541話 拭えないモヤモヤが
墜落して燃える飛行機を見て、昔の三門玲司は呆然とする。未来から来た自分は、この時代の人に見つかると歴史が乱れると言って姿を眩ませた。
残されたのは兄と作りかけていた小型飛行機の残骸と、冷たくなって倒れている兄の姿だ。
昔のレイジは体の痛みが消えていた。落ちた直後は衝撃で気を失っていたが、今の彼の連れが持っていた時の石の力によって自分の時間が逆戻りし、怪我する前の状態になっている。
ゆえに、事故を起こして落ちたという自覚が薄い。目の前にいる兄が命を引き取っている事実は、受け入れがたかった。
「……兄貴」
レイジは兄の体を引っ張り出す。反応はない。頭から出ている血がレイジの手に付着する。
悪い夢でも見ているのか、現実とは思えない。墜落の轟音を聞いた野次馬がやってくる。
「お前がやったのか」
「ほら、あの炎へ飛び込めよ」
レイジはこの街で疫病神のように扱われている。後天的に不本意に宿してしまった悪夢の瞳。彼に見られた者は夢を奪われると苛まれ、命を落としかけたにもかかわらずこの言われようだ。
もはや慣れっこになったレイジは助けを求めない。手を出されたらやり返す。目先の痛みより、一生引きずる後悔をさせてやる方が苦しみは大きいと知っているので、瞳の力を躊躇いなく使う。
野次を飛ばしにきただけの連中は後日、大事な夢を絶たれることになる。
「……おい、そいつは」
「俺の兄貴だった。触るな!」
レイジは背負って運んでいる兄の容態が気になった野次馬の指をナイフで切った。手遅れと分かっている。仮にそうでなくても、この辺にいる人は何の役にも立たないので話すことは何もない。
「てめえ! 何をする!」
「先に怪我人の心配をしろよ。ああ、それができない奴だよなお前も」
刃物を使ったレイジは他の野次馬に責められる。だが襲ったことへの非難だけして被害者には何の感情も抱いていないのが透けて見える彼は、その自己中心的な人格を罵倒する。
「消防も呼んでいる。お前らが居ても何も意味ねえんだよ」
レイジは消化のための通報を済ませている。だから野次馬には今さら電話をかけても遅いと言い放った。
兄を火元から遠ざけたレイジは消防隊の到着を待った。墜落事故の経緯を語る際には、未来から来た人と、空から降ってきた赤い光のことは伏せておいた。
操縦を誤った。それで十分だと思い、簡潔に済ませてしまおうと思ったからだ。
事件でなく事故として片付き、レイジを炎へ突き飛ばそうとして抵抗され指を切られたと若干事実を歪曲された野次馬は逮捕された。
「もう大丈夫だ。俺たちがいたことはバレていない」
現場から逃げていた今のレイジは、心の声が聞こえる“ノーツ”を使って事故の様子を窺っていた。昔の自分は黙っており、他人に見つかる形跡も残していないと分かり、この時代の人に存在を知られていないことを仲間に報告する。
「良かった…… いや、兄を救えなかったのだから良かったとは言えないか」
町屋時多は気づかれなかったことに安堵したが、そもそも時空を超えて現地の人と接触したのは、レイジが事故で兄を失った歴史を修正するため。それを果たせなかった以上、満足していい雰囲気ではないと考えを改める。
「気にしなくていい。運命なんて早々変わるものじゃない」
レイジはトキタたちに、救えなかったことを後悔しなくていいと宥めた。危なくなったら助けると言って同伴していながらうまく動けなかったが、それは彼らに不備があったわけではない。
歴史の修正は簡単にはできない。それができるのなら、現代の嫌な出来事は、タイムマシンが完成した遠い未来から逆行して修正されることもないのがその証だ。
飛行機に乗ると墜落すると忠告しておきながら搭乗を止められなかったのもその影響だろう。
「それに俺たちが果たすべき目的は他にある。気持ち切り替えて、行動開始だ」
レイジたちが時の石を使って時空を超えた理由は、二か月後の大事件を防ぐ手がかりを見つけること。首謀者はこの街から島へ乗り込んでくるので、現在から八年前の世界といえども何らかの手がかりは得られるはずだ。
人の命を救えなかったショックに引き摺られては、未来の自分も友達も守れない。
「……いや、そもそも俺が事故のことを黙っていれば、こんなことには」
兄を救うなんて寄り道をしなければ、彼らのモチベーションが下がることにはならなかっただろうと思い直すレイジは、仲間に相談したのが間違いだったと反省する。
だがその解釈も誤りだと、上原千聖は指摘する。
「神の定めし片道通行に逆らい幻想の果実を食して、小さな世界を取り返す正義は正しい」
「過去に戻って家族を救いたいのは悪いことじゃない。それは分かっているけど……」
レイジはセインの言い分を理解していた。だが家族のために頑張っても結果を出せず、精神的ショックを受けてしまったのもまた事実なので、だったら言わなかった方が良かったと反省が挙がるのは否めない。
だったらこれ以上傷口が広がるのを防ぐために今すぐ元の時代へ戻るのが正解と思えてしまうが、本来の目的は情報収集だ。仮に失敗しても後悔することはないから、何もしないまま引き下がる道はない。
「飛行中に降ってきた赤い光だ」
「赤い光……レイジでも分からないのか」
墜落する直前、降り注いできた謎の光。心が読めるレイジをもってしても、その出所は不明。だが彼は、この事故と、そして二か月後の事件に関わっていると睨んでいた。
「あの光、前は降ってこなかった。俺たちが来たせいで変わりかけていた歴史を、強引に直すかのようなタイミングだったのを踏まえると……」
「事件をなかったことにしようとしても、修正されてしまう」
「そういうことだ」
本来の歴史を維持するかのように、狙って降ってきた赤い光。この街限定の現象ということもあり、未来に起こる事件と無関係には言い切れない。
そしてレイジたちが事件の起こる未来を変えるために動いたとしても、帳消しにされるタイミングで降ってきかねない。
だから調査をするならまずは赤い光から、そうレイジは言いたい。
「でもどうやって探すの?」
「記録録ってないよね?」
聞き合ってみても、飛行中の映像を撮っていた人はいない。
「撮っておけばよかったな……」
「落ち込まないで」
光の出現を予測できなかったにしても、墜落する未来が分かっていたのだから記録しておけばよかったとレイジは反省する。録画係を用意せず全員で事故を防ぐよう行動させてしまったのは判断ミスだ。
撮影係を提案して自分が担うことで、飛ぶのが怖いことを隠しつつ事故の原因を掴むことができたかもしれないと思うと、拭えないモヤモヤが頭の中でどんどん拡大していく。
「リセットできねえかな。ゲームじゃあるまいし無理だよな」
独り言を呟いては一人で解決していくレイジ。彼に早く立ち直ってほしいというのが周りの率直な感想だ。
「で、その光の源を探すんだろ?」
「あ、そうだった」
トキタは一人反省会に沈みかけていたレイジを引き戻す。過去に来られた機会を無駄にしないために、早速計画を打ち明ける。
「再現する。歴史を変えようとすれば、きっとまた降ってくる。それを見逃さなければ、放出源が見える」
「確かにもう一度目撃できればチャンスはあるけど……」
光の飛んでくる方向を追えるくらいはっきりと目撃しなくてはならず、トリガーとなる歴史の修正はどうすれば起こるか見当がつかないので、レイジの提案に対する反応はあまりよくない。
だが彼には一つ、明確なアイディアがあった。
「だから昔の俺を殺しにいく」
「まだ言うか」
けれどもその名案は異口同音に却下された。厳密には全員は声に出しておらず、内心の否定だが。
「そういえばさ、何ともないの?」
レイジの兄の死の運命を変えることはできなかったが、経緯が本来の歴史と変わったのは事実だ。彼に何か変化が訪れていても不思議ではないという考えが挙がったが、彼自身は何も変化を感じていない。
「記憶は何も変わっていない。兄貴が死んだと知ったのも最近のことだ」
「最近? さっき会っていた小学生の君は、兄の結末を受け入れていたはず……」
トキタの記憶は正しく、昔のレイジは兄が事故で命を落とした事実を知った。これは本来と歴史とは違う。だが今の彼はここにいて、記憶は今まで通り。
正史通り、中学卒業後に島に来て、二年弱が経過して兄を死を知った。そんな記憶が残っているのだ。
「……何だろう。元の時代に戻ったら変わっているのかな」
「もしかしたら私たちが会うこともなくなっているのかも」
歴史の乱れがどこまで及ぶか、そもそも起こっているのかさえ分からない。だが彼らに共通の心境の変化があり、それは今以上に干渉することに抵抗を感じるようになったことだ。
「でもこのまま帰ると成果ゼロだぜ」
「それはまあ……」
考えていても埒が明かない。レイジとしては、どれだけ強引に出ても歴史が変わる前に光の邪魔が入るのだから恐れることはないと思えるものであり、どうして理解してくれないのかと悩んでしまう。
そしてレイジはその理由に気がついた。彼は時の石とは別の方法で同じ日を繰り返し、その中で違うアクションを起こしてループから解放されようと足掻いたことがある。要は慣れの問題だったと自覚し、けれどもその自己完結の流れは誰にも打ち明けなかった。
「だいたい三門君の“ノーツ”でも行方が掴めないなんて、絶対危険よ」
「同感だ。君が状況を読んでくれるおかげで、こちらは安心できるわけだし」
正体が見えない相手を探りにいくのはリスクがある。そのうえここは現代ではなく、援軍を呼べない。
普段ならレイジが偵察を担えるが、今回はどうも違う。それも躊躇いの一因となっている。
「じゃあ、今日は撤収。後日また、別のメンバーで来るというのはどうだ?」
そこでレイジは見方を変えた。度胸がある人を連れ、相応の準備をしてから計画を続行する。今回の成果は出入りができることの検証で、無事にできたわけで成果は得られた。これなら納得すると考えた。
「……そうだな。じっくり話し合った方が良い」
他の人の話を聞けば、レイジは自分の案が間違っていると納得してくれる。そう期待して受け入れたトキタたちに、想定とは違うが結果的にオーケーと捉え、撤収の準備を始める。
「私は行く」
セインの一言がレイジたちの足を止めた。彼女だけはレイジに賛成していたが、彼が折れたので意見を出した。
「こいつは信じてくれている。昔の俺がそう簡単にやられる奴じゃないって」
「そりゃあ、さっきの動きを見た感じ只者じゃないとは思うが……」
この時代に来てすぐに、今のレイジと昔の彼の勝負を見せられた。この時点で“ノーツ”を持っていたこともあり未来の自分相手でも一歩も引かず、むしろ体が小さいのを利用して小回りの利きを活かして勝利していた。
レイジは昔から強い。今の彼の少し前までの強さをよく知っているセインだから、彼の提案を受け入れられたのだ。
コロッといくとは思えないながらも、別のトラブルが起こりそうな予感は否めなかった。
「心配なら先に戻っていい。石は二つあるんだから」
「……残ろう。君たちだけを残すのは心配だ」
時の石は二つあるが、セットでないと効果が薄れるわけではない。レイジとセインを残して先に離脱する手もあると告げたが、全員残ると決めた。
彼ら二人ではブレーキになる人がいない。そんな懸念点があるほか、兄を失った昔のレイジが気になる。一行は再び彼に会いに、石を使ってワープした。




