540話 野蛮な思考回路
過去の故郷へ時空を超えてやってきた三門玲司は、これから始まる自作飛行機の試運転を見守る。このとき墜落してレイジの兄は亡くなってしまう。中止にするよう説得することは叶わなかった。
代わりにもしもに備えて空の旅を同行することになり、ともに過去へ来た飛行できる“ノーツ”持ち三人は各々の力でついていくことになった。
飛べないレイジは、どうするか迷っていた。
「私たちは準備オーケーよ」
「俺もだ。俺は地上でワープを繰り返して追いかけるけど……」
レイジの他にもう一人の飛べない人、町屋時多は彼の“ノーツ”でサーチし手に入れた時の石を使って、空間を超えて移動することができる。
それを使って飛行機を追いかけ、異変に即座に対応できるよう見張っておく。さらに墜落して怪我をしても、息があるうちなら人の時間を巻き戻し負傷しなかったことにできる。
そのワープの度に開く時空の扉を、レイジも一緒に潜ってくるか尋ねた。
「それともセインと一緒に空を」
「……そうする」
レイジの躊躇いの原因は、数週間前に発覚した高所恐怖症。これがなければ人に抱えてもらい空を飛んでいても取り乱すことはない。
そしてちょっと飛んだだけでパニックになるほど深刻なことを知っている上原千聖は、レイジの判断を正気かと疑った。
他の人たちはその事実を知らず、問題ないと思っている。だからレイジは、高所が苦手になったことを隠している。
セインも暴露はしない。彼なりに考えがあるのだろうと信用しているから、邪魔するような発言はしない。
レイジが地上からではなく上空から追いかけることを選んだ理由。それは二つある。
地上からだとヘルプが間に合わないかもしれないことと、兄の命が懸かった今なら恐怖症を克服できると思ったこと。この二点だ。
そこへこの時代のレイジがやってきた。彼は兄とともに飛行機に乗り、運命をともにする。
そして正史では、レイジは生還、兄は死亡。その運命を曲げるために、今のレイジは昔の自分に心の声で命令する。
お前は兄貴を守れ。そして死ね。
お前が死ね、と内心で言い返されるも無視して、搭乗する二人の発進を見守った。
危なげなく離陸し、高度を上げていく。追って飛行組がジェットパックや悪魔の翼を使って飛び上がる。トキタは進路を予測して石を使いワープして、残されたのはセインとレイジだけとなった。
レイジは足の震えを自覚する。追いかけないと兄を救えない。そうと分かっていても、兄が受けた痛みを自分も味わうかもしれない状況へ向かうことに、保身に走ってしまう。
そんな彼の手をセインは強く握り、彼の決意を後押しするべく言い放つ。
「翼を授けし天使は、その責務を全うする。瞳の誓いを」
自分が落ちるかどうかは、支える側であるセイン次第。人一人抱えて力尽きるほど弱くない。決断に迷うのは、そんな彼女を信用できないから。そう思えてしまう。
「……そうだな。俺が何かするわけじゃない」
飛んで自分で制御するのなら、落ちることを怖がるのは仕方ない。だが今回は違う。すべてセインの意思で動く。
だから彼女を信用すれば、怖いと思う必要がない。途中で落とすなんて野蛮な思考回路を持っていないことを、レイジは誰よりも自信を持って言える。
「兄貴を救うためなら、恐怖なんて乗り越えてみせる」
必要なものはたった一つ、それはレイジの覚悟。覚悟の原動力となるのは兄を助けたい気持ち。その真っ直ぐな思いが、大空を舞う勇気を与えた。
「……大丈夫。さあ、追いかけよう」
変身したセインに抱えてもらい、恐怖に耐えられることが分かったレイジは、このまま昔の自分たちが操縦する飛行機を追いかけるようセインに指示を出す。
先にスタートした人たちの心から、何事もなく運転できているのが伝わってくる。
邪魔しようとしている連中はいない。だがレイジは警戒していた。彼は兄の死を長らく知らなかったのは、その事実に鍵をかけられていたからだ。情報を持っている人が身近にいても、その心を読めなかった。
だから今も、気づけていないだけで誰かに狙われているかもしれない。そんな疑惑が拭えずにいる。だとしても見逃さない。絶対に守る。そんな意思を持って、前後左右、加えて上下くまなく目で探る。
「落ち着いてほしいのだけど……」
「あっ、すまない、つい……」
だが普段はそこまで入念に周囲に目を配ることがないため、余計に動かれると支える側としてセインも不安になる。いつも通りでいてくれないと支えられる保証はないと伝える彼女に、返す言葉もなく彼はおとなしく前を向いた。
「あっ、危ない!」
言ったそばから急に背後を振り返るレイジに、セインは手元が狂い彼を手放しそうになる。だが間一髪で間に合い、事なきを得た。
原因はただのカラス。子ども並みに知能がある鳥は、レイジにとっては人が空に浮いているように感じる。獲物を見つけ狙う術を探る様はいじめの現場に居合わせているときと似た感覚であり、空に人がいるはずがないと分かっていても、目で確かめないと不安になる。
「どうかした?」
「カラスが飛んでるだけっ。平気!」
セインの叫び声に振り返る仲間たち。事件の予兆かと反応したが、実際はなんでもない。
昔のレイジも、カラスごときに何をビビっているのかと冷めた態度をとって操縦に意識を向けていた。
「カラスくらい、飛んでるときよくいるでしょう」
心の読めるレイジが生き物の気配に敏感なのは昔からだ。以前セインが彼を抱えて飛んだときも、鳥と出会すことはあったがこんなに取り乱すことはなかった。
だが高所恐怖症のせいか、レイジは些細なことで過剰に反応し、その度にセインに負担がかかる。
鳥と思っていたら人だったことがあってほしくない。鳥であっても、落ちそうな目に遭わされないよう避けたい。
高さへの不安を抱いたレイジは、少しでも危険を排除するために、先手を打とうと必死になる。
「……降りましょう。このままだと危ないわ」
「駄目だ! 離れたら襲われる」
セインは飛行を続けるとレイジの精神がますます不安定になると察知し、急遽着陸するよう変更した。だが彼は否認した。今はまとまって飛んでいるから手を出されていないのであって、ここで単独行動に移る人が出たら一斉に狙われる。
相手の作戦を察知したレイジは、陸へ向かうのは却って悪手と読み、現状維持を勧めた。
「……分かった。離さない」
セインはレイジの意見に従い、このまま飛行を続けることを選択した。たとえどんなに彼が暴れても、自分が手離さない限りは平気。そう割り切って、支える手にいっそう力を入れた。
「やけに鳥が多いな」
「予想より増えてる。誰かさんたちのせいで」
空の障害物がいつも以上に多いことに、レイジの兄は違和感を覚えた。同席する昔のレイジはその原因に気づいており、今の彼らが未来から来たことでそうなったとボヤく。
「機体に挟まらないか心配だ。今日は遠くに行かないようにしよう」
「いや、このまま行こう」
レイジの兄は不慮の事故を懸念し、飛行ルートの短縮を提案した。だが昔のレイジが却下する。その理由は今の彼が知っていた。
「俺たちだけルートを変えると、その瞬間に奴らが襲ってくる」
「そうか。すると却って巻き込みやすいから」
巻き込み事故を嫌ってコースを変更すれば、単独行動に出たところを一斉に襲撃されてしまい、結果的に巻き込みが発生しやすくなる。
だから堂々と予定通りに飛ぶことが一番安全になるというレイジの案を、兄は納得して受け入れた。
「せっかく来たから蹴散らしてほしいけどな」
「そこまでしなくても平気だって」
昔のレイジは未来人に“ノーツ”を使って鳥を撃退してくれないものかと希望したが、空の世界への侵入者は自分たちということで、兄は制圧を嫌った。
「ん? 何か光った」
「赤い光だ」
空から赤い筋が降ってくるのを見た昔のレイジは、その正体がかつて自分の右目に入って以降、見た人の夢や願いを叶わなくさせる力を与えたものだと気づいた。
「こんな光、なかったぞ!?」
一方で今のレイジは、事故の日のフライト中にこの光を目撃した覚えがなかったことに違和感を覚えた。同時に嫌な予感がした。それは的中した。
光の一筋が鳥に直撃し、力を奪われた個体が機体に落下してくる。
「鳥が落ちてくる。まあ当たらないし」
「何!? 助けないと!」
光に撃たれた鳥が飛べなくなって落ちるのを笑って済ますレイジと対照的に、兄は鳥を救おうとした。どちら側にいるのか彼に聞きつつ自分でも探し、先に自力で見つけると操縦桿を切り、キャッチしに向かった。
だがその想定外の進路と風向きが悪い意味で相乗効果を成し、機体は傾いて落下を始めた。
「落ちてる! 緊急着陸だ!」
想定外の事態だが、人事を尽くそうと頭を回す。機体の安定を取り戻しつつ、降りられる広いスペースを探す。
「無理だ! 落ちる」
操縦は利かない。そう悟った昔のレイジは、このまま落ちることを選んだ。だが向きを保って落ちれば被害は防げる。地上に人がいない開けた場所を探り、そこへ近づくよう強引に機体の進路を修正する。
「兄貴を下ろすんだ!」
この墜落が原因で兄は命を落とすと察した今のレイジは、何がなんでも兄を救おうと仲間に呼びかける。そして自分もセインに進路を伝えながら追いかけた。
「二人で機体を掴め!」
レイジの合図で仲間二人が同時に機体を掴み、一時的にブレーキをかける。その一瞬で彼は兄に手を差し出した。
「先にレイジを!」
「兄貴が先だ!」
今のレイジは昔の自分には目も暮れず、兄だけを助けようとした。そんな冷徹な態度は兄にも伝わり、差し出された彼の手を握ることはなかった。
弟は自分で守る。そう決意して、機体を地上へ向かわせた。
地面に落ち、爆発する機体。落下の衝撃を抑えるためにいたトキタは時空の扉を開いて機体を低い位置にワープさせようとしたが、彼を今のレイジのグルと判断した兄は扉の通過を拒み進路を変えた。
その結果、機体は余計不安定になり、落下の速度も抑えられないまま。その結果、大破した。
落下地点にいち早く着いたトキタは、人の時間を巻き戻して再生を試みる。怪我する前の時間に戻せれば、怪我をなかったことにできる。だがその効果が適用されるのは、生きていたらの話だ。
「手当ては」
「一人は大丈夫。でも……」
その一人がさしているのは昔のレイジの方。持ち前のしぶとさで即死を免れ、トキタの力で怪我をする前の状態に戻せた。
だがレイジにとっての本命である兄は、試そうとした時点で既に、間に合わなかった。
「……兄貴、死んじまったのか」
昔のレイジは兄の心の声が聞こえないこととトキタの思っていることを読み取り、兄の死を自覚した。それが事実であることは、声の返事を待たずして分かる。
「ああ、そうだ。これでお前の夢もここまでだ」
レイジは気持ちを切り替え、過去の自分に現実を突きつける。過去は変えられないものと割り切れば、兄を救えなかったことはある程度受け入れられる。
だから過去に来て果たしたいもう一つの願いを叶えることにした。それは過去の自分に事故の真相を伝え、夢を諦めさせること。そして島へ行く未来を変えることだ。
「悲しい気持ちは分かるが撤収だ。これ以上過去に干渉するのは良くない」
死の運命を変えられなかったことに嘆く仲間たちに、泣くのを我慢してこの場を去るよう促す。じきに事故を知った現地の人々が来る。その人たちに見つかって素性を知られると面倒ごとになってしまうから。
そしてトキタはレイジに冷たく言い放った。
「最後の言葉はあれで良かったのか?」
自分への八つ当たり。兄の死というショックをよそに昔の自分にかける言葉としてどうなのかと呆れていたが、当の本人は気にしようとしなかった。
これで自分の運命が変わるのなら、彼らと会うことさえなくなるのだから。




