってことにもならないものね」
「二度と御免よ、こんなこと……」
そしてレイジに光が降ってきた衝撃で、出し物のために作り上げた小道具や衣装が台無しになるなんて惨状も、併せて未然に防ぐことができる。一度その地獄を味わった身としては、絶対に再発を許したくはない。
「あんたももう溺れなくて済むしね」
当初その問題は、レイジをプールの中央に隔離することで教室への被害を出さないよう考案した。
だが彼が痺れて揺れた拍子に剣ごと倒れてしまい、危うく熱中症以外での搬送者を出してしまうところだった。
命の危機を実感したレイジは以降、他クラスの健康状態にも気を配るようになっており、危ない人の心の声が聞こえた際は迅速に連絡をとって校内で病人が出ないようになった。
平然と物騒な会話をしているのを聞いた一ノ宮耀は、皆疲れているのだと感じた。かくいう自分もその一人で、ここのところ一日二時間しか眠れていない。
ヒカリは周りが静かになったと思い目を向けると、彼女らは座ったまま寝ている。うたた寝なんてしたらマズいはずだとレイジに視線を移すと彼と目が合った。
「叩き起こせ」
「嫌よ。私の印象が悪くなるし」
嫌われ役を押しつけるなとヒカリはレイジに反抗する。
「俺は動けない」
「じゃあこれでも使ったら?」
ヒカリは鞄からサバイバルナイフを取り出しレイジに差し出す。彼から誕生日プレゼントで貰ったもので、護身用にと言われたので高校に持参してきた。
渡されても使い道が分からない。ヒカリはレイジに投げやりな態度で手本を見せてと押しつけた。
レイジはヒカリからナイフをぶん取り、逆手に持って柄の先を彼女の額に打ちつけ、突き飛ばした。そして瞬時にナイフを背中に隠す。ヒカリが倒れた衝撃音で、クラスメイトは目を覚ます。
「何事!?」
「おはよう」
レイジは事態を伝えず、二人が目覚めたことに言及した。それは暗に、居眠りしていたことを把握していたと告げている。
「なんで倒れているの?」
「寝不足でな」
ヒカリを押し倒したことは見られていない。他のクラスメイトには目撃されているが、告げ口されない限りバレない。
レイジは彼女が倒れた現状に関与していないことにしようとした。
「皆そうよ。誰かさんが壊したせいで」
「お前らが俺で遊ぶからだろ。それに赤い光への対応も失敗してるし」
これまで最終下校時刻まで文化祭の準備に勤しんできて、だから寝不足なのは皆そうだ。過労で倒れてしまうのは仕方がないことだと庇うと同時に、レイジが準備の積み重ねをリセットしたせいだと文句をぶつける。
だがそうなったのは彼を磔にしたことが原因であり、彼は被害者だと言い張り責任の押しつけ合いになる。
「あ、起きた」
言い合っているとヒカリが体を起こしているのが見えて一時言い合いを止めた。
「疲れたのは分かるけど、寝ちゃ駄目よ」
うっかり寝てしまえばレイジに見つかり罰を受けることになる。それは善意で忠告したことだが、自分が寝ていたことを自覚していない。
二人が寝ていたせいで自分は叩かれた立場であるヒカリは、誰のせいでこんな目に遭っているのかと不満が爆発しそうになる。
「お化けらしい顔になったな」
怒りの矛先を自分に向けるべくレイジはヒカリを煽った。疲れでやつれ目にくまができ瞳から生気が抜けているその風貌を、化け物用の特殊メイクみたいだと馬鹿にする。
「それは酷くない!?」
「お前らに協力してやってるだけだ。普段なら思っても言わない」
今は悪夢の瞳を消耗するという目的がある。レイジは加担するために敵意を買い、それをねじ伏せる際にエネルギーを使っている。ヒカリがカッとなった衝動を起こさないのも、瞳の力で封じているためだ。
そんな背景があるから、わざと人を傷つけている。何も無ければ悪口は言わないとレイジは弁明した。
「……そうだ。なら私も協力してあげる」
ヒカリはレイジの言い分を聞いて、それを逆手に取ろうと考えた。普段なら我慢することでも態度に出す。彼に敵意を向ける意志を強めれば、その分彼が消耗する瞳の力も大きくなるからだ。
手始めにレイジからナイフを取り返し、刺してしまおうと考えた。
レイジとヒカリは取っ組み合いを始める。また喧嘩が始まったと、周りは止めず遠目で眺める。
ヒカリはいくら大柄な男が相手でも、縛られてビリビリしている相手に負けないと強気だ。
対するレイジも、疲労しきっている女子相手に負けるはずがないと意気込んでおり、拳を握って相手の両肩に振り下ろした。
衝撃でふらつき、堪えてきれずヒカリは突っ伏す。するとレイジの足の紐が見え、彼は今屈めないことに気づく。床を這って詰め寄る方針に切り替えた。
レイジはヒカリの心を読み、足元の弱点をカバーする方法を探しに辺りを見渡す。彼の武器は自分の発想力ではない。この場面を見ている人が、自分ならどうするかを心の声として拾えること、すなわち周囲の発想力を取り込めることにある。
それを踏まえたレイジは、黒板消しで黒板の絵を消し、ヒカリの頭を何度も叩いた。リーチを伸ばせば、伏せる相手にも攻撃が届く。
チョークの粉がヒカリの黒い髪に付着して、白く染まる。レイジは彼女が逃げるまで手を止めない。だが鬱陶しく感じるだけで痛くはないヒカリは屈することなくレイジの背後をとった。
「プレゼントはどこ?」
「知らないな」
しかしナイフは見当たらない。レイジは背中に回る気でいたヒカリの狙いを読み、こっそり棚に投げ込んでいた。
「答えて!」
ヒカリは仕返しに黒板消しを持って机に乗り、レイジを後ろから一方的に叩く。これで彼の髪も彼女とお揃い石灰塗れになった。
「プレゼント? これ?」
唐突に揉め出したので困惑しつつも、プレゼントという単語は聞き取れたクラスメイトがポータブル扇風機を持ち上げる。それはヒカリが誕生日プレゼントに知り合いに貰ったと言っていた物だが、彼女が今求めているのとは違う。
「違う。ってか勝手に触らないで!」
「じゃあ粉飛ばさないでよ」
ヒカリは無断で使われていることに怒ると、レイジを叩いた拍子でチョークの粉が飛んでくるから止めてほしいと言い返された。
「分かった。返して」
言う通りにしないとこっちの言うことも聞いてくれない。そう感じたヒカリは、一度手を止め扇風機を取り返してレイジの尋問に戻ると決めた。
「これじゃないなら何なのよ」
「内緒」
「何かゴソゴソしてるけど」
ヒカリは扇風機を返してもらう際に何を探しているのか聞かれたが拒否する。物が何かはともかく、彼女が目を離した隙にレイジが挙動不審だと指摘すると、即座に振り返った。
レイジは手慣れた様子でナイフを振り、紐を切って自由になった。だがあくまで動けるようになっただけで、床に足をつけている限りシイナの剣の効果を受ける。今も痺れる痛みが走っているが、堪えてヒカリを見据える。
「あっ逃げられた!」
「何なのさっきから」
バタバタしているのは今に始まったことではないが、今回は取り分け理解が追いつかない。
「俺を刺そうなんて無謀なんだよ!」
「邪魔がなければできてたし!」
ヒカリは扇風機が無ければレイジを逃すことはなかったと負け惜しみを叫ぶ。外的要因の無い純粋な勝負だったらいずれナイフを見つけて勝っていたと訴えかける。
だが言ってみて、それこそがレイジの強みだと思い出した。力にも速さにも影響しない彼の“ノーツ”は戦いに不向き。ゆえに一対一に強くない。
しかしそこに第三者を絡めたら、優劣のバランスが崩れる。心を読むという視野の広さを活かし、相手の思考にノイズを入れる立ち回りを心得ている。相手の思考が乱れた隙を逃さず、自分を有利に近づける。そうして純粋な一対一ではなくし、勝ちを手繰り寄せる。
「……そういう人だったね、レイジは」
レイジの強さはヒカリもよく知っている。だから今回は自分の負けと認め、いずれナイフは返してもらうと心の中で宣告し、作業に戻った。




