533話 間違った真実
あれから上原千聖の態度は別人のようになった。三門玲司の姿を見るたびに、視線を逸らして距離をとる。レイジに見られていないとしても、視界に入った瞬間に隠れようとする。
原因はレイジがセインに足払いをかけ、頭を階段にぶつけさせかけたことにある。
レイジは反省していた。そうするしかなかったとはいえ、セインに警戒されてしまうとこの後の予定に支障を来す。ネトゲ仲間の再集結と“時の石”捜索隊ペグマタイト。彼以外に唯一、双方に加入しているのが彼女だ。
セインの信頼崩落は、二重の意味で深刻な問題。だからレイジは早急に関係の修復を成し遂げなくてはならないと自覚していた。
「何かあったの?」
挙動不審なセインと、それを知っていながら目を合わせようとしないレイジを見て、坂上未来は彼に尋ねた。
「ほっといていいよ」
事情を知る一ノ宮耀はレイジの代わりに素っ気なく答えた。だがヒカリも現場を見ただけであり、真実とレイジの真意は知らない。彼女が知る事実は、たった一つの真実を構成するいくつもの事実のうちの一つ。
「レイジのこと階段から突き飛ばして、やり返されただけだから」
「荒療治にも限度があるわ」
ミライの反応にヒカリは首を傾げた。ミライはレイジが、ヒカリに追いかけたのをきっかけに高所恐怖症を自覚したことを知っている。
だからセインが彼を突き飛ばしたと聞いて、彼女が悪いとは考えず、むしろそんな強引な方法で恐怖症を克服しようとしたレイジに呆れている。
仕返しの件も、レイジが想像以上にパニックになって感情的になった結果だと察していた。避ける彼女を見ないのは、睨まれていると思い込ませないための彼なりの心遣いなのだと納得する。
「何のこと?」
「なんでもないわ」
ミライはレイジと共有している情報をヒカリに話さない。その情報は自分で彼の異変を察して聞き出したものであり、ただ尾行して邪魔しているだけの彼女には教えてやらないと見下している。
同時にヒカリに対し優越感を抱いていた。
「それとも私が変なこと言ったからかな」
「何を言ったの?」
「……なんでもないし」
一方でヒカリにもミライの知らない情報がある。彼女は昨日、セインと言い合いになった。その内容は野次以外誰にも聞かせていないが、心が読めるゆえ遠くにいても聞かれてしまうレイジは把握している。
彼だけと共有している情報を易々と話してやろうとは考えられないヒカリは、ミライに聞かれても答えなかった。
「彼女はどっちを避けているの?」
ミライはセインの態度がレイジを見てのものかヒカリを見てのものか確かめたくなった。二人の性格と今の心境からして素直に答えてくれるとは思っていないので、強引にでも実践させてみる。
「というわけで検証。しばらく二人は別行動で」
ミライは指示を聞いた二人が動くのを待たずに間に割り込んで距離を作り、それぞれセインと会わせることでどちらに反応するか試そうとした。
そして自分はレイジの隣についたのをヒカリは見逃さなかった。
「なんでレイジにつくのよ」
「そっちは嫌だもの」
レイジとヒカリが分断すればいい話で、ミライがどちらかに同伴する必要はない。そんな状況で友達である自分を選ばず、自分と付き合っていた彼を選んだように見えたことがヒカリは癪に障った。
敵意剥き出しで問い詰めるヒカリの神経を逆撫でするかのように、ミライはストレートに言い返す。
「いつから二人はこんな険悪に」
「“同期”といるときはこんな感じよ」
二人がバチバチと繰り広げる様子を見せつけられる同級生は、二人が仲良くしていたときとの落差に困惑している。一部はミライの素性を知っていたので、学校でも本性を表しただけだと落ち着いていた。
「まあ検証するまでもなく俺なんだけど」
さっさと答えていれば検証することも、そのために分断して今揉めることもなかったわけで、レイジは答えを明かす。
セインが自分たちを見て避ける理由はヒカリでなく彼の方にあるのだ。
「本当なの? 階段で押したとか」
「うん、まあ……」
その呟きの際の心拍数から、ミライはレイジが嘘をついたことを見破った。この芸当ができないとしても彼がそんな行為に及ぶとは思っていないので、ヒカリを庇っているのだと疑る。
「やっぱりヒカリが悪いんじゃ」
「だったら二人で見てくればいいだろう」
ヒカリを見ても逃げなければ証明になる。ついでに心を鎮めて和解すると良いと考え、ミライもついていくよう提案した。
「納得してくれたようだな」
「うん」
顔を出してきたはいいものの、素通りされただけで何も起こらなかったわけで、ヒカリは平然と教室に戻ってきた。
授業中に昨日の出来事を思い出し、また次の休み時間になると後ろを振り向き、予想が当たっているかレイジに尋ねてみた。
「経緯の予想。階段でレイジは上原さんを襲って、抵抗されて階段から落ちた」
「うん」
「心配して寄ってきたところもう一度襲おうとして私に見つかった」
「……そういうことだ」
ヒカリの推測に対し、レイジは頷いた。彼女は自分で言っておきながらその可能性はないと思っており、迷ったもののなぜか認めた彼に苛立った。
「そんなわけないでしょ。一年間付き合っていた相手に手出しできないヘタレが勢い任せにセクハラできるはずがない。それは私が一番良く知っています」
ヒカリはレイジの人柄を評価したうえで、彼の嘘を見破った。彼の度胸を鑑みると、どんなに魔が刺したとしても現実に起こり得ないこと。だから実際は別の理由があり、ごまかしている。
それが自分か、自分以外の誰かの保身のためかは分からないが、間違った真実へ誘導しているのは見当がつく。
ごまかそうとしても無駄だとヒカリは真っ直ぐに目で語った。
「大体ヘタレなわけじゃない。本当に好きな相手じゃなかったから抵抗があっただけ」
ヒカリの評価に対しレイジは否定する。自分は意気地なしではないと言い張ると同時に、彼女を本当の恋人だと見ていないという非道な宣言だ。
「……そこまで言わなくていいでしょ」
本命は他にいたが好きになってくれたから告白したことはずっと前から伝えている。だからレイジは今のように言い返せばヒカリは怒って反論してくると予測していたが結果は違った。
告げられてはいたが改めて言われたことに傷つき、ほんのり涙を浮かべている。
想定外の事態を迎えたが、ここで引き下がっては論点が戻ってしまう。階段での出来事の真相を、セインに迷惑をかけずに隠し通すためにも、言いがかりに風評被害に、濡れ衣と、レイジは一身に背負わなくてはならない。
辻褄を合わせられるチャンスを拭いにしないためにも、このまま最低な男を貫くと決定した。その方がヒカリに失望されて彼女からの監視の目がなくなるかもしれないと期待を込めて。
「失望しただろ? こんな性格に」
レイジは自分に非があることを自覚している口ぶりで告げる。そうしないと、ヒカリは彼についていけない自分が悪いと思い込んでしまいかねない。
しかしヒカリは失望しながらも前を向いた。
「でも、レイジはレイジ。私のクラスメイトで、誕生日も近くて、“同期”で……好きな人」
偶然この学区へ流れ着いて、偶然同じクラスになって。“同期”になったのは“ノーツ”測定のタイミングを被せてきた意図的な結果だが、それでもヒカリにとってのレイジの運命の相手だった。そう捉える要素に、彼の香顔も外見も、性格も関係ない。
嫌な性格をしていても、突き離したくない思いが残っている。そして外見にも内面にも影響しない、生年月日などのプロフィールという要素から歩み寄ってくれたレイジの捉え方の受け売りという意味で、ヒカリはそのように告げた。
「今度ストレス溜まったら、私にぶつけていいよ」
そしてレイジの言動も大学受験のプレッシャーによるものだと捉え、見放さなかった。そして自分になら鬱憤を晴らしに手を出していいと許し、宥めようとした。
じゃあまた殺させろという邪念が一瞬レイジの頭を過った。
「まあ嫌がっている人が快楽に溺れる変化を味わうのが好みのシチュエーションらしいけど」
ヒカリとグルの監視役はなんてことを吹き込んでくれたのかと憤りを感じるレイジだったが、黙ってヒカリの話を聞く。どんな理由であってもヒカリが自分にではなくセインに手を出したことに納得するのならもうそれでいいと割り切っていた。
「お話通りに攻められるほど器用じゃないでしょ、経験もないし」
ヒカリはレイジの性癖を否定しているわけではない。特殊なものではあるが、それを実現させられるほどの技術も経験はないと指摘することで、自分を練習台にさせようと誘惑している。
そんな魂胆を見抜けないレイジではなく、ヒカリもそれを分かっているから彼の反応を試しにかかる。
「余計なお世話だ」
一蹴するレイジは今は我慢だと自分に言い聞かせる。過去を変えられたら、この島へ流れ着くことにならずに済む。この学校の人間関係がどれだけ拗れようとも、すべて真っ新にできる可能性があると前向きに捉え、その計画の実現を見据える。
そのために必要な“時の石”の捜索。隊員の一人であるセインとの関係の修復が最優先の目標だ。だが近づくどころか視界に入ると避けられるので、目星は立っていない。
顔を合わせなくてもコミュニケーションをとる手段はある。レイジはスマホからメッセージを送信し、ここまでの事態は予測していなかったという旨の謝罪と、足払いをした経緯を伝えた。
階段から落ちたのは、高さに怯えず一段飛ばしで降りられる自信が途中で消えてしまったから。それで怪我したことをヒカリに知られたくないから、セインに突き落とされたことにしようとしたこと。そこまでは伝えている。
その上で、セインだけを悪人に仕立て上げないよう即興で芝居を作った。足払いをして、段差に頭をぶつけさせる。仕返しをしたことにすれば、レイジにも非があることにできる。
その仕返しにリアリティをつけるために、本気で、加えて内緒で実行した。
そこまで伝えたレイジは、既読がつかないうちに返信を考えていた。するとアイディアが浮かんだ。罪滅ぼしのためにと思い、それも伝えることにした。
セインに突き落とされたのではなく、突き落とされたと勘違いしてやり返したことにする。もし他人に聞かれたら、話を合わせてほしい。そう頼んだ。
「実は嘘なんだ。落とされたっては」
レイジはヒカリの名前を呼ばずに、ギリギリ聞こえる声量で呟いた。それが自分に向けられたものだと気づいたヒカリは振り返り、本当かと尋ねる。
実際のところ、ヒカリが見たのは踊り場で倒れているセインと立ち上がろうとするレイジで、押した瞬間は見ていない。あくまでそのときの彼の証言を信じただけだ。だがこのタイミングで彼は前提となる証言をひっくり返した。
「……全部、俺の思い込みだ」
「ふーん、じゃあ」
レイジは心を読む“ノーツ”を持っているが未来は読めるわけではない。言い換えてみたところでどんな反応が返ってくるかは事前に予知できるとは限らない。
そしてこの発言を受けたヒカリの思考もレイジの想定外だった。
「どうしてわざわざ監視の目を潰してきたの?」
ヒカリが雇った、もとい命令した監視役は、虫を操って目を通してレイジとセインが見えていた。だが彼女の“ノーツ”で焼き払われ、事件の瞬間は見逃してしまった。
それがヒカリに疑問を抱かせたのだ。
「全部の虫がやられたの、あれきっとレイジの指示だよね?」
倒したのはセインだが、彼女一人で全滅できるとは思えない。どこに残っているか、それをレイジが伝えた結果、校舎に被害を出さず監視だけを潰せたのだと推測する。
セインが突き落とすために目を潰したとも考えていたがその線はレイジの証言で消えた。ヒカリはまだ彼が隠していると再度疑るようになった。




