570話 勝利の短期決戦
清澄祈聖と神田玄の決勝戦が始まった。合図と同時にハルカは真っ直ぐ走り出し、スイッチではなくノエルに迫る。
ノエルはハルカの動きを見て、彼女のパワーを利用しようと考えた。まずは次元のゲートでスタート位置から伸ばした手をワープさせてスイッチを押し、ボールを落とす。
次にサンドバッグを動かしてボールから避けさせる必要があるが、ハルカの前にゲートを作って飛び込ませ、ワープさせてサンドバッグに激突させた。
衝撃で押され、即座にもう一組ゲートを作り、サンドバッグをワープさせて自分の手元に出させる。動かした後、ハルカに元の位置へ戻されないための狙いがうまく決まった。
ボールが床に落ち、ハルカは相手が勝利にリーチをかけたことを理解する。合図から一分経つ前に、彼女もスイッチを押してサンドバッグを動かさないとノエルに一点が入って負けてしまう。
ノエルの”ノーツ”は厄介で、彼をノックダウンさせるのは時間的に厳しい。そう判断するハルカはスイッチに向かって走り出す。
すると目指していたスイッチが、手が届く前に床に沈んでいった。
ノエルがスイッチの下にゲートを作った。沈んだように見えて、別の場所へワープさせたのだ。ハルカの視界から消えたが、斜め後方からヌッと出てくるのが見えた。彼女の“ノーツ”は一度見た物の動きが見えるというもの。
視界から外れても目を瞑っていても、場所や向きが分かる。
ハルカはすぐに進路を変え、スイッチを目指す。すると読んでいたノエルがもう一度スイッチをワープさせる。まさに彼女を翻弄させ、連続で無作為にワープさせていた。
空中に出てきては床に触れるとまた飲み込まれていく。音を立てることなく出現と転移を繰り返して、ハルカに手を届かせないよう一分間粘る。それがノエルの作戦だった。
「どうしてコート内? 外に出しちゃえばいいのに」
「確実に勝つんなら、それが無難よね?」
決勝に進めなかった選手からは、ノエルの作戦に疑問の声が上がる。彼の“ノーツ”なら、もっと遠くまでワープさせられる。ハルカに一分で往復できない距離まで飛ばせば勝利は確実なのに、わざわざ近距離で撹乱させる、リスクのあるやり口を選んでいる。
「てか私もそうすれば良かったなぁ」
「確かに。そしたらナミカ優勝だったね」
「優勝できる?」
一回戦で敗退した津田沼浪郁は、見た人二人までの“ノーツ”を同時にコピーできる。ノエルのをコピーして今言った、相手のスイッチを遠くへワープさせる作戦を実践していれば、彼以外には一方的に勝てる。
だがその彼に対してはどう勝てるのか悩むナミカだったが、目の前の勝負を見て答えに辿り着いた。
「そうか、ハルカの力なら探す手間を省けるから」
ノエルとの勝負でも、お互いにスイッチをワープさせてお互いに探すことになる。だがハルカの“ノーツ”もコピーしておけば、どこに飛ばされたか把握できる。そこへ自分をワープさせてスイッチを押して戻ってくるという芸当ができるわけで、ノエル相手でも有利をとって勝てる。
「ノエルとハルカの“ノーツ”をコピーして、スイッチを遠くに飛ばして自分だけ探せる」
「それ、誰なら勝てるかな?」
「居たら凄いよ、逆に」
もしもナミカがその作戦で勝負したら優勝できていた結論に至ると、今日出場した選手以外で誰か、彼女に勝てる人はいるのかと疑問が湧いた。
それに対して、ナミカの作戦自体が最適解だと思っており、誰も勝てないのが普通だという意見が出る。
この学年に“ノーツ”持ちは百二十人以上存在するが、ざっくり考えてみる感じ、対抗できる人は誰も思いつかなかった。
そうこう話しているうちに開始から一分が経過し、1対0でノエルが勝利した。
「そこまで! 優勝はノエル」
「ふぅ。お疲れ様でした」
ノエルは勝利を告げられても淡々と振る舞う。優勝しても景品がもらえたり成績が上がるわけでもない。このトーナメントの目的は、来月起こると予知されている事件を防ぐためのアイディア探し。空から降ってくる光が人に当たるのを防ぐために、似たシチュエーションでの勝負を学年トップ層で行い、力を出し合って良いアイディアを閃くことにある。
「ねー、なんでもっと遠くにワープさせないの?」
「勝ち目をなくすと殴られそうじゃん?」
ノエルはハルカの勝ちの目を確実に潰しにいかなかった理由をそう答えた。勝てないと判断すると腹いせに“ノーツ”無関係のフィジカルで相手を制しにかかるという脳筋プレーに出るのを恐れて、最後まで彼女に勝ち筋を残すのを意識していたと明かした。
「自棄になられると怖いもんね」
「別にそんなことしないわよ」
ノエルの言い分にはハルカだけは反論した。勝ち目を潰されてもそれはルールの範囲内で知恵と“ノーツ”を活かした結果。勝負に負けるが戦いに勝つなんて薄汚い意地は張らないと本人は否定する。
「二人に聞きたいけど、もし私が二人の“ノーツ”コピーしてたら誰にでも勝てる?」
ナミカはノエルとハルカにさっきの疑問を尋ねてみた。本人たちなら弱点を知っているだろうから、思いがけない抜け道を通れる人に気づいてくれるかもと期待して。
「ほら、ノエル以外ならノエルの“ノーツ”で勝てるし、ノエル相手でもハルカの“ノーツ”と併せて勝てるから」
「あー、なるほどね……」
ノエルとハルカの力を複合したら最強と言うナミカの言い分を理解した二人は質問に戻って、弱点とそれを突ける人を考える。
「……いないんじゃない?」
「うん。募集してみたら?」
瞬時に遠くへ移動できてかつナミカがワープさせた場所を特定できる、彼女の言う必勝パターンを攻略できる可能性を秘めた人は、本人たちをもってしてもパッと出てこない。
そこで視聴者からも提案してもらおうと考えたハルカはモニターを指差し、アナウンスを促した。
「そんなわけで、ノエルとハルカの“ノーツ”をコピーした私に勝てる人募集でーす」
我こそはと言う人がいれば勝負を受けると宣言し、ナミカはカメラに手を振った。勝算もなく反射的に疼く対抗心だけで名乗りを上げたり、興味本位で挑戦する気なコメントが点在する。
「おい、居るっぽいぞ」
「嘘!? ……あー、確かに」
勝ち目がある、というよりはナミカの必勝法を封じることができる、そんな“ノーツ”を持つ人が名乗りを上げると、彼女に賛同する人が続々と湧いてきた。
その少女の”ノーツ”は、距離を無視して物に触れるという力で、どこからでもサンドバッグに手が届く。現にコメントを送る際もキーボードに指を触れずに入力している。
その力を使えば、どこからでもサンドバッグに触れる。ゲートを通過する前に掴んで引き上げることで、逆走するとゲートが壊れる性質を利用して、ナミカの作戦そのものを封じるというわけだ。
「ランクが下でも対抗策があるのが面白いのよね」
「それに、最強なんて存在しない」
彼女は学年に三十人いるBランクの一人だが、最上位でも太刀打ちできない協力な戦術を無力化させてしまえる。机上論ではあるが、可能性としては十分。
そして百人以上もいれば可能性は膨大で、まだ見つかるかもしれない。序列が高い人の中で対抗策がないだけで、無敵とは言えない。
ランクの高さが絶対的な強さではないことを証明する、完璧な具体例だ。
「ノエル、優勝おめでとう」
「おう。実感湧かねえけど」
トーナメントが始まる前は直接対決を期待していた住吉透依に讃えられ、ノエルはスッキリしない部分はあったが素直に受け取った。
「トシ、時間まだあるか?」
「……あるぜ」
一試合に時間の上限は決めていないので、施設は時間に余裕をもって予約してある。赤羽十四哉はトウイの質問の意図を察して、アナウンスした。
「最後にエキシビションマッチだ。ノエルとトウイでな」
「……最高だな、おい」
不完全燃焼で終わることにモヤモヤしていたノエルは、一番勝負したかった相手に挑めることに興奮し、一気に気分が上がる。
トウイは何も言わず汲み取ったトシヤを内心誉めて、対戦相手のノエルと向き合う。
「そうだ、ハンデは無しでいい」
ルールに従えば、序列が下のトウイは二本まで取られてもセーフになる。だが彼はフェアな勝負を望んだ。
ノエルとトウイによる特別勝負が始まった。一本取れば勝利の短期決戦。
ノエルは相手のスイッチの底にゲートを作る。出口はアリーナの倉庫の中。床に沈むように落下を始めるなか、トウイは“ノーツ”で加速して沈みきる前にスイッチを押す。
押されてしまえばスイッチを遠くに飛ばしても意味がない。ノエルは相手の妨害に切り替えて、トウイをゲートに通してワープさせようとする。
だがトウイの体はゲートの入り口をすり抜けた。今度は通過状態になっていて、物が当たらない体になっている。
そしてサンドバッグの前に着き、ボールをから回避させるべく通過状態を解除する。両手で押そうとするがその先にゲートが現れ、伸ばした手が足首の裏から出てくる。
突然両足を押されたトウイはバランスを崩し、頭をぶつける。動かせなかったサンドバッグにボールが降ってくるも、当たらずにすり抜けた。
「げ、騙された」
トウイの動きに惑わされたノエルは、このセットの内に自分も点を取らないと負けてしまうことになって焦る。
ゲートで遠くのスイッチに手を伸ばすが、手応えがない。スイッチを通過状態にされて、押すことができないのだ。
けれども時間も打つ手もなくて焦るノエルは闇雲に連打する。凹面鏡に映された人形を意地でも握りにいくかのように、雄叫びを上げながら足掻いていた。
無情なタイムアップの宣言を出され、ノエルは敗北してしまった。
「完全にやられたんだが」
「状況だけ見えるとノエルの勝ちっぽい」
作戦を止められた挙句、相手の策を破れなかった。ノエルは敗北を噛み締めるが、立っている彼と床に大の字で倒れているトウイを見ると前者が勝ったように思えてしまう。
「二度同じ手が通じるはずがなかったな」
ノエルは決勝戦と同じ手口を取ったことが敗因に繋がったと反省する。トウイが見ている前だったうえに、持っている“ノーツ”がハルカとは違うから、どんな対抗策を打ってくるか考えて実行するべきだった。
加えてさっきの雑談。対抗できる人がほとんどいない最強戦術で盛り上がっていたから、使えば勝てると思い込んでしまっていたのも原因の一つだ。
「この戦法ならナミカの必勝法も攻略できそう」
「うん。言うほど最強じゃなかった説」
さっきは思いつかなかっただけでトウイの“ノーツ”ならノエルとハルカの併せ技も攻略できる。パッと思い浮かばないだけで、対策はいくらでもあるのかと疑心暗鬼になった。
「少なくともトウイは気づいていたな。でも勝負のときまで黙っていた」
トシヤはナミカの必勝法の話題になったとき、トウイはあえて自分の存在をアピールしなかったと捉えた。堂々と俺ならできる、と暴露していたら、ノエルは勝負のとき別の作戦に変更していたはず。
油断させるために伏せておき、ノエルが自称最強戦術をとると読んで勝負を仕掛けた。優勝者を土に着かせる完璧な立ち回りだと評価した。
「じゃあ配信はここまで。これから片付けるんで、ご視聴ありがとうございました」
トシヤは配信を切り、皆と協力してアリーナの片付けに取り掛かる。サンドバッグにスイッチの台座、ボール発射台などを回収し、床にモップ掛けをする。
「結局優勝はノエルでいいの?」
「じゃない? もう一回やったら変わると思うけど」
掃除をしながら雑談をする。今回のトーナメントを制したのはノエルではあるが、同じルールでもう一度開催しても彼になるとは限らない。
「可能性はまだまだあるし、いくらでもひっくり返るよ」
「そうね」
“ノーツ”という人それぞれの力があるから、強さは安定しない。思いがけない発想で優劣を覆すことだってある。
「運命なんて、決められない」
「……そうだね。私たちが力を合わせれば、きっと変えられる」
そんな力を秘めた人が協力すれば、無限の可能性が生まれる。来月中旬、多くが犠牲になる事件が起こるという運命から逃れることは、きっとできる。
そんな期待を込めて、マスターズエイトトーナメントは幕を閉じた。




