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オートセーブは深夜0時に+  作者: 夕凪の鐘
Episode113 文化祭準備の日々
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579話 意味を惑わされる

 学校帰りにショッピングモールを訪れた麻布(あざぶ)麻李杏(マリア)蔵前(くらまえ)綺星(アヤセ)は、今年も出店販売が始まったかき氷を買って二人用テーブルに着いた。


「みかんちょうだい」

「はい」


 アヤセはマリアが買ったみかん味のかき氷を一口ねだる。二つ返事で掬って差し出し、お返しは求めず自分も味わった。


「きな粉食べる?」

「やっぱり間違えたんじゃない」


 アヤセは一口譲ったから自分のも食べるのを手伝ってほしいと訴えかけるようにカップごと差し出す。マリアは今年もアヤセはしくじったと見破る。


「黒い文字で書かれていたから黒いかき氷だと思ったんでしょ」

「う……当たり」

「去年もそんな失敗してたじゃない。頑張って食べなさい」


 去年の夏、生徒会のメンバーで来たときも同じ失敗をしていたことを本人は忘れていた。好きな色は黒のアヤセは直感的に黒を選ぶ癖がある。虹色のメニュー表を見て目に入った黒色で書かれた黒蜜の文字に飛びつき、注文してしまった。


 だが出てきた物はきな粉に黒蜜がかけられた、茶色のかき氷。イカスミをイメージしていたアヤセは想像とのギャップ萌えにショックを受け、食欲を失っていた。


 しかしマリアの言う通り、食べたい味でなく好きな色を基準に選んだアヤセに非がある。返品交換なんて贅沢は言えないので、責任もって完食するよう突き返す。



「混ぜたら黒くならないかしら」

「黒くなるのはお互いに性質を邪魔するからよ」


 見た目を好みに近づけても美味しくならないとマリアは遠回しに指摘する。混ぜるのを目的とするならもうあげないつもりだ。


「逆ストループ効果の耐性をつけないと、苦労するわよ」

「あー、文字の色で意味を惑わされる現象でしょ?」

「そう」


 ストループ効果とは、色と意味で異なる情報が競合して反応が遅れる現象。文字の色を答えるとき、同じ赤色でも赤と書かれているのと青と書かれているのとでは後者の回答に時間がかかるというものだ。


 反対に色と関係なく文字の読みを答えるとき、色と一致する文字より矛盾する文字の方が対応に時間がかかることを逆ストループ効果と呼ぶ。

 アヤセが味を認識せずメニュー表の文字色だけで選んで失敗したのは、この逆ストループ効果の影響ということだ。


「赤い人のマーク見ただけで女性用と判断して男子トイレに突入したりとか」

「そ、そんなことしないって! ……多分」


 男は青か黒で女は赤。色を基準とした認識に固執していると、それが逆転してときに間違えてしまう。それで恥をかかないようにとマリアは忠告した。


 それは大げさだと言い返すアヤセだが、理屈的にはそんな失態を冒しても不思議ではないと納得する。


「それにもし間違えそうになったら、マリアさんが助けてくれるでしょう?」


 曇りなき瞳で見つめてくるアヤセにマリアは戸惑う。気合いで克服するのではなく人の手を借りるというのは、純真で現実主義なアヤセらしい合理的なアイディアだ。

 だがこうもベッタリされると困ってしまう。相手は単なるクラスメイト。生涯の仲を誓うほどの関係ではないのだから。



「食べ終わったら別のを買いましょう」

「うん。そのためにハーフにしたものね」


 元々複数のシロップを味わうために、ハーフサイズを二回買うつもりでいた。二回目は間違えずに欲しい味を選べばいいと割り切る。


「この氷フワフワしているから全然頭キーンとこない」

「本当よね。自分で作るのと全然違う」


 一気に食べるとお腹を壊してしまう恐れがあるが、ここのかき氷は柔らかい食感でその心配がない。マリアは家庭用かき氷機の手動式を使って作らされ味見したことがあるが、そのときとは感触が全く違うと実感した。


「それは水の問題じゃ……天然水で作ったら?」

「そうね。後は凍らせる温度や速さもこだわると、このレベルまで近づく」


 水道水を市販の天然水に変えるだけでも氷の質は変えられる。冷凍庫の温度調整を工夫すればさらに理想に近づく。


「で私が作るのは主に命令されたときだけ。そして命令されていないことはできないわ」

「自分で好きなようにやってもいいのよ?」


 マリアの“ノーツ”は自分に触れた人の思い通りに動くというものであり、最低限の作業しかできない。メーカーでかき氷を作れと命じられても、水や温度にこだわることはできないのだ。

 そう主張するマリアに対しアヤセは、命令で動くのでなく自分の意思で作ればいいと提案する。



「私不器用だから無理」


 人に操ってもらえばミスなくできる反面、自分の意思で行動すると思うようにいかない。自分の気持ちを押し殺し、親の言う通りにしてきた。その結果、自分で考えて実践することが苦手なまま育ってしまったわけだ。


「だったら私と一緒にやろう」


 そんな境遇を知るアヤセは、マリアの苦手は自分がカバーすると宣言する。色を見て早とちりする自分の欠点を補ってもらうお返しとして、今度は自分が支えになると決意した。


「……そんなにやりたいのなら仕方ないわね。手伝ってくれる?」

「もちろんっ」


 たかがおやつの話で大げさだと思いつつもアヤセの熱意を受け取るマリアは、一緒に作ってほしいとお願いした。そしてお互いに都合がつく日、材料を買ってマリアの家で作る約束を取りつけた。



「あの日まで二週間きってるのね……」


 マリアはかき氷を作る予定をスマホのカレンダーに登録すると、来週末に迫る例の事件が目に入った。


「順調そうだけど、それはマリアのおかげね」

「私? あー」


 事件当日は、ここからずっと離れた島の南東部の菜の花原高校の文化祭。事件現場もその高校だ。


 事件の概要は島の“ノーツ”持ち同学年全体で把握していて、準備は整ってきている。問題は事件のターゲット、その高校に通う同学年の一ノ宮(いちのみや)耀(ヒカリ)のメンタルだ。


 事件の首謀者と密かに結託してヒカリを襲撃し、彼女を守る三門(みかど)玲司(レイジ)に悪夢の瞳の力を使わせる。力を使い果たすまで追い詰め、尽きて補充用の赤い光が降ってくるのを待つ。それがレイジに注入されるのを阻止すれば、彼から力を奪うことができる。


 事件の首謀者の狙いはレイジの瞳に宿る力であり、それが失われたら襲撃の動機がなくなり事件は解決する。


 その流れの決行にあたり唯一の懸念点が生じており、それがヒカリに与える精神的苦痛。事件当日は総出で自分を襲撃する、その話を聞いたヒカリは、同級生や知り合いが敵になる事実に怯えてしまった。そんな彼女を励ましたのがマリアだ。


「私が匿ってあげるって言ったら信じてくれたわ」

「当日はマリアの体に入っているから、あなたの容姿が目印。変更が出た部分はそこだけだものね」


 友達に殺される恐怖に苦しむヒカリにマリアが提案したのは、自分の“ノーツ”を使って隠れてみないかという逃げ道だ。

 マリアは自分の体に他人の精神を入れることができる。ヒカリの肉体は家に隠しておき、マリアの姿で過ごす。


 そうすれば誰もヒカリの行方を掴めず、誰にも襲われる心配がない。事件を解決する予定が崩れてしまうが、目的はレイジに悪夢の瞳の力を使い切らせることにある。それを果たすためにヒカリがターゲットにされる理由は二つある。一つはレイジにとって大事な人であること、もう一つは彼女に一日を繰り返す力があること。


 ヒカリを殺してその日をもう一度巡らせ、それが続く限り未来は訪れないが、明日を切り拓くために抗うレイジは瞳の力を使う。いつ尽きるかは不確定だが、尽きるまで繰り返せば確実に機会は訪れる。


 だからヒカリを利用されるわけだが、それは必須ではない。彼女の捜索を妨げにレイジが力を使うという形でも、辿り着く先は同じとなる。


 そういう理屈でヒカリは納得しているが、極力予定に変更は入れたくない。だからマリアは、自分がヒカリに吹き込んだ話を皆にも伝えてあり、そのことはヒカリには伏せてある。


 味方のように振る舞っていて、結局はヒカリの敵なのだ。



「騙す形になっているけど……大丈夫?」

「私のミスで人にバレたことにすれば大丈夫よ」


 アヤセが気にかけたのは、外見を変えてもお見通しだと気づいたヒカリが疑わないかどうか。最悪の場合、ヒカリは全員を信用できなくなる。事件が解決した次の日以降も、彼女の心に傷が残り続けてしまうのではないか不安に思う。


 そんなアヤセに対してマリアは、彼女が信用できなくなるのは自分一人だけにすればいいと考えていることを明かした。皆は自分とグルではない。自分の油断で正体を知られた。そういう話にしてしまえば、恨まれる相手は自分だけに狭められる。


「……そう」

「別に大した話じゃないわ。学校違うし滅多に会わないし」


 マリアの自己犠牲に丸投げすることになると感じたアヤセは、どうにか力を貸したいと考える。そんな雰囲気を察したマリアは深く考えなくていいと告げる。ヒカリとは特段親しくないし、日頃から会うわけでもない。

 だから多少人間関係に亀裂が生じたところで影響は少ない。そう考えている。だから緩衝材は無理に考えなくていいのだと説得した。


「さて、二杯目頼みましょ」

「あ、待って……」


 事件について話しているうちにお互いかき氷を食べ終えた。このまま話していると店の迷惑になってしまうので、話の続きはもう一品ずつ頼んでからとした。



「今度はブルーベリーにしようかしら」

「私は桃にしよっと」


 マリアは普段は食べられないベリー類を選んだ。一方でアヤセは黒のイメージは無い桃を選んだ。


 文字の色でなく意味から選んだようなチョイスにマリアは安堵したが、メニュー表を見てある疑問が生じた。


「アレルギーの黒字読んで選んでない?」

「うっ……でも桃は好きだから……」


 黒字の注意書きが目に入って選んだのでは、それは図星だった。だがアヤセも反論する。黒い文字が目に入って反射的に選んだのは事実だが、そのうえで好みの味だから妥当な選択だと弁明した。


「桃好きなの?」

「ピンクって黒に染めたくならない?」

「味の話よ」

「味も好きだよ」

「ならいいわ」


 また色のイメージで決めたのではないか疑わしかったが、その味でも後悔はないと知るとグチグチと言うのは終わりにして席に戻った。



「ブルーベリーって確かに珍しいかも。ブルーハワイはよく見るよね」

「そうね、確かに」


 ベリー味はガム基準でミントの対にあたり、ハッカ狂いの友達の前では食べることができない。だからマリアにとってベリー類を味わえる貴重な機会だが、バレてしまってはおしまいだ。


「だけどお願い。私がこれ食べたことは内緒にして」

「えっ、別にいいけど……」


 アヤセはSNSに投稿しないと気が済まないわけではないが、マリアと食べにきたことは呟こうとしていたので、止められて困惑する。


「最初のみかんは載せていいから」

「分かった。気をつけるわ……」


 アヤセはむしろ好都合だと解釈した。お互い一品ずつ頼んだことにしてしまえば誤注文の黒蜜を隠せる。


 早速投稿しようとスマホをかざしたが、マリアがたった今投稿していたことに気づき、内容を確かめた。


「ねーなんで私のこと載っけたの!?」

「面白かったからつい」


 顔は載っていないが、イカスミかき氷の見た目を想像して頼んだらきな粉だった様をネタにした投稿にアヤセは憤慨する。このタイミングで自分も投稿すれば、同じ店に来ていることから特定されてしまう。


「あっひどい!」


 仕返しにアヤセはマリアが注文したブルーベリーを撮って投稿した。彼女の姿は映っていないものの、二つの投稿を見れば二人でお互いの品を教え合っていると発覚する。


「消さなきゃ……わっもう見られてる」


 マリアは投稿を削除しようと考えたが、ベリー派に浮気したことがバレてはいけない相手にリアクションされている、すなわち既に見られていることに気づき手を止めた。


「覚えてなさいアヤセ。これから毎日ハッカ飴を舐めるのよ」


 罰としてハッカ飴一キロパックを渡されるマリアは、アヤセとその他同級生にも手伝わせると誓った。

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