577話 壊れた
文化祭。クラス対抗で順位を決めるなんてものはなく、協調性や自主性の向上を図る恒例行事。
だが三門玲司のクラスはどこよりもハードな準備を続けている。心を読む“ノーツ”を持つレイジがクラス全員の動向を監視し、休みなく働かせる。
出し物のお化け屋敷の準備が終わらないわけではない。備品を破壊すればインパクトが出るから、毎度壊す前提で数を多く用意する。時間はあるのだから目一杯働くよう命じられた。
一人ひとりの日々ノルマは多く、校内に残れる時間ギリギリまで粘って終わらなければ持ち帰って翌日までに終わらせる。
準備を始めて二週間、折り返しを迎えたときにはクラスメイトの疲労はピークに達していた。授業を乗り切り、放課後は八時まで居残り、プラス宿題。今日もまた地獄のような時間に向き合うことになるのだろう。
なんて思いながら、ジュースを買って教室に戻ってきた一ノ宮耀は異様な光景を目にした。
「何? あれ……」
「見ての通り、三門を磔にしてるのよ」
床に突き立てた剣に両足と胸を縄で固定され、手を振り回してもがくレイジ。拘束されているのは一目瞭然だが、問題はなぜ彼がこんな目に遭わされているのかだ。
「シイナ? これは一体」
「あっヒカリ。お邪魔してます」
剣のそばにいたのは他クラスの同級生、小岩詩奈。剣を創造する“ノーツ”を持っており、その剣にはレイジが瞳に宿す悪夢の瞳という、夢や願いを叶わなくさせる力を浄化する効果がある。
レイジは剣に刺されて悶えているのではない。刺した剣に床伝いに浄化され、全身に電流が走る感覚に苦しんでいるというわけだ。
「私がシイナに愚痴ったのよ。で、やってもらったわけ」
終わらない仕事を押しつけられているという不満を聞いたシイナは、なぜそこまでの労力を割かれているのか尋ねて、レイジの目的が悪夢の瞳を使うことにあることを聞いた。
クラスメイトからの反感を買えば、言う通りにさせるのは難しくなる。それを強引に解決させるのが瞳の力だ。辞めたいと願っても叶わない。そんな瞳の力を使い切ることが目的。
「そんなに目を使いたいなら、こうすれば効率上がるでしょうって」
「だからもう、遅くまで頑張らなくていいんです」
だがシイナの“ノーツ”を使えば、クラスメイトを巻き込むことなく瞳の力を消耗できる。放課後も帰宅後も、文化祭準備に追われなくてよくなるのだ。
「そうなのかな……」
「今まで作った物でも十分ですよ。あれだけ頑張っていたのだから」
この方針で本当に良いのか。何か引っかかるヒカリに、シイナはもう休んでいいと告げる。
「今まで積み上げてきたものは無駄じゃない。立ち止まってもなくならない。これだけでもきっと、良いものが作れますよっ」
当初の予定通りに時間いっぱい費やさないと不完全、なんてことにはならない。途中で止めるのはリタイアではなくクリアしたから。
二十メートルシャトルランでいう、最高得点に達した段階で終わりにしていいと言っているようなものだ。
「だから今日は帰りましょう。久しぶりに、一緒に」
「一緒にって、シイナのクラスは平気なの?」
問題が解決すると見ても、それはヒカリのクラスの話。他クラス所属のシイナの現状は変わらない。
「……そうですね。今日は先に帰ってください」
これから準備で残るのに、今になって早帰りするなんて言えない。待たせるのも悪いのでシイナは今日は時間を合わせられないと諦め、一緒に帰宅はまた後日とした。
「普通にこっちに来てるから……」
「違うの! ホントは寄り道してる場合じゃなくて……」
よその教室に居座る余裕があるのだから準備は落ち着いているのかと捉えていたヒカリだったが、実際はそうではなかった。
シイナはヒカリたちの助けになりたくて、自分の作業より優先して来ていた。だからもう戻らなくてはならない。
「出し物、黒髪危機一発だよね?」
シイナのクラスの出し物は四人用ゲーム。四色の剣を数字が書かれた穴に刺して、飛ばした人の優勝、それ以外の三人は刺した穴の合計値が大きい人ほど高順位で景品を配布するというものだ。
「そうです。設計も途中で、それに景品の準備だって……」
市販品を使うのではなく自作。シイナの剣が刺さるくらい大きな樽と、比例して大きくなる人形も作ることになっている。
一番大変なのは、剣を刺してスイッチを押してバネで人形を飛ばす仕組みを築くことだ。
「……そうだ。人形のモデルは三門さんにしましょう」
磔にされているレイジを見てシイナは、樽に捕らえる人形のモデルに彼を採用しようと思いついた。
廊下に貼る看板に発でなく髪の字を作ってしまったことで急遽タイトルを変えた。だが人形を前髪で片目を隠した独特のヘアスタイルにすれば、その変更をうまいこと利用できると思ったからだ。
「デザインを持ち帰れば寄り道は無駄じゃありません」
シイナはスマホでレイジの顔を撮影し、彼の首を手土産とした。忙しい中、他クラスの手助けをしていたのは聞こえが悪い。だが人形のデザインがまとまったと報告すれば、それは自クラスへの貢献になる。サボりと責められることはない。
「では戻りますっ。また明日」
「あ、またね……」
バタバタした様子で去っていくシイナをヒカリたちは見送った。そして括られたレイジを見上げる。
「……そうだ。いっそこれもお化けにしてみない?」
電気のようなものを纏いながら呻き声を上げている様は、脅かしに使える。お化け屋敷のオブジェクトの一つとして、この状態の彼を置いてみないかとクラスメイトが提案する。
「良かったわね。役目ができて」
「うるせえ」
レイジは連絡を取れるよう手と口は自由にされている。これから準備するときは磔のまま皆と電話をするよう命じられた。
その準備はもう必要ないという流れになったことで、口を塞がれるのは時間の問題だろう。
そう考えるレイジは喚かなかった。シイナの剣でダメージを受けるのは今に始まった話ではない。慣れたものだ。
「今すぐ止めて!」
廊下から叫び声がした。声の主は津田山響。またしても他クラスの同級生だ。
「何事?」
「教室が吹き飛ぶの!」
未来を見たヒビキは、手遅れになる前にレイジを解放させたかった。だが間に合わなかった。空から降ってきた赤い光が、天井を貫いて彼の目に突き刺さった。
「この光って……」
「皆離れて!」
止められなかったのなら諦めるしかない。せめて巻き添えを減らそうと判断を切り替えたヒビキは、レイジの元から離れるよう呼びかける。
「ヒカリさん! 早くっ」
一人逃げずに立ち尽くすヒカリに、ヒビキはより強く呼びかける。そして無理にでも引き離そうと、“ノーツ”で生み出していた数分過去と未来の自分の分身を向かわせた。
「ちょっ、離して」
分身に捕まったヒカリは振り払おうとするが、二人がかりが相手では敵わない。徐々にレイジから離され、彼はじきに爆発した。
「……収まった。怪我はない?」
「平気よ」
「良かったぁ。でも……」
ヒビキは皆の安否を確かめた。そしてレイジ以外に怪我はないと知り安堵する。彼女が見た未来は爆発に巻き込まれたヒカリたちが負傷するというものであり、それは避けられたと分かりホッとしたのだ。
だが無事では済まなかったのが、彼女らが準備してきた文化祭の備品だ。
赤い光の爆発によって吹き飛んだ椅子や机が、お化け屋敷のために作った壁や衣装にぶつかりあちこち破けてしまっている。未来を予知した通りの結末を迎えてしまった。
「嘘でしょ……」
壊れた備品を見てヒカリたちは唖然とする。毎日遅くまで残って、家に持ち帰ってまで頑張って作ってきた物たちが、役目を果たす前に使い物にならなくなってしまった。
ようやく準備の日々に終わりが見えたところに、また最初からやり直すことになるのかという絶望的な光景。打ちひしがれ、目眩がした。
「……ごめんなさい。もっと早く予知していれば」
ヒビキは自分の失態だと謝罪した。放課後に入ってすぐに未来の分身を出していたら、光の落下への対処を間に合わせることができていた。ヒカリたちが準備してきた物を台無しにしなくて済んだのだと。
だが誰もヒビキのことは責めない。かといってレイジを磔にしようと提案したシイナのことも責めない。
「ヒビキのせいじゃないわ。シイナのせいでもない」
「何事ですか!?」
爆発音を聞いてシイナも戻ってきた。赤い光の形跡はもう残っていない。何が起こったか、ヒカリが口頭で説明する。
「浄化が終わって補充されたの。さっき」
「そんな!? さっき始めたばかりなのに……」
だが理屈は分かる。シイナの儀式が始まる前にはもう、レイジの瞳は力の限界に達していた。在庫を管理できるのは、彼自身だ。
だからこの惨状を予測できていたにもかかわらず黙っていた、レイジの責任に他ならない。
「どうして黙ってたのよ!」
「光の注入を阻止するのがお前たちの役目だろ?」
だがレイジは頭を下げない。光が降ってくることを黙っていた自分に非はないと主張する。
なぜなら光を降らせること自体が、ヒビキやシイナたちの目的なのだから。
「俺に力を使い切らせて、降ってくる光を俺が俺に当たるのを阻止する……そんな計画じゃねえか」
「今日の話じゃないでしょ!」
レイジから悪夢の瞳を失くす。その計画を文化祭二日目の一般公開日に決行する。他校の“ノーツ”持ちと協力して、彼に力を消耗させる。そして底を尽きて光が降ってきた瞬間、遮断するなり彼を退かすなりして補充を阻止する。
だから今日は想定外。人手も心の準備も足りてなかったから、阻止できなかったのは仕方がないと反論する。
「そんな言い訳して当日うまくいくかねえ。第一、満タンになった今から間に合うものか」
しかしレイジは今の失敗を流さない。構えてなかったは言い訳にならない。加えて当日に向けて少しずつ消耗してきたのに二週間前になって全快してしまい、もう一度使い果たせるか怪しいところだ。
「関係ありません。ゼロになるまで繰り返すのだから」
残量は問題ではない。シイナはそう言い返す。ターゲットはヒカリ。彼女を殺して一日をループさせる。その運命を切り抜けるためにレイジには瞳を使わせる。
そして彼の目的は果たせない。死のループを逃れる前にレイジの力は尽きる。目的はそれだから、そこがループの終わりだ。
「つまり全部、予定に変更は無しってことで」
レイジは開き直った。光が降ってきたことが問題ないのなら、その被害も気にすることではない。散らかった教室を一望して、クラスメイトに呼びかけた。
「またやり直そう。一から、いや……ゼロから」
備品が粉々になったのなら、また作り直せばいい。期間もまだ半分残っている。今までと同じだけ頑張れば片付く作業だ。
「そうね。でも二度はごめんだから……」
また過労の日々を送るのは嫌だ、という気持ちを抑え、けれども怒りを抱きながらレイジに詰め寄る。
「ここから指揮とってもらうわよ」
光がまた降ってきても準備に被害が出ないよう、レイジをプールの真ん中に運んできた。床に刺した剣に別の剣を重ねて高さをカバーし、水に浸からない位置で拘束する。
水面より上で磔にされるレイジ。離れていても心は読めるから、そこから電話をかけて指揮をとる。疲れるのはお互い様というわけだ。
「良い画ですね」
シイナは出し物の参考になると思い、ウキウキで写真を撮った。
「きゃっ。あっ!?」
だが後ろから押され、手からスマホを落としてしまう。プールサイドで弾んで水に沈んでしまった。
「誰ですか押したの!?」
「私じゃないわよ」
シイナは慌ててプールに入り、壊れていないか電源ボタンを押して試す。誰が悪さしたのか尋ねても、誰も白状しない。
結局スマホは壊れてしまい、誰の仕業かは謎に包まれた。




