558話 変える使命
「大丈夫か?」
「見たら分かるだろ」
八王子漫芦は三門玲司を追ってトイレの個室の前で問いかける。
「いや見てないが」
ソゾロには虫を飛ばしてその視界を得る複眼の“ノーツ”を持っているので、扉の向こうを覗くことは可能だ。だが好き好んで腹痛に苦しむ同性が用を足している様を見るかと言われるとノーであり、だから直接聞いている。
「あいつらに言うのか? 一日のループのことを」
ソゾロはレイジが心配だから様子を見てくると告げてきたが、本当の目的は彼と二人で秘密について相談するためだ。
正直になる魔法のコーヒーを飲んだレイジは、過去の自分の目的が、とある日が永遠に巡ってくる世界に今の自分を閉じ込めることだと明かした。
条件を満たせば一日がループすることは、彼ら二人しか知らない。ループ脱却の鍵は一ノ宮耀の生存だが、人が死んだからやり直した世界だ、という話は聞いても誰も幸せにならないから黙っていた。
しかしあと二か月切った先に起こる皆を巻き込む事件に関係しているとなると、潔く話した方が良いかもしれない。その相談だ。
「言う。今なら言える」
レイジは魔法で正直者にさせられたことになっている。普段より堂々と白状できる機会を無駄にしないために、ループのことは聞かれたら話すつもりだと主張した。
「……そうだな。一ノ宮を救うためにも」
ソゾロはレイジの意見に同意した。ここで話すことで周りから意見や協力を得られれば、それが事件を解決する助けになるかもしれない。
好きな人が酷い目に遭うのは嫌だから。
「レイジどうだった?」
「さあ?」
本当の目的に気を取られて様子を見てくるのを忘れたソゾロは適当な返事をする。コーヒーカップ六杯を一気に飲まされただけであり大げさだ。
「それより皆に話すことがある」
そのうち戻ってくると楽観的に捉えるソゾロは、今のうちに自分の話を展開しようと決めた。
「話すこと?」
「三門が言ってた、同じ日を繰り返す現象のことだ。俺はあいつと同じで、繰り返されたのを覚えている」
一ノ宮耀には一度起こった事象を繰り返す“ノーツ”がある。だから一日を繰り返すことができるがその度に死んでいた。
一同はヒカリ本人のアカウントからSNS上へ発信されたことで知ったが、記録にも記憶にもないので実感が湧かない。
そんな彼らに自分の記憶を共有しよう。ソゾロはそう考えている。
「覚えているって、どうして……」
「分からない。ただ覚えているのは本当だ」
なぜ自分には記憶が残っているのかは分かっていない。レイジに聞いても憶測でしか語られず、ヒカリ自身でも分かっていない。そもそも彼女はレイジに告げられるまでループの力を知らなかったのだから、真相は闇の中だ。
「それはきっと、運命を変える使命があったからです」
汐留零華はそれを宿命だと考えた。レイジにしろソゾロにしろ、ループから脱け出す鍵を握る人物と見做された。ゆえに記憶が残っている。そう思っていた。
「使命? 知ってるの?」
「いいえ、そういうの定番かなと思って」
レイカとて根拠があっての発言ではない。童話で口づけで呪いを解いたり生き返らせたりできる力を王子様が持っているのと同じ理屈で、世界には特権を持つ人がいるものと解釈している。
今回の場合はヒカリがプリンセス、王子役に少なくともレイジとソゾロがいると考えれば、何ら不思議な話ではない。
「愛の力で呪われた世界から脱け出すのですっ」
「……わー、なんかテンション上がってる」
へたしたら全員死んでしまうかもしれない未来の事件の対策を講じるのに重くなっていた空気が、思いがけないタイミングで軽くなったのを実感して、レイカの考えで進めてもいいと思えるくらい、肩の重荷が外れた。
「つまり私も一ノ宮を愛すればいいのか」
「愛って、俺は別にそんな……」
真に受けた秋葉原秋杜は自分もレイジたちと同様にヒカリを思う気持ちが強くなれば、ループの記憶が残って彼らの力になれると考えた。
ソゾロは気恥ずくしくなると同時に、自分がヒカリを思う気持ちは、恋ではなくファンとしてだと弁明する。
「だからガチの好きじゃなくて、応援したいって思っているだけで」
「それなら女の私たちにもできそうかも」
レイカの仮説が正しければヒカリの運命になれるのは男子だけかと思っていたが、ソゾロの話を聞いた千葉春菜は、ラブでなくライクの感情を強めることで力になればいいと考え、だがすぐに首を横に振る。
「……これ以上好きになるのは無理よ!」
まさかの好感度カンストの自覚という形で、ハルナの案はボツになってしまった。
「二人の共通点を考えてみたんだが……」
田町夢魔は会話にまったく参加せず自分なりに仮説を立てていた。その観点はレイジとソゾロの二人とそれ以外の違いであり、“ノーツ”を踏まえて一つ気がついた。
「二人とも、遠くから人の様子が分かる“ノーツ”を持っている」
「あー、人間関係じゃなく中身の問題かもってことね」
これまでは皆がヒカリをどう思っているかを考えていたが、感情を抜きにして、レイジは心の声を、ソゾロは虫を経由して映像を得られる。言ってしまえばプライバシーに踏み込めるのが関係しているのではないか、それがユウマの考えだ。
「何か思い当たることない? ヒカリが隠しているものを見たとか」
「うーん、あり過ぎて逆に分からない」
ヒカリが家に隠している自分だけの秘密をレイジとソゾロは知っている。それが関係しているのではと考えて思い出してもらおうとしたが、もはや監視するレベルで見ているソゾロは知り過ぎているがゆえに逆に候補を絞れない。
「裸を見たとか」
「えっ!?」
「俺は見てない!」
ユウマはズバリ言った。確証があったわけではない。ただ二人には覗きができる力があり、何気にやってそうな雰囲気だったから、そもそも最初の発言自体が茶化すための前置きだ。
案の定、冷ややかな視線を向けられているソゾロが見られて満足した。
「俺は?」
「えっと……三門は見てる。一ノ宮が入浴中リスカするのを止めに飛び込んだから」
ソゾロは自分は違う、逆説的にレイジには前科があるかのような言い回しを追求され、勝負に出て自白した。レイジを庇えば共犯を疑われると考えての告発だ。
「……待って、それを知ってるのは見てたってことじゃ」
だが裏目に出てしまい、見ていない限り知らない情報を吐いたことで疑われてしまった。
「仕方ないんだよ! こうでもしないと守れないから!」
ソゾロは開き直った。目を光らせておかないと、自殺未遂は大げさだが、身を滅ぼす行為を見落としてしまう。
「前だって、彼氏に釣り合うために遅くまでギターの練習して指を壊してたんだから、俺たちが止めてあげないといけないんだ!」
私欲ではない私欲。ヒカリを守りたい思いを果たすためなら、どんなにプライベートに踏み込もうともモラルに反しようとも、やれるだけのことをやる。強気で宣言するソゾロには、あれこれと言いづらくなっていた。
「三門と別れてから、一ノ宮は壊れてしまった」
「分かるわよ。レイジといれば見栄を張らなくていいから、無茶をしなくなる」
ヒカリが過度の努力をしたり自傷行為に及んだりするようになったのはレイジとの交際が終わってしまってからのこと。
心の読めるレイジと居るうちは、欠点をどれだけ隠そうとしても無意味だと割り切れて、それでいてありのままの自分を認めてくれたから気楽でいられた。
だが他の人と付き合った途端、見限られたくない不安から虚勢を張り、精神的に崩れてきた。
復縁すればヒカリは幸せになれる。笑顔の彼女を見ることはソゾロにとっても本望だ。
ハルナもヒカリの変化を本人から相談という形で聞いていた。レイジなら無闇に頑張ろうとしなくていいのではと意見して、ヒカリもそれを望んでいる。
「けどレイジが追いかけないものだから」
レイジから迫れば解決する話だが、そうもいかないのは彼から聞いている。
「そりゃあ追いかけねえよ」
ユウマはレイジの対応を当然のものと解釈している。彼の過去を知っているから、彼の気持ちは分かってしまう。
「巻き添えにしたくないんだから」
「それは、確かに恨みは買われているけど」
レイジは夢を叶わなくさせる“ノーツ”のせいで故郷の人に恨まれている。ヒカリがそばにいたら矛先を向けられてしまうから、別れたのを期に遠ざけようとするのは理解できる。
「それでも付き合うっていうんなら、ツバサを選ばない理由がない」
「そういえば昔言ってた。ツバサちゃんに告白しないのは、いじめられないようにするためだって」
幼い頃からレイジと面識がある三鷹晴空もレイジの考えは覚えている。好きな人は茗荷谷翼だが、迫ってもし受け入れられたとして、彼女がターゲットにされてしまったら気の毒だからという理由で思いを抑えていた。
その戒めを解いて、他の女子と結ばれようというのは色々と邪推される。
もうツバサに興味がないとか、ヒカリなら万が一敵の餌食になっても心が痛まないとか、あることないこと思われかねない。
「一ノ宮を選ぶ意思を、納得させる形にできないってことか」
「そもそもそんなに好きじゃないだろうしな」
アキトは事情を理解した。そこにユウマは補足する。本気で好きならいくらでも手は打てそうだが、ツバサを好きだと言っていた当時から変わっているのを期待できないがゆえの感想だ。
「ツバサに関しても顔や性格じゃなく名前が近いクラスメイトって理由で選んだからな」
「ヒカリもそうよ。誕生日が近くて“同期”だからって」
そして残念なことに、悪い意味でレイジは進歩していない。ヒカリと付き合った理由は彼女と共通点が多かったからであり、ルックスや人格を褒めていないのがハルナによって認知されてしまった。
「ソゾロは一ノ宮の声が好きなんだっけ」
「声ってか、歌っている姿」
レイジがヒカリを好きになれるように、彼女のチャームポイントを挙げてもらおうとアキトは話を振った。
「それを引き出せるのは三門の隣にいるときだった」
ソゾロとしてはヒカリが歌っていればいいのではなく、彼女の楽しいの感情の些細な違いを区別した上で、レイジとともにステージに立っているときに最も魅力を感じていると自覚している。
「でもレイジについていくと歌の道は諦めるのが難しいところよね」
「そうなのか。まあそれどころじゃないか」
レイジが復縁を躊躇う理由にはヒカリが当初の夢を叶えられなくなることも考えられる。彼とともにこの島を出て大学へ行ったら、歌のレッスンに割ける時間を確保できない。彼女が描く理想の進路は絶たれてしまう。
「じゃあ二人でここに残るかってなると、レイジは賛同しないしな」
そしてレイジに島での生活を続けるという選択肢はない。彼は故郷へ戻って野望を果たす気でいる。
夢を追いかけ続けさせるために、都合の悪い事実を、知らない方が良いけれども知ったらショックを受けるような事実を隠蔽しておくような社会を変えるために、知らぬが仏の思想を浸透させた根源を突き止めるという野望。
心が読める力をもってしても暴けない闇を払うという目標をもって揺らがない、それがレイジという男だ。
「何にせよ、お互いに変わらないと動かなそうね」
ヒカリとレイジがどんな信念をもっていようと、お互いに向き合おうとしていない今、復縁なんて夢のまた夢。
「今回の事件は良い機会じゃないかしら? 少なくともレイジは話すことあるし」
「レイジ自ら、ターゲットに一ノ宮を選んだことか」
「下手したら余計に悪化するぞ」
レイジがヒカリを標的に選んだ。伝え方を失敗したらいっそう亀裂が入りそうだが、そこは第三者の出番だ。
「私がやる」
仲介役にハルナは名乗りを上げた。レイジとヒカリ、二人の“同期”として、彼らがまた隔てなく接することができるよう願った。




