543話 夢の中の
「……あれ?」
「良かった、気がついた……」
三門玲司は目が覚めたら波止場に寝そべっていた。すぐ横では目を真っ赤に腫らした上原千聖が安堵の声を漏らす。
彼女の心を読んで、彼は自分が置かれている状況を理解した。
「そうか、俺あいつに負けて……」
「やられる前まで戻したんだ。この石の力で」
町屋時多は時の石を突き出す。時間を前後させたり空間を捻じ曲げる力を持った石。その力でレイジを瀕死の状態から回復させた。今の彼には痛みは残っていない。
「まったく無茶なことを……昔の君が石を届けてくれなかったら」
「悪かった、心配かけて」
事の発端はレイジが過去の自分を殺しにいったことだ。高校生になるまでは生きている正史を変えようとすることで、それを阻止する赤い光が降ってくるのを誘う。
過去を変えさせないために放たれる光の真相を掴むのが目的だった。
だが逆に過去の自分にやられてしまった。昔の彼はセインが落とした石を使ってトキタたちの元へ向かい勝負の結果を伝えると、石を渡して去っていった。
もし昔の彼が持ち去ってしまっていたら、手当ては遅くなっていたにちがいない。襲われたにもかかわらず救ってくれた昔の彼には感謝しなくてはならない。
「赤い光は分かったのか?」
「いいや、降ってこなかった」
収穫がなかったレイジの報告を聞いて、トキタは首を横に振る。思った通り、過去の世界にこれ以上干渉するのはやめるべきだ。
「もう危ないことは止そう。元の時代に皆で帰って、もう来ない方が良い」
ただ帰るだけでは駄目だ。レイジはメンバーを変えてもう一度来るつもりでいた。だが良くないことが起こりそうに思えるトキタは、その計画さえ中止にすべきと進言する。
「……そうだな。石を失ったら俺たちは帰れないし」
今のレイジがいる場所は八年前の彼の故郷で、ここへ来るために時の石の力を使った。だからその石を失くすと帰ることができなくなってしまう。
「でもある意味それが正解かも。三門君が自分の存在を消したいのなら、ここに残るってのは」
「なんてこと言うんだ。悪魔か」
成東祭はレイジの目的が、自分の存在を島から消して未来に起こる事件を未然に防ぐことだというのなら、過去の自分ではなく今の自分を消すのでもいいと考えた。
その最も単純な方法は、元の時代に戻らないこと。高校三年生のゴールデンウィークを最後に消息不明にしてしまうという無慈悲なものであり、当然トキタは却下する。
一方でレイジは悪魔の囁きに心が揺らいだ。全員で帰るフリをして、自分だけ残って調査を続ける。それなら説得の手間が省ける。
「もう帰ろう。諦める」
レイジは決意を折ったように振る舞って、元の時代へ帰るよう促す。だが全員揃っていない。セインが姿を消している。
「その前に、あの子を慰めてあげて」
池袋実祷はセインが去っていった方を指差す。居なくなろうとしていることに気づいてはいたが、励ましてやれる自信がなかったのでレイジに任せる気で会話が落ち着くのを待っていた。
「私たちが来たときには心ここにあらずな感じで……」
「自分が動けなかったから俺があんな目に遭ったって思い込んでいるんだ。そうさせたのは昔の俺だけど」
ミノリたちが来たときには、すでにレイジは倒れていて俯くセインは放心状態で、一体何があったのか読めない状況だった。
だが直前にレイジが昔の自分を襲いにいくと言っていて、その昔の彼がセインに預けていた石をトキタに返しにきていたことと、今の彼の発言から整理すると、今のレイジは返り討ちに遭い、石を奪われたセインは助けようがないことに絶望し固まっていたのだろうと想像がついた。
何にせよ、状況と心境を一番よく分かっているレイジが果たすべき責任であることに変わりはない。
「帰ろう」
セインが一連の事態を引き摺らないように、レイジは終わりにしようと告げる。非があるならそれは彼の方だ。彼が意地になって正史を変えようとして、その上で準備も足りていなかったからナイフで喉を刺され死にかけた。
「……確かにお前が俺に味方して残った結果だけども」
トキタたちは過去を変えることを恐れすぐに引き返そうとしたが、レイジはまだ残ろうとしていた。だが我慢して帰ろうとしていたところにセインが口を挟み、自分も残ると言い出した。
その余計な意見がなければレイジが被害に遭うことはなかったのだと、セインは自分を責めている。その心を読んだレイジは、気にしなくてもいいと理解してもらおうとする。
「元はといえば俺が残ろうとしていたからだ。セインは悪くない」
失態をそうとは捉えず受け入れてくれたレイジに、セインはようやく顔を向ける。だが彼女はまだ思うところがあり、彼はそれを読み取る。
「あと、昔の俺が酷いことしたな。それだけセインが厄介だったんだろうけど」
レイジはセインの目元に手を当てた。昔の彼が投げたナイフのかすり傷がある。傷は浅く小さいのでもう止血しているが、自分同士の勝負に次割り込んできたら直撃させるぞという脅しを受け、心は大きく傷ついていた。
それで怯んだセインが動けない間に今のレイジがやられたわけだが、それは野放しにしておくと勝ち目はないと判断した昔の彼の策略が決まっただけであり、彼女が臆病だったのが悪いわけではない。
けれども戦っていた相手は過去の自分なわけで、言ってしまえばセインを傷つけたのはレイジであり、今の彼は謝った。
「これも後で治してもらおうな」
トキタの持つ時の石を使えば個人の時間だけを戻し、切られる前の顔に治せる。だが精神的なダメージは消えないので、レイジはそれが気がかりだった。
目元を撫でるレイジの手をセインは掴んだ。
「もう少し、続けて……」
離してほしくないからと掴んだその手。レイジは仮に掴まれなくても希望に応える気でおり、そのまま傷をさすり続けて落ち着くまで繰り返した。
さすりながらレイジは考えた。赤い光の出どころを突き止めるという目的はまだ果たせていない。このまま元の時代へ帰っても収穫はゼロ。
だから自分だけ残り、調査を続けると決めたが、具体的な内容が定まっていない。
昔のレイジが考えているように、この時代へ残り続けてしまえば未来の自分を中心に起こる事件は未然に防げるかもしれない。
だが自分が残ることでどうなったかは八年経ってみないと分からないし、裏目に出ていようものなら手遅れだ。
自分に危害が及ばない範囲で、変えられる過去はあるか、周りの心の声を聞きながら、アイディアを考える。
「……兄貴だ」
浮かんだのは兄の姿。少し前に起こった墜落事故で命を落としたレイジの兄だが、市内で生存を確認できた。今の彼はそれが偽物だと知っているが、秘密に気づく前の昔の彼は、本物だと思い込んでいる。
墜落事故も夢の中の出来事。飛行機は別の理由で大破した。そう捉えているのは、今生きている兄は偽物ではないと信じているから。
記憶も心の声も兄そのもの。だから昔の彼は疑わない。死ぬ様を見ていた自分を信じない。
だがその真相を今暴いてしまえば歴史は変わる。それを阻止するために光が降ってくれば、発信源を見つけ出せる。これなら一人でもできる。そう考えた。
そして答えが出たところで、セインは心に落ち着きを取り戻した。
「戻ってきた」
「セイン、その傷……」
トキタたちの元へ戻るやいなや、女子たちは即座にセインの顔の傷に気がついた。
「治してあげよう。美人がもったいないよ」
「そうだな」
トキタは言われてすぐに石の力を使い、傷つく前の肌に戻した。感触が変わったセインは傷があった場所を指でなぞり、どこか残念がっていた。
「他にも傷はないか?」
「ない……」
レイジはセインが何を思っているのか読めていたが、傷をそのままにしておけば元の時代に帰った後に色々な人に言及される。その結果この計画が知られてしまうのなら、証拠を消しておくに越したことはないから黙っておいた。
「じゃあ本当に帰るぞ」
「ああ」
レイジ以外は全員、元の時代へ戻る覚悟はできている。セインも彼が満足したというのなら残ろうとは言わない。
トキタが持つ時の石に手を重ね、レイジは転移の直前に石を一つ掴み、それとともに自分だけ残る準備をする。
そんな魂胆を見抜いていないにもかかわらず、セインが手を重ねて逃げ道を封じてきた。
過去にも似たことがあった。一人残ろうとするレイジに雰囲気で気づき、一緒に行こうと手を引いて訴える。
そんな思いを彼は、裏切ることができなかった。
五人全員が姿を消し、歴史は変わらず時が流れた。
「……よし、全員いる」
時空を超える出発点に帰還したことを確認すると、トキタは次の予定を伝え出す。その前に、力を使い果たした時の石が消滅した。また時間が経過して復活したら、出現地点の予測をして手に入れなくてはならない。
「今回の調査は俺が報告する。言いたいことがあったら、今日中に送ってくれ」
「了解。写真投稿しとくねー」
五人のグループチャットに、過去の時代で撮った写真や動画が次々と載せられていく。ほとんどが風景で、人物は昔のレイジとその兄、後はたまたま映った通行人くらい。
「……お兄さん、残念だったね」
「仕方がないことだ。そう簡単に過去が変えられるなら、未来人はやりたい放題だ」
脳裏に蘇る、レイジの兄を救えなかった記憶。運命を変えることはできなかったが、分かっていても難しいと実感できたのも成果の一つだ。
無謀だったと割り切れば、後悔を引き摺る必要はない。
「むしろ君が生きているのが奇跡だ。お兄さんの分まで頑張れ」
「……無理だ」
レイジは兄の無念を晴らせる自信がなかった。彼の死が、今度は自分の番だと怯えるきっかけとなり、夢を諦めかけている。
「俺、実は高所恐怖症になってしまってさ。だからもう飛行機に乗れない」
「トラウマってことか?」
そういう事情なら無理強いはしないが、それでもレイジなら乗り越えられるようにも思えた。
「でも、さっき飛べてたよね?」
「あのときは勇気を出せた。兄貴を救うためならって」
事故の直前、それを防ぐために飛行していた。そのとき自力では飛べないレイジはセインに抱えてもらい飛んでいた。
それは運が良かっただけで、普段の彼は手離しで階段も降りられないほどに高い所が駄目になっている。
「まあ事故を起こした人が車を運転できなくなるとか、たまにある話だし」
「無理に克服しなくてもいいと思う。もちろん、やる気なら応援するけど」
「……ありがとう」
精神的ショックの大きさは人それぞれで、レイジがどれだけ深く傷を負っているかはトキタたちには見えない。だからこれからどうするかはレイジ自身の決断に委ねた。
一方で彼が受けたショックの瞬間を目の当たりにした身としては、治療に手を貸したい思いもある。
そんな暖かさが、レイジは嬉しかった。社交辞令ではない、本音で言ってくれている。それが分かるからこそ、彼らの思いやりが身に染みるのだ。
「じゃあ解散、気をつけて帰ること。特にレイジ」
「ちゃんと陸路で帰るから心配するな。帰りは一緒だ」
トキタは最寄りの駅まで歩いて帰る予定であり、レイジは同行を申し入れた。残りの三人は、各自“ノーツ”で空を飛んで帰ることができる。
ゆえに帰路が自由な女子チームは、映画館のあるショッピングモールに寄っていこうと話が盛り上がっている。自分はこの間行ったばかりだからと、セインだけは遠慮していた。




