564話 驚かせるつもりはなかった
「あれ、降りるの?」
電車に乗った帰り道、川口青空澄は自分以外の三人の旧友が一緒に降りるのを見て、疑問を投げた。
二人は分かる。けれども残りの一人、田町夢魔の乗り換え駅は、ここではなかったはず。その直感は正しかった。
「ああ。ちょっと寄り道」
直帰するのならまだ乗っている。だがユウマには他の目的地があり、そのためにここで降りる必要があるのだ。
「そう、じゃあね」
「またな」
理由を話している時間はなく、アスミは二人につられて間違えてないかが気になって声をかけたに過ぎない。それ以上深掘りはなく、別れを告げて扉が閉まった。
「どこに行くの?」
「レイジに聞いてくれ」
ユウマが寄り道をすることは、全員初めて聞いた。茗荷谷翼は自分の家と同じ方面だと知って、興味本位で行き先を尋ねた。
「あっ、うん…… やっぱり、何でもない」
だがユウマは三門玲司に丸投げした。レイジは人の心が読めるから、行き先も目的もバレている。それをツバサに知られたくないことさえも分かっているレイジに、どう凌ぐかを押しつけたのだ。
だがツバサは質問を躊躇った。さっきの集まりでの発言で、レイジの気を悪くさせてしまった予感がして、話しづらくなっていたからだ。
「降りるんじゃないのか?」
ツバサはどうにかして誤解を解きたい。レイジに読まれることがない本心を少しでも伝えておきたい。そう願っているうちに時間だけが過ぎていき、ユウマの呼びかけで最寄り駅に着いていたことを自覚した。
「……そうだった」
遠回りをすれば、もう少しレイジと居られる。けれども数分延長したところで何も変わらないと悲観し、ここで降りた。
「じゃあなレイジ」
そしてツバサが降りたのを見計らってユウマも降りた。寄り道の理由を隠してくれてありがとうと内心感謝していたが、レイジからすれば何もしてないだけであり、複雑な感情で見送った。
改札へ向かって歩くと、右から電車が追い抜いていく。黙って降りてしまったことを後悔するツバサは、もしかしたらレイジが追ってきてくれるかもしれないと期待して振り向いた。
だが彼に限らず知り合いの姿はなく、再び前を向いた先に、ユウマが立っていた。
「ひゃっ!」
「あっ、危ない!」
驚くあまり後退りするツバサがホームから落ちそうになり、ユウマは急いで腕を掴んで引き戻す。勢いで彼の胸にもたれかかった。
「そこまで驚かせるつもりはなかったんだ」
ツバサが振り向いたせいで焦って隠れることになったユウマは、お返しに目の前に現れてやろうと考えた。ただ刺激を与え過ぎないように、声を出したり動きをつけたりする真似はしなかった。
と、悪気はなかったと言い訳に出る。改札口は一か所。逃げ道はないから話は外でもできつ。ユウマは先にホームの外へ出て、ツバサを待った。
「寄り道って、うちの近くだったんだ」
「お前に話がある。だから来た」
行き先が近いのは偶然ではない。ユウマはツバサと二人で話せる時間を作るために彼女の地元までついてきたと明かす。
「……何かな?」
「いや、さっきの集まりで気になったことがあってさ」
ユウマはツバサたちとともに、レイジと昔からの付き合いがある人として集められた。彼が自分で自分を苦しめる計画を立てている、そうなった背景を知るために当時の彼を知る人として、情報の提供を求められた。
その集まりの中で、ツバサが口走った腑に落ちない言葉。そこから思い出した記憶と導き出した推測。彼女を追ってきたのは、真相を確かめるため。
「……何のことかな」
「とぼけやがって。レイジのいじめに加担しなかったときの話だ」
自分で自分を無限ループの世界に閉じ込めて精神的苦痛を増幅させる。そんな計画を立てたレイジが、過去にどんな目に遭ったことで悍ましい自我を宿したのか。
悪夢の瞳という力を持ったレイジは、故郷で恨まれる存在になった。その彼を苦しめる言動に加担していたのでは、とユウマたちは疑惑を向けられた。
「あのとき、レイジの兄に嫌われるから手を出さなかったって言ってたな」
皆自白するなかで、ツバサだけは否定した。レイジの兄に嫌われたくないから、混ざらなかったと。聞き流したのか、誰からも疑問の声は無かった。だが確かに疑問を持つユウマは、二人きりなら話せると読んだのだ。
「お前はレイジの兄を好きだったのか?」
ユウマの最初の疑問は、ツバサがレイジの兄に好意を抱いていた、あるいは尊敬していたようには見えなかったことだ。
歩きながら二人は会話を続ける。駅から離れるのでユウマは帰りがどんどん遅くなってしまうが、気にせずツバサの帰路に付き添っていく。
「そうなんだ、実は」
「ふーん。その割りには、一緒にいるのを見たことないけど」
レイジは兄と二歳差。大学まで内部進学できるので、近い距離にいたはずだ。だがユウマはツバサと兄が会っていた場面を思い出せない。それは存在しない記憶である可能性と睨んでいた。
「ユウマこそ、お兄さんとよく会っていたってわけじゃないでしょ」
「まあそうだが」
見えない所で会っていたことを知らないだけではないか、そう思わせるような言い回しでツバサは答える。その可能性も無くはないと、ユウマはあっさり引き下がる。
ここまでは前座だから、深く追求しないつもりでいたがゆえの潔さだ。
「それは正直どうでもいい。とにかく俺は、そんな関係だったっけって思ったときに別のことが引っかかったわけよ」
ツバサと兄、二人の過去を思い出そうとしているうちに、二人の接点が、おかしなくらいに思い当たらないことに気づいた。
「逆に、お前とレイジのお兄さんが揃っているのを……見なくなったんだよね」
まったく見たことがないのではない。ユウマがレイジの故郷へ引っ越してきた中学年の頃は、兄とツバサ、二人を一緒に見たことがある。
いつから見なくなったのか、それを思い出してみると、とある出来事と同じ時期だと気づいた。ユウマは予想があっているか、反応を窺うように問いかける。
「あの墜落事故の後から」
ツバサの動揺が顔に出た一瞬を、ユウマは見逃さなかった。レイジが自作飛行機の試運転中に墜落したという騒ぎは、学校でも話題になった。
機体は全焼。しかし乗っていたレイジに怪我はなく、兄は意識不明の重体。最悪の奇跡だと言われていた。だからユウマもはっきりと時期を覚えている。
「レイジが無傷だってのも気になるけど、まあそこはいいや」
事故の翌日、レイジが何を言っていたかは覚えていない。無事で済んだからくりはユウマには分からないが今は無視して焦点を兄に絞る。
「そしてツバサ、お前の“ノーツ”はスケッチして実物を絵の通りに変えるもの」
「そうだけど、それが何なの?」
さらにユウマはツバサの持つ力を知っている。彼に限らず、“ノーツ”の詳細は公開されているので誰にでも分かることではある。
「君が、レイジの兄を演じているんだな」
ユウマはズバリ告げた。事故の日以降のレイジの兄は本人ではなく、ツバサの“ノーツ”で描かれた、元が別人の誰か。
そして事件以降、二人が揃っていた瞬間を見たことがないことから、その別人はツバサ本人と予測した。
ゆえに事件後の兄はツバサが自画像を描くノリで兄の容姿を真似て描き、そっくりに変身した。それがトリックだと考える。
「そして、本物は今も病院に…… あるいはもう」
ツバサがレイジの兄を演じるとして、なぜその必要があるのか。それは本人が表に出られない状態になってしまったのではないかと考えられた。相当な重症か、最悪の場合は他界しているか。
何にせよ、レイジに知られるとショックを受けるようなことになっていると想像がつく。
「証拠は」
「見せてもらいたいんだ、お前の家を。レイジの兄について、集めた資料があるはずだ」
ユウマはほとんど憶測で語っていることを理解している。理論的に可能だから言えるだけで、考え過ぎなだけかもしれない。
だが違うなら違うで確信が欲しい。だからユウマはツバサの家を見せてもらう気でいる。決定付ける証拠がないか、確かめるために。
「……いいよ。上がって」
ツバサの部屋にはレイジの兄を様々な角度から描いた絵が大量に貼られている。それを見られたら確実に疑われる。
そう読めて返答に少し悩んだが、ユウマに明かすと決意した。
「なんだ、これは……」
想像以上の光景に、ユウマは言葉を失う。一人の絵を壁いっぱいに何枚も飾ってある空間は、もはや狂気的だ。
見てはいけない物を見てしまった気がしたユウマは、本能的に今すぐ出ないといけないと感じ取る。だがツバサが扉の前に立って塞ぐ。
「さっき魔法使って、疲れたでしょ。お話しながら休もうよ」
ユウマの“ノーツ”は体力を消費して魔法を使うというもの。駅でツバサの背後から正面に瞬間移動したのも、魔法によるものだ。
ここから逃げるためにまた魔法を使えばさらに体力が減る。捕まってしまえば最後。
「ジュース持ってくるから待ってて。タンスは漁らないでね」
下着を見られるのは嫌だとツバサは釘を刺す。もちろんユウマにその気はなかったが、この部屋を見て何かに触る行為に抵抗を覚えており、仮に自由にしていいと言われても戻ってくるまでじっとしていただろう。
「怖いけど、写真撮っておくか」
ユウマはスマホを取り出して、証拠に残した。そして、無事に帰れる保証はない。だから誰かに送信しておこう。そう思い、アスミに送った。勝手に巻き込んでしまってごめんと内心謝りつつ、スマホをしまってツバサを待つ。
スマホに保存された画像に絵が映っていないことには気づかずに。
「お待たせ」
「どうも。この部屋、知ってる奴いるのか?」
ユウマは差し出されたドリンクを飲みつつ、部屋の絵の存在を知る人がいるか尋ねる。
「レイジと一ノ宮さん、二人でうちに来た」
その質問にツバサは二人いると答える。ユウマと同様、この部屋を訪れた際に見せたと明かす。
「そうか……何か言ってたか?」
「事故の日以降のお兄さんは、私が描いた幻だって思ってるよ」
レイジたちの考えはユウマと若干違った。兄を演じるのがツバサかそうでないかの差がある。
「その正体が私だと疑ったのは、ユウマが初めてだよ」
「そうか」
そして現状唯一、ユウマが兄の正体をツバサだと疑いを向けていると彼女は語る。説が間違っているならわざわざそんなこと言わないだろう、そうユウマは思いつつ、ツバサの真意を探りに動く。
「それで、どうして俺に見せてくれたんだ?」
「結局忘れるからだよ」
こんな不気味な部屋を見せて、実態がバレずに済むとしてもおかしな噂を立てられても文句は言えない。なぜ隠さなかったのか、その問いの答えは、忘れてしまえば関係ないという極論に基づくものだった。
「ドリンクに何か仕込んだのか!?」
「違うよ」
真っ先に疑わしいのはツバサが持ってきた飲み物。睡眠薬でも仕込んでいるのか不安になる。飲んだ後なので手遅れだが、何も仕掛けていないとツバサは否定する。
「じゃあどういう意味だ。忘れるって」
「……そのうち分かるわ」
意図的に記憶を奪うことはしない。だが人は価値がある情報を記憶するもの。自分に関係なく特定の人に伝えるべき事情で、それを伝えることができないと分かれば、覚えておく意味はないと判断されて徐々に記憶が消えていく。
時間が経てば、ユウマはここで見たこと考えたことを忘れる。それがツバサの言葉の意味だ。
「この部屋、写真を撮った。人に送ったから、すぐにバレる」
「それは困るね」
ユウマは仮に自分の記憶を消されても、すでに情報は連携済みだと言い放つ。後は広まるだけ、隠し通すことはできない。
観念するようツバサを誘導するが、彼の狙い通りになっていないことが分かっているので動じない。
「女の子の部屋を盗撮してネットに上げるなんて、お仕置きしないとね」
とはいえ余裕を見せていたら怪しまれる。ツバサはユウマに、このまま逃げられると困る、と思われるように振る舞う。




