537話 目覚めに祝福を
駅に着き、次はバスに乗る。発車まで時間があるので、お喋りで空いた小腹を満たすためにドーナツ屋に寄っていく。
三門玲司は約束通り、炭酸飲料を少し上原千聖に分けた。
「肉体に稲妻が走るかのごとき神の施し」
「満足そうで何よりだ」
レイジはかつて喫茶店でバイトしていたことがあり、味と扱いにうるさい。セインに分けるために買うと予定していても、彼女の好みの味は買わず、彼自身のプライドを譲らなかった。
「甘味と苦味の永久機関に酔いしれたかった」
「コーヒーを脇役にされるのは個人的に嫌だ」
看板商品であるドーナツを目立たせるための工夫だが、レイジはそれに不服だった。結果購入した炭酸の味は嫌がられることはなかったので、買い直すことはせずバス停に向かった。
発車すると市街地を抜けて住宅地へ進む。目指すは途中の公園だ。
「空から見るのとだいぶ違うだろ?」
「ああ。人の感覚を共有してみるのも悪くない」
一応セインは真っ当な人間である。レイジにも言えることだが、違いを挙げると“ノーツ”が目覚めた人だということ。この島の一部の人が突発的に宿す、人それぞれの特殊な能力。セインは“ノーツ”を使って空を飛べるので、わざわざお金をかけてバスに乗ることは最近めっきりなくなっていた。
「否、かつて我が瞳に焼き付いたガラスの先の世界」
「つっても二年前まで普通に乗っていたか」
裏を返せば“ノーツ”を持つ前は一般人。セインは中学生の頃の自分を思い起こし、性格や人脈など今との違いに溜め息をつく。
「昔はこんな話し方じゃなかったそうだな」
「うん。人と違うようになってから、特別でいようと思った」
セインは“ノーツ”が覚醒した当初は喜び、友達に自慢した。ドレスを模した衣装へ変身して炎や電気を放てるようになったり、ハンマーや槍を創造できるようになったり、派手で強い力を誇りに思った。
友達には、見たいときに見せてあげたい。力を貸してほしいときに変身する。どんなときでも仲間のために力を振るうと約束した。
だがセインが生憎女子だったために、周りの好奇心を寄せられず、むしろ危ないからやめてほしいと拒絶された。
二か月後にさらにランクアップしたセインは、一層孤独を貫くようになった。同級生に“ノーツ”持ちがいると知っても一匹狼であり続け、理解ある他校の“同期”にだけ心を開いていた。
「俺は本音が聞けるけど、昔の自分に戻っても仲良くやれると思うぜ。喧嘩になったら暴力を受けるって先入観をなくしてもらうのは、時間かかるかもだけど」
人を寄せつけない言動をとるようになったセインだが、心が読めるレイジは彼女を素直な人間だと評価している。中二病を演じて閉じこもらず、自由になってもいいと後押ししてみる。
「我が魂の声は選ばれし者の特権」
「無理にとは言わないよ」
学校でもなかなか会話することはなく特権で飛べるセインとはゆったり出掛けにいくこともなかったが、むしろ滅多に機会が訪れないせいで溜まっていた鬱憤を解き放つかのように、話したがりな一面を見た。
自覚がないのならするまで待てばいいと思い、レイジは強要はしなかった。
「じゃあ俺だけの知る一面のままでいてもらおうかな」
逆に自分だけが知っている特別感を味わっておくのも良いと考え、そう呟いた。
「俺は風景を気にしなくなっていたな」
「人知れず生きる野生の神秘の声を聞くか」
「いやこんな街中に珍しい動物は」
久しぶりにバスに乗り、普段は来ない街を巡る。車窓からの景色の移り変わりに興味津々なセインを見るレイジは、自分も考え方が“ノーツ”を持つ前と今で変わったことを自覚した。
会ったことのない人の心の声を聞いて、少し移動すると今度は違う人がいる。建物や自然ではなく人の思考ばかり意識するようになっていた。
「都会はお盛んだなぁ」
あちこち賑やかなあまり、レイジはそんな呟きが漏れた。車内は静かで、外からも実際の声は聞こえてこないのでセインに実感は湧かない。
レイジは昔、校外学習で高速道路に乗ってラブホテルの前を通ったとき、一人ハイテンションになった。
そんな黒歴史が頭に蘇り悶えるレイジに、恥ずかしいからじっとしてくれとセインは冷たい視線を向ける。
落ち着いた頃に目的地に到着した。数日後、もう一度ここに来る。そして探知できた途端に石を探し出す。確実に見つけるために行き方と敷地内の構造を把握するのが今日のノルマだ。
「三十分後に集合するか」
公園に着いてしまえばここからは自由行動で問題ない。レイジとしては満足したら各自で帰宅としても良かったが、一応その前に合流することにした。
さほど遊具はない。けれども日時計や展望台など、地元では見られないモニュメントが想像力を膨らませる。セインは散策しながらオブジェクトを使ったエスパーな妄想を広げ、影に呑まれたら、とか星座が屋根の絵と重なったら、なんて自由に自分の世界に没頭する。
彼女がどんな想像をしているか、レイジにも伝わってくる。自分では見えなかった視点は面白いと感じて、彼自身の妄想にも取り入れる。体を動かさなくても、動かす自分を想像してみるだけで楽しく過ごせる。
これだけは一人で来ていたら味わえなかった。一緒に来てよかったとレイジは実感した。
時間はあっという間に過ぎた。園内のレイアウトはだいたい頭に入ったので、帰宅の頃合いだ。時間通りに戻ってきたセインに、これからの予定を伝える。
「次は映画館に行きたいんだろ? 俺はここで帰るから」
「疑問。さらなる深淵を目指せば辿り着ける」
「残念だが直通バスはないんだ」
エスコートされる気で来たセインが調べていないのは仕方がない。もっとも、乗り物を待たなくてもいいと思う癖がついていたのが影響している。
セインの言う映画館へ行くには一度駅まで戻り、乗り換えるしかない。そうと分かっていながら、レイジはこのタイミングまで黙っていた。
「今の俺を抱えていくのは無理だ。歩いていくにも遠い。だから一人で飛んでいってくれ」
長時間歩くことを想定していない服装で来たセインに思いつきでやらせるわけにはいかず、高い所に恐怖を感じるようになったレイジを持ち上げれば暴れて危ない。
だから行くならレイジはついていけない。申し訳なさそうに彼は頭を下げた。
「後、現金がない」
極めつけにレイジは財布を持ってこなかった。電子マネーは定期券との兼用で持参してきたが、これでは映画のチケットを購入できない。行ったところで一緒に見られないのだ。
「欲望を解き放たず制約の呪縛を訴える不届き者め」
行けないと言いたいのは伝わってくるが、行きたいのなら素直に言えばいいとセインはレイジに呆れた。そうしたら一緒に方法を考えるし、回り道でも確実に行けるルートをとってもいい。
「時の流れを忘れて行けば……」
「気絶させて運んでいけば怖くない…… や、待って」
セインは強引な突破口を見つけると、戦闘用衣装に変身した。さらにハンマーを創造し、後はレイジを寝かせるだけだ。
「分かった。それでいこう」
レイジは勝負を受けて立った。だが負ける気はない。負けて損はないがプライドが傷つけられる。
普通に戦えば彼に勝ち目はない。セインも同じことを思っているが今回の場合、上映まで粘れば実質レイジの勝ちだ。勝負を甘く見ている彼女に視野の狭さを知らしめてやろうと、三歩下がるところからスタートした。
背をむけて下がり、振り返って向かい合う。審判はいない。勝負開始の合図として、二人は同時に呪文を叫ぶ。
「「崩落せよ景色。目覚めよ闇のスポットライト! セイクリッド・イマジンフィールド!!」」
セイン考案の文章で、言っても何も起こらない。だがレイジも心を読んで同時に唱えることでお互い心の準備ができたのを確かめられる。後テンションが上がる。
セインは槍を創造し、地面に刺して空を飛ぶ。武器を持たないレイジと真っ向勝負するために、置き去りにしたのだ。
彼は遠慮なく抜き取り、襲来に備える。セインは炎を放ってくると、レイジはそれを槍で受け流す。ダメージは無いが視界が塞がれる。けれども相手の動きは見える。
炎を撃ちながら迫るセインを躱すと、背中に向かって槍を投げた。
直撃し、バランスを崩したセインは地面にぶつかる。追い討ちをかける絶好の機会だったが、彼女の痛がる声にレイジは足を止めてしまう。
結果、振り向きざまに放たれたハンマーを避けられず、決着が着いた。
ノックアウトされたレイジは即座にセインに抱えて飛ばれ、静かに映画館に到着した。
駐車場に降り立って、レイジはまだ目覚めない。セインは彼を背負って館内に入りシアターを目指す途中で彼は意識を取り戻す。そして周囲に笑われていると分かり、降ろしてもらった。
「結局連れてこられたのか」
「尸を祭壇に置き去りにするわけにいかなかった」
勝ったところでレイジを抱えて飛ぶのはリスクがあった。だが気絶させたまま公園に置いていくこともできなかったので、連れていくことを選んだ。無事に着けたので結果オーライではある。
「やっぱ現金じゃなきゃ駄目だよな」
劇場の券売機に並んで自腹ではどうしようもないレイジに、セインは紙幣を差し出した。奢りではなく貸しだと告げられ、彼は潔く受け取った。
「さっき食べたからいいだろ」
「同意。闇の宴の余韻は下界で」
ポップコーンとかは買わず、上映後にフードコートで昼食を済ませることにした。そこでは持参した電子マネーは使えるので、レイジは引け目を感じなかった。同時に丸一日ここで過ごすことになったと覚悟した。
「評判以上だったぁ……」
「満足そうで何よりだ」
上映後、感動してボロ泣きするセインに相槌を打ちながらレイジは出口を抜ける。
「帰ったら録画見直そう」
観てきた作品はセインお気に入りのドラマの続編。劇場版で知ったストーリーを踏まえて見返すことで、新しい発見を得られる。
「ごめんな。俺じゃなければもっと共感できただろうに」
そんな彼女を見て、レイジは感動を分かち合えない自分に嫌気が差した。公開日を過ぎており、今日にしても、先に見た人がいる。視聴済の人の心の声を聞くことで、自分で観る前から展開が分かってしまっていたのだ。
だから話を合わせることはできない。感動が半減してしまうのを気にかけていた。
「聞いてくれるだけでいい……」
「そうか。それならいくらでも聞くよ」
観にこなかったら、あるいは一人で来ていたら、こうして感想を声に出せなかった。聞き手がいるなら周りを気にせず存分に話せることに感謝するセインは、レイジの言い訳を気にしなかった。
昼下がり、店が比較的空いてきたので、フロアマップから昼食を選ぶ。その中にコーヒー店を見つけたセインは、そこに行きたいと言った。さらにフロアを移動しないといけないが、行けばスムーズに席に着けると読んだレイジは彼女の意見を採用した。
ガッツリ食べるために入ったのでパンケーキにデザートも頼み、満喫した。コーヒーにはこだわりのあるレイジも、この店の商品は喜んで購入した。
「肥えた五感に釣り合うオーダーか?」
「うん、おいしい」
今度はセインが相手を満足させられたことに安堵した。引っ張り回したことへの罪悪感は多少薄れたがレイジは元々気にしていない。
満腹になるとあちこちの店を回った。雑貨屋にゲームセンター、衣服や香水。だいたいセインの希望で、一人で来るとどれを選ぼうか迷ってしまうものでも、レイジがいれば見知らぬ客や店員に訊ねず間接的に情報収集ができる。
普段とは違う、迷わない買い物ができるセインの欲は止まらない。施設内を何周もし、レイジの荷物がどんどん増えていった。
日も沈んだので帰路につく。行きと同様に会話しながら電車に揺られて帰るが、ベーカリーのお土産で適度に腹を満たしていく。
「暗いし送っていくよ。荷物も多いし」
セインが降りる駅に着くとレイジも便乗して改札を抜けた。これで彼の帰宅は一時間遅れてしまうが、今日の満足感からすれば些細な問題だ。
セインは気を使わなくてもいいのにと思ったが夜道に襲われるのが怖いのも事実なので護衛についてもらった。
「じゃあここで。またな」
「月の目覚めに祝福を」
「おやすみ」
玄関で荷物を引き渡し、レイジは自宅へと向かった。達成感がある。緊張も解れ、ぐっすりと眠れた。




