565話 黙っていてもらわないと
田町夢魔は茗荷谷翼と、彼女の部屋で立ったまま向かい合う。相手の狙いはどこにあり、どうすれば回避できるか。緊迫した空気を漂わせている。
ユウマはツバサが、この部屋に貼られた無数の人物画を他人に広められるのを阻止する気だと考えている。
写真を撮って知り合いに送ったが、それだけでは伝わらない。少なくとも誰の家で撮ったかは言わないと、自分の部屋を撮影して送ってきたかと思われてしまう。
補足のメッセージを送るには、ツバサから逃げなくてはならない。いかにして彼女のテリトリーから脱出し、記憶が新しいうちに伝えることができるか、それがユウマの考えていることだ。
その人物画は旧友、三門玲司の兄。ツバサが大量に描いた理由はその人物になり変わり、生きているのを演じるためだと、ユウマに疑われた。真相がどうであれ、噂を広められたら迷惑だ。
知られたままにさせない。それがツバサの狙い。だからこのまま帰すわけにいかず、出口を塞いで立っている。
「俺に不利な密室を作ったんだ。多少の荒業は許してくれ」
ユウマはそう予告するとツバサの返事を待たずして行動に出た。直後、二人の位置が入れ替わった。
ユウマは急いで扉を開けて廊下を走る。駅で披露した瞬間移動にも言えることだが、テレポートに見せかけて実は単なる高速移動。
彼の特殊能力“ノーツ”は、パワーをテクニックに変えるというもの。例えば野球のナックルボールは大きく振りかぶらずに回転を殺して投げるものだが、ユウマの場合は全力投球したうえで別方向から力を加え、相殺させて体現する。
技術があれば負担が少ないアクションを、力で補う代わりに負担を大きくして成功させる。
さっきの入れ替わりも、高速移動してツバサの懐に入り込み、抱えて自分が居た場所まで運び置いて自分だけ彼女が立っていた位置へ走るという、強引な仕掛け。魔法に見せかけたマジックなのだ。
そして体力を消耗したユウマは、追いつかれる前に家を出るべく玄関を目指す。だがツバサも黙っていない。彼が下る階段をスケッチし、上りのエスカレーターに変えた。
駆動ローラの回転速度はデパートにあるものより数段速い。デザインも性能も、ツバサのイメージ通りのものとなる。疲弊したユウマでは突破できず、諦めて足を止めて段々と引き戻される。
この勝負は逃げられなかったユウマの負けだ。
「体力回復するまで、休んでいくといいよ」
「どうも……」
息を切らすユウマをベッドに腰掛けさせる。そしてツバサは、これから記憶を制限することを伝えた。
「この部屋のこと、内緒にしてもらうよ」
「言ったはずだ。写真を撮って送ってある」
どこで撮影したかを言えないまま口封じをされたとしても、それはツバサには分からない。場所も含めて伝えてある、とハッタリをかけ、手遅れだと信じさせるのを試みた。
だがツバサもユウマが知らないことを知っている。写真には絵だけ写っていないから、ただの壁としか思われない。そのことをわざわざ話す意味はないから、勘違いさせて放置している。
「それは困るね。だから、黙っていてもらわないと」
余裕がないかのように振る舞ったうえで、これからユウマに、ここで見たこと聞いたことを口外させない処置を下すと宣言する。
彼は最後の足掻きに動いた。
「何をしても無駄だ。俺がここに来たことは、レイジに知られている。それこそ、俺を追ってこの近くに潜んでいても不思議じゃない」
ユウマを抑えれば秘密は守られる。その考えが間違いだと、レイジを挙げて言い放った。
レイジは駅まで一緒にいた。そして心が読める“ノーツ”を持つ彼は、二人の心を読んで遠くからやりとりを把握できる。駅からの道では見かけなかったが、隣駅から来るなりして、家の近辺に待機している可能性もある。
何にせよ、レイジに知られている時点で口封じは成立しない。だから無駄だと告げてみた。
「……なのにおかしいんだ」
レイジの存在が、ある意味でユウマを混乱させている。彼の前で秘密を貫くことはできない。そして部屋の存在も知っているとツバサは言っていた。
「だったらどうしてアイツは真実を知らない! 絵の意味も、兄の行方も!」
ユウマはツバサの“ノーツ”から想像して、彼女がレイジの兄の死を隠すために自身の容姿を彼そっくりに描き換えているのではないかと考えた。それが真実なら知ったレイジは黙っていないだろうし、バレているのに演じる意味はない。
すると考えられることは一つ。レイジは真実を知らないということだ。
「見抜けないように、心を読まれないようにしたんだろ? でもお前にそんな力はない」
ユウマは自分の質問に、半分答えを出せている。レイジをもってしても事実を掴めない、厳重な蓋をする力があればいいだけの話だ。
だがツバサにそういう芸当はできない。それが最大の疑問だ。
「お前に協力している人がいるはずだ! そいつは誰だ!」
「……そこまで」
ツバサではない誰かが彼女に加担している。それは恐らく、この島に来てから知り合った人ではなく、故郷に居た頃からの知り合いの誰か。
だが故郷では、”ノーツ“を持つ人はごく少数。ユウマに心当たりがある人は皆、レイジから秘密を守れるような使い方があるように思えない。
ツバサは誰と結託してレイジを騙し続けているのか。それを突き止めないと、得体の知れない恐怖が残る。だから必死に訴えかける。部屋の中身をあっさり明かしてきたときのように、すんなり教えてくれると期待して。
「それは言えない」
だがツバサは話さなかった。話せないわけではない。なぜ言わないのか、それはユウマに明かした。
「秘密を知る人が増えるほど、レイジの知らないことが増える」
「なんでレイジは知らない。そうすることができるのは誰だ」
関係者の正体も、レイジに知られてはならない秘密の一つ。だからツバサはユウマにも話さない。
「部屋を見せたのは、元々アイツも知っているからか」
「そうだね」
「でも俺に見せない方が良かっただろ? それで疑われたわけだし」
中途半端に秘密を貫くのなら、最初から絵を見せなければよかったのでないかとユウマは疑問を投げる。普通の部屋と偽れば、兄の正体はツバサだなんて仮説を捨てられた。
見せられたせいで一層疑惑が高まった。ツバサにメリットがないやり方に思えたが、それには意図があったことを彼女が明かす。
「私ばかり抱えておくのもつらいことだから、発散させてもらった」
「発散?」
部屋の存在も理由も、隠しておくことへツバサにとってつらいこと。彼女はユウマが疑ってきたのをチャンスと思い、秘密をオープンした。本当はもっと話す気でいたが、それは彼をこちら側、すなわちレイジが干渉できない存在へ引き込むことになり、いずれ信頼関係の崩壊を引き起こす。
だからストップをかけた結果、色々と中途半端になった。最初からこの結果を想定していたのではない。
「それと、レイジは来てないよ」
ツバサはユウマが言っていた一つを否定した。彼はレイジが手助けに来ると期待していたように思えるが、来ているどころか心の声を聞くアンテナさえ立てていなかったことを彼女は分かっている。
「だからこそ、あれこれ言えたわけだし」
「……俺に教えるために、アイツは離れていたってことか」
ユウマがここまで情報を得られたのは、レイジが聞き耳を立てていなかったから。彼に聞かれていると言えないような秘密を聞けた時点で、彼に知られていないと読んでおくべきだったと反省した。
部屋の強行突破もレイジの助太刀ありきで決行したわけで、そこからもう間違えていたのだと実感し、天井を仰いだ。
「負けたのは俺だ。好きにするといい」
「……えっと、もう済んでいるから」
ショックによる記憶消去なり、口を破らない催眠術なり、負けた立場として潔く罰を受けようとしたユウマだったが、ツバサの返事は、すでに終わっているというものだった。
何の実感もないユウマは本当かと疑うも、ツバサ本人が言っているのならそれでいいと受け入れ、息が整ったところでお暇することとした。
「悪いな、突然お邪魔して」
「気にしないで。じゃあ、気をつけて」
「おう。もう大丈夫だ」
普段のペースで歩く分には支障がないほどにユウマの体力は回復している。ツバサに見送られ、そしてスマホを確認する。
『ユウマの部屋? どうしたの急に』
アスミから返信が来ていた。彼女は画像に対して期待したリアクションをしてくれなかった。そしてツバサの部屋だと気づいてもいない。
それもそのはず、ポスターや掛け時計など何もない、ごく普通の壁しか、その画像には写っていない。誰の物か特徴がないため、送り主の家と考えるのは自然な考えだ。
スマホに保存されている画像にもレイジの兄の絵は残っていないのを見て、ユウマはツバサの言動を理解した。人に送ったと告げても慌てなかったのは、こういう意味だったのだと納得しつつも、ならば文章で伝えればいいだけと割り切り、メッセージを打ち込んでいく。
だが妙なことに、自分の指がうまく動かせない。
ツバサの部屋で、レイジの兄の絵が貼ってあった。入力したい言葉は、独り言に出せている。けれどもメッセージにできない。単に文字を打つだけならできるので、スマホの不具合ではないことは分かった。
文字が駄目なら声で伝えればいい。正しく呟けたことでそれならできると確信したユウマは早速電話をかけた。すぐにアスミと繋がったが、またしても奇妙にことが起こる。
『さっきの写真は俺のじゃなくて……』
『ごめん、聞こえなかった』
いざ電話で伝えようとすると、声が出せない。出そうとすると胸が苦しくなってしまう。
そうと知らないアスミは電波の問題かと疑いもう一度言ってもらおうとするが、待っても声が返ってこない。
『大丈夫!? なんか苦しそうだけど』
『いや、大丈夫。あーあー、何でもない』
メッセージ同様、他の言葉なら問題なく発することができるのを確認したユウマは、体は平気だと答えた。
『本当はその写真、違う物を撮りたかったんだけど……なんか失敗したみたい』
『へー』
『でもそれは言えないみたいだ』
絵について直接言及できないだけで、結びつかないことなら話せることに気づいた。ひとまず写真を送った理由には納得してもらえたので一安心だった。
『なんで私に?』
『……関係あると思ったから』
ツバサの名前は出せない。だから誰と関係あるかは言えなかった。アスミは心当たりがなく唸っているが、ユウマとしてはもう済んでいることだった。
『だけど気にすんな。大したことじゃないから』
『嘘だぁ、絶対意味があるっしょ』
『でもすまん、俺が言えるのはこれだけだ』
アスミの勘は的中しているが、話せないのではどうしようもない。
まるで鍵をかけられた箱を手で開けようとしているようだ。そこにあるのに、見せることができない。きっとこれがツバサが抱えている感覚だったのだろうとユウマは実感する。
『いつか分かるかも』
『そっ、そう……じゃあ一応とっておこうかな』
何かの拍子にアスミも真実に近づくだろう。理由はないが、自分と同じ道を辿るような予感がしたユウマは、いつか意味に気づくと告げて話を畳みにいく。
『あっ、でも最後に一つお願い。その写真は人に見せないで』
『ん? なんで…… って、言えないよね、その感じだと』
写真に写らない物と聞いて、身近に相談できる相手がいたアスミは今度会うときに聞いてみようと思っていた。だがユウマに忠告され、言うことを聞いて取り下げることにした。
本当は理由も聞きたいが、それを話せるのなら最初から目的なり正体なり打ち明けられていただろうと認め、深追いせずに聞き入れた。
そして通話を終え、一度ツバサの家の方面を振り返り、また前を向いて歩き出す。ユウマの調査は、ツバサの協力者を掴めず終いで幕を閉じた。




