549話 知らない一面
「やっぱり明日から皆のところに戻るわ」
「そう。で、誰と居たの?」
坂上未来は今朝、友達に伝えた話を取り消した。話の内容は、しばらくは登下校の際に別行動するというもの。
だがミライが保ったのは今朝までで、宣言は止めにすると皆に告げた。
一ノ宮耀はミライのあまりにも早いギブアップに逆に興味をもち、何を目的とした別行動だったのか尋ねる。
「上原よ、上原千聖」
「ああ、最近レイジとよくいる……」
ヒカリは相手の名前を聞くと、振り向いて三門玲司の顔を見た。セインは昨日、レイジとともに授業をサボっていた件で注意を受けており、それ以外に関しても、最近彼と接する機会が多いことを気にかけていた。
ミライがセインと距離を詰めようと試みた件についても情報を握っていると読み、彼からも事情を聞こうとする。
「昨日一緒に補習を受けたのをきっかけに仲良くなろうとしたんだよ。けど向こうの話についていけなかった」
ヒカリやその友達はセインとはあまり関わったことがなく、その理由は彼女の独特な口調にある。
日本語は普通に話せるのに、わざわざ分かりづらい言葉ヘ置き換えて発するものだから、内容を理解するのは困難。
心が読めるレイジがいれば、本音を読み取って訳してくれる。だが彼が居ないとそうはいかない。
ミライは今朝セインと一対一で対話をしようとして、即座にお手上げ状態となっていたのだ。
「普通に喋ってくれたらいいのにね」
「そのためには向こうの警戒を解かないといけないがな」
通訳ができるレイジがいないときは、相手に伝わるように話してほしい。そう感じるヒカリに対し、彼はセインがそうしない理由を軽く明かす。
心の内を明かせる相手だと認めていないうちは、あえて伝わりにくい言葉を選ぶ。それがセインのやり方だ。
「同じSランクとして連携とれるようになりたいのよね」
「そういうことか。でもあの人、一人で十分強いじゃない」
ミライがセインと親しくなろうとする理由、それは特殊能力“ノーツ”のランクが同じ同級生として、チームワークを高めておく必要があると考えたから。
しかし連携ができなくても危機感はないと周りから評されている。セインの“ノーツ”は単独でも戦える攻撃的なものであり、一人で自由に行動させても大抵の仕事はこなせている。
「それに組んで戦うなら三門がいるじゃない」
レイジもSランクであり、セインの話を理解できる。連携役は彼が担えるからミライができるようにならなくてもいいのでは、という声も上がる。
だがその意見は事情を知らない立場であるがゆえのもの。今のレイジに、セインの相棒が務まるだけの勇気はない。
そのことを知っているのはこの学校ではセインとレイジ、そしてミライの三人だけだ。
「彼が居なくなったらの話よ」
「いや卒業までは居るから」
ミライはレイジで果たせる役目を習得しようとする動機に、彼の後継ぎになると挙げた。
しかし彼は今年度まではこの島に在住するつもりであり、同級生であり続ける予定に変更はないと訂正した。
「あんた転校するの?」
「しないしない」
クラスメイトからの質問に、レイジは首を横に振る。ミライの言い回しが悪いせいでとんだ疑惑をかけられたと内心不満を抱く、彼の心情を察した彼女は彼が居なくなると告げた理由を語る。
「死んでしまったときのためよ」
「……また例の事件の話?」
レイジが居なくなってしまう、その原因となり得る事件に皆は心当たりがある。
彼の故郷の人々がこの高校へ襲来し、彼を始末する。という事件が起こると予知された話が広まって数ヶ月。
死亡推定時刻まであと二か月をきっているが、運命を変える手立てはまだ明確になっていない。ゆえにレイジが犠牲になるのは否定できないのだ。
「不吉なこと言わないで」
ヒカリはミライに冷たく言い放った。どんな事態であっても、レイジが死ぬと想定するなんて、ましてやそれを受け入れて実現したときに備えた話をするなんて、聞かされて不愉快だ。
だがミライも本音としてはこんな話にしたくない。レイジが高い所に苦手意識を持ったせいで自在に飛び回れるセインと連携できなくなったという現実を伏せておくためのカモフラージュとするために、止むを得ず、不謹慎な話を表向きな理由としている。
「まあまあ、ミライが上原さんと組んで動けるようになったら、例の事件も攻略できるかもですし」
ミライの意見を好意的に受け取ると、彼女がレイジの代理を務められるようになることで彼が自由になり、事件に対してできることが増える可能性が出てくる。
その結果、事態は明るい方へ進み、彼の犠牲を回避できることだって不可能ではない。だからミライの意思は実現する価値はあるという意見が出る。
ミライ自身、この点は考慮していなかったが、言われてみれば納得し流れに乗った。
「レイジに頼らずできることを増やすのは、今の私たちの役目ではないかしら?」
事件に対して重要な人は、心が読めるゆえに状況把握に長けたレイジ。彼の負担を減らすことは、事態の好転に繋がる。ミライは便乗して主張しヒカリに問いかける。
「よし、この機会に私も仲良くなってみようかしら」
「私も賛成ですっ」
ミライ一人に任せず、自分たちもセインと距離を詰めよう。そんな声が少しずつ挙がる。
全員で一度に行動してしまっては渋滞を起こすから、最初は三人だけ。
ミライと西千葉心朱、小岩詩奈だ。
二人はミライと違いSランクではない。けれども抵抗はなく、むしろ興味を持っていた。
「あんたも協力しなさいよ。通訳とか」
「分かってるよ。よろしくな」
レイジは嘘をついている現状で関係者を増やすことに不安を感じるも、断れば怪しまれると踏んで二つ返事で承諾した。
『上原がどんな奴か?』
『そう。Sランク同士、知ってることあるでしょ?』
ココアは事前準備として、“同期”の秋葉原秋杜に話を聞いた。
高校は違うので、休み時間に電話をかけて聞いた。
『三門に聞く方が早いんじゃ』
『アイツ抜きで知りたいの』
アキトはココアの質問に、どういう意図を踏まえて答えるべきか困惑し、自分でなくレイジに尋ねる方が確実だと提案する。対して彼女は彼の意見は不要と切り捨てるので、ますます分からない。
『どうしました?』
『その声、船堀!? なんでいるの』
『ああ、ちょうどいい』
アキトは電話に出ているのを同級生の船堀愛姫に見つかり、ナイスタイミングと捉え彼女にスマホを預けた。
「西千葉から。上原について聞きたいそうだ」
「はぁ……もしもし船堀です」
アリスは戸惑いながらもココアと通話を開始し、代理で答えようとした。
『……まああんたでもいいや。上原さんってどんな人?』
『そうですね……結構強い人です』
『それは知ってるわよ』
“ノーツ”が戦闘向きで派手に強いのは見れば分かること。知りたいのは素性で、接してみないと分からない特徴。
ココアは求めていたのと違う回答をばっさり払うが、その態度にアリスはカチンときた。
『ココアさんは弱点を知りたいのですか趣味を知りたいのか具体的に尋ねてくださりませんか?』
『“ノーツ”以外全然知らないから何か教えて』
勝負したいのか親睦を深めたいのか、目的を聞き出すアリスに対し、ココアは素直に後者だと答えず、“ノーツ”以外の情報を求める。
質問の答えになっていないのは癪に障ったが、アキトの手前、取り乱すわけにいかないと我慢し、セインの内面の情報を伝える。
『結構アクティブな人ですね。飛べるから週末会ったりします』
『ふーん、アウトドアなの』
飛べるのは“ノーツ”由来だが、それをきっかけに交流する機会はある。アリスは学校外での交流を経て知ったセインの特徴を語った。
ココアはセインがレイジとネトゲ仲間だったことは知っているので、放課後や休日は家で過ごすタイプだと思い込んでいたので、アリスの話には驚かされた。
『終電過ぎても平気なので、二人で深夜にコンビニ行ったりして』
『ワルっ……不良じゃない』
アリスは留学生でアパートに一人暮らししており、セインは部屋から抜け出せるので、お互い親にバレず夜間外出をする仲だ。
それを聞いたココアは意外だと驚きつつも、未成年としてよろしくない行動だと率直に呟く。
『え、船堀そんなことしてるの』
『はっ、違います! これは……』
夜遊びの件はセインだけとの秘密だった。アリスはココア含めて他にも知り合いを家に泊めたことがあるが、夜道を出歩こうと提案したことはなく、真面目な人という印象を抱かせてきた。
セインは友達を連れてくることはなく自分から話すタイプでもないので、彼女にだけは違う一面を見せていた。
無論、アキトにも教えていない。知られたくない素顔なのだが、つい言ってしまったのだ。
「なんか夜コンビニとか聞こえたけど」
『そうよ! こいつ不良なのよ!』
焦りつつもごまかそうとするアリスにココアは電話越しに追い討ちをかける。もう限界だ。
「誤解ですアキトさん!」
「あ、スマホ貸して」
アキトはアリスの告白で話が脱線してしまったことに気づき、ココアの質問への回答をするべくスマホを返してもらった。
『西千葉、私からも上原について話す』
『そ、そう? ありがと』
取り返しのつかない事態になりショックを受けるアリスをよそに、アキトは元同級生から聞いた話も踏まえて、セインについて語った。
『学校だと話す相手がいなくて、週末は“同期”に会いにくるんだ。けどそのときは結構喋る奴で、話すのは好きだと思う』
アキトはココアがセインについて聞いてきたのは、よく知って仲を深めたいと思っているからだと推測した。そこで背中を押すように、打ち解けるのは難しくないと伝える。
『大方、今年の体育祭で勝つために理解を深めるつもりなんだろ?』
『ペア組めるのが三門しかいないと、アイツがいないとき困るから』
アキトは対戦校に塩を送ることになったのを自覚しつつ、それでも負けないと気合いを入れる。対してココアは図星を突かれたわけではないが、質問の目的を告げる。それを聞いて彼は疑わなかった。
『あとココアが好きだ』
『……へっ!?』
『あ』
アキトは思いつくままに言った後、ココアの名前がセインの好きな飲み物の名称と同じだったことに気づく。言い回しが悪く、まるで彼女へ愛の告白をしてしまったみたいだ。
『違くて、上原が、飲み物で……』
セインは飲み物のココアが好物だと言い直したかったが、焦ってうまく文章にならない。聞き手のココアは想像が暴走し、アキトの声は届いていない。
「いや、レイジに任せるか」
まずいと思いながらも、誤解はレイジに解いてもらえると気づいたアキトは冷静になり、電話を切った。
「……すみません、アリスは悪い子です」
「あー……驚いたけど、大丈夫。誰にも言わないから」
顔を真っ青にして震えるアリスに、アキトは目線を合わせて宥める。幻滅してなどいない。同級生になって一年以上経ったのに、まだ知らない一面があったことにどことなく気分が上がっている。
「船堀にもそういうやんちゃな顔があるの、面白いな」
軽蔑されてはいないが、それと別に恥ずかしさでいっぱいになり、やはり知られたくなかったと後悔が止まらない。
「全部ココアさんのせいです」
暴露したのはアリス自身だがきっかけを作ったのはココアだという点から、全責任を彼女へ擦りつけた。
一方、アキトの告白と勘違いしたココアは廊下でフリーズし、授業に若干遅刻してしまい叱られたのだった。
なおレイジは八つ当たりを嫌いココアに誤解だと告げるのを後回しにし、彼女は授業中ずっと上の空だった。




