539話 俺がここにいる
「こんな町外れに来て、何をするんだ?」
「協力者と合流する」
時の石を使った時渡りで、八年前の三門玲司の故郷へ来た一行。後にこの街からレイジたちの島へ乗り込んできた人たちが起こす襲撃事件を防ぐための調査に来た彼らは、レイジに案内され人気のない倉庫へ来ていた。
レイジとしては、もっともらしい理由をつけて単独行動して目的を果たしたかった。だが襲撃事件の彼であることから、責任を感じて無茶をしないか仲間に警戒されていて一人にさせてくれない。
やむを得ず、仲間の前で目的を果たすことにした。そのためにターゲットが来るのを待つ。
「協力者って、いつの間にそんな」
「連絡なんて怪しい素振りはなかったのにね」
タイムジャンプしてから、レイジがコソコソ手を動かしている動きを見せたことはなく、どのタイミングで協力者と連絡をとったのか彼らには分からない。
それもそのはず。その協力者とは、心の声でやりとりしていたのだから。
「……来たな」
「誰が……あれ、この子」
訪れたのは背の高い小学生。黒い髪で右目を覆った、レイジと似た外見をしている。
「いかにも。八年前の俺だ」
察した通り、これは小学生の頃のレイジなのだ。
「島に来て“ノーツ”持ちと判定されたのが高校のときだけど、それ以前から心を読む力はあってな」
「……そうか、読心術で連絡をとっていたのか」
「気づかないわけだ」
連絡のからくりが判明し、レイジの挙動を見逃していたわけではないと分かって安堵した。
「昔の君なら安心だ。さっそく協力してもらおう」
「そうだな。セイン、あれを」
レイジは上原千聖に、武器を出すよう合図した。セインは”ノーツ“を使って変身し、槍を創造して彼に手渡す。
そして槍を構え、昔のレイジに突き出したが避けられた。
「おい、何を」
「コイツが死ねば、襲撃事件は起こらない」
突然自分を攻撃したレイジに、町屋時多たちは困惑する。だがレイジとて錯乱したわけではなく、真の目的を果たすための合理的手段だと言い張って言い訳した。
「さあ、皆も手伝って」
「……やると思うか?」
五人がかりで殺しにいけば確実に達成できる。そう期待するレイジとは裏腹に、誰も加勢しない。
「ううん、味方してくれないと分かっていたから、今まで黙っていたんだよね」
池袋実祷の言う通りだ。
あらかじめ昔の自分を始末しにいくと伝えていれば、スムーズに実行できたはず。けれどもそうしなかったのは、反対されると予想がついていたからではないかと心理を突かれる。
「見張っておいて正解だったね。一人で行かせていたら、止められなかったかも」
成東祭の推測通り、レイジ以外の四人は彼が一線を越える前に止めに入る心構えで、彼を別行動させて対峙させていたらそれができなかった。
「とにかくレイジ、もう止めろ」
「いやいい」
自分を殺して解決、そんな強引な手段を諦めるよう訴えるトキタを止めたのは、狙われた側である昔のレイジだった。
「別に俺が死ななくてもいいだろ」
「そうだ。一緒に来て捜索を」
「お前が死ねばいいんだから」
そう呟いて、昔のレイジはサバイバルナイフを抜いた。そしてレイジに迫り、避けたのを見て向きを変え刺した。
動きが読める者同士、制するのはより機敏な方。昔の方が身軽だったために先に傷を負ったのは今のレイジ。
だが先手を取った程度で勝負は終わらない。追撃する昔のレイジだったが、今の彼を庇うように立ちはだかるトキタたちを前に足を止めた。
「そこまでだ」
「……分かった」
彼らとは初対面だが、どんな力を持っているかは読めている。分が悪いと判断し、ナイフを下ろした。
「待ってろ、すぐ治す」
トキタは時の石を使って今のレイジの時間を巻き戻すことで、刺し傷を消し去った。手当てはしてあげるが、それは勝負に復帰させるためなどではない。そう念を押し、彼は素直に従った。
「帰る」
「待って、俺たちに協力」
「俺といると危ないぜ?」
昔のレイジはもう用はないと離れようとする。調査に力を貸してもらおうと呼び止めるトキタには、街の人たちに狙われるから同行は止めるべきだと返す。理由は語らなかったのは、今のレイジに聞けばいいと思っているからだ。
「落ち着いた?」
「一応。はー、情けねえ」
昔の自分に惨敗し、最低限達成できると思っていた目的さえ果たせなかったレイジは、頭を冷やしてその現状を自覚し俯く。敗因は的がでかくなったことと、武器の小回りが利かなかったこと、何より子どもの頃の自分に負けるはずがないと油断していたことだ。
「もー、めちゃくちゃなんだから」
「悪い、つい……」
レイジは反省しているようで、心の内はどうやって昔の自分を説得するかでいっぱいだった。
今日、兄が死ぬ。兄弟で開発している自作飛行機の墜落事故によって。それを伝えられたら、兄の代わりに自分が死ねばいいと説得することができた。
だがこの事実は思っていても伝わっていない。おそらくこの事実には鍵がかけられていたことが原因で、今のレイジも事実を知るまでに年月を要した。
だから今のままでは、史実通り兄は亡くなってしまう。何としても運命を変えなくてはならないと決心するレイジは、仲間の手を借りる計画を立てた。
「実は今日、大事な日なんだ。皆にも協力してもらいたい」
「大事な日?」
「兄貴が死ぬ」
思いも寄らない告白。けれども嘘に思えない迫真の表情。誰も疑いを持たなかったのは、事前にレイジが口走っていたためだ。
「会議のとき言ってた話か」
「そう」
過去を変えられるならどうしたいか、各々の希望を発表していたときレイジが言っていたのは、兄の死を防ぐこと。そしてもしそれが叶うなら、今も自分は兄と夢を追いかけて、島へ行くことはなかった。そうすれば島で起こす数々の問題も、全部消滅させられる。そんなことも呟いていたのを覚えている。
「もっと早く言ってくれよ」
「確かに。あの子がいるうちに言えたら」
時空を超えてここに出てきた時点で気づいていたのなら、その時点で相談してほしかった。そうすれば昔のレイジに全員で事情を伝えることができたかもしれない。そう言われた。
「まあ過ぎたことを言っても仕方ない。どうせ殺すことしか考えてなかっただろうからな」
だが過ぎたるは及ばざるがごとし。それに黙っていた理由も見当がつく。レイジはもとより事情を伝える気はなく、昔の自分を消せばすべてがうまくいくと思っていたのだから、それは無駄な行為と捉えていたのだろう。
「今から追いかける?」
「でも危ないって言ってなかった?」
去ってしまったなら追いかければいい。だが気がかりなのは去り際に言っていた言葉。当事者であるレイジはその理由を知っている。
「俺の力が憎まれているからだ。俺のこの目がな」
レイジの持つ悪夢の瞳は、見た人の夢や願いを叶わなくさせる力。謎の光を右目に受けて力を宿した彼は、街の人々に命を狙われるようになった。
八年前の時点でも狙われる身であることから、ついてくると危険と言い残したのだ。
「でも一人で大丈夫なの?」
「死なない程度には。その証拠に俺がここにいるし」
巻き添えを喰らわないようにしても、昔のレイジが危険を逃れられることにはならない。一人にさせることに不安を抱いたが、ギリギリ生きられるから問題ないと今のレイジが主張する。今の彼が五体満足でいるのがその証だ。
「俺なんかより兄貴だ。これからアイツは兄貴と一緒に小型飛行機の試運転をする」
「飛行機……」
「死因は墜落事故。乗るのを止めれば防げる」
レイジは兄が事故で亡くなることを告げる。事件に巻き込まれるのではないと分かり、防止策も安全なものでトキタたちはホッとした。
「それならできるかも」
「そうね。メンテ不足が原因かもだし」
「よし、出発だ」
事故が起こると伝えれば、今日の運転を控えてくれたり機体の点検をしてくれたりしてくれるかもしれない。大がかりなアクションに出なくても一言告げるだけで彼らの意思を変えるには、運命を変えるには十分だと分かると、実践しない手はなかった。
狙われたいるのは昔のレイジ。街の人は今の彼を知らないので、コソコソ行く必要はない。今の彼に案内され、一行は発着場へ向かった。
「……兄貴」
「……もしかしてレイジか?」
幼い頃の兄に向かって言っても向こうは未来の弟を知らないだろうと周りから内心ツッコミを入れられるも、兄は今のレイジを成長した弟本人と信じた。
「嘘、信じた」
「そうだよ。未来から来たレイジだ」
突如現れた高校生を、面影と言葉だけで弟の未来の姿だと信じた兄に、レイジは素性を明かす。
それを聞いてああ、やっぱりそうだと反応を見せた。
「大きくなったなぁ。未来の俺もこれくらい背が伸びてるのか?」
「兄貴は……このくらい」
レイジは自分の背より少し低い高さに手の甲を上に向けて示す。これはもし生きていたらの想像上だ。
「ははっ、やっぱり追い抜かれるか」
二つ下の弟に背の高さで負けると告げられても、兄は笑って弟の成長を喜ぶ。
「それで、後ろの人はお友達か?」
「ああ、一緒にこの時代に来た仲間だ」
今のレイジは同行してきた四人との関係を示し、各自名乗りを上げた。兄は三人が女子であることに気づき、彼に質問をした。
「で、どれが彼女なんだよ」
「彼女いないから」
どの子と付き合っているのか揶揄うように聞き出す兄に、交際相手は三人の誰でもないと返した。
昔のレイジが来ないうちは出発しないとはいえ、そろそろ本題に入りたい。恋愛模様の話は退かして、今の彼はこの時代に来た理由を兄に明かした。
「今日の飛行、止めてほしい。墜落してしまうんだ」
「墜落……やっぱりまだ不完全か」
飛行機は作り途中で、エンジンにバランス、操縦性にまだまだ欠陥がある。その改良のために試運転を重ねており、不時着すると言われても納得してしまう。
「念のため、チェックしてみよう」
「俺も見る」
墜落すると言われると、準備が整っているか心配になる。機体や天候、コースを見直し、問題点を二人で探った。
「機体に問題はないし、天候が荒れることもない。大丈夫だ」
「でも実際……」
だがどこにも異常はなかった。見落としがないことはレイジ自身も分かっている。だからこそ何が原因で事故が起こるのかが読めない。
不安に駆られるレイジとは対照的に、兄は飛びたい気持ちでいっぱいだった。
「とにかく今日は中止に」
「そんなのもったいない。それにせっかく来てくれたんだから、見ていってくれよ」
弟の未来の姿に今の自分を見せたい、そんな好奇心を抱いて譲らない兄に、レイジは頭を悩ませる。
「でも……このままだと兄貴が死んじまう」
やむを得ず、レイジは告白した。本当は死の運命を隠して回避したかったが、意思を変えるには言うしかないと思い決断した。案の定、兄は驚いた。
「……そうか。俺はここまでか」
「何言ってるんだよ! 終わらせない、俺たちの夢は!」
死の運命を受け入れた兄をレイジは必死に否定する。弟が生きているなら良かったなんて思われているのは嬉しくない。兄弟揃って飛行機を完成させることが、夢を叶えることなのだと訴えかける。
「兄弟揃って頑固なんだな」
「いいんじゃない。飛んでみても」
意思の固さは血統なのかと感心するトキタ。そして阻止することで運命を変えるのは諦めようと声が上がる。
「飛べる人が三人もいるし」
「飛べる? もしかして君たちもレイジと同じで」
「うん。能力を持っている」
人が飛べるはずはないが、特殊能力があれば別。兄の察した通り、彼らには“ノーツ”と呼ばれる力がある。
「凄いな。羨ましい」
「俺は飛べないけど、この石で時を戻せる。即死ならともかく、どんな怪我も元に戻せる」
飛べないトキタにも、時を戻す力がある。これだけのメンツが揃えば、どんな危機からも救える自信がある。
だから大丈夫だと、全員でレイジを説得する。だが問題があり、彼が果たせる役目がない。
「レイジはセインに抱えてもらって飛んでいくか」
「えっ、そんなことしてるの?」
「何でこっちのリアクションのが大きいのさ」
普段から飛びながら重たい武器を振るうセインなら、男一人抱えて飛び回れる。ときどきやってもらっているレイジなら心配ないだろうと悪気なく暴露され、兄は死の宣告よりも驚いていた。
「安心してください。この二人すごく相性良いんで」
「そうか、ならいい。いいのか?」
初めて聞いた兄からすれば、未来の弟が危険な目に遭うのは心配になる。そう悟ったトキタは、セインなら大丈夫だと堂々と宣言する。
兄は勢いに押されかけたものの立ち止まって疑問に思った。
「レイジのこと、よろしく頼むよ」
「自分の心配して!」
セインに頭を下げる兄にレイジは焦った。笑い声が響く丘に、昔の彼が到着した。




