556話 納得しかけていたのに
「今電車乗ってあと二時間半で着くそうよ」
「来るんだ」
コーヒーカップをシャッフルして七人で飲み、一人だけ、飲むと本音を吐く魔法がかけられたドリンクを味わうというロシアンルーレットに招待された三門玲司は、今から家を出て現地へ向かうと連絡を入れた。
ここにいる六人はグルで、レイジに飲ませようとしている。その魂胆が読めているにもかかわらず、彼が乗り気で返事してきたことに逆に困惑の声が上がる。
「……本当だ。最低でもそれぐらいかかる」
「バイトの片道にかける時間とは思えんよ」
罠を仕掛けていると分かっていて来るのは効かない、あるいはやり返す算段でもつけてくる気なのか。そのための時間を用意したうえで到着時刻を伝えてきたのかと思えたが、その時間は一切寄り道せず向かったときのものであり、説は否定された。
そして改めて、アルバイトにしては移動に時間をかけ過ぎているのを実感したのだった。
「どうしてもここじゃないといけない理由があるとしか」
「あり得るかも。うちはチェーン店じゃないから」
「味にこだわりがあったのか」
レイジが往復五時間もかかる店を選んだ理由を考えてみると、まずは他に店がない点が挙がった。
「それか、会いたい人がいたとか」
他の理由には店以外に目当てがあることが考えられた。すると一同の視線がレイジと同じくこの喫茶店で働く三鷹晴空に向けられた。
「そんな風には見えなかったけどなぁ」
「店の中とは限りません」
けれどもセイラには心当たりがなく、説を発言した汐留零華は視野を広げてみるよう提案する。
「でもツバサちゃんの家はもっと手前だよ。店に来たのも数回だし」
それも違うとセイラは首を振る。レイジが好きな相手、茗荷谷翼の家や高校は、彼の家から見てここよりずっと手前だ。
学校帰りにツバサが来るような近所ではなく、セイラも休日に数える程度しか会ったことがない。
「来るには来るんだ?」
「私がバイトのこと教えた頃に何回か……でもそれっきり」
ツバサが来た回数はゼロでない理由については、レイジがここにアルバイトとして入ったことをセイラが教えたのをきっかけに来たから。
すると彼女に会うことを目的に始めたとは考えられないと納得した。
「……もしかして私?」
では他にこの喫茶店を訪れる女子がいたか、となると該当者はセイラ一人だけだ。
もしもレイジが誰かに会うのを目的にここを選んでいたのなら、可能性が高いのは自分だと自覚する。
「もぉ、回りくどいなぁ」
「まんざらでもなさそうだな」
体をくねくねさせて照れるセイラに、幼なじみの田町夢魔がツッコミを入れる。
その様子を眺めていた八王子漫芦はイライラしていて、態度に表れていたのを秋葉原秋杜に気づかれた。
「ソゾロ、そわそわしてどうした」
「“同期”をそういう目で見られてむしゃくしゃした」
ソゾロはイライラの原因を自覚しており、ライバルへの対抗心などではなく、妹への庇護欲が強い兄のような感覚であり、“ノーツ”が目覚めた時期が近いことから芽生えたもの。
「気持ちは分かる」
アキトもソゾロの言い分に共感していた。
「バイトはもう一人居たんだけど、その人の負担を減らすためって言ってた」
冷静になったセイラはレイジから聞いていた話を思い出す。往復で三千円もかかるとそこまで稼げないと告げた際に、ここがいいと主張する理由として言っていた。
「でしたら地元のどなたかを紹介すれば良いのでは?」
「わざわざ自分でやる必要はないよな」
その理由に対しては、レイジでなくとも解消できる。特に彼は心が読めるのだから、カフェで働きたい人を見つけて紹介するという策を講じられたはずだ。
「じゃあやっぱり他に理由があるんだよ」
「一ノ宮さんでもツバサちゃんでもない誰か……」
結局はレイジがこの街へ来ることを目的としてたと予想され、付き合っていた相手でも好きな相手でもない誰かが関係している疑惑に行き着いた。
「それも含めて聞き出してみたいな」
「ところで本当に飲ませられるの?」
「そうだよ、こんな見え見えの罠に」
アルバイトの真相も気になるが、レイジを呼ぶ目的は別にある。未来の分身を作る“ノーツ”を持つ人が、二か月後、この学年の“ノーツ”持ちほぼ全員が命を落とすと告げた。
首謀者はレイジの故郷の大人たち。ターゲットは彼であり、彼を守ろうとして被害に遭う人が出て、その敵討ちに出て、その連鎖で被害は拡大する。
敵に知られないよう、例の事件と称して同学年の“ノーツ”持ち百人以上だけで情報を回し、敵に手の内を見られていない、すなわち一度も彼の故郷へ行ったことがない人に絞って、事件の被害をなくす対策を立てている。
ハルナたちは一度レイジの故郷へ行ったことがあるために対策メンバーから外されてしまったが、何もしないまま後悔したくないからと、同じ立場の人を集めてここへ来た。
相談した結果、まずはレイジが握っている情報を知りたいと行き着き、包み隠さず言ってもらうよう、本音を吐くコーヒーを飲ませる準備をしている。
だが見え見えの罠にかかるものか、不安は解消されていない。
「そこは三門玲司の思いやりに託すしかありません。誰かしら犠牲になるのですから」
レイジは人の心が読めるので、他人の秘密を見破っている。それが公の場に晒されたら傷つくだろうと考えた彼は、自分が犠牲になれば秘密を守れると考えわざとアタリを引きにいく。
そうするだろうとレイカは予測しているので、作戦は成功すると言い張る。
「なんならこんな芝居をしないと言いたいこと言えないでしょうし」
「あー、それはあるかも」
レイジにとってもアタリを引くメリットはある。タイミングを見失って言い出せずにいる秘密を洗いざらい吐くためにわざと本音を吐くコーヒーを飲むかもしれない。
その意見に千葉春菜は納得した。そのズルい切り抜け方を、レイジならやりかねないと思えたためだ。
「汐留さんはレイジをよく分かっているのね」
「嫌いな相手ですので」
レイジの心理を把握しているがゆえの発想と自信に感服するハルナに、それらは彼を嫌う気持ちから培われたものだと冷たく言い放つ。
嫌われるのは完全にレイジ側に非があるのだが、いささか引き摺り過ぎではないかとアキトは思った。
「アタリのカップを私たちは知っておかないといけないぞ」
「見ていればいいのですよ」
全員がアタリのカップを把握しておかないと、運が悪いとレイジに取らせることができなくなってしまう。区別をつける方法を尋ねると、レイカは小細工不要と答えた。
「皆さんの前で投入するんです」
「シャッフルは目で追うのか?」
「混ぜなくていいです」
全員の見ている前でアタリのカップに魔法をかけて、それをシャッフルせず一人ずつ選ばせる。そうすればマークを付けずとも全員区別をつけられる。
「運試しに見えない」
「実際そうだがな」
アタリがどれか分かっていては勝負は成立しないと不満が溢れるが、そもそもこれは正々堂々としたフェアな勝負ではない。
レイジに本音を吐いてもらうための手間のかかる土台作りだ。
「まだご不満が?」
「いや、時間余るから」
腑に落ちないわけではなく、レイジが来るのをあと二時間以上待たなくてはならない。残っている時間を潰す話題がないと心配するアキトに、セイラが作業を提案する。
「じゃあ魔法の課題を終わらせよう」
セイラの“ノーツ”は好きな魔法をかけられる代わりに使った分に応じた課題を解かなくてはならない。
カップ一客にコーヒーと魔法をかけておき、課題を分担して進めてレイジが来るのを待つのはどうか、それがセイラの提案だ。
「まあ別にいいが」
「やったー、助かるよ!」
セイラは意気揚々とコーヒーに飲むと正直になる魔法をかけ、ノートに自動で書かれた問題を写真に撮って皆に送信する。
「じゃあよろしくねっ」
「要領の良い奴だ」
ユウマは愚痴を溢しながらもセイラの手伝いをするべく、メンバーと話し合って課題を終わらせた。
「はー、終わった」
「あと一時間くらいか」
暇潰しにはなったがまだレイジの到着予定時刻までに時間が残っている。
「これ魔法は残っているの?」
「とっくに冷めてますね」
一方でコーヒーを注いでから一時間以上経過しており、魔法が解けてしまっていないか心配になる。
もう一度かけ直してもまったく別の課題を出されるので、気軽にリトライはできない。
「一口飲んでみる?」
「嫌です。三門玲司が飲むのに」
魔法の効き目がなくなっていないか試してみないかと言うセイラに対し、間接キスはゴメンだとレイカは即座に否定した。
「じゃあ男子で」
「まあ私は構わないが」
アキトはレイジ一人に損をさせるのは良くないという思いもあって、実験台に名乗りを上げた。
だが秘密をバラしてしまうリスクを改めて自覚し手が止まる。
「飲みたいか?」
「日和ったんか。珍しく」
ダメ元でソゾロたちに押しつけたが失敗に終わり、一度カップをテーブルに置いて深呼吸をする。
「そんなに緊張されると余計に気になります」
「私も……こんなテンパるアキト見たことない」
躊躇うアキトに好奇心を焚きつけられる女子陣。小学校からの付き合いであるハルナも興味津々だ。
アキトは葛藤した。ここでカップに指を突っ込めば、魔法が枯れて暴露を防げる。だがレイジが飲んでも効果がなくなってしまうので、もう一度魔法と課題が待っている。
自分一人の恥と、周りの負担を天秤にかけ、決意が揺れる。普段なら捨て身で後者を優先できるのにと自己暗示をかけるも、最後の一歩が踏み出せない。
そのとき店の扉の鈴が鳴った。来店した一人の客は店内に連れが来ていると告げて案内を拒否し、こちらへ向かってくる。
「レイジ!?」
「えっ、早……」
予定より一時間早い到着に一同は騒然とする。
「特急乗ってきた」
「ああ……ってまた無駄遣いして」
「そう思われたくないから普通ので二時間半って言った」
レイジは最初から有料特急に乗っていたが、金遣いが荒いことを知って得をする人は居ないことから、普通車で来ていると思わせるために偽りの到着時刻を教えていた。
一時間早く着いてしまう分は観光して時間を潰すつもりでいたが、喫茶店の状況を読んだ結果、店の近辺に居た方が良いと考えてスタンバイしていた。そしてアキトが苦しくなったのを見計らい突入したのだ。
「……ねーソゾロくん? もしかしなくても」「ああ、最初から知ってた」
そしてレイジが予定より早く着くことも店の前で待っていたことも見えていたソゾロはけろりと自白しハルナにヘッドロックをかけられていた。
「じゃあ揃ったし始めようっ」
セイラは意気揚々と残りのカップにコーヒーを注ぐ。一客だけ湯気が出ていないのでアタリは一目瞭然だ。
「ルール、今さら言わなくていいよね」
「ああ。じゃあ俺はこれで」
レイジは期待通り魔法入りの冷めたコーヒーカップを手に取った。
「それは私が」
「人が指突っ込んだ奴を客に出せるか」
未遂に終わっているのをレイジは知っているが、周りに証明することはできない。
レイジはぐびっと口に含むと、続けて言った。
「あとこんな冷めたの飲ませられん。バリスタの名折れだ」
「うぐっ」
店員の風上にも置けない行為だったことを指摘されてセイラは胸を押さえた。
「……効き目は?」
飲んでみたが魔法は効いているのか、ハルナは反応を窺う。するとレイジは喉を鳴らした。見るとカップにはまだ半分以上残っている。
「もしかして口に入れながら話してました?」
「人のこと言えねえじゃん」
口に飲み物を溜めながらよく説教できたものだと呆れられる。そして今度こそ飲んだレイジがどんな発言をするか、期待が向けられる。
レイジはカップをそっと置き、両肘をテーブルに着いて顔を覆った。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいなさいごめんなさいなさい」
何度唱えたか数えきれないほど、テンプレの謝罪言葉をひたすらに繰り返す。予想していない反応に、周囲は一度距離を置く。
「落ち着いて! 落ち着いてレイジ!」
真っ先に動いたハルナは彼の手を握り、暴走を止めようとする。心が読めても、自分の気持ちを伝えることは人並み、むしろ人より劣ってさえいるレイジは、周りの本音に責められ償うことができない苦痛を謝罪でしか出力できずにいる現状を伝えられずにいた。




