561話 できなくて何が悪い
『ヒカリに話してきた。当日は俺と同行し、一緒にガードしてもらう』
三門玲司は最近作られた七人のグループチャットに嬉々として報告した。例の事件のターゲットはクラスメイトの一ノ宮耀。そうなるよう仕向けたのは過去のレイジという自作自演。
話せば怒られたり嫌われたりするだろうと不安を抱えながらも、チャットのメンバーの後押しを受けて真っ直ぐ伝えることができた。
そして方針も決まった。事件対策班はレイジが標的と想定していかに被害を抑えるか検討している。だから彼の周囲は最も警戒を高めている。
そこでヒカリはレイジのそばに居続ける。二人で相談し、合理的な結論に至った。
『一緒にって大丈夫か?』
『文化祭の当番を合わせればいける』
当日はレイジの高校の文化祭。二人の当番が時間も含めて一致すれば、一日中同行することは可能だ。実現させられるかは、総合的な学習の時間の立ち回り次第となるが、それはまだ先の話。
『日頃から慣らすってためにも、また付き合うことになった』
『おめでとう! 仲直りできたのねっ』
同行する理由付けとして、恋人関係をアピールしよう。ヒカリの提案で、レイジは復縁した。
祝福の声がちらほら挙がったことから、レイジは正しい判断を下せたと胸を撫で下ろす。
安堵したのも束の間。少し遅れてメッセージを読んだ一人から、冷たい一言が飛んできた。
『話せる?』
レイジの“同期”、千葉春菜。優しくて責任感がある、気の強い同学年の女子だ。
彼の報告に思うところがあり、それはマイナスなものだろう。満場一致で感じ取った結果、しばらくチャットは静かになった。
その頃レイジはハルナがフリーになったのを遠くから見計らい、電話をかけた。
『遅かったじゃない』
ハルナがメッセージを送ってからレイジが電話をかけるまでに、ずいぶん時間が空いたものだと指摘したのが第一声。
『ごめん。お互い話せるタイミングが取れなくて』
レイジは相手の都合が悪いのを知っていて電話をかけるのは怒られると思い、かけ直しにならなくて済む、両者の手が空くのを待っていた。
時間が空いたのはそういう理由だと、端的に伝えた。
『そう。てっきり言い訳を考えていたか、無視していたのかと』
『そんなことしないから』
レイジは人の心が読める。その“ノーツ”が知れ渡っているだけに、メッセージを送信すればスマホを見なくても瞬時に内容を把握できる人だと思われている。
通知に気づかなかったなどという言い訳は通らない。だから返信が遅くなれば、話す内容に迷っていたか、わざと放置しているかと疑われる。
『私たちを計画に復帰させてくれるかは話したの?』
『いや、話す必要はないって……ほら、二人で居ればついでに守れるから……』
レイジが果たすべき目的は、ヒカリの説得だけではなかった。彼の故郷へ行った経歴を理由に事件対策班から外されたメンバーを復帰させてもらうよう、ヒカリを通じて交渉することだったのだ。
だが交渉は未然に終わった。ヒカリと相談した結果、真の標的が彼女であることは本部に報告しないことになった。その判断を当時のレイジは疑問に思わなかったばかりに、ハルナに電話ごしに問い詰められている。
『私、言ったよね? 力になりたいから、真相を伝えてきてって』
『言ってた』
話は聞いていた。けれどもレイジは忘れていた。頭に入っていなかったのだ。
『本当に話聞かないよね』
『……誰も覚えていないことだから』
レイジは言い訳するしかなかった。彼は覚えることが苦手、というより、記憶という行為を軽視している。
学力は定着しなくても周りの思考を読めば問題を解ける。思いやりに欠けても相手の要望を読んで実践できる。
“ノーツ”に依存した習慣により、自分以外は意識していないこと、すなわち自分だけが把握しているタスクが厳かになってしまう。それはレイジの、深刻で改善の兆しが見えない欠点。
事情を知っていようといまいと、人並みに話を聞いて覚えておくことができない、聞く気がないと思われてしまうのは当然の結果だ。
『ごめんね。私がずっと考えていればよかったのよね』
『そうは言ってない。でも……』
頼み事を覚えていられないから、頼んだ側が常に思念を送っていなければならない。そう言いたいのかと曲解したハルナにレイジは慌てて否定する。
否定し自分に非があることは分かっているが、レイジとて不満があった。
『けど?』
『じゃあどうすればいいのさ。誰も答えが分からないのに、できないのを責められるのは納得いかないんだ!』
どうしておけばハルナの願う通りの結果になるか。それが分かっていれば失敗していない。
誰も明確な方法を知らないから、レイジはできない以前にやっていなかった。
誰もできないことができなくて何が悪い。そう自棄になって、逆に問い詰める。
『だいたい今まで通りでいいなら俺たちが混ざる必要ねえはずだ』
『それは……』
ハルナは言い返せなかった。ヒカリをレイジのそばに置いてまとめてガードする。一人も二人も変わらない、それで済む話ならば現行プランの変更には至らず、手の内が割れているメンバーを加入させる理由として成立しない。
『……確かに、それで済む話かも』
ハルナは納得しかけたが、レイジがヒカリと二人だけで決め打った事実は変わらない。
対策班に報告して、判断が妥当と共通認識となれば、計画への復帰は諦めざるを得ない。
ハルナは交渉するだけ時間の無駄だと、レイジの思考に流されかけた。
『思い上がりもいい加減にしろ』
自分たちも役に立てる。なんて過信するのを止めるよう、レイジは言い放った。残ったメンバーでも十分過ぎる戦力。出しゃばるのは却って迷惑になる。
レイジの文句は、思い当たる節があるハルナにブッ刺さった。
『……はい』
涙声で小さく返すハルナ。発せたのはその一言だけで、感じたことを言えず固まってしまう。
しばらく無音で硬直する。その間、レイジはハルナが言いたいことを感じ取っていた。
自分にもできることがある。それが何かは分からない。けれども自分よりずっと多くの情報を抱えているレイジなら、案を出してくれると期待していた。
言えなかったハルナの期待に、レイジは応えられる自信がない。確かにあらゆる人の心を読めるが、誰も正解を知らないがゆえに彼も答え通りに動くことができない。
誰も分からないなら自力で導くしかない。けれどもレイジはそれが苦手だ。人に頼って成長してきた彼は、本来の思考力が人より劣っているのだ。
『……分かった。赤羽に報告してくる』
沈黙の末にレイジは案を出した。ハルナの意思に応える行動をとる、そう宣言した。彼女の訴えを突っ撥ねた、対策班のリーダー赤羽十四哉。
『ヒカリが本命だってこと、そのために俺のそばに居させることを』
話す内容は二点。ハルナに依頼された、事件の標的はレイジでなくヒカリであること。二人で考案した、彼女を彼とセットで行動させることで、計画への影響を最低限に抑えられること。
『相談して別のアイディアが出たら、俺たちも復帰できるかもしれない』
相談したところでレイジとヒカリの出した案が採用となれば、今までと方針は変わらず彼の故郷への渡航経験がある人は参画を許されないだろう。
それでも聞いてみる価値はある。より妥当なアイディアが出て、外されたメンバーが復帰することを推奨されたら、ハルナの期待を実現されられる。
ここまでレイジは考えたが、それで良いか、ハルナに尋ねる。
『分かった。それでいいよ』
レイジの案が正しいかハルナには分からない。本当は彼に、自分たちが関与する意味がある提案を出してもらいたかったので、満点とは言えない。
無数の情報を整理してベストと判断したのなら文句は言えないから、不満には目を瞑り言葉に出さない。
『……アイディア、出してほしいと頼んでくる』
自分の意思がどこにあるか。加わりたいのが本心だと伝わる言い回しで伝える。そう約束したレイジは、通話を終わらせた。
『俺たちが作戦に復帰できるか、週末までに聞いてくる』
『よろしく』
レイジはチャットに一言投下し、すぐに既読が増えた。やはりハルナに限らず貢献したい気持ちは一緒で、健闘を祈られる。
彼らへ良い報告ができるよう、彼は模索と行動を開始した。
「ヒカリ」
レイジは教室で前の席のヒカリに話しかけた。手を止めて振り向く彼女に、昨日決めた方針をトシヤに話してくると告げ、続けて理由を話す。
「伝える理由は二つ。一つはもっと良い案を出すこと」
「他の案?」
「俺の故郷へ行ったばかりに対策から外されたメンバーが復帰した方が良いといえる案だ」
二人で出した案の許可をもらいにいくのではなく、より合理的な案を出し合うために伝えにいく。
「今のままだと復帰させてもらえないだろうからな。俺たちのために行動したい奴らの願いを叶えたい」
「……じゃあ、もし計画が変わったら」
真の標的はヒカリ、事実はここまで。彼女を守るために表向きの標的のレイジとセットで行動させるのは二人の意見に過ぎない。
代替案によってその意見が取り下げられれば、今度はヒカリの願い、レイジと同行することが叶わなくなってしまう。そう懸念している。
「大丈夫。俺と一緒に居るうえで、全員で解決に取り掛かる方法を見つけ出す」
レイジはハルナたちの思いのためにヒカリの思いを無下にしようとは考えていない。それぞれの気持ちを汲み取り、欲張って満たせる道を探す。一人でできないなら、相談して成し遂げることを目標としていた。
「じゃあ、別れてきていいんだね」
ヒカリはレイジに問いかけた。他の問題に気を取られて一番の願いは聞いてもらえない。そういう扱いをまたされるか不安だった彼女は、彼の決意を聞いて今度は大丈夫だと信じた。
そして帰路を絶つべく、今の交際を終わらせると宣言した。
これは脅しだ。また適当な理由をつけて蔑ろにさせないための、失敗は許さないという脅しだ。
「勝手にして」
レイジはヒカリの決意を肯定していい確証がなかったが、かといって否定して好転するとも思えないことから自由にさせた。
そしてレイジはトシヤに電話をかけた。
『はい』
『レイジだ』
発信者を確かめず電話に出たトシヤに、まずは名乗りを上げる。
『レイジ?』
『例の事件のことで話が』
レイジから何の用件で電話が来たのか思い当たる節のないトシヤに、率先して用件を告げる。例の事件と言葉にすれば、さすがに察してくれた。
『黙っていてごめん。ターゲットは俺じゃなくて一ノ宮なんだ』
誤解させていると分かっていながら何日も隠していたことをまずは謝罪し趣旨を伝える。
『一ノ宮? どうして』
『俺を苦しめるためだ。あいつを殺して一日巻き戻し、そのループで俺の精神を削る気なんだ』
敵の標的はレイジ、それは間違いではない。だが殺しにかかる相手は彼でなくヒカリ。物理的に殺せないなら心を壊す。だから彼女が狙われる。
『死んだら一日やり直せる力を使わせるってことか』
『ああ』
ヒカリが死ぬとその日がもう一度訪れやり直せることは、彼女自ら拡散したのでトシヤも何となく分かっている。
ループしているうちの記憶は残っていないので実感は湧かないが、記憶があるレイジが言うのだから間違いはないと納得した。
『その上で、どう対策するか相談をしたい』
『なるほど、自分で自分を狙っているのは本当だったんだな』
そもそもトシヤはレイジから長らく話を聞いていない。彼が過去の彼に会ったと聞いて、未来の自分を殺す計画の対策が始まっていることを首謀者へ伝えていると想定してはいた。
だが自分で未来の自分を陥れる行為に及ぶとは考えにくく、あくまで最悪のケースとしての想定だった。しかしいざ本人から話を聞いて、最悪が事実と知り困惑する。
『どうして自分にそんな仕打ちをするんだ?』
至極当然の疑問だ。事件の対策が過去の自分にバレたところで、黙っておけば自分が助かる確率は上がる。けれどもわざわざ言いふらし、対策の対策を立てるような真似をしているのか。
怒る以前にレイジの背景に疑問を持つトシヤは、彼に動機を尋ねた。
『それは皆を交えて話したい』
『皆?』
いつから自分で自分を憎むようになったのか。当時の自分を知っている、故郷からこの島へ来た同学年。彼らを交えて過去を語りたい。そう告げたのだった。




