550話 対等ではいられない
『上原のこと?』
『はい、教えてください』
小岩詩奈は坂上未来の話に乗っかり、上原千聖と仲良くなるため話題のきっかけを集めている。
そこで最初にあてにした相手は本郷真白。他校の男子生徒だ。
『なんで俺に。坂上に聞けよ』
『坂上さんが、上原さんのことを知りたがっているんです』
マシロはわざわざ他校の自分に聞かなくても同級生のミライに聞いた方が楽に情報収集ができると提案した。だがシイナの言うように、ミライは知りたい側。
マシロはシイナの意見に納得はしたが、同級生でランクも同じミライが知らないセインの情報を提供できるかとなると自信がない。
『以前襲った本郷さんなら、意外な一面とか知ってると思って』
マシロに尋ねた意味をシイナが告げる。彼は以前、下校中のセインを“ノーツ”を使って襲撃し、全身から放出できる白い刃で傷つけた。
攻撃に長けた“ノーツ”を持つセインに奇襲を仕掛けられるくらいには、相手の隙や癖を把握していたにちがいないと、シイナは考えている。
『何? 協力して俺に仕返しする気?』
『いえ、そんなつもりでは……』
マシロは自分で言っておきながら、動機がそうなら自分へ聞いてくるのは不自然だと思い直した。
そして余計な囁きを吹き込んでしまったと焦った。仕返しをされてもおかしくないだけの行動だった自覚はあるので、命乞いする資格はない。
『とにかく、時間ないので教えてください』
『考えてメッセージ送っとく』
電話が長引くと授業に遅れてしまうので、シイナは話の脱線を嫌い返事を求める。マシロは用件を聞いたので通話は終え、チャットで答えればいいのではと思う。
だが一方で、あえてこのまま通話を続けるのもアリだと企んだ。
『それともこのまま授業サボるか?』
『私までやるわけにはいきませんよっ』
ボイコットはすでに誰かがやっていたのかマシロは疑問に思う。セインが昨日、始業までに教室へ戻らず補習を受けていたことを彼は知らない。
『じゃあ切るぞ。後で送るから』
『答えてくださいと言っているんですっ』
『小岩のためを思って言ったのに』
意地でも声で返事を聞こうとするシイナにマシロは溜め息をつく。そんなに自分の声が聞きたいのかとあきれ、より人気のない廊下へ進みながら質問に答えた。
『飛んで帰ればいいのに、いつも歩いて帰っていたから……あいつ自身、“ノーツ”をひけらかすのは好きじゃないんだろうな』
『なるほど……確かに、飛べるのなら待たなくてすむから』
マシロが奇襲に成功したのは、セインが一人で歩いていたため。教室の窓から翼を生やして帰られたら、刃は届かなかった。
休日はしょっちゅう飛んでいるのに下校時は飛ばなかった理由をマシロなりに考えた。その結果、“ノーツ”という特殊な力を人前でアピールしたくないのだろうと推測した。
『普通の人として見てもらいたいのかもな』
『まぁ、話してみればそうも思いませんが』
セインは黙っていれば普通の生徒だが、厨二病が入った独特の言葉遣いをする。そのせいで何を言っているか周りには分からない。
“ノーツ”持ちの同級生というつながりができて一年経った今でも距離があるのはそのせいだ。
『そこは多分、葛藤だ。どんなに普通を演じても、中身は強いソルジャー。対等ではいられないから、自分で壁を作っている』
一見普通の女子と思って距離を詰めても、炎や雷、神器の創造ができる人だと判明すれば、機嫌を損ねたら攻撃されると思い込まれかねない。その結果また距離が開いてしまう。
そうならないように、詰める前から壁を作っておいてショックを受けないようにした結果がその言動に表れている。マシロは推測で言ったが、実はその通りだ。
『対等でいられない……』
『まあ、俺自身そういうこと思っているからそう解釈したのかもしれないがな』
マシロも全身から刃を放つ攻撃的な力を持っている。“ノーツ”は持たない人が大半なこの世界で、彼は周囲との違いに思うところがあった。結果的にセインの理解に繋がったが、彼は気づいていない。
『言われてみたら、私は普段“ノーツ”持ちの人で集まっています。でも上原さんは……』
シイナは居心地の悪さを感じたことがない。それは周りが“ノーツ”を持った、自分と同じ立場の人だからだ。だがセインはその輪にいない。
周りと違う孤独に、苦しんでいるのかもしれないと思った。
『だからもし、連携して勝負するとかが目的なら止めた方がいい』
『はい…… ん、どうして?』
言う通りにしようと相槌を打つも疑問に思い、聞き返す。今の忠告は、“ノーツ”持ちの輪に入れるのは駄目なように聞こえたからだ。
『“ノーツ”を持ったせいで人付き合いに拒絶感が芽生えたんなら、力があるのをだしに接するのは逆効果だってこと』
『逆効果……言われてみると確かに』
“ノーツ”を持った選ばれた人として見られたくない。そんな思いがあるように思えるから、つながりのきっかけに“ノーツ”を挙げるのは得策ではない。趣味とか勉強とか、普通の接点を作るのを方針をするのがよい、それがマシロの忠告に込めた意味だ。
『ありがとう。参考になりました』
『ん、もういいか?』
マシロとしてはまだ下校時のセインの様子について話しただけで、他にも彼女の特徴について教える気でいた。
飛びながら使うには不便なのにワイヤレスでなくケーブルのイヤホンを所持しているのはこちらの方がかっこいいからと聞いたこと。属性で使い分ける黒と白の衣装で別人のような性格になるが二重人格ではなく演技で、本人に近いのは露出が多く小悪魔な黒の方だと噂に聞いたこと。
襲撃に備えて得た情報以外に友達から聞いた話も参考になると思い、話すネタを選んでおいた。
だがシイナは現時点で満足しているように思え、そして時間も迫っていることから、それを教えるのは今度にしようと思い直した。
『……時間ないので、一旦切りますっ』
「切れた。まぁいいか」
また聞かれたときに教えればいいと考えたマシロは、スマホをしまい走って教室へ戻りギリギリ間に合った。
「今日、一緒にいいかしら?」
昼休み。ミライは弁当を持ってセインの教室を訪れ、自席で一人で食べている彼女に相席してよいか尋ねた。後ろにはシイナと西千葉心朱がいる。
三人が来ることは、同級生の三門玲司から聞いていたので内心驚きはしない。だが彼から、反応が薄いと自分が吹き込んでいると疑われるから、状況を知らないフリをしてほしいと頼まれているので、言われた通り振る舞ってみる。
「独唱の結界を叩く声域の儀式を始めるか」
「えっと、一緒にご飯を……」
セインの言葉には疑問が浮かぶも、こちらの言葉は通じるはずだとランチが目的と告げる。実際セインには伝わっており、空いている机や椅子を寄せて四人で座れるスペースを作り上げた。
「儀式は設営、準備ってことね」
「これは大変だわ……」
セインの言葉を理解できるようになると意気込んでいたものの、想像以上の難しさに顔がひきつる。けれども動きを見て考えを読み取ることはできそうだとも思え、耳に加えて目を使えば理解はできそうと前向きにも捉える。
「突然ごめんなさいね。今後のために仲良くなりたいと思って」
「あっ坂上さん、それは……」
きっかけはセインと連携して戦える人をレイジ以外にも作り、彼が単独で活動できるようにすることだった。だがシイナはマシロの忠告を意識し、“ノーツ”を使った勝負を想定しての交流だと思われないようにするべく、ミライの言葉にストップをかけた。
「“ノーツ”とか関係なしに、上原さんのこと知りたいなと思いまして」
「……ええ、そういうこと」
ミライはシイナの言いたいことを察し、彼女に合わせることにした。ココアは理解が追いつかなかったので、流れに任せている。
「あんたのこと、よその学校の人から聞いたのよ。夜に家を出てコンビニとか彷徨いているって」
「黒炎のプリンセス……えっ、話しちゃったの!?」
夜遊びは二人だけの秘密としていたが、それは相手が徹底していたことであり、セインとしてはバレても困らない。
だが良い子に思われたいという相手が自ら暴露してしまったことに、彼女は困惑した。
「聞かれてスゴく焦ってたわ」
「へー、そんなことが」
「ホント滑稽だったわ」
セインの危惧した通り、夜遊びの件は話すつもりはなかった。一番聞かれたくないであろう意中の相手の前で暴露したことを、ココアは嘲笑っていた。
「私は興味深い話を聞きました。通学のとき飛ばないのは、普通の人として見られたいからですか?」
「えっ、まぁ……そんなに目立ちたくないし」
シイナはマシロから聞いた話をした。そしてセインの考えは、彼の推測通りだったと知る。
「自分で炎とか雷使うのって怖いの?」
「怖い、とは思ったことないな……」
炎と聞いてさっきのココアの話が頭を過る。自分と同じ炎使いのその友達は、バレたショックでパニックになっていないか心配で落ち着かない。
「あなただって平気で指噛むじゃない」
「最初は怖かったわよ! ガブっといったら大惨事だから」
“ノーツ”を使うのが怖くないかという質問はココアにも突き刺さる。彼女は血一滴で刀を作る力があり、一本目は自分の指を切って準備している。以降は相手を切って溢れた血を利用するので自分に負担はかからないが、その一手目に慣れるのは苦労したと言う。
「……おっと、脱線しちゃってた」
話のネタには向いているが、“ノーツ”の深掘りはセインが嫌がる。シイナは一人の女子高生としての彼女を知りたいと思い、そうなるともう少しマシロに聞いておけばよかったと後悔した。
「ごめんね、私たちが一方的に探っていて……」
「知られて困る話はない。私は」
プライベートを探られていたことはセインは気にしていないので、謝らなくていいとフォローする。
直接聞きづらいのは自覚しているし、他校生には学校と違う一面を見せていることも分かっている。何より人に探られて困るような隠し事はない。
それから四人は日常的な話をしながら昼食を進めた。弁当箱はどこで買ったのかという話からセインの私物をどこで揃えているのか、という話題が弾んだ。
「これは今月、映画観た帰りに……」
付箋を珍しがられたセインはここからずっと遠いショッピングモールで買ったと明かし、そこへはレイジと行っていたことを思い出す。
知られて困るものはないと言ったが、彼と行ったことはミライたちに言ってはならない予感がしてごまかした。
「時を越えし同胞との労いの旅で」
「ん? 旅?」
レイジと行った日とは別に他校の友達に誘われた記憶が頭を過り、それを断ったことを隠し、彼女たちと寄って購入したことにした。
そういうことにしておけば、レイジと二人きりで行った理由を探られなくて済む。それは決してやましいものではないが、過去の世界へ行く危険な旅のためだったと明かしては騒ぎになる。
このときセインはレイジの思考を理解した。周りを納得させるために、素直に全部開示する必要はなく、それなりに合理的に捻じ曲げて話を通しておけばいいという彼の言い分の利点が、実践して見えてきた。
賑やかな昼休みは無事に終わりを迎えた。押しかけられたセインは悪くない時間だったと告げ、また来てもいいと答えた。




