546話 そう言われると思って
長いゴールデンウィークが終わり、普段通りの学校生活が再開して一週間が過ぎた。
学校生活のサイクルに体が慣れてきた一方で、今月はもう祝日がない事実に落胆の声が上がる。
「来月まで祝日ないのダルいわ」
「毎年言ってるよ、この時期は」
三門玲司の席の近くで同級生の女子たちが雑談をしている。
レイジのそばだからという理由ではなく、彼の前の席の女子を中心に集まっているだけだ。
だから彼は会話に参加する気はない。けれども離席すると避けられていると思われてしまうので、その場でじっとしている。
「休みの日増やせる人いないかな? あんた何か知らない?」
「いないんだな、それが」
いきなり意見を振られるレイジ。“ノーツ”と呼ばれる特殊な力に目覚める人が集まるこの島でも、法律を変える行為に及ぶ者はいない。
可能性を持つ人がいたとしても、レイジはこの場で正直にどこの誰とは答える気はなかった。
「そもそも祝日があること自体を喜べよ。俺の故郷にはなかったぞ」
「え、ないの? ダサ……」
唐突に故郷をディスられ、それが心の声と一致する紛れもなく本音だと分かってしまうレイジはムッとした。
「今ので俺の地元の連中全員怒らせたからな」
「かかってきなさいよ」
「やめなよ、縁起でもない」
故郷からの襲来。今となっては冗談では済まされない。近い未来、本当に攻め込んでくるのだから。
「例の事件に対しては連休中も進捗はなかったね」
「ランク対抗戦で個人個人のパワーアップはあったけど、果たして通用するのやら」
その襲来に対し、同学年の“ノーツ”持ちで意見を出し合い、どうやって被害をなくすかを考えている。大型連休中は他校の知り合いとも関わる機会が各々あったが、明確な解決策は見出せていない。
成果と呼べるものは、ランク対抗戦を経て実感した実力の向上。“ノーツ”に応じて与えられたランクで集まり、少人数に分かれて他のランクと独自のルールで勝負する。新たな使い道や他者とのシナジーを探り、できることが増えた。
「来月といえばヒカリの誕生日ですね。今年は何が欲しい?」
来月の祝日から一ノ宮耀の誕生日に繋がり、話題はヒカリへのプレゼントに移る。
「特に……欲しい物は全部この前買ってもらったし」
「あー、ゴールデンウィーク中?」
ヒカリは欲しい物を答えなかった。無難な物を挙げようにも、それらはすでに入手している。
枕、タオル、入浴剤、その他諸々。そろそろ買い換えたいと思っていた物は、他校の男子生徒たちと出掛けたときに買ってもらえている。
連休中は特に外出の機会が多かったので、大方揃ってしまっているのだ。
「こんな時期じゃなければな、誕生日」
「何? 今日は俺を多方面からディスる日なの?」
ヒカリは自分の誕生日が大型連休の翌月であることを不満だと漏らすが、彼女と誕生日が近いレイジはまるで自分も気の毒な存在だと思われていると捉えた。
故郷に県民の日の祝日がないことを嗤われたのも相まって、今日はとことん卑下されるのかと文句を言う。
「三門は何買ってもらうの?」
「もらえる予定はないが、折り畳み傘が欲しい」
レイジはまだ誰にも話していない望みを語った。割りと常識的な返答に困惑された。
「いや、この前電車に置き去りにしてさ。これから梅雨に入るし」
「探しにいっては? 行方は分かっているのでしょう」
レイジは失くし物探しがうまい。誰かが拾えば、その心の声を聞き分け場所を特定できる。現に彼は交番に届けられていることを知っているが、そのためだけに出掛けるのが億劫で、放置している。
「それが結構遠くてさ。まあ近くまで行くことはあるけど、いつも忘れてきちゃう」
交番まで行く。そのタスクが頭に入っているのはレイジ自身だけ。だから彼が別のことに意識を割かれていると、寄るのを忘れて帰ってしまう。帰り道に思い出しても、引き返さず、次来るときでいいと割り切ってしまう。
それが長続きしているのが現状だ。
「だからもう新しいの買おうと思ってる」
「そんないい加減な人に誰がプレゼントしてくれるのかしら」
プレゼントは相手に喜んでもらうために渡すもの。レイジの話を聞く限り、仮に渡しても、失くされたら探さず別の物に乗り換えられてしまうとしか思えない。
「そう言われると思って、理由は言わないようにする」
「誰に買ってもらうのよ」
「ハルナ。あいつなら疑わずに良いものくれると思う」
この場にいる人には、頼んでも聞いてくれないのは読めている。だからレイジは欲しがる経緯を知らない人に頼むつもりでいる。
他校の知り合いで“ノーツ”が目覚めた時期の近い“同期”の関係でもある女子がこの候補。
彼女なら単純に折り畳み傘が欲しいと伝えるだけで、頑張って選んでプレゼントしてくれる。そう考えていた。
「バラしてやろうかしら」
「やめて。また叱られるから」
レイジは本気で頭を下げた。欲しがる理由を知られたら、説教タイムに突入してしまうのが目に見えているからだ。
「やっぱ正直に全部話すのメリットねえな」
「いやあんたが悪いでしょ」
レイジは言わなくていいと思っていたことを話してしまったことを失敗だと呟く。これは彼の考える理想に反する行為であり、彼は日頃から、必要ない情報は明かさないことを心がけている。
けれども黙っていたことが後々発覚したときに、どうしてもっと早く言わなかったのかと追及されることが多々あって、その度に彼は、知らないままでいた方が収まりがいいと告げていた。
この場で改めて、その考えは間違っていないと実感したと愚痴るものの、根本的な問題はレイジが持ち物を大事に扱わないことだと指摘され、誰も彼に合意しない。
「まあ、思い入れがあれば意識は変わるでしょう」
「そうね。人から貰った物ならもっと大事に」
「誰から貰おうと、物は同じだろ?」
せめてものフォローとして、特別な物という意識を持てば物持ちは改善されると話してみるも、あろうことかレイジ本人がその説を否定する。
経緯が何であっても実体は変わらない。紛失しても取りに行く気が湧かないのは変わらないと言い放つ。
その直後、今の一言は余計だったと反省した。
どうしてこんな捻くれているのか、それは自分で察していた。心が読める力が目覚めてから、サプライズを感じられなくなったのが影響している。
誕生日やクリスマスで何を貰えるか、それは当日を迎えるまでもなく分かってしまい、いざ受け取っても、やっぱりという感想が先に出る。
周りの人はサプライズを仕掛けてもらえたことを心底嬉しそうに語っていても、一人だけ共感することができないレイジは、とことん真逆の解釈をするようになってしまった。
だが同情してもらおうなどとは思わない。この思いは胸の中に閉じ込めておいた。
「……渡したい人の気持ちも考えずに、よくそんなこと言えるね」
ヒカリはレイジの方を向いて、真剣に見つめて問いかけた。彼は心が読める。だから渡す立場として、何をしても想定の範囲になられるとどうすれば喜んでもらえるかはとても悩まされている。
そう悩んでいることも知っているはずなのに、その思いを踏みにじるような発言に、ヒカリは手が震えた。
レイジとしても、ヒカリを傷つける言葉を放ってしまったと自覚していた。だが今さら謝ってもどうにもならないと割り切り、しばらく黙り込む。
この空気は周りになんとかしてもらおうと他人任せに出る。
「嫌な気持ちになるのなら、とっとと縁を断ちなさい」
不満をぶつけるヒカリに対し、別れたレイジに何かを望むのはもう終わりにすべきと忠告が入れられる。
別れた今でも彼にプレゼントをあげる気だったのは、態度から感じられた。
それをやめてしまえば、レイジがどんな態度を取ろうと気にする必要がなくなって楽になる。これは結果的にヒカリのためを思っての忠告だ。
だがヒカリは言葉に出さず反抗する。レイジとは復縁したい。今の相手とも別れたい。
そう願っているのに、彼は何もしてくれない。
けれどもじっと待つ。いつかを信じている。そのために自分から彼を突き放すことはできない。
「傘で思い出したけど」
重たい話題になり自ずと目を背けた第三者は、教室で日傘を差しているクラスメイトが目に入り話題を切り替えた。
「いっそあれくらい携帯してみたら?」
「あんなのがクラスに二人もいてたまるか」
レイジは提案を一蹴した。その少女は夜にエネルギーを溜めてパワーや攻撃手段が伸びる“ノーツ”を持っているから効果的なのであって、彼が真似をしたところで誰一人としてメリットは得られない。
仮に得するとしても傍から見れば迷惑な存在。その事実は変わらないと自覚している彼は、どんな理由があっても真似しないと豪語する。
「ディスの矛先は私に向けられたの?」
「やっぱり聞いているんじゃない、こっちの会話」
話題に巻き込まれたその少女は傘を持ったまま近寄ってくる。自席で一人で過ごしているように見せかけて、これまでの会話は頭に入っていたが、それは前からも言えることだ。
「このクラス変な人ばかりだね」
「何ですって?」
ヒカリは思ったことを口にしてしまった結果、さらに顰蹙を買う。あくまで“ノーツ”持ちに限った話だと付け足ししても、腑に落ちない人が約一名残ってしまっている。
「ヒカリは敵を作らないように抑えてください」
「三門と違って思ったことなんでも言うのね」
思っていても自分の頭に留めておくレイジとは反対の意味でヒカリは極端だ。
だが生まれつきではない。レイジと出会って、思ったことを隠しておこうと考えても彼には筒抜けであることから、いっそ全部言葉にしようと思い切ったのが始まりだ。
その習慣が遠慮のない発言に繋がる。そのせいで度々、ヒカリは友達を苛立たせてしまう。
「敵……」
その単語から、ヒカリは連休の始めの方でレイジに言われたことを思い出した。もし彼が全てを敵に回したら、自分はどうするかと問われたことだ。
ヒカリは今一度レイジに、質問の意図を聞きたいと思った。だがこれだけの人の前で、彼は触れてほしくないと思っているだろう。
ならば口に出そうとしたところで、余計な口を塞ぐなり、聞かれないために連れ出したりしてくれるだろう。そう期待し、ヒカリはこの場で声にした。
「レイジが言ってた、全部を敵に回すってどういうことだったの?」
期待と裏腹に、ヒカリは言い切ってしまえた。何を言おうとしていたかはレイジに知られていたはずだ。なのに止めてこないのは、人に聞かれても困らないということなのか。
そう思うと、自分だけに打ち明けたかったものではなかったと感じ、落ち込みだした。
「何? また何かやらかしたの?」
「いや、もしもの話」
レイジのやらかし。それは二か月後に起こる大事件の被害をなくすために対抗して進めている計画が、敵にバレてしまったこと。
だがレイジはそれを話さず、あくまで仮の話だと言い張って乗り切ろうとする。
「まああながちもしもの話じゃないな。今の状況とか」
プレゼントの捉え方で敵を作る様子はまさにそれの体現であり、規模は小さいもののレイジは周囲を敵に回した。
そうなったときヒカリに何を求めるか、それは何を願おうと、実際の彼女の言動が全てだ。




