551話 きっかけは私
坂上未来たちは上原千聖と親しくなることには成功して、だんたんと昼休みを彼女と過ごすようになった。
品川刹那はミライたちより一歩遅れてセインと交流を始めたが、持ち前の頭脳で彼女の勉強の相談に乗るという形でスムーズに溶け込んだ。
そして三門玲司の教室に集まって昼食を摂ることはなくなり、彼のそばには元から前の席で近い一ノ宮耀しか居なくなっていた。
ヒカリが残っているのは仲間外れにされたからではなく、ミライたちの誘いを断っているから。
そしてレイジは現時点ですでにセインとは息を合わせて戦えるほどにお互いを知っているので、ミライたちに同行する必要がない。
「寂しくなったな」
レイジはヒカリ以外に話し相手がいなくなった現状の感想を呟く。椅子を半回転して彼の机に弁当を置いて向かい合って食べているヒカリは、彼の感想を肯定しつつも現状維持でいいと思っていた。
「通学は一緒だし、平気」
ヒカリの言う通り、登下校は今まで通りのメンツで集まっている。そのときセインは一人だが、目が合ったら合流するくらいの距離感を築いている。
そのときヒカリはセインと会話しない。一対一に限らず、他の誰を混じえていても話さない。
セイン自身、自分から話しかけるタイプではなくミライたちがエンジンをかけるわけで、ヒカリから彼女にアクションを起こさない以上、必然的に会話が生まれないのだ。
「つまりヒカリは俺の負担を減らす気がないんだな」
レイジはヒカリにその気はないと知っていながら言い放った。本人の意思がどうかにかかわらず、周りからどう見られるかの視点での意見だ。
ミライたちがセインと親睦を深める目的。それは彼女と連携して行動できるようになること。これまでセインの意図を汲んで行動できるのは心が読めるレイジだけだったが、自分たちもできるようになることで彼を自由にさせられる。
状況把握に長けるレイジが自由に行動できるようになると、戦況は大きく変わる。近い未来に起こる襲撃事件の犠牲をなくすのに効果的だという発想から交流を始めたわけで、それに消極的なヒカリは彼を支援する気がないと疑われてしまいかねない。
「そんなつもりじゃないのはレイジが知っているでしょう。庇ってよ」
「よく咄嗟に思いつくよな」
だがヒカリは開き直って、疑惑はレイジに晴らしてもらうよう丸投げした。最初からそのつもりだったわけではなく、今の彼の指摘への対抗策として思いつくままの発言だ。
これにはレイジも反論がパッと出ない。
「負担はミライたちが減らしてくれているし、できるでしょ」
「ぽんぽんと悪知恵がはたらくなぁ……」
さらにミライの行動さえ利用し出したのでレイジは劣勢になる。こうなったヒカリは折れない。ミライたちに説得を依頼しても、喧嘩になるだけだろう。
ヒカリは当初は悪どい人ではなかった。レイジとの出会い、交際、そして別れ。さらに他の男子との付き合いを経験し、苦しんで悲しむことを繰り返したがゆえに芽生えてしまった悪心。
もはやレイジの知るヒカリではなくなっていた。
「好きな人を庇うのが負担なはずないものな」
レイジはヒカリの考えを読んでそう言った。ヒカリが責められフォローするのはレイジにとって負担ともとれるが、それは無縁な相手に限った話。
好きな人を守るのは当然の義務。負担だなんて思わなくて当たり前のこと。そんなヒカリの言い分にレイジは同感していないが、彼女を散々振り回しておいて、自分に都合の良い主張を貫くことはできない。
だからヒカリの考えが正しいと受け入れ、彼女が問い詰められることになればどんな手段に出ても守ると決めた。
納得したのではない。一理あるとさえ本当は思っていない。ただレイジは自分の考えが正しいと思い込んで失敗した反省から、周りに従うように態度を改めた。それでうまくいくか確かめるために。
「……きっかけは私でしょ? 私がレイジを追いかけて怪我させたから」
ミライたちがセインと親睦を深めにいこうとしたきっかけを、前に前に辿っていくとヒカリに行き着く。
休み時間に黙って離席したレイジを尾行したヒカリ。走って逃げても振り切れないと甘く見られていたことに憤慨した彼は、走力で敵わなくても階段を大きく飛び降りればリードをつけられると思い決行した。
そのときレイジは着地で足を痛めた。それが最近露呈した高所恐怖症の原因。
ということにしているが、本当の原因は兄の墜落死。高い所から落ちれば自分も同じ目に遭うのではないかと不安を抱くようになったことだがヒカリはそれを知らない。
高所が駄目になったことでレイジは空を飛べるセインとコンビを組んで勝負するのが難しくなった。そこをカバーする役をセインが二人分担うのではなく、ミライたちが彼の代役を果たすことで実現する。そのために彼女をよく知ろうとして行動している。
元凶はヒカリ。そう思われているのではという不安が彼女の頭を蝕んでいる。
「恨まれていると思う……あれ以外にも私、突っ掛かったことあるし」
ヒカリが追いかけたせいで高い所が苦手になって、セインはレイジの分も強くなろうとしていた。
だから彼女はきっかけを作ったヒカリを恨んでいる。そう思えてしまう。
加えてヒカリはセインに喧嘩腰で当たったことがある。恐怖症克服のためにレイジに付き合っていたセインに、事情を知らないヒカリは、彼の時間を奪わないでと注意した。
大学受験に不安を抱えるレイジを思っての発言だったが、そうと知らないセインは彼をこんな目に遭わせた張本人でありながらよくもそんな態度をとれるものだと激昂し、一触即発の空気になった。
レイジが介入してごまかすことで抑えたが、解消はしていない。だからヒカリは今もセインの反感を買っていると思い込んでいる。
「そしてもし……皆が向こうの味方についたら」
「仲間外れにされる。そう思うんだな」
レイジの先読みにヒカリは小さく頷く。確かに今は友達と険悪な関係になっていない。だがセインが心を開いて本音を明かし、自分に関する不満に共感を覚えたら、今までのような仲ではいられなくなってしまう。
それはヒカリの妄想でしかないが、レイジは無責任に否定してはいけないと思い相槌を打って聞く。
謝りたい。そう考えたヒカリに対し、レイジは自分が恐怖症を克服すれば気負うことはないと考え、すぐに却下した。
これだけ時間かけて克服の進歩がない。やる気になっただけで達成できるはずがない。過去の経験で思い知ったレイジは、別の方法を考える。
「私、謝ってくるっ」
ヒカリは悩んだ末に決断した。ミライたちに絶交される最悪の結末を避けるために、できるだけのことはしたい。何もしないまま後悔したくない気持ちが彼女の背中を押した。
待て、とレイジは呼び止めたかった。確かにヒカリが付き纏ったせいでレイジが欠点を持ち弱体化したとセインが思っていたのは事実。けれども今は違う。
セインはレイジの恐怖症のきっかけがヒカリではなく、もっと前にあったことを今月の頭に知った。
セインはその事実を他言することはない。けれどもヒカリからアクションをかければ話してしまう可能性がある。それを阻止したいと思うレイジだったが、自分の思うことが正しいと決めつけないよう意識していた結果、ブレーキがかかってしまいヒカリを止められなかった。
「ヒカリ? 何かありましたか」
セインの教室へ息を切らして飛び込んだヒカリ。気づいた友達が様子を聞くも、ヒカリは答えず息を整えながらセインを見据える。
唐突に来たのに理由があると考えたセインは、レイジから連絡が来ていると思いスマホを取り出す。だがメッセージはない。
何も言われなければ好きに行動していいのだろうと解釈したセインはスマホをしまう。
「上原さん、私のせいでこんなことになって、ごめんなさい」
「私のせいで?」
今のセインに心当たりはなく、ヒカリの謝罪に首を傾げる。
「皆が上原さんと親しくならないといけなくなったのはレイジがあなたと組めなくなったからで、そのきっかけを作ったの私だから……」
ヒカリの早口に周りはついていけない。セインは辛うじて頭に入った最後の発言から、先月のヒカリとの口論を思い出し、それについての謝罪だと察した。
「三門さんが高い所ダメになったのを一ノ宮さんのせいだって言ったことへの謝り? なら……誤解だったから大丈夫」
セインは唐突な謝罪に困惑しながらも、心当たりがある件のことなら謝る必要はないと伝えようとする。だがヒカリとそれぞれで持っている情報が異なるがゆえに、お互いうまく通じない。
「よく分からないけどレイジに立ち会ってもらった方が良いんじゃない?」
「確かに。でも来るかしら」
廊下を覗いてもレイジが来る様子はない。ヒカリに聞くと、彼は教室に残っていると言う。
「レイジが二人に同じことを話さないからお互いよく分かっていないのだと思うわ」
「それもあるけど、お互いゆっくり話してみましょう」
話が噛み合わない原因についてはヒカリの説明が勢い任せだったことも、セインが聞き返さず推測から妥当な返しをしただけだということもある。
全部レイジに責任を押しつけず、まずは二人で落ち着いて仕切り直すことにした。
「私に迫ったのは、三門さんの代理に戦えるようになるためだったの?」
「ごめんなさい! 実はそうなんですっ」
小岩詩奈はこれ以上隠し切れないと認め、セインと距離を詰めようとした目的は彼女の“ノーツ”にあることを告げた。
それを黙っていた、そしてバレて謝ったのは、セインが人との交流に壁を作る理由がまさにその、人と違う“ノーツ”を宿したというもの。
超能力のような、普通の人は持たない特別な力。ゆえに距離を置かれたことから、人との壁を作った。
だから“ノーツ”関係なしの友達付き合いを始めるという体で交流を重ねていたが、実際の目的はセインと“ノーツ”を使った連携をこなせる人をレイジ以外にも作ることだったのだ。
「普通の人付き合いをしたいでしょうに“ノーツ”が目的だって知ったら傷つくと思って……」
「そういうこと? まぁ、確かに普通の友達をまた作りたいとは思っているけど……」
セインは望んでいた関係を築けるわけではないことにガッカリしたが、彼女たちを突き放そうとは思わない。
「一緒に戦える仲間がいると嬉しい。だから、これからよろしくね」
「はいっ、一緒に頑張りましょうっ」
セインの向き合おうという気持ちにシイナは安堵し、笑顔を見せた。
「それで、ヒカリは何を謝りたいの?」
「あっ、うん……私がレイジに付き纏って起こった事故が原因で、皆は上原さんと一緒に戦えるようになるってなったから」
「それは違う。違ったの」
ヒカリの言い分をセインは否定する。真実はレイジの口からではなく、その目で確かめていた。
「彼の恐怖症は、お兄さんの事故が原因だから……」
「え……そうなの?」
レイジの兄が飛行機の墜落事故で死んだ。それは皆もう知っている。
「あなたも知っていたのね、あの事故のこと」
「ええ。見た、と言う方が正しいか」
何を見たのかミライは疑問に思った。事故の話はヒカリから聞いていたが、その事故は小学生の頃の話だ。
「見たって、あなたたちもしかして幼なじみ?」
「いえ、過去へ行っただけです」
レイジと幼なじみのいう衝撃的な事実の発覚、ではなかったが、むしろそれ以上の衝撃を受ける告発。ワンテンポ遅れて一同は驚愕の声を上げる。
「でも私もあるわ、過去の三門に会ったこと」
「何それ聞いてな……聞いたか、三月だっけ」
西千葉心朱も小学生の頃のレイジに会ったことがある。とても生意気だったと愚痴を聞いたことをヒカリは思い出した。
「運命を変えるために戦ったけど……私は肝心なところで怖気づいて、だから三門さんのような度胸をつけたいって」
「ねえ、その話詳しく聞かせてくれる?」
ミライはセインに詰め寄り、他の皆も食いついた。ミライはこのとき、レイジに対して怒っていた。
セインが彼のことで悩んでいると知っていながらなぜ相談せずごまかしていたのかと。




