567話 モラルは守れ
島の高校三年生、“ノーツ”序列上位八人。マスターズエイトによるトーナメント戦。
一回戦第一試合は6位の勝利に終わり、第二試合、7位と2位の勝負が始まる。
「なんで靴下を脱いでいるの?」
勝負開始前。これから出番の7位、清澄祈聖が靴と靴下を次々に脱いでいることに、試合待ちの外野がツッコミを疑問を投げる。
「滑るからな。駄目なんてルールはねえよなぁ?」
ここはスポーツ複合施設の体育館内。靴を履いていては滑ってしまうからだと答える。問題はないことを、審判に問いかけた。
「駄目ではないが、モラルは守れよ」
審判はルールを伝えてあるが、禁止と明言されていないことをやってもいいわけではない。
スポーツマンシップに則った、正々堂々戦うよう忠告をする。
「意外ね。動きやすさを気にするなんて」
「確かに。いつものノエルってこう……」
“ノーツ”と呼ばれる特殊な力。ここに集った八人は、その力の評価が学年トップクラス。
ゆえに“ノーツ”の使い方が勝負を左右する。
“ノーツ”が目覚めて一年以上の付き合いで、たとえ異性でも他校生でも、お互いの手の内は読めている。
だからこそ、ノエルが機動力を上げる準備を始めたことが不思議に見えるのだ。
「こんな感じだもんね」
「ふっ、似てる似てる」
両手をポケットに入れて膝を軽く曲げ、だらしのないポーズをとって普段のノエルを実演する。
再現度は高いが元々面白い姿ということで、笑い声が飛び出す。
「勝手に言っとけ」
バカにされているのが伝わってきたノエルは呆れ半分で放置し、脱いだ靴などを手に持った。そして“ノーツ”を使い、次元のゲートの入口に落とし、館内の壁際に作った出口から出した。
“ノーツ”を活かした効率的な片付け方だが、スタート地点に行く前に脱いでおけば良かったのではと周りには思われている。
「ちょっ、なんで服も!?」
「は?」
履き物に続き衣類まで脱ぎだし、肌が露になる。審判含めて九人中六人が女子であり、男が目の前で服を脱ぎ始めると悲鳴が次々と上がる。
「モラルは守れと言ったよな?」
審判は男なので動じないが、怒りの籠った声でノエルに忠告をしに前進しようとする。そんな彼を一人の選手が冷静に呼び止めた。
「いや、これは幻覚よ」
ノエルは服を脱ぐ動きをしていない。脱いだように見せられているだけだと伝えた。
「幻覚?」
「うん。皆の視覚が操られただけ」
真実を見抜いたのは神田玄。一度見た物は目を瞑っていても現在の動きが見えるという“ノーツ”を持っている。
ゆえに目で見えるノエルの動きと“ノーツ”で見ている彼の動きが違うことに気づけるのだ。
「……本当だ。よく見るとモザイクが」
「よく見ないで!」
全部脱いでいよいよ直視できない格好になっていたが、想像の限界か体の一部がぼかされている。真相を見抜く証拠を掴めたのは良いことだが、同じ女子として局部を凝視するのは止めてほしいとハルカはストップをかける。
「それに映像はごまかせない。視聴者は何のことかと思っているでしょうね」
「何にせよ、相手を反則負けにさせる気だったんだな。セイカ」
審判はノエルの相手、高尾星香を見据える。ハルカの言う幻覚を見せることができるのは、この場ではセイカくらいだ。
「バレたら仕方ないわね」
「運動が苦手なのは知ってるが、セコい真似をするな」
中学まではセイカと同級生だった審判は、事情を受け入れつつもイエローカードを出す。まだ対戦相手でないハルカにネタバレされたことを恨むも、気持ちを押し殺して勝負に向き合った。
セイカは幻覚を解除し、会場の皆は正しい視界を取り戻した。ノエルの冤罪は回避され、彼は彼女に怒りをぶつける。
「よくも俺を脱がしてくれたな!」
「ほんのウォーミングアップだよ」
ノエルとの勝負は相手の反則負けにする気はなかった、とセイカは答える。むしろ正々堂々勝つために、“ノーツ”の準備運動をしただけだと答えた。
「元はと言えばそっちが脱いだせいだし。そこから思いついたんだし?」
「開き直って……これは別に、妨害するために脱いだんじゃねえよ」
きっかけを作ったのは靴を脱いだノエルだと返され、彼はいっそう不満を募らせる。靴を脱いだのは相手の妨害をするつもりだと疑われたのではないかと察し、思い過ごしだと明かした。
「じゃあ何でよ」
「優勝するためだ」
セイカは靴を脱いだ理由を聞く気はなかったが、言い出してくれそうな話の流れをノエル自身から作ってくれたのを利用して尋ねる。
対して彼は動じることなく優勝宣言をした。
「勝ち上がる度に脱げとコメントが来たわ」
「そういうつもりじゃねえよ!」
目的はストレートに言わない。だが勝つための行動なのは確かだから格好をつけてみたノエルだったが、勝負を配信で見ている人たちからは冷やかされていた。
「始め!」
仕切り直して、ノエルとセイカの勝負が始まった。
合図と同時にセイカは台座付きスイッチに向かってダッシュする。スイッチを押すとボールが降って、一秒後サンドバッグにぶつかる。サンドバッグを動かして着弾を回避させる対決だ。
セイカはスイッチを押し、サンドバッグに向かって走り出した。その瞬間、彼女は床に吸い込まれるように消えた。
ノエルの“ノーツ”で作った次元の落とし穴。これでセイカを会場の遠くへ飛ばし、自分はスイッチを押してサンドバッグを蹴り飛ばす。相手は失敗、自分は成功、これで一点。序列下位は一点取れば勝ちなので、これでノエルの勝ちは確実。彼は悠々とスイッチに向かって歩き出した。
「……ん?」
スイッチを押したノエルは触感がないことに気づく。これはセイカに視界を操られて見ている幻覚、本当のスイッチは見えない場所にある。
手がかりが見えないまま闇雲に探すも、一分経って時間オーバーとなってしまった。
「一セット目はドローか」
「残念だがセイカが一点だ」
落とし穴に嵌ったのもノエルが見ていた幻覚。本当のセイカは別のコースを走っており、見当違いの妨害を他所目に先取点を取っていた。
「疲れた。あと二点も取るの?」
「ああ。そういうルールだ」
セイカは体力がなく、走ったり重い物を押したりして疲れていた。これを後二セットやらないと勝てないことに不満を訴えるも、意見は通らない。
上位は三点に対し下位は一点で勝ちというハンデは、勝敗を読めなくする措置。だが何回やっても逆転しない、圧倒的な差があるとセイカは自負している。
だがルールはルール。潔く受け入れると作戦を切り替え、体力が回復するまで一切動かないことにした。
それからずっとノエルは幻覚に惑わされ、見えないスイッチを正しく見えていない床を歩き回って探す。一分経つごとにスタートへ戻されてしまうので、効率が上がらない。
片方が成功させもう片方が失敗しない限り、決着はつかない。セイカは時間をかけてでも確実に勝つ方法を取った。
傍から見れば一人は動かずもう一人は的外れの方向へ走ってはスタートに戻るを繰り返す塩試合だが。
「そろそろ取るか」
息が整ったセイカは二点目を取りに動く。だが最初は自分ではなく相手のスイッチに向かった。
そして押さずに台座ごと動かず。ノエルにはバレないよう、聴覚も操作して引き摺る音を聞こえなくさせた。
彼が何度も探していた、もう無いと諦めた場所まで移動すると、今度は自分のスイッチを押してサンドバッグを押し込み、ボールから避けてリーチをかけた。
後一点取られる前に点を入れないと負け。ピンチを実感するノエルだが、見えないスイッチを掴めない以上、どうすることもできない。
だが探す足を止めてしまっては僅かな可能性すら生まれない。ノエルは歩くと、足元に違和感があった。
フローリングに傷がある。足裏で傷の形を確認し、セイカが台座を動かした跡だと一点読みに懸け、向きを変えて走り出した。
スイッチを押されたことに気づいたセイカは危機を感じ、サンドバッグには届かせまいと無数のダミーの幻覚を見せた。
だったら全域を探ればいい。ノエルはコート全体に次元のゲートの入口を、そこから上に二メートル、横に一メートルずらした位置に出口を作った。
結果、ボールが当たる前にサンドバッグは一度床に消え、落ちた場所から離れた位置に帰ってきた。
「そこまで。1対2でノエルの勝ち!」
下位が一点を取ったので、この勝負は決着。第一試合に引き続き、僅差で下位が勝ち上がって一回戦前半が終了した。
「ハンデ甘かったんじゃない?」
「後半戦に期待しよう」
「でも次は……」
ルールを決めた審判に、序列下位を有利にし過ぎているのではと不満がぶつけられる。だが上位も後一歩で勝利していたわけで、見直すにしても残り二試合を見届けてからでも遅くないと考え、続行を宣言した。
「そうか、五位対四位」
「ハンデの差がもろに出るね」
次の勝負は5位の大門輪廻と4位の幕張加織。順位の差が最も小さく、ハンデの差が最も大きく出るマッチングだ。
「やっぱり順位の差でハンデを変えて……」
審判に調整を提案するも、彼はパソコンと睨めっこしている。
「機材トラブル?」
「いーや、ボリューム下げてる。それと、ハンデは変えない」
次の勝負の流れを想像した結果、音量を抑え目にした方がいい。それだけのことであり、人の話も聞こえている。
前の勝負と打って変わり、静かにスタンバイするリンネとカオル。何のトラブルもなければ、それくらい普通の光景、つまり前が異常だっただけと言った方が正しい。
先に仕掛けたのはリンネ。瞬時に自転車に乗ったり解除したりする“ノーツ”を使い、足で走るより速く、漕いで走ってスイッチを目指す。
だがペダルを漕ぐと同時に、豪快な不協和音が響く。異音というレベルではない。これはカオルの仕業。
その音は外野が強く耳を塞いでも悶える勢いで響き渡る。
「うるっさい……」
リンネは堪らず自転車を解除し、残りは足で走るようプランを変更した。少し漕いだ分、相手より距離を詰めたアドバンテージがある。
速攻で決めることに変わりはないと強気に出た。
だがスイッチを押すとまた変な音が出た。間近で聞かされたリンネは思わずダウンし、倒れた隙にカオルが先制点を決めた。
「ここまでか。降参します」
「いいのか?」
リンネは一回目のチャンスを逃した段階で勝負を諦め、審判に辞退を伝えた。
「自転車は、耳を塞いで乗れないもの」
事故に遭わないために、外の音を拾える状態で運転するのは当然のマナー。耳当ては耳を守るためであり音を遮る効果はない。音を使うカオルに勝つということは、サイクリストとしてのマナーを捨てているとも思えてしまう。
だから最初で最後のチャンスを逃した時点で、引き下がる覚悟がついたのだ。
「上位の勝ち、読めてたの?」
「まあな。だからあのハンデに調整したわけだし」
音量を下げていなければ、鼓膜を痛める視聴者がもっと大勢出ていた。勝負の流れを読んでいたような立ち回りを見せる審判に、ハンデを見直さなくていいと言っていたのはそういうことだったのかと理解度が深まる。
「じゃあ優勝者も読めているんだ」
「……ああ」
「何その間は。もしかして外したんじゃ」
誰が優勝するかは予想を立てていたが、結果は違った。それを悟られないようごまかしたのだ。
「まだ勝負前なのに外したも何もねえだろ」
話が聞こえた住吉透依は、現時点で予想に対する結果は出ているはずがないと胸を張って言う。
「優勝するのは、この俺だ」
そう宣言してコートへ歩き出す。いよいよ一回戦最後の勝負が始まる。8位と1位、最弱と最強の激突だ。




