568話 優劣はひっくり返る
島の高校三年生、“ノーツ”序列上位八人。マスターズエイトによるトーナメント戦。
一回戦第二試合は7位の、第三試合は4位の勝利に終わり、第四試合、8位と1位の勝負が始まる。
最も順位が離れたマッチング。だが住吉透依は自信満々でコートに入る。
“ノーツ”の序列は強さではない。戦闘、学力、環境など様々な観点からランクや順位を決められている。だから勝負の内容次第で優劣はひっくり返るのだ。
対する神田玄は、目を閉じてゆっくりとスタート位置へ向かう。
コートは体育館で床の凹凸や柱など、スタート位置を特定する物理的な目印はない。だがハルカは正確に位置に着いたタイミングで体の向きを変え、トウイと向き合った。
二十メートル離れており、トウイからはハルカが目を閉じているのを認識できない。気づいてないがゆえに、彼女の態度を何とも思わなかった。
「始め!」
合図と同時にトウイは加速する。彼の“ノーツ”、すなわち特殊能力は見た物を加速させたり透過させたりする力。
加速の対象に自身を選び、軽く床を蹴るだけで一歩で十メートル先のスイッチに届いた。
そして迷わずスイッチを押す。するとさらに先のサンドバッグ目掛けてボールが降ってくる。トウイはもう一度加速しサンドバッグを蹴り飛ばし、ボールの直撃を回避させた。
だがまだ勝利と決めつけるには早い。相手同じように自分でスイッチを押してサンドバッグをボールから守ればドロー。片方だけが成功するのを下位は一回、上位は三回こなさない限り勝負は終わらない。
だからトウイはハルカの妨害に出る。といっても簡単なことで、彼女を見て通過状態にさせてしまえばスイッチに触れることができない体に変えられる。そのまま一分が経過すれば彼女は失敗、彼の一本先取で勝ちだ。
ハルカは走り出したが、すでにトウイが彼女を見た後。スイッチを押そうとしたところで体がすり抜ける。
勝負あった、トウイはそう確信した。
だがハルカはスイッチを押し、降ってきたボールが当たる前にサンドバッグを突き飛ばした。
「……嘘だろ? すり抜ける体にしたのに」
「へぇ。見なければ無効にできるんだ」
トウイは“ノーツ”が効いていない現実に困惑する。そこにハルカはカラクリを告げた。
それは彼を見なければ、体に干渉されないというもの。あくまで確証があるのではなく、思いつきで試した成功しただけだと呟く。
「凄いよハルカ! あれを無効化するなんて」
「よく思いついたねー」
「たまたまよ。相性的に負ける気がしたから、せめて自分をアピールしようとしたら偶然」
ハルカの同級生たちが、彼女の勝利を称賛する。片方はまだ勝ち残っているがゆえにいずれ勝負する相手だが、時には高校の背負って戦う仲間だ。素直に喜ぶ気持ちもある。
「まだだ! まだ終わってねえぞ」
さも勝ち上がったかのような空気にトウイは割り込み、まだ諦めていないと宣言する。
「そうね。続きを」
ハルカも勝ちは確信していない。目を瞑れば自分は守れるが、スイッチを通過状態、見えるが触れない状態に変えられたら負けだ。
トウイがその方法を思いつけるかのチャンスは、後二本終わるまでは残っている。
ちなみに一分経つとそのセットは終わりで、強制的にボールが降ってくることはない。トウイだけ成功させハルカが一分間スイッチを押せずにいたら彼の勝ちだ。
二セット目。今度のハルカは合図と同時に走り出し、トウイの方へと向かう。一本目と同じくスタートダッシュした彼は相手の違う行動に戸惑い、咄嗟に自身に通過状態を追加する。
トウイの体はハルカをすり抜け背後をとる。だが奇襲はできない。彼女の“ノーツ”は一度見た物は視界から外れてもリアルタイムで動きを見えるというもの。背後から殴りかかろうものなら、ノールックで避けられて返り討ちだ。
だからトウイは戦いを避けてスイッチに向かう。押すために自身の通過を解除するが、その直後に背後から蹴飛ばされた。
不意打ちは効かないから戦わず逃げる。その判断さえハルカには見ずして見破られる。
そしてトウイがバランスを失った隙に、ハルカは頭を片手で掴んで自分のスイッチ目掛けて投げ飛ばす。
彼女はサンドバッグへ直行し、ボールが当たる前に弾き飛ばした。
スタートの合図から一分が経過した。相手の立て直しが間に合わなかったので、ハルカは二点目を決めた。
「あのゴリラ女め……」
“ノーツ”に頼らない純粋なパワーで蹴られて投げられて大ダメージを受けたトウイは、怒りをエネルギーに気合いで立ち上がる。
ハルカのパワーへの対抗策を立てないと勝てない。トウイは思考を誘導された。
「けど、パワーならこっちが上だ」
純粋に努力だけで桁外れの筋力や体力を身につけたハルカは所詮、一般人の域に収まる。
だがトウイには“ノーツ”がある。特殊な力で底上げできる分、超人的レベルにさえ到達できる。
力比べなら負けないと意気込み、三セット目に応じた。目には目を、歯には歯を。正面から制すことへ意識を誘い、単純で平和な勝ち筋に辿り着けなくさせられていることを知らずに。
「怖い顔ね」
「……てめえのおかげでな」
離れていてもどんな表情をしているか見えるハルカは、トウイの心情を見破っているとアピールするように叫んだ。
感情の理由を分かっていて聞いてくる彼女にトウイはより熱が入る。
「私のスイッチを押せなくすれば、一方的に勝てるのに」
「……確かに」
力まなくても勝てる。ハルカの放った言葉は、トウイからすれば単なるアドバイスだ。納得した彼は作戦を変更しようと考えたが、彼女が自ら告げてきたことに疑問が生じた。
言われた通りにやれば、この勝負はトウイの勝ち。ハルカにとって、明かすメリットがあるように思えない。
何か裏がある。彼はそう思えてならなかった。一見勝ちに誘っているように見せかけて、返り討ちにする算段がついている。それがうまく決まれば、三対ゼロでハルカの勝ちだ。
三セット目開始の合図が鳴る。迷いながらもトウイは相手のスイッチを通過状態にさせ、押す手がすり抜けるようにさせた。
これで少なくともこのセットで負けることはなくなった。そこでトウイは様子見する。ここで勝ちに行こうとしてハルカの思うつぼだったら、と想定しての判断だ。
結果、このセットはドロー。一分経ってお互いに成功させていないので四セット目に移行した。
次のセットもドロー。トウイは自分が動かない場合のハルカの動きを見るために留まっていたが、結果どちらも動かなかった。
「さっさと決めろよ」
一回戦を勝ち上がり、決勝戦でトウイとの対決を心待ちにしている清澄祈聖から催促の野次が飛ぶ。
ノエルに便乗するように、臆病者だの放送事故だの文句が飛んでくる。
「ねー、このまま変わらないならハルカの勝ちでいいんじゃない?」
「そのルールは決めてないからな。時間は無制限だ」
当初に設けたルール上、ドローが続く限り勝敗はつかない。現状維持からすでに二点取っているハルカの勝ちで次の勝負に移ろうと提案されるが、途中でルールを変えられないと審判は首を横に振る。
「それに、もう終わる」
「本当に?」
ルールと組み合わせを決めた審判は、勝負の行方を想像したうえでゴーサインを出している。1位であるハルカが積極的に勝負しないスタイルであることから、相手が慎重に動けば試合が長引くのは予想がつく。
そう分かっていて時間制限を設定しなかった理由、それはハルカの対戦相手が、好戦的な性格をしていたからなのだ。
「知ったことか」
長期戦になることに文句を言われようと自分を貫く。そう振る舞うトウイだったが、内心は痺れを切らしており、次のセットで決める気でいる。
合図が鳴り、変わらず動かないハルカに対し、トウイは真っ直ぐ彼女の元へ加速する。
伸ばした拳がハルカの肩を直撃するも、返しのパンチが顔を狙う。だがトウイは殴った直後に自身を通過状態にしており、相手の拳はすり抜けた。
すり抜けたと分かるとハルカは走ってスイッチを押しにいく。だが手が当たらない。そうと分かると彼女はスイッチの台座の裏に隠れた。
トウイは自分のスイッチの元へ走り、ボタンを押してボールを落とす。だがすぐにはサンドバッグへ走らず、ギリギリまで待って急加速する。
そしてタックルを決めようと迫ったとき、急接近してきたハルカに横から突き飛ばされた。
横から力を加えられた結果、トウイの軌道は逸れてしまい、サイドバックには当たれなかった。そのまま壁に激突し、ボールがサイドバックに当たる。
「あれ、すり抜けなかったんだ」
急ブレーキをかけるのは難しい。だから体当たりを決めてボールを回避したら自身を通過状態にして壁への衝突を免れてくる。それがトウイの計画だと思っていたハルカは、予測が外れたことに戸惑う。
サンドバッグをクッションにする気だったトウイは、壁をすり抜ける気はなかった。だがクッションを掴めずぶつかってしまい、半ば自滅による大ダメージを食らう。
「……降参だ」
「……うん」
幾度の打撲でトウイはリタイアを宣言し、ハルカの勝ちとなった。
唐突に勝ってしまったことにハルカは困惑する。
「じゃあ休憩を挟んで、準決勝を始める」
審判は中継を遮断し、十分後に再開のメッセージを映した。
休憩が終わって準決勝、第一試合。錦糸郁爽とノエル、下位同士勝ち上がっての勝負だ。
「これ俺にハンデつくのか?」
「6位と7位だから、そうだな」
一回戦は八人の上位と下位のマッチングだったので二人ともハンデをつけていた。だがハンデは組ごとにつけるので、6位と7位で勝負の場合は7位だけにハンデがつく。
「じゃあ私、一回負けたら終わりなんだ」
「そういうこと」
イクサにとっては一回戦と状況が変わる。様子見する機会がないのだ。
始めの合図でイクサは十字の物質を羽代わりに空を飛び、ノエルは体の横とスイッチの手前に次元のゲートを作る。彼はゲートに手を突っ込んで、一歩も動かずしてスイッチを押した。
そしてボールが降ってくるとノエルはサンドバッグを載せている床にゲートの入口を、そこから斜めに移動させた先に出口を作る。
一回戦と同じ、サンドバッグをワープさせてボールを回避させる作戦だ。
イクサは飛んでボールに接近し、物質を手に持って上から叩きつけた。加速したボールはサンドバッグがワープする前に直撃し、ノエルの作戦は失敗する。
「ちっ、二度は通じねえか」
一回戦で別の相手に披露していたとはいえ、その速さから次も通用する自信はあった。
だが一回戦は初動で飛んでなかったイクサの動きを読み外し、無駄なく防がれることになってしまった。
イクサはノエルの次の動きを警戒しながら、攻撃に移る。再び物質を背負って滑空し、踏んでスイッチを押すと蹴って再び滑空しサンドバッグを目指す。
ここまでの動きに対し、ノエルはポケットに手を突っ込んで何も妨害してこない。
まるで勝ちを譲るように、よそ見をして棒立ちしている。イクサは不審に思いながらもサンドバッグを蹴り飛ばし、ボールの回避に成功した。
抵抗しないのは、体力を奪われたり動きに慣れなれるのを防ぐため、と考えれば納得がいく。二回までは負けられるチャンスがあるのだから、それを活かす意味でも理屈は通っている。
「もしかして、住吉さんが負けたからやる気なくした?」
だがイクサは他の理由も考えた。それは勝負が始まる前に、トウイと決勝で戦う約束をしていたこと。競い合う相手が敗退して、モチベーションが下がったのではないかという見方だ。
「……そうだな」
ノエルはイクサの捉え方を理解し、利用しようと考えた。やる気がないと見せかけて相手のペースを乱し、その隙に勝つのだと企んで。
「じゃあ降参?」
「……それはしない」
だがイクサの質問によって、勝ちたい思いがあることを早々に見破られてしまった。




