569話 予想を覆して
準決勝第一試合は錦糸郁爽が一本先取。一回戦はこの時点で勝っていたが、今回の相手は彼女より序列が下の清澄祈聖。彼に一本取られる前に、後二本取る必要がある。
第二セット開始。イクサは一セット目同様、開始と同時に“ノーツ”で背中に生やした十字の物質を翼のように羽ばたかせ、空中戦を仕掛ける。
対してノエルは両手をポケットに入れて動かない。そしてまるで勝つ気のない棒立ちの姿勢をとる。
一回戦と違って闘志を感じられないノエル。彼の心情をイクサは分かっていた。
張り合っていたライバルが一回戦で敗退。目標を見失い、優勝する気が失せてしまった。
そう思わせたいのだ、とイクサは隠れた闘志を見抜いている。リタイアしないのがその証拠だ。
やる気がないと見せかけてカウンターの一手を探っている。イクサはノエルの動きを警戒しながら、背中の物質を手に取った。
背中から外し、大きく振りかぶる。イクサの動きに合わせ、ノエルは“ノーツ”を使い彼女の前方に次元のゲートの入口を、後方に出口を作った。
イクサは投げるフリをして手にキープした。そしてゲートを見て、ノエルが反撃を狙っていたことを見抜く。もしも投げていたら、ゲートに入って出口へワープし後ろからぶつけられていた。
イクサは再び背中に物質を取りつけ、ゲートを避けるように滑空すると羽ばたいて急上昇する。
ゲートは大きく作れば人も通せる。その対策の、緩急をつけてノエルに動きを読まれにくくする作戦だ。
相手をゲートに潜らせて隔離させることに手こずるノエルは、手をポケットに突っ込んだままサンドバッグに向かって走る。イクサは彼の動きに気づき、意図を探る。
スイッチを押す前にサンドバッグを動かしてボールから避けるのはルール違反。だから普通は先にスイッチを目指すが、ゲートを使って距離を無視できるノエルは別。
ゲートした使えば離れた位置からスイッチを押せる。だが手を突っ込んでいては押せない。だから何か別の狙いがある。そう考えた。
だが読みは外れた。ノエルは足元にゲートを作り、踏んでスイッチを押す。反動で足を引き上げて、通過中に逆走するとゲートは粉砕して物は入口側へ戻される性質を利用し、走りのリズムを崩さない。
その勢いを維持してサンドバッグを突き飛ばし、上から降ってくるボールとの衝突を防いだ。
「まずいっ、決めないとっ」
このセットが時間切れになる前に、自分もスイッチを押してサンドバッグを動かさないと負け。イクサは急降下してスイッチを踏みにいくが、直前で足がゲートに吸い込まれた。
伸ばした足はどこかに行ってしまってスイッチは押せていない。イクサは急いで引き抜いたが、急に体が重くなった。
「ちょっ……」
「終わりだ!」
ワープしてきたノエルが、十字の物質にしがみついている。もう一度スイッチを押す足を伸ばす前に、その重みでバランスを崩されてしまった。
対抗して彼女は物質を高速回転させた。掴まっているノエルは振り回され、体の自由が効かなくなる。
イクサは物質を回転させたまま背中から外す。すると回った状態で壁に向かってノエルもろとも飛んでいく。錘が外れた彼女はスイッチを踏んで流れで着地し、サンドバッグへと走る。
物質ごと飛ばされたノエルが壁に入口を、コート空中に出口を作って飛ばされながらワープし、イクサに背後から飛びかかった。
「残念だな」
うつ伏せに倒れたイクサはノエルに馬乗りされ身動きが取れず、ボールからサンドバッグを守れなかった。これでノエルに一点。序列で劣る彼が一点取ったので、勝負ありだ。
「まさか飛んでくるなんて……よく方向分かったね」
「飛ばすんなら人が居ない方って読めたからな」
自分がどっちに飛ばされたか見極めてゲートを張る余裕などなかったはずだと思うイクサに対し、最初から分かっていたとノエルは答える。
左右どちらかの壁。一方には配信機材やトーナメント参加者たちがいる。それらを巻き込もうとはしないだろうから、誰もいない方へ飛ばすと見当がつく。
物質を外したイクサは一般人も同然なので最短距離で走ると予測がつくから、彼女の背後を取れる位置に出口を作るのは造作もない。
運が良かったのではなく全部目論み通りだと、ノエルは胸を張った。
「なるほどね。おめでとう」
負けた結果に悔いはない。現実を受け止めたイクサは、ノエルに拳を突き出した。
「この私に勝ったのだから、優勝しなさい!」
「……おう」
八人中六位が偉そうなことを言っていると若干解せないノエルだったが、口には出さずイクサのエールを受け止めた。
準決勝第一試合は、一対一でノエルの勝利。次は4位の幕張加織と1位の神田玄の勝負。カオルは一本、ハルカは三本取れば決勝進出となり、ノエルとの勝負に進む。
「ハルカも靴脱ぐの?」
「ええ、今回はね」
準備に入る時間、ハルカはインドアシューズと靴下を脱いだ。一回戦ではノエルが脱いでいたが、遅れて真似するかのように彼女も裸足で勝負に挑む。
ハルカの意図は、カオルの“ノーツ”対策だ。
「なるほど、音を立てると騒音にされるから」
「あー、それで」
「なんで言っちゃうのよ」
今回は、というハルカの発言が引っかかったことで音を騒音に強化するカオルの武器を減らすための策だと気づく。
だが相手のカオルにも聞こえる位置であり、勝負の前から作戦がバレてしまったことにハルカは不満を抱く。
「へー小賢しいのね、一位のくせに」
「搦手しかできないのよ」
ハルカの”ノーツ”は一度見た物なら視界を外れても動きが見えるというもの。見通しの良いコートで位置に着いてよーいどん、な勝負では使い勝手が悪いのだ。トップの威厳を見せつけて圧倒するなんて戦い方はできない。
「だから初戦敗退だと思ってた」
ルールやマッチングを決めた審判は、8位が1位を下す展開を期待していた。ハルカに不利なルールで、加えてハンデもつけていたから一回戦敗退でもおかしくなく、負けたところで威厳は落ちない。
勝負を盛り上げる負けを見せてくれると思っていただけに、勝ち上がった事実には驚いていた。
「私も勝たせてあげるつもりだったけどね」
「それじゃ俺がバカみたいじゃねえか!?」
ハルカ自身も負ける覚悟で勝負していた。相手が最初から勝ち筋に気づいていれば為す術なく負けていたが、気づかれない程度に手を抜きながら勝負しているうちに相手が降参した。
相手が愚かだということは、ハルカも否定していない。
勝負が始まった。裸足で足音を立てずに歩くという作戦を立てたハルカに対し、カオルは何も対策を立てていない。
足音を消そうと、ボタンを押すことに変わりはない。その音で怯ませてしまえば、三本取られる前にダウンさせられる。足元を消されたくらいでは作戦に支障を来さないからだ。
だがハルカは走った。足音を出さずに走ったうえに、スイッチではなくカオルに向かっていく。
このときカオルは自分が狙われていることに気づく。スイッチもボールも関係ない。相手を暴力で落として、戦闘不能にさせるつもりなのだと察した。
女子で百八十センチメートル超え、“ノーツ”抜きで疲れ知らずの圧倒的な体力を持つハルカが全速力で音を立てず正面から迫ってくる様は、フィジカルは一般的女子高生のカオルにとってはとんでもない恐怖で、思わず目を瞑る。
その無防備な懐に、容赦なく回し蹴りが直撃した。
「……他にどうするかって言われたら思いつかないけど」
「力業ね……」
一瞬の決着。しかも勝ったハルカは“ノーツ”を使っていない。合理的ではあるものの見応えのない決着に、アリーナの空気は静まり帰った。
「でも神田が勝つって予想は少なかったぜ」
「本当に?」
観客席には選手と審判以外いない。生放送で配信して、視聴者はコメントを投稿できる。
二人の対決が決まって、展開や勝敗を予想したコメントが流れていたが、多くはカオルの勝利を見ていた。
「ホントだ。やる気ないハルカは負けるとか」
「動くと耳を痛めるだけだから何もしないって」
言われて画面を覗いてみると、靴を脱いだ真意に気づいていたコメントは見当たらず、ハルカは相手に勝利を譲るという意見が目立った。
「一回戦もそうだったが、幕張は勝ち筋を相手任せにしていた。自分から攻めていれば、結果は違ったかもな」
相手が動いて発する音でダメージを与え、カオル自身は動かないスタイルをとっていた。自分でペースを作りにいってから勝っていた可能性もあっただろうと総評し、準決勝は幕を閉じた。
「強引なんだから……」
「てんで私に不利なルールだもの」
「お前を負かせるように決めたからな」
意識が戻ったカオルはハルカの勝ち方を美しくないと非難するも、ルール上仕方なかったと言い訳をする。“ノーツ”を活かして戦えないか検討はしたが、ルールに合わせないで戦う方が単純かつ確実だという結論に至ってしまった。
ルール次第では捻りようはあったと、ハルカは責任転嫁する。審判は潔く、彼女を活躍させないよう仕組んだ裏話を暴露した。
「でも、次は同じようにいかねえだろうな」
「確かに。次はどうするんだろ」
決勝の相手は次元のゲートを使うノエル。出した拳がワープして自分に返ってくる。真っ向から戦えば、独り相撲の末に相手に一発浴びせることなくダウンさせられてしまう。
準決勝では楽勝だった作戦が決勝では通じない。だったら次はどうするかを視聴者や選手に考えさせられる点では、準決勝の圧勝にも意味があった。
決勝戦。7位のノエルと1位のハルカの勝負。誰もが予想していなかった対面だが、並び立って真っ先に気になるのは両者の足元だ。
「これ脱いだら勝つってやつ?」
「ふっ、言われてみたら」
二人の共通点は、素足で勝負に挑んでいること。道場ではなくアリーナを会場としており、手ぶらで素足で構えている選手が対峙しているのはなかなかにシュールな光景だった。
そしてあらゆる勝敗予想を覆しての勝ち上がりに、脱ぐと勝つというジンクスの芽生えが感じられた。視聴者からも苦笑のコメントが沸いてくる。
だが現に二人の勝因は靴を脱いだことにある。片や肌ゆえに床の傷に気づき、片や足音を消して相手の武器を封じた。
「でもそういう発想は大事かもね」
「そういう気づきがあったから、このイベントは意味あるものになったのかな」
体育館での運動は屋内シューズを履いて行うというセオリーを壊す、柔軟な発想力が可能性を生み出す。加えて勝利という結果を出しているので、例の事件の対策を考えるうえで、トーナメント戦を開いたことは無駄にはならなかったと感じられ、審判兼主催としては満足だった。
「さて、始めるか決勝戦」
勝負の中身がどうであれ、選手として集ったのは学年トップ層の“ノーツ”持ち。その頂点が決まる最後の勝負となれば、必然的に盛り上がる。
配信を観ている視聴者のコメントは、拍手を意味する8の連打やワクワクテカテカの略で染まり画面を埋め尽くす。
ノエルもハルカも、静かにスタート位置に着く。宣戦布告をすることも、誰かに相談することも、影で練習することもなく。お互い準備万全と言わんばかりに、冷静にスタンバイする。
しかしそれは、表面上の話。ノエルもハルカも緊張していないのは事実だが、勝つ算段をつけての堂々とした態度ではない。
ノエルはこれまでのハルカの戦いを見て勝つ気がないのを感じ取り、頑張らなくても勝たせてくれると油断しているがゆえの余裕。
ハルカはこれまで通り、バレない程度に手を抜いて、苦しんで負けるくらいなら勝ちにいく。そんなスタンスを貫いている。
頂上を決める決勝戦はお互い消化試合の認識で、普段は漂うはずのない独特な空気を漂わせていた。
気まぐれで勝敗がひっくり返りそうな決勝戦が始まった。




