563話 他にないか?
赤羽十四哉は例の事件の背景を聞いて、小学生の頃の三門玲司は未来の自分を殺す気だということを知った。
レイジがなぜ自分で自分を苦しめようとするのか、経緯を突き止めるために、当時の彼を知っている、すなわち彼と同じ出身の同学年を呼び、話を聞いている。
「お前たちのいじめは、聞いた感じ影響は無いと思える。レイジは昔から自分を傷つける人だったのか?」
トシヤは質問を切り替えた。レイジの身に何があったのか、ではなく、元から自傷行為に走る性格だったのか。そう見えたのか尋ねてみた。
「狙われるのは自分のせいだって言ってたことはあったのか?」
「いや、そんなこと言ってたのは見たことない」
レイジとは小学校からの付き合いのある一人、田町夢魔が答えて他の二人と見合わせる。二人とも頷き、全員同じ意見だった。
「嫌われるのはその目のせい。でも潰そうとかくり抜こうとか言い出したことは聞いたことない」
「私も。……言ってないだけかもしれないけれど」
レイジが故郷で仕打ちを受けるようになったのは、右目に“悪夢の瞳”を宿してしまった影響。その目の力がなければ暴力を振るわれることも避けられることもない、普通の子どもとして暮らせていた。
その運命を恨んで自分で目の力を消そうとしたことが、例の事件の動機に繋がった。そう考えられたが、レイジはそんなことを思う人ではなかったと証言が挙がって説が否定される。
だが表に出さないだけで内心では、ということも考えられる。そうなるとレイジ本人に聞くことでしか確かめられないが、不安を抱かせるような情報は伏せておくスタンスをとる彼のことだ。信用ならない。
「……やっぱり過去を追っても駄目か。だがレイジが自分で自分を繰り返す日に閉じ込めようとしているのは事実だ」
「どういうこと? それ」
自分で自分を苦しめる、それがどういう意味かをトシヤはレイジ以外の三人にも明かした。
聞き慣れない言葉に、疑問と不安の声が挙がる。
「まず、一日がループすることは知っているか?」
「一ノ宮が持つ“ノーツ”のことだな」
ユウマだけは、すでに事情を知っている。だからトシヤの発言に補足を入れて、二人への説明をアシストする。
「一ノ宮が殺されるともう一度その日が訪れる。やり直して生きると次の日に進むが、ループしていたことを俺たちは覚えていない」
「でもレイジは覚えてる。その特権を悪用したことがあるんですってね」
一ノ宮耀の特殊な力、一度起こった事象を繰り返す力の存在は知っていても、それで一日単位でやり直せるという実感は湧かない。
ループの記憶が残らない人にとっては、順調に経過しているようにしか感じられないためだ。
だがレイジにはループの記憶がある。だから好きなように運命を変えられる。その特権を利用してわざとヒカリを殺し、望む運命に変えたことがある。それは彼女の告発により、島中に広まった。
「今回の件も、何回かやり直してハッピーエンドに行けるんじゃない?」
「いや、むしろ逆だ」
事件で犠牲が出ても、レイジの判断で一日をリセットし、失敗をやり直して犠牲をなかったことにする。何度でもリトライできるのなら彼に任せておけばいい。そんな意見が出てくるが、その特権がレイジを苦しめる計画の根底にあることをトシヤは語る。
「何度やり直しても変えられない、そんな一日を延々と繰り返したら、どうなる?」
「どうなるって……」
二人はイメージしてみた。成功するまでやり直すことを前向きに考えられなくなったときの心境を。そして答えが出た。
「気が狂いそう」
「うん。リタイアできないうえに、満足に相談もできないだろうし……」
現実ではイメージが湧かない。だがゲームに例えると、手に負えない難易度に挑んでクリアするまで出られない部屋に閉じ込められるようなものであり、やる気になれる自信より折れる不安を抱いてしまう。
レイジの置かれている状況を理解すると、素直に応援すればいいというポジティブな気持ちにはなれなくなった。
「ループを抜けられない限り、俺たちに未来はない。自覚がないまま、無限に同じ日を過ごすことになる」
どれだけ繰り返しても、寿命は縮まらない。時間の進みを感じられず、明日が来ないことを知らないまま。そんな日が訪れてしまう。
「ん? まさか……」
言い聞かせて事態を見つめ直すトシヤは、今まで引っかかっていた話と繋がることに気がついた。
「誰だっけ、お前の学校の」
「津田山」
だがトシヤはその名前を思い出せず、レイジに代わりに言ってもらった。津田山響。レイジの同級生で、未来が分かる少女だ。
「そう、その人。事件の日以降の自分を呼び出せない、それはつまり」
「死ぬってことに限らず、ループのせいで未来がない」
ヒビキの“ノーツ”は過去と未来の自分の分身を呼び出せるというもの。彼女のおかげで事件を予知できた。
七月中旬、文化祭の翌日から先の未来の自分が出てこない。それはその日までに命を落としてしまうことを暗に示している。
そう推測していたが、ヒビキの生死にかかわらず一日のループに閉じ込められたせいで、先の日そのものが無くなっている。それが未来の自分が出てこない原因とも考えられることに気づいたのだ。
「とにかく、そういうわけで敵のターゲットはレイジじゃなくて一ノ宮の方だ」
「皆は知らないが、今の対策班は俺の護衛を軸に計画を立てている」
謎が解けたところで事態は変わらない。トシヤは話を戻して、計画に変更が生じることになったことをレイジとともに告げた。
変更前の状況は、ユウマたちは知らない。彼らはレイジの故郷へ行ったことがある、イコール敵に“ノーツ”を知られているのを理由に対策班から除籍されてしまっているために。
「じゃあ二人一緒にいればいいんじゃない?」
「それか二人の位置を入れ替えるとかな」
標的がレイジではなくヒカリ。その事実が計画に及ぼす影響を考え、川口青空澄はアイディアを出した。ユウマは賛同しつつ、他の考え方を挙げる。
「他にないか?」
「何よ、不満なの?」
「いや、そういうわけでは……」
それは合理的かつ最低限の変更で済ませられ影響は少ない。レイジも当初はアスミと同じ意見だったが、もっと良い案を出したい。
これでは計画に復帰できる十分な理由がない。協力したいと願うメンバーのためにも、レイジは相談して、さらに妥当な計画を提案したいのだ。
「珍しいわね。いつもなら最低限の対応で済ませようとするのに」
「それだと俺たちが加担できない。増員するメリットがないから」
「いるんだよ、計画に協力したい連中が」
アスミたちが知らないところで、計画への復帰を望む声が上がっている。それがダメだしの理由だと、レイジとユウマで伝える。
知ったこっちゃないと言いたげなアスミだったが、黙って二人の話を受け入れて引き下がった。
「それにしても、よく考えたわね」
アスミはレイジの計画に感心した。皮肉な言い方で、呆れてもいた。
「どんなに追い詰めても死なないから、閉じ込めてしまおうなんて」
「死なないわけじゃない。実際死んだことあるし」
不死身の力を持つモンスターの攻略法として、幽閉するのは理に適っている。それを自分で自分を陥れるために実践しているので理解し難いものと化しているが、そもそも前提が違うとレイジは首を横に振る。
「お前らの殺意に倒してこの目が反応するから生還できている。それが尽きればジ・エンドさ」
レイジはトシヤを見据えて、人差し指で自分の首を切る真似をする。まずいことをしたか怒らせるようなことを言ったか、けれども心当たりがない彼は無言で視線を逸らす。殺した覚えがない、正しくはその歴史が消滅しているので、当然の反応だ。
「でも、使い切ったら赤い光が降ってくるんじゃ……」
「ああ、そんなこともあったな」
茗荷谷翼はレイジの主張に引っかかる点があり、彼もそれを受け入れた。悪夢の瞳の力を使い果たすと、空から光の筋が降って目に飛び込んでくる。
そのせいでレイジは気絶し、拉致される目に遭わされた。
「今回の事件も、それが目的なんじゃない?」
「何周もしていたら、底を尽きる……一周ごとにリセットされるなら、その心配はないかも」
光の存在とループの現象を絡めて考察が始まる。何が正しいかは誰にも分からない。ゆえに多様な視点から、レイジ一人で辿り着けない結論が飛び出す。それは今回集まった目的の一つだ。
「いや、もし仮に限界が来たとして」
ループの度に残量がリセットされないか、もしくは何巡もするうちに精神的疲労が蓄積して消耗が激しくなるか。とにかく何らかの理由でレイジの瞳の力が無くなる、補充が必要な状態になることが、事件の狙いにある。トシヤはそう予想してみた。
「その光が降ってくる。それを阻止することが、本当の狙いって考えられないか?」
「補充を止めて……するとレイジは力を失ったまま」
アスミたちも意図を理解し、レイジに視線を向ける。正解ならそうと認めろと目で訴えている。
レイジは頷いた。そんな深いことまで考えていなかったが、理屈は通っているうえに皆それが正と睨んでいるので、正直に否定するよりは嘘をついて肯定した方が信用を得られると読んで頷いた。
案の定、推理を当ててやったと得意げになっている。
「じゃあ私たちが光を阻止すれば、悪夢は消える」
「連中がレイジを狙う理由はその目にある。目の力が無くなれば、撤退させられるはずだ」
故郷から来る敵が恨んでいるのは、レイジ本人でなく彼の目の力。その力が消滅したことを伝えれば、その時点で目的は果たされ、以降は無駄な争いと分かり引き上げてくれるにちがいない。
そうと分かれば必要なことは対立でなく結託。瞳の力が尽きるまでレイジを追い詰め、補充が飛んできたところをブロックする。その流れを連携して成功させることができれば、敵の襲撃は収まり未来が訪れるようになる。万事解決だ。
「連中のことは俺たちがよく知っている。うまく誘導してみせる」
「そうだな。こうなってくると、敵に知られているかは関係ない」
敵の本拠地が故郷であるユウマが、それを利点に協力できると提案する。納得するトシヤは彼ら筆頭にメンバーの復帰を認めた。
「人手が多い方が確実だ。それに知られているからこそ、向こうと連携しやすいまである」
「決まりだな。これで俺たちも計画に復帰。良かったな、レイジ」
ベストな案であるうえで対策班への復帰ができるという難題を、友達の願いを叶えるために成し遂げると誓っていたレイジ。成功の兆しが見えない状態で臨んでいながら、理想を掴めたこの瞬間に、ユウマは賛美の言葉を贈る。
皆、少し気がかりだった。本当にこのやり方で問題ないのか、レイジへの負担が大きいのではないか。そんな懸念点があった。
だがそこで議論に横槍を入れることは誰一人しなかった。いや、できなかったと言うべきだ。
気にしているのは自分だけ。そんな思い込みから、会話にブレーキをかけたくない心理がはたらく。そうレイジが仕向けている。
彼のために考え直したい、そんな願いが瞳の力で打ち消されていることを知られずに。
「よし。敵にレイジを追い込ませ、悪夢の力が尽きて光が降ってきたら注入を阻止。全員で取り組み、敵と連携。方針は決まった。すぐに連絡網を回す」
トシヤはこの学年の各ランクの代表に、対策の方針変更を通知した。これで各代表からランクごとのグループチャットを通じて全員に情報が渡る。ここで決まった計画は、じきに周知される。
「ついでに勝負のアイディアも浮かんだ。これも後で伝えるが、ライブ配信するからぜひ観てくれ」
光の突入の阻止。その一瞬が成功の鍵を握る。そこから得た求める実力とそれを見定める勝負のテーマをトシヤは閃いたと呟く。便乗して宣伝もした。
「これにて解散だ。今日は来てくれてありがとう」
「お疲れ様ー」
よく分かっていない点はあるが、それは皆も同じ。細かい話は後々回ってくるのはいつもの流れだ。この場で話したいことはすべて片付き、解散の合図で各々帰路につく。
「ユウマ、チャットに送っといてくれ」
「いいぜ」
レイジは帰り道に、最近作られたチャットに返信するようユウマに頼んだ。自分以外の人が伝えれば、信用してもらえる。それはユウマも分かっており、二つ返事で了承する。
間も無くユウマによる連絡がメンバーの目に入った。それを読んだレイジの”同期“、千葉春菜は泣いていた。
事件の真相を伝えたうえで、自分たちも計画に復帰できる案を出してほしい。自分でも無茶を言っていると承知でレイジに頼んだことが、実現されたという報告が来た。
それは皆でレイジを追い詰める、非道な計画。ハルナは自分がわがままを言った結果、彼を一層苦しませてしまったのだと後悔した。
願いを叶えてくれたことへの感謝より、代償としてレイジにつらい思いをさせてしまったことへの罪悪感に苛まれ、誰にも相談できなかった。




