554話 お前を待ってた
「私たちを作戦から外すの反対よ!」
「手の内がバレているから仕方ない」
千葉春菜はグループチャットの連絡を読んで、その日の放課後に赤羽十四哉に抗議した。
わざわざトシヤの高校まで乗り込んでの直接の訴えだが、一蹴されてしまった。
「レイジには聞いたのか」
「全部聞いたわよ。でもっ」
チャットの通告は、例の事件の被害を無くすための対策を練る人員を削るというもの。対象は敵地、三門玲司の故郷へ行ったことがある人。
彼らの特殊能力“ノーツ”は敵に見られている疑いがあるから、敵に対策されている可能性がある。
そこをつけ込まれて作戦を崩されることがないように、今後はメンバーから外す。それがトシヤが伝えた内容。
そうなるに至った経緯を、ハルナは事前に聞いて確かめていた。多くはレイジに聞いて、彼が過去へ行って昔の自分と接触したことで情報が渡ったことを知った。
「私は見られていない!」
「嘘つけ! レイジ奪還のとき殿の一角だった奴が……」
トシヤは最悪に備えてこの策を立てた。一度でもレイジの故郷へ行った人は、現地で“ノーツ”を披露して、顔と性質が知られていると見做している。だから自分は対象外と申告してこようとも突き返す。
そのうえハルナは、かつて拉致されたレイジの救出に向かい、最前線に出て結果帰還が最後になったメンバーの一人。敵との接触が激しいポジションについていて、見られていないなんて自己申告は通じない。
「お前は他より長く居た連中の一人だろ。駄目だ」
「だからって、何もしないわけには……」
“ノーツ”を敵に見せていないと嘘をついたのがバレたが、引き下がることはできない。
唐突に戦力外通告を受けたことが受け入れられないのだ。
何もしないせいで友達が襲撃に遭うなんて事態に直面するのが怖いのだ。
「そもそも、この決断にレイジは絡んでないって聞いたのよ」
「ああ。あいつの話は聞いても無駄だ」
ハルナがトシヤの決断に納得がいかない理由には、レイジが関与していない点もある。そもそも事件は彼を巡って起こると予知されている。
事件の元凶も昔の彼だというのなら、レイジに情報を聞くのが確実だ。情報は本当に拡散したのか、事件の目的は何なのか、本人に聞くことなく、すべて憶測で語っている。
どうしてレイジに相談しないのか問い詰めるハルナに対してトシヤは、聞くのは無駄だと返した。
その一見いい加減な返答にカッとなるハルナだったが、トシヤは補足を入れた。
「確かに千葉の言う通り、全部知ってるレイジに聞くのは効率的だ。けど、あいつが正直に言うとは思わない」
トシヤはレイジの性格を、斜め下のお人好しと評している。“ノーツ”で心が読めるがゆえにあらゆる情報をキャッチできるレイジは、事実であっても相手が聞いたら傷つくような話はしない。
知らぬが仏を座右の銘にしているのだろうか。相手を不安にさせる話は伏せておき、裏で自力で解決したがる癖がある。
宿題が終わっているか聞かれて、未着手でありながら、期限までに終わらせる自信があるせいで、もう済んでいると即答するタイプだ。
だが後々、黙っていたことが問題として広がる。だからトシヤはレイジのスタンスをよく思っておらず、今回の計画では無視している。
「聞いたところで、奴は最低限の対策で済むような都合の良いことしか喋らない。違うか?」
「それは否定できないけど……」
そのトシヤの評価に、ハルナは異議がない。彼女は“ノーツ”が目覚めた時期が近い“同期”であり、トシヤ以上にレイジを知っている。
「メンバーは結構残るんだし、仲間を信じろよ」
「別に信用してないわけじゃ……」
トシヤとて少人数に絞り負担を偏らせる気はない。そして残留するメンバーには、S+ランクという“ノーツ”序列最高クラスが多くいる。
ハルナのようなAランクではまるっきり敵わないというわけではないが、序列が高いと応用性があり、味方として頼もしい。
けれども彼女としては、トップ層に任せっきりで自分は何もできないのは嫌というのが本心だった。
「……でもっ、一度戦った経験がある人は貴重って考え方も」
「お前らでやれたなら俺たちでもできる」
勢い任せに見知らぬ地へ乗り込んだハルナたちでもレイジ救出を果たせたのだから、入念に対策を練って迎え撃とうとしている自分たちも任務を遂行できる。
交戦経験者を加えるメリットとデメリットを比較した結果、トシヤは後者が大きいと見ている。だからハルナの案は却下となった。
「……そうだよね」
「あー。まあ、残りで好きに作戦立てても構わないけどな。言ってくれる範囲で」
あくまで本筋の計画から除外する予定であって、ハルナたちには何もしないよう抑制するつもりはない。
といっても勝手に行動されて崩されるのは困るから、立てた計画は連携してほしい。
「って居ない。ちゃんと伝わったのだろうか」
呟いたときには、そこにハルナの姿はなかった。
ランクの低い自分には、できることはないのだろうか。そう悲観しながらの帰り道。
連絡通路を渡るハルナは、見覚えのある人がいると気づき横を向いて確かめた。
「よっす」
「ソゾロ君、何してるのこんな所で」
八王子漫芦。ここから三つ離れた駅が最寄りの彼が、誰かを待っているように一人で突っ立っていた。
「もしかしてデート?」
「お前を待ってたんだ」
ここはターミナル駅で、他路線から来る人との待ち合わせ場所に適している。そんな相手ができたのかと茶化すハルナに、ソゾロは真剣な表情で否定し、彼女を待っていたと答える。
「私? ごめんスマホ見てなかった…… ん? 通知ゼロ」
「送ってないから。ちなみに時間は大丈夫か?」
待っていたと言われても心当たりがないハルナは、落胆して気づかなかっただけでチャットでも送られていたのか確認するが、ソゾロはアポを取っていないと明かす。
そしてここからハルナの家まで一時間以上かかる。直接話したいが彼女の予定を邪魔しては悪いと思い、確認する。
「そんなに拘束する気なの?」
「分からない。納得するまで話したいから」
待ち伏せて、そのうえ時間を取る気でいるなんて何を目的にしているのか、ハルナは茶化す。
ソゾロは彼女のジョークには乗らなかった。嫌いというわけではなく、彼女らしくないからだ。
「空元気なの分かっているぞ」
「……はい」
ハルナはトシヤへの抗議が失敗に終わったことを引き摺っていると知られないよう振る舞っていたが、見透かされていると告げられ素に戻る。
「赤羽と話していたの、見てたよ」
「やっぱり見てたんだ……」
このタイミングで話しにきていたのだから、さっきの直談判が関係しているのは想像がつく。虫を操り視界を共有できる複眼を持つソゾロならできる芸当であり、見られていたことにも合点がいく。
とはいえ自分を見ていたのは意外だとハルナは実感した。
「意外ね。ヒカリしか見てないものかと」
「通告を見てから二千代はマークしていた。そしたら突然、千葉が来てたから」
遠くの場所が見えるといっても、普通は見たいものしか見ない。ソゾロが常に一ノ宮耀を追っているのは知っていたが、逆にヒカリ以外への興味は示さないから、動向にいち早く気づかれたことがハルナとしては予想外だった。
だが今回に関しても、ヒカリの身が危ないと察して対策の路線変更を決定した二千代高校はマークしていたわけで、スタンスは変わっていない。
「偶然千葉を見つけたから、もしかしてと思ってな。あれ、自分も仲間に入れてと言ってたんだろ?」
「ご名答。声は聞こえないのに、さすがの洞察力ね」
ソゾロは遠くが見えても音は拾えない。ハルナがトシヤと何を話していたかは表情と資料を見て推測するしかない。
そしてソゾロの読みは当たっていた。
ハルナはトシヤとの話の展開をソゾロに話した。
敵の本拠地に乗り込んだことがある人を計画のメンバーから外す。その提案に対して一度敵から逃げ切った実績を推したが、敵に素性を知られている問題点を覆すには至らず失敗に終わったこと。
そもそも人員を削ったところで劣勢になるほどの問題は起こらないと思われていること。
ありのままに話した。
「なるほどな。考えてみれば二年前俺たちが突入したのと比べたら、よっぽど戦力がある」
「そうね。でもあれは大会の途中だったから行けない人がいたわけで……」
トシヤの考えにソゾロは納得した。全戦力を注がずとも協力すれば成し遂げられることは、かつてレイジを救出すべく彼の故郷へ乗り込んだ経験から学んでいる。そして総合的に見て、今回参画するメンバーの方が当時より実力が高い。加えてしっかり作戦も立てる時間もあるから心配する要素が圧倒的に少ない。
だがハルナの言う通り、そのとき残留したメンバーがいたのは、勝ち上がっていた彼らには試合が残っていたからであるわけで、空いているのに外された今回とは訳が違う。
「行きたいのに行けないのは、嫌だ……」
「それは同感だ。俺だって、一ノ宮を放っておけない」
ソゾロはレイジのクラスメイトのヒカリを心配していた。彼をターゲットに起こる事件は、身近にいるヒカリが巻き込まれる可能性が非常に高い。
遠くから彼女を見られる力を持つ者として、尽力したいと思っていた矢先に今回は手を引くよう指示を出され、不満を募らせていた。
「千葉は三門が好きなのか?」
「好きって、そういう目では見られないなぁ。“同期”として助けたい思いが強いのかも」
ハルナにとってレイジとヒカリは、“ノーツ”が目覚めた時期が近い“同期”の関係だがそれ以上ではない。ソゾロのヒカリを救いたい気持ちとハルナの抱くそれは、まったく別のものだ。
「手のかかる弟妹みたい」
「そ、そうか」
実際生まれたのはハルナの方が早く、世話焼きなのもソゾロは知っているので、本当に友達思いで動いていると実感し若干気圧されていた。
「ソゾロ君ももう少し早ければ私の妹だったかもね」
「そうはならんよ」
ソゾロがあと一週間早く“ノーツ”の覚醒を迎えていればレイジと同じ立場になって気持ちが分かっただろうと言われるが、彼としては実感が湧かなかった。
「とにかくこのままじっとしていられないだろう? 俺と組まないか」
「手伝ってくれるの?」
原動力がどうであれ、ヒカリを救いたい思いは同じ。だったら結託しないか、ソゾロが提案する。
ハルナは手を貸してもらえることに喜んだが、具体的にどうするべきかはまだ定まっていない。
「もしかしてもう何かプランが?」
「ううん、一人じゃ何もできないし……」
そう。ハルナは自分に自信がなかった。協力者が名乗りを上げてくれたのだが、自分は頑張っても無駄だという不安から、意思を拒んでしまった。
「……やっぱりいいわ。私たちがあれこれしたところで、上の人に任せておけば解決してくれるもの」
「……そうか」
一気に自信をなくしたハルナを見て、ソゾロは励ますことができなかった。彼女はどこかで挫折を味わったのだろう、そう感じられ、かける言葉が見つからない。
そんなハルナが、ヒカリの面影と重なって見えたそのとき、自ずと言葉が飛び出した。
そっと手を重ねギュッと握り、若干屈んで目を合わせ。
「自分より優れた人はいる。でもお前の代わりはいない」
唐突な励ましにハルナはドキッとする。ソゾロはもっと近づいて言おうとしたとき、相手がハルナだったことを思い出し踏み留まり、下がった。
「ご、ごめん……一ノ宮と重なって」
「……ふーん、ヒカリ相手ならあんなことするんだ」
ハルナはドキッとさせられたが、すぐ揶揄いにシフトチェンジする。ソゾロは弁明するも言い訳は事実であり、俯いて受け入れる。
「でもありがとう。少し楽になった」
問題自体は変わっていないが、余計なことで笑わせてもらったことで肩の力が抜けた。
「じゃあまたね。続きはチャットで」
「ああ、気をつけて」
他に誰を誘うか、そもそもレイジに相談するか。お互いに意見を出し合いながら、二人は帰宅した。




