557話 本命のターゲット
三鷹晴空の“ノーツ”で作った、飲むと正直になるコーヒーを一口啜った三門玲司は、何かに取り憑かれたかのようにごめんなさいを連呼して周りを困惑させている。
「魔法に失敗したんじゃ」
「そんなはずは……」
想定外の反応に、セイラは対応に困っている。魔法をかけてから一時間以上放置していたが、性質が変化することは起こらない。
だからレイジが正直になった結果、謝罪したいことが無数に存在しており、一気に溢れている。としか考えられない。
「ずっと抱え込んでいたってことか。大量のごめんなさいを」
「とにかく止めよう。落ち着かせないと」
レイジが何に対して謝っているのか聞くためにも、魔法による暴走を抑えなくてはならない。
「薄めてみましょう」
「よし、押さえるぞ」
汐留零華は両手に注ぎたてのコーヒーカップを持つと、意図を察した男子たちはレイジの体を押さえて上を向かせ、合計六杯すべて流し込んだ。
「私が魔法を枯らす」
そして秋葉原秋杜は、触れた物を枯らす“ノーツ”を使って魔法の効果を薄められると考え、レイジの喉に両手を当てた。
「拷問みてえだな」
「まあ三門玲司はこのくらいで死にませんよ」
元に戻すためとはいえ、傍から見ればリンチと遜色ない。力業の応急処置に罪悪感はなかった。
「アキト、その辺でストップ」
「ああ、分かった」
千葉春菜の合図でアキトは手を離す。レイジの様子に変化があった。さっきまで発していた聞いていると呪われそうな声は止まっている。
「ようやく黙りましたね」
「これ魔法解けちゃったんじゃ」
暴走を止めるつもりが勢いあまって魔法を全部消してしまい、やり直す羽目になってしまった、そう思われた。
「いや、ちゃんと残っている」
その疑いはレイジが正直に否定した。暴走しない程度に、魔法は残っている。その証拠に彼は正直に話してしまったのだ。
「これ、実は消えてて残っていると嘘ついているのでは?」
「いやさすがに……大丈夫よ」
逆に魔法を利用して嘘を信じさせる演技をしているかもと疑われたが、ハルナはレイジを信用した。
「ねえ、何をそんなに謝ったの?」
魔法が切れていようとも、本音を打ち明けられるようこれだけお膳立てをしたのだ。今まで言えなかったことを言ってくれる。そう信じてレイジに質問をした。
「俺を狙った事件だって、嘘ついていて……」
「……えっ、違うの!?」
事件と聞いて、ハルナたちはすぐに思い当たるものがある。それは二か月後、レイジの故郷から乗り込んでくる人たちが、彼女らを虐殺するというものだ。
だが敵の本命ターゲットはレイジで、彼を守ろうとして犠牲になる友達の敵討ちに、の連鎖で被害が拡散する。そう聞いて疑わなかったが、彼によって否定され戸惑う。
その発言には皆食いついた。
「どういうことだ。狙いはお前じゃないってのか」
「詳しく聞きたい」
次々と催促され、レイジに圧がかかる。
「本当のターゲットはヒカリだ」
「ヒカリ……」
レイジのクラスメイトで、かつて付き合っていた相手、それが一ノ宮耀。だが動機が分からない。
ターゲットがヒカリだと言われて納得いく人は誰もいなかった。
「ヒカリって、どうしてあいつが」
「俺を陥れるために、あいつを殺す気なんだ」
「……聞いてあげるから、全部話して」
レイジの故郷へ行ったことがないヒカリがなぜ敵に狙われるのか、八王子漫芦にも分からない。
前髪に隠れて片目しか見えないが、レイジの目は本気だとハルナは受け取った。こちらも真剣に聞く。だから打ち明けてほしいと彼に向き合う。
「俺はトキタたちの提案で、例の事件の調査のためタイムスリップをした。そしたら出口は過去の俺の故郷で、昔の俺に会った」
「へー、自分に会えたのですね」
レイカも以前、昔のレイジに会ったことがあり、そこに今の彼は居合わせなかった。同じ時間に自分は二人存在できない暗黙の了解と解釈していたが、彼の話を聞くにそうでもないと理解した。
「俺は昔の俺を殺したかった。そうすればこんな事件が起こることも、ヒカリと会うこともなかった」
「何言ってるの! 運命を変えると余計不幸になる……だからタイムマシンで未来人は来ないって、レイジがいつも言ってたじゃない!」
災害は歴史に残っている。それは未来人が過去へ渡って止めなかったから。そうしない理由は、過去を変えることで訪れるはずのない運命に直面し一層悲惨になってしまうから。レイジはそう力説していた。
過去へ行って自分を消したことで、救えなかった命があったかもしれない。だからレイジがこの島に来て生まれた出会いや経験は、なくなればいいなんて言っていいものではない。
「どんなつらい出来事でも、それがベストなんだから乗り越える。あなたが諦めてどうするの!」
「でもできなかった。昔の俺は手強かった。俺は自分を消すのを諦めて、事件に向き合おうとした」
ハルナの説得を、レイジは結果的に聞いている。彼は過去の自分の抹消に失敗したので仕方なく、別の方法に切り替えている。
「心を読む力は幼い頃からありましたからね。何より今から考えられないほど機敏でした」
「レイジ昔は足速かったからな」
小学生の頃の自分に負けた、という話は、レイカと田町夢魔はすんなり理解した。当時は運動神経抜群だったレイジを知っているので、仕留められなかったことに納得した。
「だが過去の俺は今の俺を殺す気だ」
「自業自得ですよ、それは」
過去のレイジからすれば、突然現れた未来の自分に殺されそうになったわけで、恨まれても仕方がない。
だがただの復讐に留まらないのが問題なのだ。
「でも俺が簡単に死なないのは奴も分かっている」
レイジの持つもう一つの“ノーツ”は悪夢の瞳という、見た人の夢や願いを叶わなくさせる力。殺意を打ち返し瀕死に抑え、何度も生還してきた。
「それでレイジの好きな人を狙おうと」
「いや、あくまでも狙いは俺だ」
レイジ本人を狙っても無意味なら、彼にとって大事な人を狙って精神的に追い詰める。それを目的としてターゲットをヒカリに選んだのか、という推理はハズレだ。
「ヒカリのこと好きじゃないの!?」
「好きだよ。そういう意味で言ったんじゃない」
レイジは説明に苦戦しつつもありのままに語っていく。
「あの街の連中に、今年の七月に攻めにいくよう伝えたのは昔の俺だ。そのとき伝えた内容は、“ノーツ”持ちの皆殺し」
「皆殺し!?」
ターゲットはヒカリでもレイジでもなく、この場にいる全員だと言われ騒然とする。発言の内容が飛び飛びだが、それは何重もの嘘によるもの。
狙いはレイジだが全員が狙われ、彼を狙うためにヒカリを重点的に狙う。それを話さなくてはならない。
「俺の故郷は夢を叶える街。“ノーツ”という特別な力を持っていない人が社会的に不利にならない、平等な世界を作るため、百人程度の危険因子の排除を提案した」
「特殊な力が差別を生まないように……」
「乗ってきそうな話だな」
この島には“ノーツ”に応じたランクがあるが、高いと優遇されることはあまりない。体育祭に出場できる種目が多いくらいだ。
だがいずれ差別がされてもおかしくない。“ノーツ”がないのを理由に進路を絶たれる人が出るのは、レイジの故郷の思想に反する。
「だから俺はそうやって奴らを唆し、その裏で俺を幽閉しようとした」
「……まさか、一ノ宮を狙う理由って」
ソゾロはいち早く勘づいた。それはレイジと同じく、ヒカリが死ぬとどうなるかを覚えている人物だからだ。
「特に俺の恋人であるヒカリを殺して……その日を永遠に繰り返す気なんだ」
ヒカリの“ノーツ”は一度起こった出来事を繰り返すというもの。レイジはかつてその力を利用して、一日をリセットし都合の良い未来に書き換えた。
だがその力を使って一日を繰り返す、すなわち過去に戻るには代償がありヒカリは死ぬ。レイジはその日を繰り返した末に死の運命から解放し、ループを脱出したことがある。
「そういえば以前呟いてましたね。あなたに殺されたことがあるって」
「俺も知っているぜ、その話」
ヒカリが死んだことも、一日単位でループしていたことも、多くの人は覚えていない。レイジ自ら暴露したことでヒカリ本人も知ったわけで、“ノーツ”を使って一日を繰り返せること、その力を発揮するためにレイジに殺されたことをSNSで呟いたのを見てレイカたちも知った。
ソゾロもレイジ同様の記憶保持者だが、この場では明かさず、噂で聞いたものとして振る舞っている。
「俺では覆しようのない死の運命に直面させて、永遠にループする一日に閉じ込める。殺せないなら生き地獄を、それが昔の俺の目的だ」
「……ヒカリのこともループのことも、話で聞いただけの私たちは実感が湧かない。けど……話してくれて、ありがとう」
ハルナはレイジの話を理解できたわけではないが、言っていることは本当で、運命を変えるために必要な情報だということは伝わってきた。
だからお礼を言いつつ、レイジと目線を合わせ手を頬に当てる。
今から叩く。そう心の声を発すると、ハルナはレイジが逃げないのを確かめて、力いっぱい叩いた。
「それはそうと、一人喧嘩に私たちを巻き込んだのは見過ごせない」
許せない、とは思わなかったがハルナは怒っていた。そして周りも同じ気持ちだと察したうえで、必要以上にレイジを責めないように、皆の前で罰を与えた。
「全員を狙いつつ本命のターゲットはヒカリだってのは分かったわ。それは私から向こうに伝えておく」
向こうというのは、例の事件の犠牲者を出さない対策に動いている同学年チームのこと。レイジの故郷へ行ったことがない人を素性が割れていない人と見做し、敵を迎撃したり被害を抑えたりできる案を模索している。
ハルナたち故郷渡航経験組は参画を禁じられているが、向こうはレイジの話を無視して最悪の事態を想定して動いている。
相手にされない可能性はあるが、伝えるだけの価値はあると思い、ハルナは向こうのリーダー赤羽十四哉に電話をかけた。
『また千葉か』
『私たち、レイジから聞いたの、事件の目的。奴らの狙いはヒカリよ』
狙いはレイジで、彼を守ろうとした結果被害が広がる。そう呼んでいたトシヤにとって、この話はまったくの想定外だった。
『ヒカリはそっちのチームだから私たちからは言えない。まだ自分たちで計画を進めるというのなら、これ以上のことは言わないわ』
ハルナはレイジから聞いた話をヒカリに伝える気はない。それはトシヤたちが決めたルールだからだ。計画の参加資格がない自分たちが、ある側の人間に情報を吹き込むことはできない。
だから参加資格の壁の撤廃を条件に、レイジの話の詳細を明かすと条件をつけ、トシヤと交渉をする。
『元よりこちらは誰一人犠牲を出さないつもりだ。狙いが誰であっても関係ない』
『待って聞いて!』
『どうしてほしいかはレイジに聞け。またな』
そう言い残し、トシヤは通話を終わらせてきた。今のハルナの話だけでは意思を揺らがせるには至らなかった。
「俺の仕事だ。この事実をヒカリに伝える」
計画への参加、その条件にトシヤが選んだのは、レイジ自ら真相をヒカリに伝えることだった。
「でも聞いてくれるのか?」
「そこも含めてテストしているんだ。俺たち二人のことを」
ヒカリがレイジの話に信頼して耳を傾けるか、彼は聞いてもらえるよう説得することができるか、それらを見ることもトシヤの意図に含まれている。
「休み明け、俺はヒカリに話す」
「でも、魔法は切れちゃってるよ」
「……言える」
今話したことを後日、自力で話せるか。今持っている自信を継続できるか確証はない。
「大丈夫よ。今だって魔法に頼らず話せたんでしょ?」
「いや、魔法で勝手に口から出てて、ホントは言いたくなかった」
言い訳ついでの余計な本音が口から飛び出して、レイジは慌てて口を押さえる。だがバッチリ聞こえており手遅れだった。
「知らぬが仏のスタンスは矯正すべきですね、いい加減」
「こんだけ正直なら魔法のおかげか」
責められたり呆れられたりしながらも、レイジは弁明に成功した。
「さて、じゃあ話が聞けたところで本題に入りましょうか」
「トイレ行かせて」
レイジから事情を聞けたので、方針を固められた。どうやってヒカリを守るか。それを話し合おうとしたところで、腹痛に見舞われた彼は休憩を申し入れた。
「あれだけ飲めば当然だな」
「飲ませたんだろ。仕返しするからな」
魔法のカップで挙動がおかしくなったレイジを助けるために飲ませてあげたのだからむしろ感謝してほしいという意見にレイジは耳を傾けず、罰を受けさせる気満々で席を立っていった。




