562話 誰のせいだ
『赤羽に相談した。方針の検討の前に、俺の過去を話すことになった。皆は来週まで待ってくれ』
三門玲司は赤羽十四哉に電話で話した内容をグループチャットに投下した。
本来レイジが報告したい内容は違った。例の事件の標的が、彼ではなく一ノ宮耀だという真相を告げた上で、彼女を守るための作戦に総員で取り組むことが推奨されたこと。
すなわち、このチャットのメンバーが計画への復帰を許可してもらえたことだ。
本来の報告ができなかったのは許可がもらえていないこと。その話に至る前に、レイジはルーツをトシヤに話さなくてはならなくなった。
レイジが自分で自分を苦しめようとする、その背景を知ること。それが事件攻略の鍵となるからだ。
『聞いてるぜ。俺たち幼なじみで集まること』
レイジから想定外の報告は、読んだ者に疑問を植えつけた。だがいの一番に返信した田町夢魔、彼のおかげで質問の声は上がらずに済んだ。
『なるほどねー。待ってるよ』
足りない情報をユウマが言ってくれたおかげで皆の理解が進んだ。レイジの過去を知る、故郷からの付き合いのある仲間を呼んだ。島に来てから知り合った自分たちが事情を知らないのは当然のこと、そう納得できた。
加えてレイジの発言は嘘ではないと信用できる。話が通じている人がいることが、信用の証。
偶然にもチャット内にユウマがいるおかげで、レイジの発言はすんなりと受け入れてもらえた。
そして迎えた週末。レイジはユウマ筆頭に三人の幼なじみとともにトシヤの待つ公園へ出向いた。
時を同じくして、ヒカリは田浦夕雅に会いに彼の家の前に到着した。
「おはよう、ユウガ」
「……おはよう。やけに元気だな」
何のために会いにきたのか、ユウガは数日前からチャットで聞いている。別れようという話だ。
だからユウガは、ヒカリが笑顔で挨拶してきたことに疑問を持った。本人が喜んでいるのならそれでいいとは思いつつ、空元気に見えて不安だった。
「そう言うユウガは、らしくないね」
今まで会いに行ったときは笑って出迎えていた彼が、今日は一切口角を上げない。
「別れることを引き留める気はない。けど、それが本心じゃないなら」
「本心だよ?」
ユウガに未練はない。けれどもヒカリが裏で苦しみながら去っていこうとするのを放っておくことはできないから、悩んでいるなら言ってほしいと呼びかける。
そんな彼に対してヒカリは、心当たりがないと首を傾げる。
「私はまたレイジと付き合うの。だからあなたは邪魔なの」
「そうか。そもそも三門をその気にさせるために始めたんだもんな」
レイジの思いを確かめる。そのためにヒカリは他の男子と交際を始めた。役目を果たした以上、終わって当然の関係だ。
一方的にヒカリが切り出しているようで、付き合おうと呼びかけたのはユウガの方だ。いたずらに彼女を唆しておいて、止める権利はない。
「良かったな、願いが叶って」
「うん」
ヒカリは笑って答えたが、まだハッピーエンドではない。レイジと復縁すると、彼に迫る危害に巻き込まれるリスクが高くなる。
「でも気を付けろよ。三門といると」
「だからだよ」
例の事件で敵に狙われているのはレイジではなくヒカリ。現在は彼を標的と想定して計画を練っている。計画への影響を最小限に抑えるためには、彼女を彼とセットで行動させるのが最も手軽。
同行して不自然でない関係、そのための復縁。
「私、レイジと一緒に守ってもらうから」
一人でいるより安全だからレイジのそばにいる。彼と居て危険ではなく彼がいるから安全と考えての決断、だからヒカリはそう答えた。
「……なるほどな」
「そのうち分かるよ」
本当のターゲットがヒカリだという話は、まだユウガには明かさない。レイジがトシヤと討論して、それから話が全体に回る。混乱させないため、ヒカリは口を固くする。
「それだけ。さよなら」
「うん、気をつけて」
改めて別れを直接会って告げた。ヒカリには遠出させてすぐ帰ることになってしまうが、引き留めて何ができるわけでもない。
そう割り切るユウガは、ヒカリが背を向けてすぐにスマホを取り出した。
『終わったから向かうね、カリン』
それはそれとして、ヒカリから解放されて肩が軽くなった。
ユウガは彼女と付き合って始めのうちまで付き合っていた久里浜華燐に電話をかけて、彼女の実家へと出発した。
ヒカリ発案の勝負に負けて別れされられた鬱憤を晴らすべく、その足取りは軽かった。
「今日はカフェじゃないんだな」
「余計な金を使いたがる奴じゃないしな」
レイジは待ち合わせ場所に着いて、ユウマと雑談をしながらトシヤを待つ。彼以外は全員揃っている。電車の遅れを想定して余裕を持って到着した四人に対し、地元ゆえ交通網を懸念しなくていいトシヤが時間ギリギリに来るのは理屈が通っている。
「遅れの心配はなくても、早めに来なさいっての」
「そうカッカするなアスミ。俺らと違って忙しいんだ」
“ノーツ”で人の心が読めるレイジは、悪気があって待たせているのではないと分かっている。理由を話せば納得するだろうが、それは勝手に傍受した情報。チャットで連絡されていないことを言い触らす必要はないが、かといって黙っていないといけない理由もない。
聞かれれば答える。それがレイジのスタンスだ。
「何かあったの? 忘れ物とか?」
「S+ランクで勝負するんで、日程や場所の調整だ」
“ノーツ”を持たない人はFランク、持つ人はE以上の七段階のいずれかランクに属する。レイジたち四人はいずれもトップのS+ランクではないから、勝負のことを知らない。
知ったところで関係ないから、聞かれないうちは黙ったいたのだ。だが学年のトップ層が勝負すると聞いて、興味が出てしまうのは少年少女の性。
「何それ気になる。教えなさいよ」
「きっかけは例の事件の対策会議でな」
対策班は当初、この学年、高校三年生の“ノーツ”持ち全員で構成されていた。だが敵にバレたことで“ノーツ”を知られている者、すなわち敵地であるレイジの故郷へ行ったことがある人は除籍された。
「上位八人が揃っているし、トーナメント戦やってみないかって」
残ったメンバーには、S+ランク上位の八人全員が該当する。そこに気づいた人の素朴な発言から、トーナメントを開いて一位を決めようと話が動いた。
そこには該当しないトシヤは、S+ランクのリーダーとしてルールや会場、備品に景品等の準備を進めているわけだ。
「題してマスターズエイト」
「へー。ねぇ、組み合わせは?」
「それは……」
レイジは木の枝を拾って砂場に絵を描き始める。トーナメント表を完成させると、名前を入れる前に等差数列の式を書き始めた。
周りからは早く記名しろと急かされているも無視をする。
「一から八までの和は、nが八だから……」
「ストップだレイジ」
式を見ている人が勝手に計算しているのを読心術で泥棒しながら考えるレイジに、背後から威圧的な声が響く。
「赤羽君!? いつの間に」
「ついさっきだ。高校生が砂場に群がって何をしているのかと思えば」
レイジたちが熱中している間にトシヤは公園に到着していた。子どもじゃあるまいし恥ずかしく感じ呼びに行こうとして発見したのは、書きかけのトーナメント表。
「貴様は何を書いている」
「俺たちで勝負をしようと」
「八人もいないだろう」
レイジは咄嗟にごまかそうとするも、トシヤには通じない。
「マッチングは未公開だ。種明かししたらつまらないだろ」
「まったくだぜ」
散々見たがっていたユウマが手のひら返しをする。レイジはトシヤに賛同していたから、記名を後回しにしていたのだ。
「勿体ぶるなら拘れよ」
「セオリーに則って平等にやりたいんだよ」
一方で一位は八位と一回戦、一位と二位で決勝戦になるような、オーソドックスな決め方はサプライズにして期待のハードルを上げるに相応しくない感は否めず、文句には文句で返す。
トシヤとて凝ったマッチングで偏りがあるとかご都合主義だとかクレームをつけられるのは嫌い、安直に決めることへの正当性を主張する。
「撮れ高を上げたいのも事実だが」
「お前めっちゃ楽しんでるな」
組み合わせに何の捻りもないのは否定できないが、当日まで隠しておけば盛り上がると期待しているその姿は愉快だった。
「ほら、皆の興味が逸れてるから」
「誰のせいだと」
レイジが話してしまったのが逸れてしまった原因だろうと言い返すトシヤ。遅れた理由を聞かれたから話したのだから、疑われる前に来るべきだったと反論しようとしたが、言い出すと本題に入れないと予測し黙っておいた。
「さて、お前たちはレイジと小学校からの仲だと聞いている。当時のこいつがどんな人だったのか、色々と教えてほしい、が」
「が?」
トシヤが知りたいのはただの思い出話ではない。レイジが自分を憎むようになった経緯を、当時の彼を知る人の目線から理解したい。
それを先に伝えるため、一息おいた。
「例の事件は当時のレイジが起こすもの、だよな」
「ああ。俺の仕業だ」
レイジが過去の自分に会ったことで、事件の対策を立てていることを知られた。そこから敵に情報が渡ることは無いとは言い切れない。
最悪の事態として想定していたが、それが現実になったことを、まず最初に打ち明けた。
「あんたの仕業?」
「要するにレイジは自分を苦しめるために事件を計画した。そんなことをするような、自分嫌いな奴になった背景を、俺は知りたい」
事件の経緯は、今は語れない。動機が合理的でないせいで、話すとややこしいためだ。
だから単刀直入に尋ねる。レイジは自分を憎むような児童だったのか。そうだとしたら何が彼をそうさせたのか。
「……お前たちも加担していたんじゃないかってな。レイジの自分殺しに」
そして疑ってもいた。レイジの心を狂わせたのは、ここにいる幼なじみたちではないのか、とも。
「虐めていたって言いたいわけ?」
「こいつの目のことは、皆嫌っていたと聞いている」
レイジの右目には夢や願いを叶わなくさせる力が宿っている。そして彼らの故郷は、夢を叶えることに執着した街。
二年前に彼を拉致して処刑しかけた事件も起こったことが、彼への憎悪を物語っている。
そんな環境で過ごしてきた三人にも、少なからずレイジを恨む節があった。トシヤはそう睨んでいる。
「黙っても無駄だ。それはよく知っているだろう」
黙秘や嘘は通じない。トシヤはレイジに目線を配り、三人に言い聞かせる。彼には心を読む力があるから、彼に代弁させるという強行手段を取れる。
「まあ掃除押しつけたり靴反対向きにしたりしたけど」
最初に川口青空澄が白状した。視線を向けるトシヤに、レイジは首を横に振って答える。それは嘘ではないという返事だ。
「校舎中画鋲塗れにしたことはないわ」
「……仕返しか?」
想定よりずっと軽度なアスミの告発に対して、レイジの過去は想像の遥か上を行き唖然とした。
この場でレイジ以外に嘘を見抜ける人は居ない。否定してもバレないが、フェアではないので素直に認め頷いた。
「俺はマジック披露する前に種明かしされたときはマジで死ねと思った」
「一時期は犬猿の仲だったね」
レイジの暴露で空気が和らいだ。ユウマは言いたいように言い、アスミも思い出して相槌を打つ。
「殴り合ったこともあるよね」
「ナイフを持ってたレイジに軍配が上がった」
心が読めるからといってトリックをバラすのは止めてほしい。そういうユウマの訴えをレイジは拳で受けた末に、刃物で勝負を制した。
「サバイバルナイフは銃刀法違反じゃないし」
「それで真似する人が出た結果、荷物検査やらされたな」
喧嘩から持ち物検査へと発展し、私物を没収された児童がいる。
「そうよ! 没収されたゲーム機返してもらってない!」
「俺に言うな。取ったのは先生だ」
レイジが荷物チェックのきっかけを作ったのは事実でも、校則を破ったのはアスミだと正論を突き返す。返してほしいなら謝りに行けと堂々と構えていた。
「アスミも揉めてただろ。ドッジボールの試合で」
「外すと分かってて投げるな。当然のことだろう」
アスミには物事を成功させるタイミングが直感で分かる。その“ノーツ”で球技大会でエースを張っていたが、裏を返せば直感がない限り失敗する。
失敗が分かってて挑戦する態度が気に入らなかったレイジは彼女と口論になった。
「やってみないと分からないし……」
「まああれは子どもゆえの意地だしな」
敵に当てられないからパスを回せと命令するレイジに反抗の一点張りだったアスミだが、理屈で動かない小学生らしい態度なわけで、根に持つようなことではない。
「お前は?」
「私は何も……」
まだ何も言っていない茗荷谷翼にトシヤは話を振る。だがツバサの返答は、心当たりがないというものだった。
「私はレイジのお兄さんに嫌われたくないから、いじめには手出ししなかった」
「何もしないにも加害者だからな」
ツバサはレイジを憎んだ言動を取ったことがない、理由は彼の兄からの好感度を下げることになるから、そう答えた。
そうだっけか、とユウマは首を傾げたが、言及はしないでおいた。




