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オートセーブは深夜0時に+  作者: 夕凪の鐘
Episode103 堕ちる痛み
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529話 理解できない世界

「週末どこ行ってたの?」


 翌日、一ノ宮(いちのみや)耀(ヒカリ)は登校早々三門(みかど)玲司(レイジ)を問い詰めた。


 外出していたのは確定事項。その根拠を掴んでいるヒカリに対し、レイジは手始めにはぐらかす。


「地元の海岸を散歩した、一人で」

「それだけ? いや、それもなんで?」


 ヒカリはもっと遠くまで出掛けていたはずだとさらに追求するが、人で海沿いを歩いたというのも気になる。今は四月上旬、海水浴にはまだ早すぎる。

 だから散歩という建前で別の理由があったのではないかと疑う。


「何だっていいだろ」


 レイジは答える義務はないと主張して突き返す。別の場所へ出掛けたのがバレたときのカモフラージュとして少し外出したと疑いをかけられているのを察知したうえで、そうとは否定せず、けれども理由は明かさない。


 砂浜へ飛び降りることができるかを確かめにいったなどと正直に話して、高所恐怖症になったことを知られたくないからだ。


「ソゾロと口裏合わせて、そんなに私にバレたくないんだ」

「サプライズの方がいいだろ? “同期”の二周年祝いなんて」


 ヒカリの反応も想定内で、レイジは用意していた言い訳を漏らす。秘密にしていたことにもっとらしさを付与するために思いついていた切り抜け方だ。


「……ふーん、それでハルナに会いに」

「あっ言っちゃった」


 棒読みでリアクションをとるもヒカリは疑わなかった。“ノーツ”が目覚めた時期が近い“同期”が揃ってもうすぐ二年。それを記念した催しの準備のために、その仲間に会いに行っていたのだとヒカリは理解した。


 監視を頼んでいた人と口裏を合わせていたことにも納得だ。そして理由が理由なので怒りは湧いてこない。


「ごめんね、疑って」

「俺こそ騙してごめん」


 今も騙していることも含めてレイジは言葉だけの謝罪をする。すべてヒカリの追及を回避するための芝居だ。



「俺の他にも謝る相手がいるだろう」

「そうだよねっ。言ってくる」


 ヒカリはレイジが出掛けていたと言っていた坂上(さかうえ)未来(ミライ)に会いに教室を後にした。

 彼を嘘つきに仕立て上げるために出掛けてもないのに他校の知り合いに会いに行ったと言っていると疑ったことへの謝罪のためだ。そうしてヒカリを追いやったレイジは見計らって廊下に出る。


「疑ってごめんねミライ。普段がアレだからつい……」

「一言余計よ。許すけど」


 含みのある言い方に若干イラッときたミライだったが、謝りにいかせるのを盾にヒカリの監視を逃れたレイジの方への怒りの矛先が強いので我慢した。


「早く帰ったら?」

「……そうする」


 ミライとしては、レイジが出ていったことを伝えてしまうと、もし彼が引き返してヒカリが戻る頃には席に着いていたとしたら、ずっと席にいたとしらを切られるかもしれない。そうなったとき彼女はクラスメイトに尋ねれば彼が嘘をついたと気づくだろうが、彼女が聞きにいきそうな相手には彼があらかじめ根回ししているだろう。


 だからレイジの離席はヒカリ自身に気づかせる。そのために、理由は告げず迅速に帰らせる必要があった。

 だがそんな真意に気づかないヒカリは言葉通りに受け止めた。気づいたら気づいたでミライにとって不都合ではあるので、言葉だけ聞いたヒカリが嫌な思いをするのは承知の上でそう言わざるを得なかった。


「あれ、レイジ居ない……」


 そしてヒカリが教室に戻ったとき、レイジはまだ帰ってきていなかった。


「三門なら出てったわよ。あんたが出たすぐ後に」


 独り言を聞いたクラスメイトにレイジの動向を聞かせてもらったヒカリは、逃げられたと解釈した。



「追いかけたんじゃなかったの?」

「いや、会ってないし」


 そのクラスメイトはヒカリを追いかけたものかと思い込んでいたが、ヒカリは事実と違うので否定する。


 出るときに何も言っていなかったようなので、直感に任せてレイジを探しにいくことにした。


 じきにレイジを発見した。空き教室から彼の声が聞こえた。扉が開いているので鮮明に聞こえたが、隠れているにしては無用心だと疑問に思いつつ、こっそり頭だけ覗かせて中の様子を窺う。


 中にはもう一人、女子が教壇に立っている。生徒用の机と椅子が一クラス分並ぶ中、レイジは貸し切って真ん中で一人、聞いている。何を話しているのかと、ヒカリは声色でなく内容に耳を傾けた。


「運命の神はこの刹那、不透明な光と闇に分かつ平行世界の入り口を創る」

「それまでの十のフラグがここで生きてくるのか」


 本当に何を話しているのかとヒカリは困惑した。



 上原(うえはら)千聖(セイン)の方は、日常会話で飛び出すことのない難しい単語を連発して、内容の理解が追いつかない。普段からそういう話し方をしているとは知っていたものの、感覚で読み取って受け答えして乗り切っていたので免疫のないヒカリには、翻訳後追いつかない。


 一方でレイジは言葉の意味は分かるが繋がりが見えてこない。どういう意味でそんな言葉が出てきているのかが分からないので、会話の中身が見えてこない。

 以前言った水族館でレイジは動物と会話していて、そのときの方が聞いていて会話の内容を把握しやすかったように思える。


 言葉の通じる人間同士でなぜ異種族以上に難解なコミュニケーションになってしまうのか、自分には理解できない世界を見た感覚に陥った。


 そしてヒカリは、セインとの会話を思い出す。これまでは彼女が発言するとレイジが内容を鮮明に訳して復唱したうえで返事をしていたので、会話に参加できていた。

 だがそれはレイジなりの周りへの気遣いで、訳さないと通じない相手がいない一対一の会話ではそんな手間をかける必要はない。


 二人きりだとこんな感じで会話をするのかと知ったヒカリは、二人だが伝わる世界があることに呆然とし、足が止まった。そのまま力が抜け、壁に背中がもたれかかる。



 二人の意味不明な会話を聞き流しながら、ヒカリは二人だけの世界を羨ましく思う。そして自分がセインの立場だったらと想像すると、気兼ねなく彼と話せていた頃を懐かしく感じた。


 当時は当たり前に感じていた、いつの間にか失っていた日常。自覚はなかったが、きっとあの頃は周りが今の自分と同じことを思っていたのだろう。そうヒカリは考えた。


「……あの頃に戻れたらな」


 過去を懐かしむあまり出会った頃へ戻りたい、そんな願望が漏れていた。


「それとも、こんな未来を迎えていなかったら……」


 今度は過去から今に至るまでに道が変わっていたら、そんな想像が頭を駆け巡る。


 レイジが未来を変えるためにヒカリを殺したことも、心から好きでなかったのに付き合っていたことも、全部受け入れていたら別れずに済んだのだろうか。


 もう過去をやり直さないという彼の覚悟を信じて、やり直すよう追い込む真似はしなかったら、他の人と付き合うなんて道を踏み外すこともなかったのかもしれない。


 そんなもしもの想像が、ヒカリの頭に次々と湧いてくる。


「……本当に、今の私が一番幸せなのかな」


 命と引き換えに一日をやり直す、ヒカリはそんな便利な“ノーツ”を持っているのもかかわらず、それを実践しないのは訳がある。


 その行為は結果的に余計につらい運命に直面するとレイジに忠告されているからだ。

 その忠告が正しければ、一度もやり直さないで迎えた今の自分が、やり直したときよりも恵まれた環境にいることになる。やり直したときの記憶がないので、彼の言葉以外に信じられるものはないが。


「平行世界の歪みのトリガーは裁きの雨を割く朱い電子の衝突」


 相変わらず教室内から聞こえる謎のフレーズの数々。だがそれらがヒカリに新たな視点をもたらした。


「……そうか、平行世界の自分を見たらいいんだ」


 ヒカリはモヤモヤを払うことができる発想に心を踊らせ、教室に突入した。


「私も混ぜて!」


 ヒカリは別世界の自分を見に行く計画に参加させてもらおうと、その考えが間違いでないか確かめることなく見切り発車で交渉を申し入れた。



「あっ、平行世界がどうとか聞こえたから……」


 ヒカリは二人に静かに見つめられて我に帰り、状況を説明する。飛び込んだのは怪しい会話が聞こえたからだと責任を擦りつけ、まずはどんな会話をしていたのかを探ってかかる。


「話していたが」

「時の定めに敷かれたレールを人の手で切り拓く悪魔の誘いに契りを、正規のその身に別れを告げる覚悟はあるか」

「……」


 どうして噛まずにスラスラ言えるのか理解に苦しむヒカリは、なんとなくイエスかノーで答えればいいことは察したが安易に選んでよいものか悩んだ。


 心の声でレイジに助けを求めても、彼は翻訳してくれない。そんな親切をしてくれるのなら、もっと早くからそうしていてくれただろうから、今さら期待はしていない。


「えっと、私がやりたいことを言った方がいいかな」


 ヒカリはレイジたちの流れに乗るより、自分の目的が彼らと一致しているかを確かめることを選んだ。彼にはすでに心の声で伝わっているが、セインに話せば何かしらのリアクションがあるかもしれないと期待を込めて、思いを語る。


「過去とか未来を変えない。ただ見たいだけ。それでその平行世界の私と今の私を見比べたいの」


 歴史には干渉しない。それが前提条件にあった。

 平行世界の自分より幸せだって分かれば、自信を持って生きられる。それがヒカリがもしもの自分を見る目的。それがレイジたちに加担することで成し遂げることができないのなら、大人しく引き下がるつもりでいる。



「いいよな、別に」

「左様。入り口を通過すれば必然的に深淵は瞳に吸収される」


 ヒカリの目的を聞いたセインは、参入しても構わないと告げた。レイジも彼女を除け者にする気はなく、さらっと受け入れる態度をとる。


「次元の壁を越えて交わることのない線を辿るには大地に眠る力の結晶を杯に」

「けど必要な物を見つけられないと始まらない。最悪無駄骨に終わるかも」


 期待を高め過ぎないようにとレイジたちは忠告する。平行世界へ行くために準備が必要と解釈したヒカリは、その捜索に可能な限り力になりたいと思った。


「協力するよ、それを探すのを」


 ヒカリはレイジが通訳してくれたこともあり、当初より話の全容が掴めてきた。だがそれは、自分が正しいと思い込んでいて、それが間違いだと指摘されないがゆえに誤った解釈をしている。


 彼ら二人の目的は過去を変えることであり、ヒカリが前提として否定している行為を試そうとしていることを明かさない。もとより知られないようカモフラージュするのが彼らの狙い。コソコソしていると勘づかれるから、あえて見せつけて間違った解釈をさせることで疑いを切り抜ける。


 過去を変えることに誰よりも反対していたレイジが自ら過去を変えようと考え方をひっくり返したとは夢にも思わないのを逆手にとった策略なのだ。


 この計画はすぐにヒカリの口から何人かの知り合いに明かされた。挙動不審だったので仕方がないと言える。


 だがそれによって明かされたのは彼女が思い込んでいる偽物の計画。どこかで未来が分岐したと仮定して、そのとき迎えていた運命を見に行くと伝えたことは否定されず、けれども誰かを巻き込むこともなかった。


 半信半疑で受け止められた囮の計画の裏側で、レイジとミライたちの時の反逆計画が進行していく。

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