576話 休み終わり
七月に入り、文化祭に向けた準備が本格的に進む。備品の購入、作成。装飾。クラス全員で手分けして、授業中や放課後に少しずつ取り組んでいる。
「三門、看板できたぜ」
「サンキュー。飲み物が買い終わる頃だ。迎えにいって、持つのを手伝ってやって」
『仕事だ。体育館倉庫に向かってくれ』
中心に立つのは三門玲司。レイジはこの島において百二十人強しかいない、“ノーツ”と呼ばれる特殊な能力を持つ人だ。彼の“ノーツ”は人の心を読むこと。離れていても誰がどんな状況か把握できるので、司令塔に向いている。
手が空いた人が出たらサポートが必要な仕事に向かわせる。サボっている人がいたら電話をかけて手伝わせる。
そうしてテキパキ進めた結果、レイジのクラスは全校で最も準備が進んでいた。
「順調ね」
「サボる人がいなければ、こんなもんだ」
レイジは他クラスの進捗も把握している。どこにも役割を失い浮いた人がいる。気づかれないよう隠れているのを知っているが、所詮は他クラス。困っている人がいても手は貸さない。
文化祭は人気勝負、他クラスとの競合。特に出し物が被る相手に負けたくないのだ。
「ライバルは?」
「昨日より遅れが出てる」
割合で見たら、他クラスの進みは遅い。だがボリュームはこちらのクラスが多く残っている。レイジが全員を管理してフル稼働させてギリギリ終わるスケジュールを立てているので、余裕がないのはこちらの方だ。
高校三年生、今年が最後の文化祭。最後で最大の思い出にするためにレイジは、自分の強みを活かそうとしている。彼が居なくては間に合わない特大規模にしたのには、そういう背景がある。
「ココア、行こう」
「休み終わりかぁ……」
校内では邪魔でしかない日傘が目印のクラスメイトが、レイジと雑談をしていた少女を迎えにきた。これから二人で衣装合わせをするので、短い休憩時間が終わってしまう。
不満を堪えても心の声を聞かれてしまう。だから思ったことを口に出すことに慣れている。
出ていった後、レイジは再び指揮に専念し、滞りなく準備を進める管理に取り掛かる。
「今日あと何着作るんだっけ?」
「十」
「終わるかっての」
次のノルマの遠さを実感し、やる気が下がる。不満は声に出さないとやっていられない。お互い文句を言いながら廊下を歩いていくと、他クラスの知り合いと遭遇した。
「おーいヒビキー」
「あっ。ちょっとお願い」
未来と過去の自分の分身を出して三倍の人手を確保してバルーンを膨らませている津田山響。呼ばれる声に気づくと分身に仕事を続けさせて本人だけ雑談に応じる。
「どう? 順調?」
「ギリギリね……そっちはお化け屋敷でしょ? 凄く進んでいるって聞いたわ」
生徒はクラスごとにデザインされたシャツを着ているので、所属の見分けはつく。ヒビキから見てもレイジのクラスは、ひっきりなしに働いている印象だった。
「ペースは速いわよ。でもゴールが遠いの」
「三門君が調子乗ったせいよ」
他より頑張っているかは評価対象ではない。敵は自分たちのゴールだけだ。
「監視を徹底すれば他より効率良くできるからって、ハードル上げまくるんだもの」
「この衣装だってインパクトを出すための使い捨て。使う数だけ用意すればいいっていう力業よ」
衣装を破いたり壁を壊したりすると客の驚きは増す。だが一度きりのサプライズで次の客には使えない。ならば用意する数を増やせばいいというのがレイジの意見だ。
効率良く作業できるのなら人手も時間も確保できる。買い占めたら遠くの店に派遣する。限度の八時までクラス全員残して、さらに仕事を持ち帰らせる。
労力を最大限費やして並の何倍ものボリュームをお届けする、それが彼の方針。他では真似できないことをやろうというこだわりの表れなのだ。
さながら劇場版クオリティで毎週放送するアニメの如く、製作陣への負担が激しい。
「張り切っているのね……」
「ごめん、もう行かなきゃ」
足を止めていることがバレたのか、着信が入る。確かめると案の定レイジからの催促だったので、ヒビキとの話に終止符を打つ。
『今行こうとしてたのよ』
『電話来るまで話す気だったの知ってるぞ』
お互い一言ずつ言い放って通話を終えると、二人は被服室に入った。
「あんたまだここ居たの」
そこには黙々と衣装をミシン縫いしているクラスメイト、一ノ宮耀の姿があった。クラスメイトは他にもいるが、彼女は二時間前にもここにいた。
「よく飽きないわね」
「同じ作業を繰り返すのは得意らしいから」
衣装一着でも作る工程はたくさんあるが、何着も作っていると単調に感じてしまう。衣装に限った話ではなく、ヒカリ以外は作業一つに専念せずローテーションで回している。
彼女だけ違う理由は、何度やってもペースが落ちない、その効率の良さをレイジに買われたからだ。
「らしい?」
「うん。ほら、毎回どこかしら失敗しているんだけど……」
ヒカリは裁縫が得意なわけではなく、出来栄えは満点とは程遠い。だが合格ラインは超えているらしく、多少のミスでもゴーサインを出してもらえている。何度やってもどこかしらで失敗してしまうせいで、彼女はいまいち自信を持てていない。
「使い捨てだし、完璧じゃなくてもいいって」
「妥協するところ考えてほしいわ」
完成度より負担の大きさで妥協してほしいとつくづく思う。今回頑張ったところで、二日間の文化祭が終わればもう使い道はない。そのうえ二日間に対する見返りもないのだから、骨折り損のくたびれもうけだ。
「それとも今年はご褒美あったりして」
「あー、あいつだけ秘密を知ってて、サプライズ的な?」
レイジがどうして皆に無茶をさせるのか、その答えの予想に挙がったのは、秘密の報酬があるからではないかということだった。
学校側が、最も輝いたクラスに報酬を用意している。それは当日まで隠されているが、心が読めるレイジは見抜いている。
そして当日、皆を驚かせるために、報告の件を伏せたまま皆を酷使している。
疲れれば疲れるほど、喜びの瞬間に爆発させるために。
もしそうなら、期待して頑張れる。
「それはないと思うな」
やる気が目覚めたところに刺さったヒカリの呟きで、一気に冷めた。
「なんでよ」
「もしそうなら、他クラスのトラブルを放っておかない気がするもの」
レイジが状況を把握できるのは、クラス内などという狭い範囲ではない。高校の敷地内外問わず、各地の動向をリアルタイムで追える。
喧嘩したり熱中症で倒れたりする問題が出ているが、察知して対応するのは自分のクラスに限った話。対象を校内全体に広げたら一層評価されるはずだが、レイジは他クラスを一切フォローしない。
「自分のことしか考えてないよ、あれは」
「長く付き合ってたあんたが言うなら、そうなのかもね」
期待して損した、そんな結論に至った。レイジと一年以上交際をしていたヒカリからの意見には説得力がある。
「あっまた間違えた」
「……喋ってるからミスるんじゃないの?」
愚痴と並行して手を動かしていたら余計に縫ってしまったことに気づく。作業に没頭しないから失敗するのだと指摘するも、専念し続けるのもストレスになるので強く言えることではなかった。
「二人が来るまでは黙ってたよ。話しているのは関係ない」
「相変わらず友達居ないのね」
「あんたが言う?」
「皆そうじゃん」
ヒカリは黙々と作業しても結局どこかで失敗するから雑談が原因ではないと主張する。だがその主張は彼女の交友関係の狭さを告発してしまう。
それをからかうも、クラス内の立ち位置では三人とも似たようなものだとお互いにツッコミを入れていく。
「もうすぐ時間だわ」
「もー、また宿題じゃない。やめやめ」
文化祭準備を理由に学校に泊まることはできない。そして今日のノルマが終わらないからと言って下校時刻の延長もできない。
なら終わらなかった分は各自家でやることになる。始めの数日は斬新な試みで楽しみながら持ち帰り残業をしていたが、かれこれ二週間続いているのでさすがに懲りてきた。
今日中に終わらないと分かると手を止め、時間いっぱい好き勝手話すことにした。
「だいたいもう十分でしょ! いつまで続けさせる気なわけ!?」
「まったくね。当日までに倒れたら……」
文化祭当日を楽しむ気力がなくなってしまう。当日のことを考えると、ある事件が頭に浮かんだ。
「もしかして、例の事件に関係あるのかも」
「んー。それよ、きっと」
ヒビキが未来の自分を出して予知した、文化祭二日目の一般公開日に起こる事件。レイジの故郷から襲来し、ヒカリが狙われるという事件だ。
当日は島の同学年の“ノーツ”持ちで協力して事件の対策を決行しないといけないのに、余力がなくなる勢いで準備に労力を割かれている。
だがそれこそがレイジの狙いで、ここで頑張ることで事件の解決を図っているのではと考えられた。そうでなければ、こんな無茶する理由がない。
「でももう出ないと」
「そうね。話すなら外で」
だがレイジに問い詰めに行けない。厳守するべきは校門を出る時間だ。だが敷地外に出てしまえばたむろっていても叱られない。
彼に話を聞くのは外に出てから。各自持ち帰る衣装も持って、帰り支度を終えて昇降口を後にした。
「待ちなさい三門!」
外に出るとレイジを呼び止め、逃げ道を塞ぐように三人で囲む。
「いつまでこんなに働かせる気? 理由を教えてもらうわよ」
「ヘイトを溜めるためだ」
レイジはあっさりと自白した。隠すために聞こえのいい言い訳であしらってくると読んでいただけに、彼の返答に調子を崩される。
だが白状した内容が納得いかないものであり、質問は終わらない。
「ヘイトって、どうしてよ」
「反感を抱かせつつ支配する。その度に俺はこの目を使う」
レイジは右目に手を当てた。その目には見た人の夢や願いを叶わなくさせる力がある。休みたい、辞めたいと思っても、その目で従わせる。彼の目的は力を消費することであり、自由を求める思いを強めるために過酷な労働を強制させていると言う。
「お前たちの目的は、俺の目を使い果たすこと。それに協力しているんだから、むしろ感謝してほしいくらいだ」
レイジは開き直っている。皆に手を貸すためにクラスメイトの稼働を高め、ストレスを与えているのだと。
「じゃあ他のクラスも手伝ってやればいいじゃない」
よその面倒を見ないで自分のクラスの管理に専念していることは、数少ないレイジの評価点だとクラスの中で擁護意見が出ている。彼にとっての目的を果たすには、その擁護さえ潰してしまった方がいいように思えた。
「それだと周りの反感を買えない」
自分のクラスだけ贔屓していると思わせる。その方がより多くの人から恨まれるというのがレイジの言い分だ。
自クラスよりそれ以外に属する生徒の方がずっと多いのは事実なので、彼の主張には共感してしまう。
「確かに……本心みたいね」
主張に整合性があると嘘っぱちには見えなくなる。レイジがヘイトを集める気というのは本気だと感じられ、受け止めた。
「そういうことなら受け入れるわ」
「むしろ安心したわ。恨んでもいいのだから」
準備を嫌になることはレイジの目論み通りだと知ると、現状維持でもいいと分かり納得した。
「まあ今頑張る分、当日の達成感がすごいだろうからね」
今は大変だが、手間をかけるほど来客にとっての満足感は大きくなる。労力が無駄にならないのだから、乗り切ろうという気になれた。
「今の話はクラスの奴らに話すなよ。事件のことも含めて、俺たちだけの秘密だ」
事件の存在は一部の人しか知らない。どこに敵と繋がっている人が潜んでいるか分からないからだ。だから仲間内だけで乗り越える。今までもそうやって、学校の壁を越えて力を合わせて乗り越えてきたのだから。




