559話 千葉春菜
「……お待たせ」
喫茶店のトイレから出てきた三門玲司は皆のいるテーブルへと戻ってきた。
「レイジは知らない? 一日がループしたのを覚えている条件を」
「分からないな」
千葉春菜たちはレイジが留守の間、一ノ宮耀の”ノーツ“について話し合っていた。レイジともう一人だけが、ヒカリの力によって一日単位で繰り返されていたことを覚えている理由。色々と予想は立ったが、結論付けるには至らない。
実際に記憶があるうえに人の心が読めるレイジなら、真相を知っているかもしれない。そう期待したが、彼は首を横に振る。
「ごまかしてませんか?」
「魔法の影響で正直に話しているんだ」
バレたら困ると嘘をついているのではと疑う声が上がるも、レイジは本音を吐く魔法がかけられたコーヒーを飲んでおり、話したことが事実だと考えられる。いくら普段の彼が嘘つきでも今は違うとフォローが入った。
「……その魔法、流してきたのでは?」
「魔法なんか関係ないわ」
追加で六杯飲んで薄まったうえに、出して流し去ったのではと疑惑を向けられる。だがハルナは魔法の効果が残っているかは関係ないと言い張った。
「これだけ私たちが、本音を教えてもらうために下拵えしたんだもの。魔法が解けていようと嘘なんかつかないわ」
例の事件の対策を練るためレイジが抱えている情報を知りたい、そう強く願っているのは彼に伝わっている。だからその思いに応えてくれていると信じている。疑うのはよそうと、ハルナは説得を試みる。
「それで、分からないって言ったっけ」
「ああ。前回は記憶になくて、そいつの心を読みながら乗り越えたわけで」
一日がループした記憶はなぜ大多数の人に残っていないのか。どうして最初は自分だけ覚えていて、前回は別の人だけが覚えているのか、詳しい理由は分からないと答えたことに誤りはない。
「ただ人の記憶に残ると、運命を自由に変えたい人が出るだろう? 好き勝手しても責める人がいないからって」
レイジは多くの人の記憶に残らない理由の仮説を話した。もしもある日がもう一度来たと自覚できれば、最初は失敗したことをやり直して、歴史を修正できる。
それがあってはならないから、選ばれた人しか認識できない。そう告げた。
「その好き勝手したのは誰ですか?」
「俺だ。だからあれ以降、俺の記憶に残らないのかもしれない」
条件を満たせば一日をやり直せると理解したことで私欲で過去を変えた。そんな大罪を犯したのは、他の誰でもないレイジ自身。
それが原因で、もう記憶が残らなくなった可能性は否定できないとレイジは告げる。現に彼は、運命を変えると訪れるはずがなかった未来に直面し余計に苦しい思いをすると理解し、戒めとして二度と私欲でヒカリを殺し、一日をやり直していない。
しかしレイジの思惑と別にヒカリは死に、ループに飲まれてしまったが、そのときはループを覚えている人の思考を読み取り、協力して死の運命から脱却し、時を進めた。
その日、自分の記憶に残らなかったのは、一度悪用したのが原因だと踏んでいる。
「……それに、条件を知っても教えたくない。もう二度と、あいつに力を使わせたくない」
ハルナたちの目的は、同じ日が巡っていることを自分たちも認識できるようになることだが、レイジは、そもそもその事態を向かえたくない。
もう二度と、ヒカリに死んでほしくない。だから彼女が死ぬことを想定した話に関わりたくない、という気持ちがあることから、仮に全貌が判明したとしても教えたくないというのが本音だった。
「……つまり、一度もやり直さないで乗り切りたいってこと?」
「でもそれをさせないのが相手の狙いだって言ってたじゃんか」
一度もヒカリを死なせない。それが理想だということは皆も分かっている。だが何度やり直しても攻略できない、絶望的な戦力差を叩き込み、無限の地獄に閉じ込めてレイジの心を壊すことが、敵の本当の目的だとは彼が告げた。
何回やっても覆せない運命から、一発で逃れたいなんて、夢のまた夢だ。
「いいのよ。誰だって本音は理想を求めている」
ハルナはレイジの矛盾を肯定した。現実的でなくても理想を掴みたい気持ちを抱えてしまうのは、おかしいことでも悪いことでもない。
「だからヒカリと話すんでしょ?」
言ってしまえばわがままだが、それを許容できるだけの可能性は残っている。ヒカリとの拗れた関係を改善できれば、そして彼女と協力できれば。
事件の対策計画から外された自分たちも力になることができて、今の戦力を何倍にも膨れ上がらせることができる。
「うまくいけば、私たちも作戦に復帰できるかもしれない。一度見られていたからって、足手纏いにはならないわ」
敵に一度見られているくらいで相手に対策されきってしまうほど底は浅くない。むしろ当時以上の力を発揮して、返り討ちにするくらいの気概はある。
それを証明するためにも、レイジにはぜひ架け橋になってもらいたい。
「やれるだけやってみる。皆のためにも」
レイジは胸を張れなかった。ちょっと後押しされただけで自信を持てるのなら、半年以上も別れたままなんて事態に直面していない。
心のどこかで、ヒカリに拒絶されることに怯えている自分がいる。けれどもこれは自分だけの問題ではないから、ベストは尽くすとやる気になれた。
「さて、お開きにしましょうか」
「結局、今できるのはここまでだしな」
続きはレイジとヒカリの話がまとまってから、となったので、もうこの七人で話し合うことはない。解散して、各々自由に残りの休日を過ごすこととした。
「二杯頼んだから……」
「半分出す。飲んだのは俺だし」
魔法で狂ったレイジを抑えるのに全員のドリンクを注いでしまったので彼を除く六人は注文し直していたが、彼は十三杯中自分で飲んだ七杯分を払うと言い張る。
「ごめんね、魔法がああなるとは思わなくて」
「俺との相性が悪かっただけだ。気にするな」
想定外の反応を起こさせたうえに無理やり大量に飲ませられたことは、レイジは根に持っていない。むしろ魔法に対抗して右目の力を使ったせいで意図しない作用が生まれてしまったと考え、自分の責任と受け止める。
「久々に飲めて嬉しかったし」
「そ、そう……それでいいなら」
強引な形ではあったが、好きで入ったこの喫茶店のコーヒーを何杯も味わえたのだから喜んで自分で代金を払う。そう振る舞うレイジを引き留める気は薄れて。結局六人は二回目に注文した分だけを支払って、喫茶店を後にした。
帰り道、レイジは一人、誰の会話にも混ざらず最後尾を歩く。他はペアになって雑談しながら歩いているが、彼は考え事をしながら遅れないよう同行している。
進路の話、連休の話、友達の話。事件とは一切関係のない日常会話には、喫茶店に居たときの重い空気がまるで漂っていない。
レイジも話題の種は抱えているが、率先して輪に入って話そうという気は持てず、ネタを持て余していた。
「じゃあ皆、気をつけてね」
「俺は歩いて帰る」
駅までは見送りに来た人、散歩がてら二駅分徒歩で帰る人、そして電車で帰る人。
七人が五人になった集団の一人としてレイジはこの街を後にする。
一人が途中で降り、二人は乗り換え駅をスルーする。レイジは一時的にハルナと二人だけになった。
「今日は散々振り回してごめんね」
「結果は承知のうえだ」
ハルナはレイジへの対応が些か雑だったことを彼が根に持っているのか気がかりで、先に頭を下げた。彼を呼んだ事の発端は自分だということもあり、後ろめたい気持ちがあった。
しかし彼女が気に病むことではないとレイジは告げる。彼女たちが彼から情報を引き出すために呼び出したと読めていて乗ってきたのは、彼自身の意思で決めた行動だ。
想定外の結果になっただけで不快に思うくらいなら、最初から来ていない。
「何日か前、ここでソゾロ君に会ったんだ。それで今日の計画ができて……」
連絡通路を渡っている最中、ハルナは数日前の出来事を思い出して話した。今日の計画の発端となった場所。
さっきの謝罪と同様、例の事件絡みの話題だ。
「……どうかした?」
「いや」
さっき他の人たちと話していたときのように、他愛ない話をしてくれないのか、そう愚痴が出そうなレイジは、面倒くさい性格をしていると思われるのを嫌い、はぐらかした。
別にハルナに悪気はない。彼女に限らず、雑談をしたくないと意識していた人は誰もいない。それは分かっている。
無意識のうちに、雑談の相手をレイジ以外にしたいという心理がはたらいている。そう感じられるが、その根拠は分からない。
「……次の祝日さ」
どっちつかずの態度を見せていたら、事件のことで悩んでいると思われて、無関係な話は余計に出しずらくなる。そう卑下するレイジに対しハルナが話しかけたのは、想像と真逆の誕生日会の予定についてのものだった。
「六月の真ん中。“同期”のバースデーパーティーよ」
「……もうそんな時期か」
あと三週間をきっている、“同期”四人での誕生日会。ハルナは帰り道、少し寄り道してプレゼントを探そうとしている。それに伴い、レイジの意見を参考程度に聞こうとしている。
「……ほら、もしかしたら今年が最後になるかもしれないし」
レイジが故郷の大学に進んで島を出たら、気楽に集まるのは難しくなる。ヒカリもついていくというのならなおさらだ。
だからプレゼントだけでなく会自体も思い出に残るものにしたい。しかし呑気にもそう思っているのは自分だけかという不安もある。
「私だけかな? やりたいのは」
「そんなことはない」
全員で集まるにあたり、懸念点はレイジとヒカリ。二人が別れてずっと拗れているせいで、今ひとつ乗り気になれない。
向き合って、まずは事件のターゲットがヒカリであることを本人に打ち明けようとなったのがさっきの喫茶店での話。
結局、一見無関係な話題でも事件に繋がってしまう。それが話しかけてこない現状に尾を引いているのだとレイジは実感した。
「日帰りで旅行に行くのもありだと思うんだ」
「高校生で行けるのは最後だしな」
今までは誰かしらの家で開催していたが、せっかくの祝日。そして高校生として行くことができるのも最後ということで、今しかできない挑戦をしてみたい好奇心があった。
「でも、誰かに見つかって遊んでいると思われたら」
「……そっか。ごめんね、気の利かないこと言って」
レイジは真っ当な意見のつもりで発した言葉を後悔した。皆の命が懸かっているのに当事者である自分が悠々と過ごしていると知られて責められるリスクを抱えている。
楽しみたい自分のことだけ考えてレイジの気持ちを分かってあげられなかったことを反省するハルナは、発言を撤回した。
「……提案すれば、二人の背中を押せるかもって思ったんだ」
楽しく過ごすことができれば肩の力が抜けて、事件の対策も円滑に進むかもしれない。そんな期待も込めての提案だったが、レイジが嫌がるのなら無理は通さない。
結果的に空回りしているが、彼らの力になりたい気持ちは本物だ。
「こんな形でしか役に立てないけど、私はレイジが好き。もちろんヒカリも」
本音としてはもっと手を差し伸べたい。レイジ一人に任せるのは不安でしかない。けれども今は彼を信じることにした。
「絶対に仲直りしてね」
そう告げて、再び歩き出した。
「だから、終わった後に行こう」
レイジは誕生日会を一か月延期する形で、ハルナの望みを叶えられると提案した。事件が片付いた後なら、周りを気にする必要がない。
「まあプレゼントが貰えないと拗ねるかもだから、渡すのは予定通りで」
「ううん、全然良い!」
贈り物は延期せず、小旅行は事件解決後。そうしないと、今年は誕生日会すらないのかと勘違いされまた拗れてしまう。
「旅行は事件を乗り越えるまで、俺と二人だけの秘密だ」
「ふふっ、分かったわ」
小旅行はサプライズ。計画は二人で進めるのではなく、全部解決したあとで全員で考案する。そうすれば気分が浮つくことはない。
旅行の話が通ったことで、二人は自然と思い出話を始めた。お互いに今まで行った場所、その場所について自分が知っていること。
事件とは無縁の普通の会話を続けながら、二人は別れ道に着いた。
「レイジと思い出話したの久しぶりかも」
「ああ、俺も楽しかった。気楽に話せて」
高校でも息苦しい会話ばかりしていたレイジにとって、ハルナと過ごしたこの時間は心地よいものだった。
「その調子なら大丈夫よ」
「そんな気がする。じゃあまたな」
ハルナと話したときと同じようにヒカリと接すればいい。イメージを実感できたレイジは明るい気持ちで一人、家へ向かった。




